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花嫁騎士 ~勇者を寝取られたわたしは魔王の城を目指す~  作者: クラン
第四章 第三話「永遠の夜ー⑦千年の都ー」
1821/1834

Side Luna.「長女候補と魔弾の射手」

※ルナ視点の三人称です。

 夜会卿の長女候補ルナは、人生で五本の指に入るほどの幸福と苛立ちのなか、魔術師アリスと対峙していた。


 手にした実物の槍を模倣(もほう)し、そっくりの槍を何本も空中に作り出す。それらの強度は実物の比ではない。威力も速さも申し分なかった。


 なのにことごとく当たらないのだから、苛々(いらいら)して仕方ない。不快感の原因は、遡(さかのぼ)れば幸福に根差している。幻覚で繰り返される死は途方もなく喜ばしかった。痛みはある。苦しみも感じる。それらを超克し、次の死が待っている。まるで不死だ。じき迎える『成人の儀』を想像するのは当然だろう。そこで自分は死んでも死なないことを証明するのだ。


 だからこそジーザスが幻術から解放したそのとき、ルナは機嫌が悪くなった。といっても少しだけだ。何度も死ねたのは得がたい収穫である。しかしアリスと名乗る魔銃使いの女と戦う羽目になって、みるみるうちに自信がこぼれ落ちていった。


 たとえ死なないとしても、人間ひとり殺せないなんて失格だ。長女として失格。悠久の時間が約束されているから大丈夫だなんて思わない。今ここで発揮しなければならない有能さは、必死に手を伸ばしても届かなかった。


「やるじゃないか」


 アリスは平然と槍を避け、魔弾を放ちながら言う。口元には薄笑い。嫌味な奴だ。


 が、実際のところアリスが感心していたのは事実である。自分より少しだけ雑だが、魔術の威力はあちらが格上。単調なだけの槍だが、一度身に受ければ悲惨なことになるだろう。だから集中し、回避に徹していた。敵の底がみえるまで。


 対するルナは、なんで当たらないのと叫び出したい気持ちでいっぱいである。この場には夜会卿がいるのだ。数日ぶりに目にしたその男は、やがて自分の父になる。否(いな)、父と呼ぶことが出来る。それゆえ無能を晒(さら)すなんてあってはいけない。


 ルナは魔弾を回避し、追尾するそれを実物の槍で地面に叩きつけた。そして穂先を敵に向ける。いくつもの槍が周囲に複製され、さながら発射を待つ弾丸の隊列として彼女に侍(はべ)った。


「まだ本気じゃない」


 嘘だ。とっくに本気でやっている。


「そうかい。アタシは本気でやってる」


 アリスもまた嘘をつく。まだまだ切っていない手札は山ほどある。これまで見せたのは単純な防御魔術と回避のための脚力強化、そして追尾の魔弾のみ。影の魔術も、より特殊な弾丸も隠したままだ。


 ルナは槍を構えた状態を維持する。内側では憤懣(ふんまん)が膨れるのを感じた。どうにも第一部隊の兵士に意識を向けてしまう。覚醒し、再び幻覚に浸(ひた)り、次に覚醒したときには部隊では彼女しか目覚めていなかった。ジーザスを除いて。きっとあいつが、甘い死の幻を絶ったのだと確信している。なぜ自分だけなのか、理由は皆目(かいもく)見当がつかない。だから、ただただ腹立たしかった。


 第一部隊が数人でいいから起きてくれれば、必ずアリスを殺せる。つい、そんなふうに思ってしまう自分に苛立つ。


『集中したまえ』


 ヘルメスの声が耳に蘇る。彼による魔術講義と実践は生半可なものではなかった。魔力を振り絞るのはもちろん、乱れのないよう精神面も制御する必要がある。


 このとき、奇(く)しくも敵であるアリスも同じ台詞を思い出していた。憂鬱な顔なのに平然と魔力でこちらを屈服させる。なかば嫌がらせのような修行ばかりだったが、それは客観的な視座でしかない。ひとつとして無駄な修行などなかった。アリスはそう確信している。師を疑うならはじめから講師を依頼することもない。今も彼はこちらの視界を通して一切を眺めているだろう。案外心配しているかもしれない。彼は態度や言葉こそ嫌味に満ちているが、それなりに心配してくれる。野暮はしないが、内心ではグレキランスに転移させるのも抵抗があったろう。彼に言わせればまだ『魔術師未満』の生徒を死地に送り込むのを意味しているのだから。


 ルナは呼吸を整え、アリスを見やった。真剣な顔。本気で殺そうとしている顔。なのに冷めた顔。不愉快だ。どれもこれも。


 槍を放つ。ほとんど無数と言って差し支(つか)えないそれは、アリスを絶命させるに充分だった。


 が、そもそも放つことすら出来なかった。咄嗟(とっさ)に魔術の槍を見回すと、いずれも薄暗い色味の触手に拘束されている。


 やがてルナの足元になにか触れる感触があり、まずい、と思った。しかしながら手遅れである。抵抗しようと身を捩(よじ)っても、気色の悪い触手に絡め取られてしまって動けない。


「油断したね、血族のお嬢ちゃん」


 淡々と口にして、アリスがこちらへと歩む。両の銃口を向けて。


 油断。どこからどこまでがそれに入るのか。


 演技は苦手だ。ゆえに睨みつける。アリスと、密かに彼女の背後に展開した槍を。


「そんな顔されると――」


 放たれた槍は、アリスの身体の中心を貫くはずだった。が、彼女は一瞥(いちべつ)もなしに回避したのである。槍を制御しようとしたのだが、結果は無惨だった。


「ぐっ……」


 自分の槍が腹を貫いて、黒い血液が流れ出す。


「これで終わりだね。アンタはどう足掻(あが)いてもアタシに勝てない」


「そんなこと、ない」


 不死だから。絶対に死なないから。負けるなんてありえない。


 意識が遠のく。槍の魔術は自然に霧散し、やがて彼女は意識を失った。



◆



 倒れたルナの傷を処置しながら、アリスは何度目か分からない溜め息を吐いた。


 どれもこれもヨハンのせいだ。


『殺さずに、適当にあしらってください』


 一方通行の耳打ちが為(な)されたのは、転移して間もなくのことである。ルナを標的にするよう命じられたのもそのときだ。


 死ぬ気で来る敵を殺さないのはどうかと思う。グレキランスを制圧しようとしているのに、ここでも煙宿と同じかと呆れた。ただ、ヨハンの指示はルナに対してだけのもので、ほかの兵士が飛びかかってくるようなら殺していいとのこと。だからこそ従ったわけだが、皆、幻覚のなかに埋没している。結果的に本物の戦闘をする機会はなかった。


 マヤのほうへ視線を向けると、彼女は夜会卿の配下を相手に傷だらけで戦っている。あっちのほうがよほど羨ましい。けれど、雷撃を受けた者は倒れるだけで、いずれも追撃はしていない様子。きっとマヤも不殺の指示を出されているに違いない。


 昨晩、命をかけて夜会卿の手下と対峙した事実と比較すれば、あまりに穏当(おんとう)だ。というより不自然。夜会卿の部下を例外なく殺して、意気を挫(くじ)いたほうがよほど良さそうに思えるが、ヨハンのことだ。なにかを狙っているはず。その狙いを共有してくれないのはいつものことだが、やはりいつものごとく腹立たしい。


 ちらと南の大通りを見やる。ジーザスとクロエの戦闘はすでに雌雄(しゆう)が決していた。檻に閉じ込められて無力化されたクロエ。あの状態から勝ちは拾えないだろう。ジーザスの檻が異常な硬度なのは、一瞬見ただけでも分かる。


 魁偉(かいい)な男――バルクハルトとゼールの戦闘も決着がついている。流血し、倒れ伏した騎士団長を、バルクハルトがじっと見下ろしていた。逐一(ちくいち)戦闘の模様は見ていないが、一方的な戦いだったろう。なにせ大男の身体には傷ひとつない。腕の欠損があってなお負けたのだ。


 周囲を見回す。


 末端部分こそ無事な家屋が多かったが、壁内はほぼ瓦礫(がれき)の山と化していた。地下に本物の王都があるとしても、地上の様相(ようそう)は人間の大敗と蹂躙(じゅうりん)を想起させるには充分。もしなにも知らずにこの状態を目にしたなら、クロエはきっと涙し、激怒するだろう。けれどもそれは少し前のクロエだ。感情の存在するクロエ。今の彼女はなんの想いも抱(いだ)いていないはず。この凄惨(せいさん)な光景に。


 壊れた噴水の中心に、不意にふたつの影が現れた。


 ひとつは真っ赤な衣装の血族。疲弊(ひへい)し、全身に傷を負っているが、自分じゃ勝てない相手だと一瞬で分かった。あれは強い。


 だが、彼の隣にいる奴はもっとヤバい。


 白イタチに似た獣人。背中に眩(まばゆ)い翼を持った彼からは、膨大な魔力が感じ取れた。それでいて魔力の漏出を抑制しているものだから、なおさら異常だ。


 白イタチのもとへ、髪を後ろに撫でつけた血族――夜会卿が歩み寄る。


「ユラン公爵。隣の人外は何者だ」


 口を開きかけたユランを制し、獣人は満足そうに告げた。


「目的は果たした。だからもういいよ。撤退だ」


「は?」


 イタチの姿が光に包まれ、やがて人間の姿が表れる。金の癖毛。顔立ちは優男のそれ。長袖の白い開襟(かいきん)シャツに、藍色のズボン。


「目的達成。オブライエンは殺した。総員撤退」


 王都中に彼の声が響き渡る。

発言や単語が不明な部分は以下の項目をご参照下さい。



・『ルナ』→夜会卿の長女候補。戦争において夜会卿の第一部隊の副隊長を任じている。父であるヴラドへの愛着が強く、兄のラウリスを軽蔑している。槍の魔術師。詳しくは『第四章 第三話「永遠の夜ー⑤霧海の繋ぎ手ー」』『第四章 第三話「永遠の夜ー⑥宵闇の狩人達ー」』にて


・『夜会卿ヴラド』→黒の血族の公爵。王都の書物でも語られるほど名が知られている。魔王の分家の当主。キュラスの先にある平地『毒色原野』を越えた先に彼の直轄地アスターが存在する。極端な純血主義であり、自分に価値を提供出来ない混血や他種族は家畜同様に見なしているらしい。律儀で、礼儀を重んじる性格。不死の力を持ち、血液を資源とした魔術を扱う。肉体の大部分を蝙蝠の魔物に提供しており、攻撃を受ければ自動的に蝙蝠が反撃する。ヨハンと契約を結んでおり、アスターの人々は彼を殺すことが出来ない。詳しくは『幕間.「魔王の城~ダンスフロア~」』『90.「黒の血族」』『幕間.「魔王の城~尖塔~」』『565.「愛の狂妄」』『927.「死に嫌われている」』『第四章 第三話「永遠の夜ー⑥宵闇の狩人達ー」』にて


・『バルクハルト』→黒の血族。戦争において夜会卿の本隊に所属。全軍で唯一軍馬を用いる容貌魁偉な猛将。末広がりな大剣二本を所持。戦争においてゼールに腕を斬られ、自ら敗北を認めた。詳しくは『第四章 第三話「永遠の夜ー⑤霧海の繋ぎ手ー」』『第四章 第三話「永遠の夜ー⑥宵闇の狩人達ー」』にて


・『ジーザス』→勇者一行のひとりであり、ヨハンの兄。黒の血族と人間のハーフ。ヨハン同様、契約の異能を持つ。夜会卿に仕えている。彼に下賜された手袋型の貴品(ギフト)『無慈悲な強奪者(ブラッディ・ハンド)』を所持。戦争において夜会卿第一部隊に所属。詳しくは『第四章 第三話「永遠の夜ー⑤霧海の繋ぎ手ー」』『第四章 第三話「永遠の夜ー⑥宵闇の狩人達ー」』にて


・『赤竜卿(せきりゅうきょう)ユラン』→黒の血族で、ラガニアの公爵。自称、ウルトラ・ドラゴン卿。情熱的で正義感の強い青年だがセンスは壊滅的。代々ドラゴンを使役するとされているが実際に目にしたものはおらず、虚言卿や嘘つき公爵と囁かれているが本人は意に介していない。実態は使役というより、ドラゴンと一体化している。肌はドラゴンのそれと同等の堅固さを持つ。身体状況により形状が変化する貴品(ギフト)『貴人の礼装(ミランドラ)』を所持。グレキランスがラガニアの領地であると認めさせるために単身で戦争に参加した。王城にてヨハンに説得され、オブライエン討伐部隊に加わることに。ゾラやニコルとは友人関係にある。詳しくは『幕間「ウルトラ・ドラゴン卿」』『第四章 第三話「永遠の夜ー③赫灼の赤き竜ー」』にて


・『ヘルメス』→かつてのラガニアでトップクラスに優秀だった魔術師。ねちっこい性格で、人付き合いの苦手な男。もともと魔術学校で講師をしていたがクビになり、一時期ガーミール公爵に雇用されていたが、彼が零落したことでドラクル公爵に鞍替えした。オブライエンの犯罪的魔術を看破し、彼の右腕と左足を木端微塵にした過去を持つ。血族化して以降は夜会卿に仕えていたが、ニコルによる襲撃以降、四代目となるガーミールに鞍替えした。死を契機に、事前に契約を交わした相手に成り変わることで不老不死を実現する異能を持つ。対象者はヘルメスの記憶と肉体と魔力をコピーした、ヘルメスそのものとなる。その際、相手の持つ魔力も上乗せされる。夜会卿の支配地であるアスターに訪れたルイーザの精神を叩き折って泣かせた過去を持つ。ヨハンの提案により、オブライエン討伐ならびに戦争での人間側の勝利後には、四代目ガーミールの部下とともにグレキランスに残り、アルテゴのワクチン研究をすることに合意。オブライエン討伐を見届けるべく、アリスの片目を介してウィンストンと視覚共有をしている。詳しくは『間章「亡国懺悔録」』『第四章 第三話「永遠の夜ー②隠れ家と館ー」』にて


・『アリス』→魔銃を使う魔術師。ハルキゲニアの元領主ドレンテの娘。実は防御魔術のエキスパート。王都の歓楽街取締役のルカーニアと永続的な雇用関係を結んだ。ラガニア随一の魔術師ヘルメスに弟子入りし、影の魔術を会得。戦争において縫合伯爵ルドラの次女マヤやハイメ子爵と親交を深めた。詳しくは『33.「狂弾のアリス」』『Side Alice.「ならず者と負け戦」』『第四章 第三話「永遠の夜ー②隠れ家と館ー」』『第四章 第三話「永遠の夜ー⑤霧海の繋ぎ手ー」』『第四章 第三話「永遠の夜ー⑥宵闇の狩人達ー」』にて


・『マヤ』→縫合伯爵ルドラの次女。雷の魔術師。ルドラの指示で夜会卿に捧げられたが、兄であるアビシェクのみが殺害され、彼女は生かされた。夜会卿への復讐のため人間側に寝返った。北門襲撃の際に夜会卿へ挑みかかるも相手にもされず、苦杯を飲んだ。詳しくは『第四章 第三話「永遠の夜ー④銀嶺膝下マグオートー」』『第四章 第三話「永遠の夜ー⑤霧海の繋ぎ手ー」』『第四章 第三話「永遠の夜ー⑥宵闇の狩人達ー」』にて


・『ゼール』→騎士団長。王都の騎士を統括する存在。双剣の魔具『凍剣蓮華(リフルーレ)』と『風雷万華(エルグロリア)』の使い手。実はシフォンの養父。戦争において北門の指揮官を任じた。バルクハルトとの戦闘で片足を失い、それでもなお彼に勝利した。詳しくは『幕間.「魔王の城~記憶の水盆『外壁』~」』『第九話「王都グレキランス」』『幕間.「王都グレキランス~騎士の役割~」』『第四章 第三話「永遠の夜ー⑥宵闇の狩人達ー」』にて


・『オブライエン』→身体の大部分を魔力の籠った機械で補助する男。王都内の魔具および魔術関連の統括機関『魔具制御局』の局長。自分の身体を作り出した職人を探しているが、真意は不明。茶目っ気のある紳士。騎士団ナンバー1、紫電のザムザを使って『毒食の魔女』を死に至らしめたとされる。全身が液体魔具『シルバームーン』で構築された不死者。かつてのグラキランス領主の息子であり、ラガニアの人々を魔物・他種族・血族に変異させ、実質的に滅亡させた張本人。外界で活動しているのは彼の分身『二重歩行者』であり、本体は一切の魔術的干渉を受けない檻に閉じ込められている。詳しくは『345.「機械仕掛けの紳士」』『360.「彼だけの目的地」』『間章「亡国懺悔録」』にて


・『黒の血族』→魔物の祖と言われる一族。人間と比較して長命。もともとは王都の敵国であったラガニアの人々のごく一部が、オブライエンの生み出した『気化アルテゴ』によって変異した姿。詳しくは『90.「黒の血族」』『間章「亡国懺悔録」』にて


・『魔銃』→魔力を籠めた弾丸を発射出来る魔具。通常、魔術師は魔具を使用出来ないが、魔銃(大別すると魔砲)は例外的に使用出来る。詳しくは『33.「狂弾のアリス」』にて


・『魔弾』→魔銃など、魔砲によって放たれる弾丸を指す。詳しくは『33.「狂弾のアリス」』にて


・『成人の儀』→アスターでおこなわれている儀式。ヴラドの息子や娘が二十歳を迎えた際、死に至る拷問を手を変え品を変えおこなうことを指す。不死者でない者を血縁と認めていないため。詳しくは『第四章 第三話「永遠の夜ー⑤霧海の繋ぎ手ー」』にて


・『王都』→グレキランスのこと。周囲を壁に囲まれた都。詳しくは『第九話「王都グレキランス」』にて


・『グレキランス』→通称『王都』。周囲を壁に囲まれた都。また、グレキランス一帯の地方を指して用いられる。詳しくは『第九話「王都グレキランス」』にて


・『煙宿(けむりやど)』→王都の北に広がる湿原の一角に存在する宿場町。ならず者の理想郷とされ、出自を問わず暮らすことが出来る。ゆえに人探しはご法度。要人や富裕層の住む『不夜城』と、一般的なならず者の住む『ほろ酔い桟橋』に区分されている。詳しくは『第二章 第四話「煙宿~①ほろ酔い桟橋~」「煙宿~②不夜城~」』にて

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