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花嫁騎士 ~勇者を寝取られたわたしは魔王の城を目指す~  作者: クラン
第四章 第三話「永遠の夜ー⑦千年の都ー」
1813/1834

Side Gregor.「密会香炉」

※グレガー視点の三人称です。

 魔力を正確に感知すれば幻覚のなかにいても敵を見失うことはない。極めて一般的な常識だ。


 といっても、それはグレガーが王都で騎士をしていた時代の話である。現在と比較して当時は治安が悪く、魔術を用いた犯罪が横行していた。王は頼りにならない暴君であり、市井(しせい)の荒廃に大した関心を寄せていない。大臣は現場を知らない役立たずが勢揃い。ゆえに種々雑多な魔術への対策は官吏(かんり)の仕事だった。当時の騎士は官吏としての扱いで、夜間防衛に加えて壁内の治安維持を兼務(けんむ)していた。要するに荒事の始末をつける力仕事である。魔術犯罪の対策は領分(りょうぶん)ではなかったが、魔術において秀でていたグレガーに白羽の矢が立ったのは、なにかと責任転嫁(てんか)したがる王城付きの魔術師の怠慢ばかりではない。彼が優秀過ぎたのだ。実際、適任でもある。かくして睡眠時間を削って様々な魔術犯罪への対処を策定した。


 古い記憶だ。


 グレガーは噴水広場に流れる血の轍(わだち)を眺めて自嘲(じちょう)する。後退を続ける自分の血だ。


 ――どうやら私の対策は間違っていたらしい。あるいは、こいつに効かないだけか。


 小麦色の肌をしたスーツの男、ジーザス。彼に施(ほどこ)した幻覚魔術は、こちらの位置や行動を錯覚させるものだ。自分と遜色(そんしょく)ない魔力を別の位置に配する。加えて、本体の魔力をほぼ完全に隠蔽(いんぺい)する細工。


 普通は見破れない。魔術師であっても。魔力察知を磨いた者でもおよばない自負がある。


 引き裂かれたローブに血が滲(にじ)み、痛みがじくじくと身体を蝕(むしば)む。


 ジーザスが一歩踏み出すごとに、グレガーは一歩後退した。


「どうしたよ、グレガー。一方的じゃねえか。それとも、まさか幻覚を視(み)てんのか?」


 ――そうだ。


 実物に見立てた幻覚をジーザスの背後に出現させ、囁かせる。それに対し、ジーザスは振り返ることなく虚空を撫でた。


 新たな痛みが肩から腰にかけて走る。


 グレガーは苛立(いらだ)たしい思いで敵の手元を睨んだ。両手に嵌(は)めた手袋。艶(つや)やかな黒地に、銀の線が縦に描かれている。妙なのは先端部だ。指先を包むように獣じみた金色の爪がある。


 こちらが負っている傷は、いずれも浅い。ちょうど爪の先端で引き裂かれた具合。爪の届く距離ではないにもかかわらず裂かれているのは、痛みの訪れる刹那、爪の先からなにかが放たれているからである。しかしながら正体は不明だった。


 劣勢なのはグレガーばかりではない。容貌魁偉(かいい)な大男を相手にするゼールも、血族と戦闘するネモも苦境にあった。彼我(ひが)の戦力差が着実に三人を削っていく。


 ただでさえ窮状(きゅうじょう)に立たされているというのに、西門の方角から血族が現れ、グレガーは咄嗟(とっさ)に幻覚魔術を行使した。


「おいおい。余計な魔術を使って消耗するのは悪手だろ」


 笑い混じりに言うジーザスに、グレガーは歯噛みした。


「放置するほうがよほど悪手だ」


 本来ならば、ネモを襲撃している血族に対しても行使すべきだった。しかしながら数が多過ぎる。大規模な幻術を連発するのはさすがに無理だ。


 彼にとって幸いだったのは、東門から踏み入った第二部隊がほぼ行軍不可能なほど消耗していた点と、第三部隊が門外で膠着(こうちゃく)状態に陥(おちい)っていた点である。両軍の魔力ならびに血族の気配を察知しているからこそ、不幸中の幸いだと感じた。


 それにしても、ジーザスが現れてから妙な匂いがする。ラベンダーの香りに似ているが、毒々しい強烈さがあった。ジーザスから漂ってくるのは間違いないが、具体的に身体のどの部分からかは、この距離では分からない。


「随分と厭(いや)な香水を使ってるな」


 柄(がら)に合わない煽りの直後、グレガーは膝を突いた。身体に複数の痛みが駆け、そのうちのいくつかが足に集中したのである。今度の傷は浅くないと身をもって知った。


「先に言っとくが、グレガー、お前の言葉に腹が立ったから攻撃を強めたわけじゃねえ。単純に飽きたんだ。あと、俺は香水なんて使わねえよ。お前が言ってんのはコレのことだろ?」


 ジーザスが首元からネックレスを引っ張り出す。すると一層匂いが強くなった。


 金鎖に下で球状の小さな檻が揺れている。檻の内部には紫色の光が灯(とも)っていた。


 魔道具。一目で分かる。


「『密会香炉(パルフュ・トラム)』。こいつの名前だ。匂いはアレだが、効果は最高」


「……効果?」


 ジーザスはネックレスをシャツの内側に戻し、不敵に笑(え)んだ。


「お前は夢を見るか? 俺はこいつを手に入れてから一度も夢を見ない。寝てる間は他人の夢に入り込める。顔を知ってる奴はもちろん、ランダムに誰かの夢に入って好き放題出来るってわけだ」


 この男の言葉は信用出来ない。どこまでが嘘なのか甚(はなは)だ怪しいのだ。


 ジーザスは悠々と続ける。


「なに、夢で悪さはしねえよ。美人がいたらちょっかいかけたりしたけどよぉ、現実じゃねえから微妙。ま、夢くらい他人に見られたって害はねえさ」


 とんでもない話だ。実際、ジーザスも能力の優秀さを充分知っていて、いかにもな軽口を演じているに違いない。


 現実では巧妙に隠せる物事も、夢ではそうもいかない。夢の自分は意識の一部であり、現実の制約を受けてはいないのだ。姿も様々。幼少期の自分であったり、少年期だったりする。此度(こたび)の戦争が顕著(けんちょ)だが、秘匿(ひとく)すべき作戦があっても夢でなら話してしまう。特に相手が信頼出来る仲間であれば。


 もちろん個人の夢で語られた事柄が真実とは限らない。だが、いくつもの夢で同じことが話されれば事情は変わる。


 夢に干渉する魔道具。それが些細な効果だなんて、とんでもない。


「で、だ。肝心なのは夢の定義。俺が死の幻術から撤退を決めてすぐ、『密会香炉(パルフュ・トラム)』を発動したのは気付いたか? この魔道具は幻覚も夢として扱う。お前の幻覚魔術にかかっていながら、俺はそれに干渉出来るわけだ。なにが本物でなにが偽物か一発で見分けられる」


 グレガーの額に浮いた汗が、肌を伝って顎から落ちる。そして石畳で弾けた。


「俺は死ぬのが嫌いだ。どこかのお偉いさんとは違ってな。大体察してんだろうけど、手品のネタバラシをするときは最後って相場が決まってる。悪いな、グレガー。お前は優秀だが収穫すべきじゃねえ。ここでサヨナラだ」


 ジーザスの手が宙を撫でる。首の横から痛みが走り――。


 敵の目が見開かれた。そして口元に笑みが浮かぶ。


 ジーザスの爪から放射されたなにかを受け止めた刃が、沈みはじめた太陽の光を反射した。


「いいねえ。きっと来ると思ってた。お前は王都グレキランスの守護者だもんなぁ。会いたかったぜ、クロエ」


 グレガーは隣に立つ栗色の髪の女性を見上げ、息を吐いた。


 現れたのは彼女だけではない。


 相変わらず顔色の悪い男、ヨハン。


 剣呑(けんのん)な雰囲気をいささかも崩さない、勝ち気な顔のアリス。


 圧倒的な劣勢には変わりない。だが、『鏡の森』を踏破したこの三人に、グレガーが仄(ほの)かな希望を感じたのは確かだ。加えてもうひとり、汚れた白装束を召(め)した血族の女性がいる。彼女もおそらくクロエたちの味方であり、つまりはこちら側なのだろう。


「ねえ、ヨハン。この男は誰?」


「ジーザスですよ。相手にしないでください」


「ふぅん」


 クロエは緩んだ顔で周囲を見渡していた。彼女の表情はみるみるうちに蕩(とろ)けていく。まるでご馳走に囲まれているみたいに。


「相手にしないでくださいね」


「やだ」


 まるで子供のように返し、クロエはジーザスへと歩んだ。

発言や単語が不明な部分は以下の項目をご参照下さい。



・『幻術のグレガー』→かつて騎士団のナンバー2だったとされる男。不死魔術の研究により、王都から追放された。『鏡の森』でバンシーを従え、不死魔術を維持していた。洗脳などの非戦闘向けの魔術に精通している。勇者一行であるゾラとの面識あり。ゾラの記憶する限り、グレガーはかつて騎士団の頂点に座していた。詳しくは『205.「目覚めと不死」』『868.「若年獣人の長き旅⑥ ~奪取~」』にて


・『ネモ』→王都の先代の王。ヨハンに胸を射られ、その影響で『黒の血族』と化した。息子である王子ゼフォンによって地下に幽閉されていたが、ノックスに救出された。詳しくは『第二章 第八話「騒乱の都~②名も無き王~」』にて


・『ゼール』→騎士団長。王都の騎士を統括する存在。双剣の魔具『凍剣蓮華(リフルーレ)』と『風雷万華(エルグロリア)』の使い手。実はシフォンの養父。戦争において北門の指揮官を任じた。バルクハルトとの戦闘で片足を失い、それでもなお彼に勝利した。詳しくは『幕間.「魔王の城~記憶の水盆『外壁』~」』『第九話「王都グレキランス」』『幕間.「王都グレキランス~騎士の役割~」』『第四章 第三話「永遠の夜ー⑥宵闇の狩人達ー」』にて


・『アリス』→魔銃を使う魔術師。ハルキゲニアの元領主ドレンテの娘。実は防御魔術のエキスパート。王都の歓楽街取締役のルカーニアと永続的な雇用関係を結んだ。ラガニア随一の魔術師ヘルメスに弟子入りし、影の魔術を会得。戦争において縫合伯爵ルドラの次女マヤやハイメ子爵と親交を深めた。詳しくは『33.「狂弾のアリス」』『Side Alice.「ならず者と負け戦」』『第四章 第三話「永遠の夜ー②隠れ家と館ー」』『第四章 第三話「永遠の夜ー⑤霧海の繋ぎ手ー」』『第四章 第三話「永遠の夜ー⑥宵闇の狩人達ー」』にて


・『ジーザス』→勇者一行のひとりであり、ヨハンの兄。黒の血族と人間のハーフ。ヨハン同様、契約の異能を持つ。夜会卿に仕えている。彼に下賜された手袋型の貴品(ギフト)『無慈悲な強奪者(ブラッディ・ハンド)』を所持。戦争において夜会卿第一部隊に所属。詳しくは『第四章 第三話「永遠の夜ー⑤霧海の繋ぎ手ー」』『第四章 第三話「永遠の夜ー⑥宵闇の狩人達ー」』にて


・『黒の血族』→魔物の祖と言われる一族。人間と比較して長命。もともとは王都の敵国であったラガニアの人々のごく一部が、オブライエンの生み出した『気化アルテゴ』によって変異した姿。詳しくは『90.「黒の血族」』『間章「亡国懺悔録」』にて


・『魔道具』→魔術を施した道具。魔術師であっても使用出来る。永久魔力灯などがそれにあたる。詳しくは『118.「恋は盲目」』『間章「亡国懺悔録」』にて


・『鏡の森』→ハルキゲニアの北に位置する海峡を渡った先の森。初出は『104.「ハルキゲニア今昔物語」』


・『王都』→グレキランスのこと。周囲を壁に囲まれた都。詳しくは『第九話「王都グレキランス」』にて


・『グレキランス』→通称『王都』。周囲を壁に囲まれた都。また、グレキランス一帯の地方を指して用いられる。詳しくは『第九話「王都グレキランス」』にて

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