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花嫁騎士 ~勇者を寝取られたわたしは魔王の城を目指す~  作者: クラン
第四章 第三話「永遠の夜ー⑦千年の都ー」
1820/1837

Side Nemo.「誰が為の拳」

※ネモ視点の三人称です。

 汝(なんじ)は誰(た)がために戦うか。


 そんな自問がずっとネモの内部でわだかまっていた。思い出すのは往時(おうじ)のこと。息子に座を奪われ、ノックスに捧げるまで、王都グレキランスの頂点に君臨していた時代。王だった時期にそう問われれば、民草(たみくさ)のためだと即答したろう。しかし、この文脈での戦いは直接的な戦闘を意味しない。王としての職責をまっとうすることで人々の生活を支える意味合いだ。


 王でなくなり、人間ですらなくなった今の自分はどうだろうか。そして問いの指すところは明確に変わっている。血塗られた戦場で誰のために戦うか。そうであっても答えはひとつである。王だった自分が守るべきものは、王位を退いてなお民草であると断言出来た。ゆえにオブライエンを信じたのである。彼は徹底して王都を守ろうとしていたのだ。グレガーから聞いた信じがたい、いくつもの事柄――ラルフの記憶を把握してなお、姿勢は変わらない。


 王都に徒(あだ)なす者を排除する。ゆえにグレガーとともに地上へ出たのだ。


 グレガーの幻覚が解除され、いよいよ戦闘となったところでネモは夜会卿本隊の人員を襲撃した。そうしているうちに白装束の血族が、どうしてか同族へと牙を剥くのを見たのである。


 およそ女性とは思えぬ咆哮(ほうこう)を上げて攻撃している相手は、髪を後ろに撫でつけた男。彼がヴラドと呼ばれているのを耳にして、ぎょっとしたのも無理はない。陰惨な逸話(いつわ)はかつての王の耳にも届いている。


 その時点で、ネモは標的をヴラドへと変えた。


 空を駆け、ヴラドへと繰り出した拳が闇色の壁に阻(はば)まれる。打った拳骨のほうに痛みを覚えたが、些少(さしょう)なことだ。王都の未来を思えば拳なんぞくれてやる。


『邪魔すんな!!』


 血族の女性がそう叫んだので、ネモは彼女を羽交い締めにし、こう囁いたのである。


『今はよい。今は存分に戦うといい。だが、そなたに勝てる相手ではない。……身にしみて分かったときは、我の言葉を思い出せ。そなたは逃げてもいいのだ。勝てぬ相手に背を向けるのは恥ではない』


 対する白装束の女性はいかにも不快そうに渋面(じゅうめん)を作り、唾を吐きさえした。その態度が自分の息子――ゼフォンの幼時に似ていたので思わず笑みをこぼしてしまったものだ。あれは長(ちょう)じてから段々と小狡(こずる)い男に育ってしまったが、自分のせいである。王としての職務に注力し、自分の子供さえ放置してしまった愚は生涯拭えない罪と言えよう。王位を継いだゼフォンが為(な)した悪事を思えば一層心は痛む。だが、必要な痛みだ。


 かくして血族と共闘しヴラドと戦ったのだが、結果は一方的である。闇色の壁にことごとく拳が阻まれる。空中に生成された剣に身が裂かれる。一方で敵はというと、助力する部下を一蹴(いっしゅう)する余裕さえ見せたのだ。『暇があるならクロエを攫(さら)え。ヨハンを嬲(なぶ)れ』と。


 ヴラドの配下がクロエたちへと向かう道中で足を止める。グレガーの幻術だろう。だが、そう長くは保(も)たない。人間にはどうしても限界があるのだ。この人数を幻覚の檻に閉じ込め続けるのは不可能に近い難事である。魔術について詳しくはないが、それくらいは基礎知識として理解していた。


 闇色の拳に吹き飛ばされた白装束を空中で追って抱きとめたとき、彼女は泣いていた。


『そなたはしばし休むといい。あとは我(われ)が引き受ける』


『ふざ、けんな』


『代わりではないが、ヴラドの部下をどうにかしてくれんか。多勢に無勢が過ぎる。そなたの魔術なら、どうにか出来よう。なに、殺せとは言わん。動けない程度にしてくれればそれでよい』


 そう言ってもなお、白装束はヴラドに挑みかかったが、いくつかの反撃を受け、結果的に標的を部下へと向ける運びとなった。怨敵(おんてき)に向ける眼差しをこちらに送って。


 癇(かん)の強い女性だ。しかし呆れはしない。もはやこの世にいない妻も随分と勝ち気だったものだから、睨まれるくらい慣れている。


 あの女性ではヴラドを獲れまい。ネモはそのように推察していた。自分でも結果は同じだと思うものの、この判断に悔いはなかった。血族は敵である。戦時下においては疑いようもなく。それゆえ共闘自体がなにかの間違いではないかと心の奥底では感じている。しかしあの屈辱の涙を見て心が動いてしまったのも覆せない事実。


『貴様ひとりで充分なのか?』


 周囲に展開されたいくつもの闇色の剣をなんとか回避しながら、地上のヴラドへ接近を試みる。


『充分だ』


 身体が猛(たけ)る。心は静かに燃えている。


 無論、実力としては不充分どころの話ではない。ただ、王が民草を守るのは当然だ。たとえ王位を退いていても、王であった過去は消えない。かつての王がグレキランスを全力で守護するとなれば、充分だ。かくあるべしと思い描く王の図像の通り。


 王家の者は、皆がこうではなかった。多くの王は守られる存在であり、己の強さを求めない。代わりに強力な従者を侍(はべ)らせ、有事とあらば民を動員して事を収める。


 ネモは稀有(けう)な例外と言えよう。恵まれた体格に慢心することなく、寸暇(すんか)を作り出して鍛錬に励んだ。側近に止められようが意に介さず汗を流したのは、いつか重大な凶事が起きると憂いての備えである。自分の生きている間に来るとは限らない。むしろ、これまで大きな変転のなかった千年の都だ。なにも起きないと油断するのが自然である。


 目の前に展開された防御壁を掻(か)い潜(くぐ)り、ヴラドの前に舞い降りた。それと同時に、引いた拳を打ち込む。空震(くうしん)が轟いたが殴打の感覚はなかった。


『飛べるのは貴様だけではない』


 見上げると、ヴラドが黒い翼で宙に浮いている。蝙蝠によく似た、羽根のない翼。


 やや遅れがちに、敵兵の刃がネモの皮膚を裂く。痛みはあれど、ものの数ではない。王都の民は今、安全な地下にいる。したがってこのとき、脅(おびや)かされている地上の民はいない。だが膨大な死者が出たことは知っている。四方の門の守り手は命をかけて戦い、そして散った。壁内に存在するヴラドが証左(しょうさ)である。彼ら犠牲者の受けた痛み苦しみに比べれば、いかなる傷も些少だ。


 空中に飛び出したネモがヴラドへと挑みかかる。相手はというと、嘲(あざけ)るように後退し、距離を詰めるのを許さない。剣を展開し、なんとか躱(かわ)して前進してもヴラドには届かなかった。


 ところで、ヴラドは自身が矢面(やおもて)に立つことに対して積極的である。映写魔術で垂れ流された異常事態から少しでも精神を遠ざけたかったのだ。事実、彼の意識は戦闘へと傾いている。だからこそ分かってしまった。


 ――なぜこの男はこちらの攻撃を避けられる?


 攻撃も防御も、クロエとの戦いで発揮したものと遜色(そんしょく)ない。つまりは常に最大出力であり、なにひとつ見誤らずに展開した魔術である。実際、マヤはそれで脱落した。だがどうしてこの男は対処出来ているのか。


 ネモは特別なことなどなにもしていない。誰もが持つものを、より強く信じていただけだ。


 勘。


 ひと言で表すならそれだ。ただし、長(なが)の年月を王として過ごし、様々な者を目にした経緯を含んだ勘である。




 長らく空中戦をおこなうにつれ、ネモの動きは向上していた。防御魔術を掻い潜り、ヴラドへと接近出来る程度には。ヴラドとしては厄介だったろう。時間が経(た)つにつれて攻撃が実(みの)る回数も減っている。


 理屈の上では慣れの問題だ。ネモはこれまでずっと地上で生活し、空を飛ぶ機会はほぼなかったのだから。なおかつ、通常の慣れとは少々毛色が異なる。彼の翼はノックスから供給された魔力の産物だ。息子であるゼフォンが有(ゆう)していた翼の異能を、ノックス経由で魔術として受け取った。そう見做(みな)せる。ゆえにヴラドは気付かない。彼の翼が彼自身の異能ではないことに。


 接近を許したヴラドが、棺桶サイズの箱形の防御魔術を展開したのは妥当だ。ピンポイントの防御でどうにか出来るものではない手合いなのだから、身を守る意味なら全身をカバーするのが至当。そして単なる防御でもない。拳を突き立てれば即座に鋭い棘(とげ)が伸びる。そのような仕掛けをしてあった。


 これまで、ヴラドの防御を一度も破れず、却(かえ)って己(おの)が身を傷付けるばかり。そんなネモが選んだのは、またしても拳である。それしか知らないのだ。小器用で華麗なものなど持っていない。五体と翼。それのみ。


 異能を複数所持する者は、イブを除いて皆無である。ヴラドはさぞ困惑したろう。ネモ当人も。


 彼の拳が振るわれ、闇色の防御に接した瞬間、音もなく砕け散ったのだ。唖然としたヴラドの顔面に殴打が突き刺さり、空震ののち、彼は地上へと真っ逆さまに叩きつけられた。


 破砕魔術。物体を壊す魔術であり、対象は基本的に無機物のみ。人体や魔物に効果がないのは、固体ではないからというのが一般的な見解である。ひとの身体も魔物のそれも、固体というには流れがあり過ぎる。血液と魔力。いずれも固体とは言いがたく、したがって破砕魔術のおよぶものではない。


 もとより、ネモの拳は魔術ではない。ノックスから借り受けた翼以外、魔術らしきものは使えない。


 ヴラドにとっては忌々(いまいま)しいことに、この瞬間にネモの異能が発現したのである。魔術を破砕するという異能。


 激怒と混乱の渦中で立ち上がったヴラドは、しかし飛び立つことなく硬直した。この場に新たな魔力が二人分現れたのを感知したのである。

発言や単語が不明な部分は以下の項目をご参照下さい。



・『ネモ』→王都の先代の王。ヨハンに胸を射られ、その影響で『黒の血族』と化した。息子である王子ゼフォンによって地下に幽閉されていたが、ノックスに救出された。詳しくは『第二章 第八話「騒乱の都~②名も無き王~」』にて


・『ゼフォン』→グレキランスの王子。メフィストに王が射られたことで、王位を継いだ。旧態依然とした価値観を嫌い、真偽師(トラスター)や騎士を信用していない。魔王の血を飲み、『黒の血族』となった。王都を血族の住む地に変えようと画策していたが、クロエたちに討伐された


・『ノックス』→クロエとともに『最果て』を旅した少年。魔術師を目指している。星で方位を把握出来る。『毒食(どくじき)の魔女』いわく、先天的に魔術を吸収してしまう体質であり、溜め込んだ魔術を抜かなければいずれ命を落とす。王都襲撃ののち、王位を継いだ


・『幻術のグレガー』→かつて騎士団のナンバー2だったとされる男。不死魔術の研究により、王都から追放された。『鏡の森』でバンシーを従え、不死魔術を維持していた。洗脳などの非戦闘向けの魔術に精通している。勇者一行であるゾラとの面識あり。ゾラの記憶する限り、グレガーはかつて騎士団の頂点に座していた。詳しくは『205.「目覚めと不死」』『868.「若年獣人の長き旅⑥ ~奪取~」』にて


・『マヤ』→縫合伯爵ルドラの次女。雷の魔術師。ルドラの指示で夜会卿に捧げられたが、兄であるアビシェクのみが殺害され、彼女は生かされた。夜会卿への復讐のため人間側に寝返った。北門襲撃の際に夜会卿へ挑みかかるも相手にもされず、苦杯を飲んだ。詳しくは『第四章 第三話「永遠の夜ー④銀嶺膝下マグオートー」』『第四章 第三話「永遠の夜ー⑤霧海の繋ぎ手ー」』『第四章 第三話「永遠の夜ー⑥宵闇の狩人達ー」』にて


・『ラルフ』→かつてオブライエンの家庭教師をした男。ラガニアで起きた悲劇の一部始終を『追体験可能な懺悔録』というかたちで遺した。『気化アルテゴ』の影響で小人となり、『岩蜘蛛の巣』にコミュニティを形成するに至った。詳しくは『間章「亡国懺悔録」』にて


・『オブライエン』→身体の大部分を魔力の籠った機械で補助する男。王都内の魔具および魔術関連の統括機関『魔具制御局』の局長。自分の身体を作り出した職人を探しているが、真意は不明。茶目っ気のある紳士。騎士団ナンバー1、紫電のザムザを使って『毒食の魔女』を死に至らしめたとされる。全身が液体魔具『シルバームーン』で構築された不死者。かつてのグラキランス領主の息子であり、ラガニアの人々を魔物・他種族・血族に変異させ、実質的に滅亡させた張本人。外界で活動しているのは彼の分身『二重歩行者』であり、本体は一切の魔術的干渉を受けない檻に閉じ込められている。詳しくは『345.「機械仕掛けの紳士」』『360.「彼だけの目的地」』『間章「亡国懺悔録」』にて


・『夜会卿ヴラド』→黒の血族の公爵。王都の書物でも語られるほど名が知られている。魔王の分家の当主。キュラスの先にある平地『毒色原野』を越えた先に彼の直轄地アスターが存在する。極端な純血主義であり、自分に価値を提供出来ない混血や他種族は家畜同様に見なしているらしい。律儀で、礼儀を重んじる性格。不死の力を持ち、血液を資源とした魔術を扱う。肉体の大部分を蝙蝠の魔物に提供しており、攻撃を受ければ自動的に蝙蝠が反撃する。ヨハンと契約を結んでおり、アスターの人々は彼を殺すことが出来ない。詳しくは『幕間.「魔王の城~ダンスフロア~」』『90.「黒の血族」』『幕間.「魔王の城~尖塔~」』『565.「愛の狂妄」』『927.「死に嫌われている」』『第四章 第三話「永遠の夜ー⑥宵闇の狩人達ー」』にて


・『イブ』→魔王の名。ラガニア王の三女だった。ラガニア王直系の生き残りは彼女のみ。肉体は成熟した女性だが、精神は幼い状態のまま固定されてしまっている。魔物を統率する力を有する。詳しくは『間章「亡国懺悔録」』にて


・『黒の血族』→魔物の祖と言われる一族。人間と比較して長命。もともとは王都の敵国であったラガニアの人々のごく一部が、オブライエンの生み出した『気化アルテゴ』によって変異した姿。詳しくは『90.「黒の血族」』『間章「亡国懺悔録」』にて


・『映写魔術』→映像を空中に投影する魔術。詳しくは『間章「亡国懺悔録」』にて


・『王都』→グレキランスのこと。周囲を壁に囲まれた都。詳しくは『第九話「王都グレキランス」』にて


・『グレキランス』→通称『王都』。周囲を壁に囲まれた都。また、グレキランス一帯の地方を指して用いられる。詳しくは『第九話「王都グレキランス」』にて

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