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花嫁騎士 ~勇者を寝取られたわたしは魔王の城を目指す~  作者: クラン
第四章 第三話「永遠の夜ー⑦千年の都ー」
1822/1835

1054.「瓦礫の都の元花嫁」

 噴水広場に現れた白イタチ。


 彼がニコルへと変化(へんげ)――否(いな)、正体を現した瞬間、腕に力が入った。


 ユランと一緒なのは別段不思議ではない。


 そっか、と思う。


 ニコルは地下でオブライエンを狙ってたんだ。地上の趨勢(すうせい)なんて無視して。彼にとってはオブライエンだけが敵。撤退宣言がそれを物語っている。


「ニコル殿」とヴラドが詰め寄る「戦争はまだ終わっていない。にもかかわらず撤退だと? どういう料簡(りょうけん)だ」


「どうもこうも、最初から僕の狙いはオブライエンだけ。彼を討ったんだから、もうグレキランスに居る必要もない」


「敵を前にして敗北を受け入れて撤退しろと?」


「そうだよ。戦い続けたいなら勝手にすればいいけど、戦争の発起人は僕だ。その当人が撤退を決めた。ヴラド卿がなにをしようと、これから先の行動は首都ラガニアの管轄外(かんかつがい)。もし僕に不利益が生じる場合、君が責(せき)を負う」


 ヴラドのこめかみに筋が立つ。瞳がニコルを射る。


「我々は貴殿にとって、捨て駒だったと?」


 ニコルはオブライエンの討伐にしか興味がなかった。だから他種族連合に参与し、地上の血族を囮(おとり)として使ったとみえる。


 優男は苦笑して、けれど口に戸を立てない。


「そうだよ」


 ヴラドはなにも返さない。さりとて立ち去ることもなく、棒立ちになっていた。あれだけオブライエンに執着を見せていたのだから、獲物を横取りされただけでも怒髪天だろう。加えて、この撤退指示。はなからヴラドのことなんてちっとも考えていなかったも同然。


 シフォンが指示されていた内容と照らし合わせると、むしろヴラドが邪魔だったとさえ思える。簒奪卿(さんだつきょう)。縫合伯爵。そしてヴラドの配下の殲滅(せんめつ)。彼女がニコルから依頼されていた内容だ。少なくともこの三人は、ニコルにとって始末しておきたい人物だったはず。結局果たされておらず、ニコルもあまり関心がなさそうなのは、最優先事項ではないからだろう。シフォンに依頼した時点でそうだ。本気で消したいなら自分が動く。


「ユランはみんなと一緒に帰るといいよ。僕は一足先にラガニアへ戻るから。イブが心配だしね」


「ニコルは嫁さん想いだな。いいことだ」


 呵々(かか)と笑うユランと、俯いたヴラドは対照的だ。


 それら全部がどうでもいい。わたしにとっては。


「ジーザス。檻を消して」


「嫌だね。自分でなんとかするか、交渉してみろよ。俺のメリットに――」


 腕の骨が折れたけど、ちっともかまわない。すぐ元通りになったし。


 サーベルを振り抜いて檻を破壊したわたしは、ニコルを目にして気が立っているのだと思う。当たり前だ。殺すべき標的が、ずっと追ってきた敵が、待ち焦がれた相手がすぐそこにいるのだから。


 解放されたわたしの前に鉄糸(てつし)が展開されたが、すぐに斬った。今のわたしならジーザスの妨害なんて問題にならない。檻を斬れた時点で明白になっている事実。


 不思議と高揚感はなく、したがって冷静なわたしのままだ。おそらく恍惚状態のわたしは、殺害対象には反応しないのだろう。都合がいい。全力で頭を使い、肉体を駆使して戦えるのだから。地力(じりき)も彼女より勝(まさ)っていると確認出来た。檻の破壊がその証明。


 ニコルと戦うのはこれで三度目だ。最初はラガニア城。次は王都襲撃の日。そして、今。


 彼は猛進するわたしに視線を送っている。双方の距離はまだ二十メートルはある。すぐに詰まる長さだ。


「ユランは離れてて。それと、加勢しないでいいよ。僕には」


「おう」


「ヴラド卿は……好きにするといいさ。ただ、ここにいると巻き込まれるよ」


 言って、ニコルは迎え入れるように両腕を広げた。爽やかに笑みを浮かべて。


「久しぶり、クロエ。元気そうだね」


 残り十メートル。


「あなたのおかげで元気いっぱいよ」


 五メートル。


「それは良かった。君が健やかに頑張るのは気分がいい。でも――」


 二メートルを割ってサーベルを振り抜く。秒間七発の連撃が、けたたましい金属音を放った。ニコルの右腕がすべての斬撃に対処しているのだ。手にしているのは例の短剣。わたしが彼の妻となった際に、ネモから下賜(かし)された品。


 相変わらず、いい性格をしている。慣れた得物(えもの)でなく、相手の所持品で戦っているのだから。


 刃がニコルの短剣をすり抜ける。痛みだけ与える炎の斬撃。ただ、彼は瞬時に回避した。そしてこちらの懐(ふところ)に入り込む。


 一瞬の出来事だ。しかし王都襲撃の日には追いきれなかった彼の動きが、今のわたしには見えている。それだけの経験を積んだのもあるし、感情の欠落が強さに直結しているのだとも思う。


 見える斬撃を食らうはずがない。


 それゆえわたしが受けた一撃は、攻撃であって攻撃ではない。避けるのは可能。でも回避は選ばずに、別の選択肢を採用した。


 栗色の髪が風に舞う。


 ニコルは斬撃ののち、数歩だけ後退した。表情は完璧な笑顔。オブライエンと似て、人畜無害な爽快さがある。


「また髪を切ってあげたよ。やっぱり前髪はパッツンが似合うね」


「伸びてきたから切らせてあげただけ。それに――」


 風に舞うのは栗毛だけではない。太陽の光を受け、金の髪が煌(きら)めいた。


「あなたも同じ髪型にしてみたわ。似合わないわね」


 前髪を横一文字に切られたニコルが他人の目にどう映るかなんて知らない。だからこれは意趣(いしゅ)返しでしかなかった。


「へえ……本当に強くなったね」


 ニコルは切られた前髪に触れ、表情を消した。


 いつの間にか彼の手から短剣が消えている。


 ニコルが空中に手を伸ばした。すると手首から先が消失する。収納魔術と隠密系の魔術のブレンドだろう。そこになにがあるのか、考えるまでもなく分かる。


 彼が腕を引くと、黄金色の剣が握られていた。勇者として出立(しゅったつ)した際に下賜された武器。光の魔術の籠もった魔具である。


「サーベルの真価もちゃんと引き出してる。なるほどね。でも、それだけじゃない」


 ニコルが不意に距離を詰め、剣を振るった。


 わたしに隙はない。剣戟(けんげき)速度だけなら、彼はシフォンよりも格下だ。今のところは。だからこちらに分(ぶ)がある。


「ねえ、クロエ。雰囲気が変わったね。なにかあったの?」


「感情がなくなった」


「そう。それは」舞い散る火花のまにまに、ニコルの沈んだ表情が映(は)えた。「残念だ。感情がないなら、なにが正しいのかもきっと分からない。そうじゃないかい?」


 なにが正しくて、なにが間違っているのか。感情がない以上、客観的に判断することは出来ない。


 でも。


「わたしにとって正しいことは分かる。まずあなたを殺すこと。次に魔王を殺すこと。それだけが正しい。それ以外はどうでもいい」


 本心だ。わたしは戦争の行方にさえ関心がなかった。達成すべき目標を見失うことなく、今ここで刃を交わしている。


 ニコルの返事はない。もとより返事さえどうでもいい。


 ただ、彼の剣速は目に見えて向上した。今のわたしと同程度には。


 なら、少し工夫しよう。


 そう思った矢先、嘴(くちばし)を挟んだのはヴラドである。


「クロエは私の獲物だ。貴殿はこのうえさらに私を侮辱するつもりか?」


 獲物なのか。初耳だ。でも、筋違いにもほどがある。


「ニコルはわたしの獲物よ。邪魔しないで。さっさと消えて」


 わたしの声は淡々としている自覚がある。抑揚(よくよう)もあまりない。だから冗談ではないのだけれど、ニコルは小さく笑った。


「だってさ、ヴラド卿。もう君の相手をしてくれる奴はどこにもいないらしいよ」


 ニコルの煽(あお)り文句に飛びかかって三つ巴(どもえ)の展開になる予感がしたが、結果的にそうはならなかった。横槍を入れようとしたヴラドが一瞬で消し飛んだのである。ニコルの剣のひと振りで。


 手のひらに収まるサイズの黒い球体が広場に転がり、そこから枝葉のように血管が生え、臓器を作り、もとの外観を形作った。衣服もだ。


 再生したヴラドは渋面(じゅうめん)を浮かべたままわたしたちを眺めるばかり。


 剣戟のなかで冷気を放ったが、どうにも効果が芳(かんば)しくない。風の力で剣速を上げても拮抗(きっこう)される。雷をまとわせた斬撃を扱ってみたものの、これにもニコルは顔色ひとつ変えなかった。


 彼に変化があったのは、しばらくしてからだ。


「クロエ。君がもし本当に感情を失ったのなら、ここで殺そうと思う。だって」


 意味がないから。


 ニコルは臆面もなく、そう言い切った。

発言や単語が不明な部分は以下の項目をご参照下さい。



・『ニコル』→クロエの幼馴染。魔王を討伐したとされる勇者だが、実は魔王と手を組んでいる。黒の血族だけの世界を作り上げることが目的。クロエの最終目標はニコルと魔王の討伐。詳しくは『875.「勇者の描く世界」』にて


・『イブ』→魔王の名。ラガニア王の三女だった。ラガニア王直系の生き残りは彼女のみ。肉体は成熟した女性だが、精神は幼い状態のまま固定されてしまっている。魔物を統率する力を有する。詳しくは『間章「亡国懺悔録」』にて


・『シフォン』→ニコルと共に旅をしたメンバー。元騎士団ナンバー2。戦争において簒奪卿の部隊に配属されたが裏切り、血族も人間も殺戮した。自分の感情も思考も持たず、ニコルに従っている。前線基地にてクロエに敗北し、彼女の命ずるまま、現在はシンクレールに従っている。風の魔術の籠もった貴品(ギフト)『シュトロム』を所持。実は騎士団長ゼールの養子。シンクレールの塩オムレツを気に入っている様子。詳しくは『43.「無感情の面影」』『幕間.「魔王の城~記憶の水盆『外壁』~」』『幕間「或る少女の足跡」』『幕間「前線基地の明くる日に」』『第四章 第三話「永遠の夜ー⑥宵闇の狩人達ー」』にて


・『ネモ』→王都の先代の王。ヨハンに胸を射られ、その影響で『黒の血族』と化した。息子である王子ゼフォンによって地下に幽閉されていたが、ノックスに救出された。詳しくは『第二章 第八話「騒乱の都~②名も無き王~」』にて


・『簒奪卿(さんだつきょう)シャンティ』→黒の血族で、ラガニアの子爵。過剰な装飾と肉体改造を施した、傲慢で残虐な女性。同族の土地へと侵略を繰り返す様から、簒奪卿の異名がつけられた。固有の異能である液体操作を持つが、有機物に限っては相手の意識がなければ操れないという制約がある。加えて、スライムを使役する。リクの腹違いの姉。戦争において前線基地を襲撃したが、シフォンの裏切りにより全軍壊滅。王都東門でメルキュールを圧倒し、スィーリーを返還する代わりに自分とリクの領地であるマナスルとブロンの保護を依頼。詳しくは『第四章 第三話「永遠の夜ー①前線基地ー」』『第四章 第三話「永遠の夜ー⑥宵闇の狩人達ー」』にて


・『赤竜卿(せきりゅうきょう)ユラン』→黒の血族で、ラガニアの公爵。自称、ウルトラ・ドラゴン卿。情熱的で正義感の強い青年だがセンスは壊滅的。代々ドラゴンを使役するとされているが実際に目にしたものはおらず、虚言卿や嘘つき公爵と囁かれているが本人は意に介していない。実態は使役というより、ドラゴンと一体化している。肌はドラゴンのそれと同等の堅固さを持つ。身体状況により形状が変化する貴品(ギフト)『貴人の礼装(ミランドラ)』を所持。グレキランスがラガニアの領地であると認めさせるために単身で戦争に参加した。王城にてヨハンに説得され、オブライエン討伐部隊に加わることに。ゾラやニコルとは友人関係にある。詳しくは『幕間「ウルトラ・ドラゴン卿」』『第四章 第三話「永遠の夜ー③赫灼の赤き竜ー」』にて


・『縫合伯爵ルドラ』→黒の血族で、ラガニアの伯爵。領地に金鉱を有する老翁。夜会卿主催のオークションの常連であり、彼とは表向き親密な関係。貴品(ギフト)『万世一糸(サビー・タンカ)』を体内に埋め込んでいる。煙宿を一度は制圧したが逆襲され、捕虜の身に。戦争の趨勢に関し、ヨハンと賭け(契約)をした。詳しくは『第四章 第三話「永遠の夜ー③赫灼の赤き竜ー」』『第四章 第三話「永遠の夜ー④銀嶺膝下マグオートー」』『第四章 第三話「永遠の夜ー⑤霧海の繋ぎ手ー」』にて


・『夜会卿ヴラド』→黒の血族の公爵。王都の書物でも語られるほど名が知られている。魔王の分家の当主。キュラスの先にある平地『毒色原野』を越えた先に彼の直轄地アスターが存在する。極端な純血主義であり、自分に価値を提供出来ない混血や他種族は家畜同様に見なしているらしい。律儀で、礼儀を重んじる性格。不死の力を持ち、血液を資源とした魔術を扱う。肉体の大部分を蝙蝠の魔物に提供しており、攻撃を受ければ自動的に蝙蝠が反撃する。ヨハンと契約を結んでおり、アスターの人々は彼を殺すことが出来ない。詳しくは『幕間.「魔王の城~ダンスフロア~」』『90.「黒の血族」』『幕間.「魔王の城~尖塔~」』『565.「愛の狂妄」』『927.「死に嫌われている」』『第四章 第三話「永遠の夜ー⑥宵闇の狩人達ー」』にて


・『ジーザス』→勇者一行のひとりであり、ヨハンの兄。黒の血族と人間のハーフ。ヨハン同様、契約の異能を持つ。夜会卿に仕えている。彼に下賜された手袋型の貴品(ギフト)『無慈悲な強奪者(ブラッディ・ハンド)』を所持。戦争において夜会卿第一部隊に所属。詳しくは『第四章 第三話「永遠の夜ー⑤霧海の繋ぎ手ー」』『第四章 第三話「永遠の夜ー⑥宵闇の狩人達ー」』にて


・『オブライエン』→身体の大部分を魔力の籠った機械で補助する男。王都内の魔具および魔術関連の統括機関『魔具制御局』の局長。自分の身体を作り出した職人を探しているが、真意は不明。茶目っ気のある紳士。騎士団ナンバー1、紫電のザムザを使って『毒食の魔女』を死に至らしめたとされる。全身が液体魔具『シルバームーン』で構築された不死者。かつてのグラキランス領主の息子であり、ラガニアの人々を魔物・他種族・血族に変異させ、実質的に滅亡させた張本人。外界で活動しているのは彼の分身『二重歩行者』であり、本体は一切の魔術的干渉を受けない檻に閉じ込められている。詳しくは『345.「機械仕掛けの紳士」』『360.「彼だけの目的地」』『間章「亡国懺悔録」』にて


・『黒の血族』→魔物の祖と言われる一族。人間と比較して長命。もともとは王都の敵国であったラガニアの人々のごく一部が、オブライエンの生み出した『気化アルテゴ』によって変異した姿。詳しくは『90.「黒の血族」』『間章「亡国懺悔録」』にて


・『魔具』→魔術を施した武具のこと。体内の魔力が干渉するため魔術師は使用出来ないとされているが、ニコルは例外的に魔術と魔具の両方を使用出来る。詳しくは『間章「亡国懺悔録」』にて


・『王都』→グレキランスのこと。周囲を壁に囲まれた都。詳しくは『第九話「王都グレキランス」』にて


・『グレキランス』→通称『王都』。周囲を壁に囲まれた都。また、グレキランス一帯の地方を指して用いられる。詳しくは『第九話「王都グレキランス」』にて


・『ラガニア』→かつてはグレキランス同様に栄えていた地域、と思われている。実際はグレキランスを領地として治めていた一大国家。オブライエンの仕業により、今は血族の土地と化している。魔王の城は元々ラガニアの王城だった。初出は『幕間.「魔王の城~書斎~」』。詳しくは『間章「亡国懺悔録」』より

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