1051.「弔い合戦」
鉄。鋼。金剛。なんでもいい。ともかくジーザスの放つ糸は渾身の速度であっても切断には至らず、ただし威力を殺すことは出来た。糸が身に迫ってもサーベルで斬ろうとすれば推進力が消える。そしてすぐに霧散する。糸の軌道が変化するのも、予備動作なく放たれるのもすでに経験済みだ。
だから、一切油断しない。
そして最悪のケースを常に想定する。敵――ジーザスの言葉に乗るのはどうかと以前のわたしなら思うだろう。正鵠を射た意見は、口にしたのが誰であろうと受け入れるべきだ。
今のところ糸は一秒に一度のペースでしか放たれていない。しかも一本ずつ。これはまだ様子見と考えるのが適切。手袋の爪は左右合わせて十本。もしかしたらそれ以上の糸を出せるかもしれない。
そしてもうひとつ――。
「お、いいねえ。そういう感じじゃなきゃ駄目だ」
霧散したと見せかけて、糸が推進力を取り戻した。それを素早く弾けたのは、あらかじめ『そうなるかもしれない』と想定したから。まあ、この程度なら予測せずとも対処出来たけど、前進には至らなかったろう。
ジーザスへと疾駆しつつ風の刃を放つ。相手はというと、両手をスラックスのポケットに突っ込んで悠々と避けつつ後退していた。それなりの速度で放っているのだけれど命中しない。しかも彼との距離が詰まってくれないのだから、喜びを感じた。
そう、わたしは嬉しい。きっと表情はとろとろになってる。
同時に冷静でもあった。恍惚状態のわたしを暴走させないよう手綱を握っている。彼女を野放しにしたらきっとどこかで騙されて、今度こそ八つ裂きにされるだろう。惚れてるだの会話したいだの、それらはすべて戯言だ。こっちを煙に巻いただけ。どうにでも調理出来る相手だと思っているに違いない。だからこそ遊び半分で解放した。
気分屋。そんな結論しか導き出せないのは仕方なかろう。無力化したわたしをあえて元通りにし、再び戦闘に興じるメリットなどないのだから。何度戦っても勝てる自信があるからこその振る舞いだ。
もう油断しない。全部を把握して完璧に対処する。
微かな魔力を見逃さず、背後に迫った一本の糸を逸らした。ジーザスは先ほどわたしが対処したばかりの糸を再利用して背中を狙ったのである。
「いいね。教訓が活きてる。クロエは将来有望だ。俺に会ったことであっという間に成長したんだからなあ」
成長してるって言われるのは素直に嬉しい。「えへへ」なんてついつい照れちゃう。でも油断しない。恍惚状態のわたしだって、戦闘においては隙なんて作ってないつもりだもの。最悪のケースを想定するのはあんまり得意じゃない、というより慣れてないけど、こうされたら嬉しいけど終わっちゃうな、っていう攻撃をイメージすることなら出来る。
しかし彼女の想像は完璧ではない。綻びがいくつもあるし、興奮すると多少魔力察知が雑になる。だから補助しなければならないのだ、わたしがわたしを。
ジーザスはやがて南門への大通りまで後退し、路地に入った。崩れかけた家が支え合って、なんとか形状を維持している場所である。
追いかけっこは好きじゃないけど、強い相手なら愉しい。だからついつい足を踏み入れる。
そこの路地は行き止まりだ。彼はあらかじめそのことを知っていたのだろうか。
可能性は充分にある、というよりほぼ確実に把握済みなはず。半日以上、複製ザムザや白銀猟兵と戦っていたのだ。それらを相手にしたあとは、また別の敵の襲来を予測するのが合理的である。彼にとってはオブライエンが現れるのが最悪の事態。だからこそ、すっかり崩壊した架空の王都を隅から隅まで確認したはず。どうすれば敵を欺けるか。どんな罠が適切か。
だから、路地へ踏み入った瞬間に頭上の家屋が崩落したのは妥当。むしろ、これに気を取られるのは悪手だ。必ず二の矢がある。
冷静なわたしが導き出した推論なんて、わたしも分かってるし。タイミングはバッチリだけど、こんなものじゃわたしを倒せない。それはジーザスだってきっと理解してる。
対応させるのが目的だ。わたしの刃のうち、彼が把握しているのは二種類。氷の魔術と風の魔術。氷で瓦礫を消し飛ばすか、風の刃で滅多切りにするか。どちらにせよわたしの意識は上方へ向かう。もちろん刃もそう。
だから、最低限の動きで一切を始末すればいい。
ジーザスを見据えて駆けながら、サーベルを掲げた。視線は前方の敵に固定して。
「雷神誅撃」
野太い雷がサーベルから放たれ、わたしを焼く。頭上の瓦礫も一瞬で塵に変える。最大出力の雷を維持したまま、刃を振り下ろした。
逃げ場はない。路地を覆うほどの太さの雷撃が家屋を焼きながら彼を消し炭に――するわけがないか。
ジーザスの手袋は切断に特化している。肉体だけが対象ではあるまい。
隣家の壁を切り裂いて逃げ道とするくらい造作もないというわけだ。ゆえにわたしは雷を維持したまま、彼の魔力と気配を感じる位置へとサーベルを薙ぐ。
だが、避けられた。彼は屋内をジグザグに上へ上へと移動し、自然とわたしの斬撃も彼のあとを追う軌道となった。
やがて屋上へと至った彼が、こちらに舌を出して見せる。挑発のつもりだろう。
ところで、偶然は誰にも予測出来ない。想像上の最悪を上回るなんて、往々にして起こるものだ。崩落しかかって互いに支え合うかたちになった屋根を移動する過程で、脆くなっていたのだろう、ジーザスは足で屋根を踏み抜いたのである。
雷はまだ維持している。だからわたしはちゃんと彼を殺すつもりで刃を、すなわち雷を扇状の軌道で振り抜いた。
それと同時だ。仰向いたわたしの視界の外――身体の前面に衝撃が広がり、吹き飛ばされたのは。
一瞬意識が飛んで、すぐに身を起こす。わたしを吹き飛ばしたのは鉄製のテーブルだ。瓦礫の一部に混じっていたのだろう。
でも、おかしい。
「まあ、この程度だろうな」
背後からジーザスの声が聴こえた瞬間には身動き出来なくなっていた。四角形の窮屈な糸の檻に閉じ込められていて、振り返ることは出来てもサーベルは格子に嵌まっている。引き抜こうにもスペースがない。
なんでこうなっちゃったかな。すっごく嬉しいけど、なんか寂しい。
なんとなく理屈は分かる。分からないわたしに、想像力の欠片を渡そう。
つまり、こうだ。
ジーザスが屋根を踏み抜いたのは偶然じゃなくて必然。わたしのサーベルの動きと視線を誘導した。そして彼はわたし自身の放った雷の刃、つまり魔力の塊に直撃しないよう、それでいて魔力が紛れるよう、わたしの背後に糸を放つ。接地した糸を引いて瞬間的な移動を実現。それから糸でテーブルを手繰った。一瞬の早業だけれど、あらかじめこうすると決めていればそう難しいものではないのだろう。彼にとっては。
「テレジアもルイーザも、スヴェルもシフォンも、俺とは違う。きっと真っ当に戦ったんだろうな。あいつらなりに」
遠い目をするジーザスは、やはり演技じみて見える。ただ、彼の言葉は事実を言い当てていた。
シフォンやスヴェルに戦略はなかった。他方でテレジアとルイーザは、戦略はあったものの真っ当な範疇だ。もっと言うと、ゾラもそう。厄介な魔術――干渉魔壁を使ってきたけれど、戦闘自体には裏を掻く動きなんてなかったと記憶している。
ジーザスは違う。全部が嘘で、全部が計算。そうとしか思えない。言うなれば勇者一行として恥じない実力を持ちつつ、ヨハンくらいしたたか。
そう考えてみると、なるほど、わたしが勝てる相手ではない。
発言や単語が不明な部分は以下の項目をご参照下さい。
・『ジーザス』→勇者一行のひとりであり、ヨハンの兄。黒の血族と人間のハーフ。ヨハン同様、契約の異能を持つ。夜会卿に仕えている。彼に下賜された手袋型の貴品『無慈悲な強奪者』を所持。戦争において夜会卿第一部隊に所属。詳しくは『第四章 第三話「永遠の夜ー⑤霧海の繋ぎ手ー」』『第四章 第三話「永遠の夜ー⑥宵闇の狩人達ー」』にて
・『シフォン』→ニコルと共に旅をしたメンバー。元騎士団ナンバー2。戦争において簒奪卿の部隊に配属されたが裏切り、血族も人間も殺戮した。自分の感情も思考も持たず、ニコルに従っている。前線基地にてクロエに敗北し、彼女の命ずるまま、現在はシンクレールに従っている。風の魔術の籠もった貴品『シュトロム』を所持。実は騎士団長ゼールの養子。シンクレールの塩オムレツを気に入っている様子。詳しくは『43.「無感情の面影」』『幕間.「魔王の城~記憶の水盆『外壁』~」』『幕間「或る少女の足跡」』『幕間「前線基地の明くる日に」』『第四章 第三話「永遠の夜ー⑥宵闇の狩人達ー」』にて
・『ルイーザ』→ニコルと共に旅をしたメンバー。最強と目される魔術師。高飛車な性格。エリザベートの娘。『針姐』の墨の魔術により全身に縮小した魔紋を刻んでいたが、クロエの持ち込んだ『墨虫』により無力化された。現在は魔力の大部分と記憶を失い、平凡なひとりの少女としてローレンスの館に住んでいる。詳しくは『幕間.「魔王の城~記憶の水盆『魔女の湿原』~」』『第二章 第六話「魔女の館」』より
・『スヴェル』→ニコルと共に旅をしたメンバー。王の側近であり、近衛兵の指揮官。『王の盾』の異名をとる戦士。魔王討伐に旅立った者のうち、唯一魔王に刃を向けた。その結果死亡し、その後、魂を『映し人形』に詰め込まれた。詳しくは『幕間.「魔王の城~記憶の水盆『王城』~」』『582.「誰よりも真摯な守護者」』にて
・『教祖テレジア』→勇者一行のひとり。山頂の街『キュラス』を牛耳る女性。奇跡と崇められる治癒魔術を使う。魔王の血を受けており、死後、『黒の血族』として第二の生命を得たが、クロエに討伐された。詳しくは『288.「治癒魔術師 ~反撃の第一歩~」』『第二章 第三話「フロントライン~①頂の街の聖女~」』にて
・『ゾラ』→別名、『獣化のゾラ』。勇者一行のひとりであり、『緋色の月』のリーダー。獣人(タテガミ族)の長。常に暴力的な雰囲気を醸している。恋愛に関しては極度に潔癖な一面もある。勇者一行でありヨハンの兄でもあるジーザスと契約し、人間殲滅を目的とした戦争への参加を余儀なくされている。クロエに敗北し、ヨハンの提示した戦争での役割を受け入れることとなった。すべての種族が争いなく共生する世界、『ユグドラシル』を理想としている。しかしながら過去、人間との交流によって失意を味わい、結果、人間に対する愛憎の念を抱くようになった。詳しくは『287.「半分の血」』『336.「旅路の果てに」』『702.「緋色のリーダー」』『790.「獣の王」』『Side Grimm.「獅子のひとりごと」』にて
・『オブライエン』→身体の大部分を魔力の籠った機械で補助する男。王都内の魔具および魔術関連の統括機関『魔具制御局』の局長。自分の身体を作り出した職人を探しているが、真意は不明。茶目っ気のある紳士。騎士団ナンバー1、紫電のザムザを使って『毒食の魔女』を死に至らしめたとされる。全身が液体魔具『シルバームーン』で構築された不死者。かつてのグラキランス領主の息子であり、ラガニアの人々を魔物・他種族・血族に変異させ、実質的に滅亡させた張本人。外界で活動しているのは彼の分身『二重歩行者』であり、本体は一切の魔術的干渉を受けない檻に閉じ込められている。詳しくは『345.「機械仕掛けの紳士」』『360.「彼だけの目的地」』『間章「亡国懺悔録」』にて
・『紫電のザムザ』→騎士団ナンバー1の男。銀の髪を持つ魔術師。幼い頃の記憶がない。ときおり頭のなかに響く『声』に従って行動をする。実はオブライエンによって作られた、魔道具に限りなく近い人間。故人。詳しくは『幕間.「王都グレキランス ~啓示~」』『Side Winston.「紫電の組成」』にて
・『干渉魔壁』→相手の魔力に干渉し、一切の魔術行使を封じる魔術。ゾラが使用。相手の魔術を身体に馴染ませ、魔力を理解し、解除するという段階を踏む必要がある。詳しくは『845.「杯の女」』にて
・『白銀猟兵』→人を模した、ずんぐりとした物体。オブライエンの量産している兵器。指令を送ればその通りに行動をすることが出来る。動きは機敏で、硬度は高い。破壊時に自爆する。詳細は『幕間.「白銀空間~潜入~」』『幕間.「白銀空間~白銀猟兵と一問一答~」』『幕間.「白銀空間~魔具制御局~」』にて
・『雷神誅撃』→サーベルに巨大な雷をまとわせて放つクロエの技。彼女自身も雷に焼かれる。詳しくは『第四章 第三話「永遠の夜ー⑥宵闇の狩人達ー」』にて
・『王都』→グレキランスのこと。周囲を壁に囲まれた都。詳しくは『第九話「王都グレキランス」』にて




