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花嫁騎士 ~勇者を寝取られたわたしは魔王の城を目指す~  作者: クラン
第四章 第三話「永遠の夜ー⑦千年の都ー」
1809/1834

Side Gregor.「手を組むべきは誰か」

※グレガー視点の三人称です。

『鏡の森』の支配者であり、擬似的(ぎじてき)な不死を実現した男。幻術のグレガー。


 彼がウィンストンとともに行動――というより生活をともにしていた理由はひとつ。必ずやグレキランスに侵攻するであろう夜会卿を挫(くじ)くためである。そのための材料はすでに得ていた。


 オブライエンへの執着。それを異常だと見做(みな)すことは出来ない。ラガニア崩壊の日から千年以上生き続けている当事者ゆえである。


 ラルフの記憶に関しては、グレキランスへ向かう道のりでヨハンが特殊な交信魔術を用いて細大漏らさず伝えてくれた。昨晩、夜会卿から聞き出した執着心についても同様の方法で共有が為(な)された。


『貴方の役割は第一に他種族の手助けです。彼らが無事目的を果たせるよう、可能な範囲で結構ですのでサポートをお願いします』


 これもヨハンの言(げん)だ。具体的な支援策は『お任せします』とのこと。試されてるのやら買いかぶられているのやら。


 ウィンストンと生活したのは、役割に応(こた)える意味合いもある。彼と視覚および聴覚を共有し、危うくなれば乗り込むつもりだった。助力不要と判断したのはヴィクトルとの一場を目にし、耳にしたときだ。もしウィンストンが失敗したならヴィクトルが引き継ぐ。確信に足る根拠は欠けていたが、彼が秘書ジュリアを蹂躙(じゅうりん)した点から、力においては申し分ないと思えた。結果的にウィンストンはやり遂げ、お役御免(ごめん)となったわけだが。


 地下王都でグレガーがおこなったのは、速さと正確性に比重を置いた交信魔術である。遅ければオブライエンに改変されるか、交信そのものが打ち消される。送信相手の位置が不確かであれば届かない。地下で動くあらゆる人間の魔力を感じ取り、掌握(しょうあく)するためにも王都壁内での生活は必要不可欠だった。


 他種族へのサポートはそれだけだ。人間が味方につくだけでも充分に彼らの安全は買える。では、以降の時間をどう過ごしていたのか。まずは王城内部――オブライエンの二重歩行者(ドッペルゲンガー)がいる位置に遅延を施(ほどこ)した映写魔術を仕掛けた。露見(ろけん)しても問題はない。というより、オブライエンはいかなる魔術であれ察知するし、その気になれば解除する。看過(かんか)されたのは彼の傲慢(ごうまん)さゆえであろう。好きに観たまえ。そんな嘲(あざけ)りを感じた。


 それだけに注力していたわけでなく――。


 傾きかけた太陽の光を浴びながら、グレガーは崩折れた血族たちを見渡す。そしてベンチの隣に立つローブの男に頷きを送った。


 今、連中は例外なく死の幻覚に囚われている。敵方の大将である夜会卿も例外ではない。佇立(ちょりつ)してはいるものの、目は幻術にかかった者のそれだ。


 心を挫(くじ)き、死の幻覚で追い打ちをかける。撤退の選択肢を採用するように。


 実現する可能性は一割程度だろう。


 夜会卿はオブライエンに触れることすら出来なかった。そして王都は彼の手が届く場所にない。地上にある精巧なレプリカを入手する意味もなかろう。それでも、この瓦礫(がれき)の街を拠点に方々へ侵攻し、実質的にグレキランス一帯を支配する可能性のほうが高い。さすがにグレキランスのすべての町や村を地下に移送するのは無理だ。オブライエン製の地下空間を乗っ取ったばかりのウィンストンにはなおのこと。


「ネモ。容赦は必要ありません」


 呼びかけると、ローブの奥で嗄(しわが)れた、しかし力強い声が返った。「分かっておる」と。


 幻覚にかかっている状態の彼らを抹殺するのは難事ではない。不死者である夜会卿は別だが、首を落とせば終わりだ。それを良しとしなかったのはネモである。幻覚から回帰した血族が撤退を選べば、傷付ける必要はないと断言したのだ。


 他種族への助力を済ませてすぐ、地下王都の一角にある邸に忍び込んだのを思い出す。直近の記憶だ。




 邸に入るなり、ローブ姿の男――ネモが暗がりから睨みを利(き)かせているのが分かった。姿こそ服で隠しているが、やけに堂々としているのは不思議ではない。事前にヨハンから一切を聞いている。


『何者だ』と問うたのは相手のほうだ。老いてはいるが、威厳がある。一歩も引かぬ意志が、短い言葉と声だけで存分に理解出来た。


『私はグレガーと申します。幻術のグレガー。そのように呼ばれておりました。信じていただけないでしょうが――』


 遥か昔、王都に暴君が君臨していた時代に、騎士が官吏(かんり)を兼務(けんむ)していたことなど、グレガーは偽りなく語った。己が不死者であることも。不死を成立させていた魔術的技法――精神抽出魔術(アイソレーション)についても隠し立てせずに明かしたのだが、現在はネモと名乗っている先々代の王は、魔術について細かな知識はないようで、途中から頭を抱えていた。


『要約すると、貴殿は百年以上前の人物であり、此度(こたび)の戦争を知って王都の危機を救おうとしているのだな?』


『ええ。そのために馳(は)せ参じました。失礼ながら、陛下のことはヨハンから聞きおよんでおります。お身体についても』


『今は王ではない。陛下などと言わんでくれ。我はネモ。誰でもない存在だ』


 場所は玄関ではなく、応接間に移っている。厚いカーテンにより外界と遮断された部屋。一対のソファに座し、永久魔力灯の投げかける乏(とぼ)しい黄色の光の下、対面していた。


『ネモ様』


『様も要(い)らん。呼び捨ててくれて結構』


『では、ネモ。貴殿はこの戦争においてどういった立場にあるのかお聞かせいただけますか? 人間の味方なのは分かっております。問いたいのは、オブライエンを擁護(ようご)しているのか否かです』


 ネモは首を傾げた。


『オブライエンは人間側だ。徹頭徹尾、グレキランスを保護している』ちらと彼の視線がカーテンへと向けられた。その先にあるものを見通しているのだろう。『ゆえに我はオブライエンの味方であるとも言える。他種族は血族に与(くみ)していると聞いた。オブライエンからは、彼らの殲滅(せんめつ)を依頼されている。兵器でどうにも出来なくなれば、我(われ)が出る算段だ』


 その言葉を聞いて、やはりそうかと思った。ネモは外見上、血族だ。ほぼずっと邸に籠もっていたに違いない。いくらでもオブライエンが懐柔(かいじゅう)する機会はあったろう。ヨハンの推測が当たったわけだ。


 ――もし王都に異変があれば、この邸にいるネモさんを訪ねてください。きっと彼はオブライエンに洗脳されているか、あるいは誤った情報を植え付けられている可能性が高いので。


 これも耳打ちで告げられた内容のひとつ。


 厳密には、誤情報でも洗脳でもない。オブライエンを守るなら他種族は敵である。彼を切り捨てるなら、決して他種族に手出ししてはいけない。なにより、本当の敵を見誤ってはいけない。


『貴殿は魔物の正体をご存知ですか?』


『魔物は魔物だ。有史以来この世界に跋扈(ばっこ)する人間の天敵』


『他種族は魔物に近い存在で、血族は魔物を統(す)べる存在だとお思いですか?』


 ネモの視線が鋭利になる。威圧感も真剣味も急激に増した。


『真実は違うと言いたいのだな』


『お察しの通りです』


 かくしてグレガーはラルフの記憶の要点のみを伝えたのである。


 遥か昔グレキランスはラガニアの領地だったこと。


 オブライエンが魔術による犯罪でラガニアの爵位を不正に得たうえ、グレキランスを国家として独立させたこと。


 結果、ラガニアとの戦争に陥(おちい)ったこと。


 兵器アルテゴにより、ラガニアの人々を魔物、他種族、血族に変異させ、いっときは国家を崩壊させたこと。


 そののち、グレキランスの人々に誤った歴史をすり込んだこと。


 オブライエンが不死者となり、今もグレキランスを手のひらに収めていること。


『私の仲間は今、他種族と組んでオブライエンの討伐に向かっております。そして同時に、地上では血族の侵攻を受けている状況。……ここは一見すると王都ですが、オブライエンの作った地下空間です。本物の地上では血族が跋扈(ばっこ)している』


 ネモはカーテンを一瞥(いちべつ)したとき以来、ずっとこちらを見つめ続けている。視線の熱は一定して高い。


『ネモ。あらためて質問いたします。貴殿は誰と手を組んで戦いますか?』

発言や単語が不明な部分は以下の項目をご参照下さい。



・『幻術のグレガー』→かつて騎士団のナンバー2だったとされる男。不死魔術の研究により、王都から追放された。『鏡の森』でバンシーを従え、不死魔術を維持していた。洗脳などの非戦闘向けの魔術に精通している。勇者一行であるゾラとの面識あり。ゾラの記憶する限り、グレガーはかつて騎士団の頂点に座していた。詳しくは『205.「目覚めと不死」』『868.「若年獣人の長き旅⑥ ~奪取~」』にて


・『ウィンストン』→『毒食(どくじき)の魔女』の邸の執事をしている魔術師。丁寧な口調の壮年男性。ジェニーとは犬猿の仲。昔から魔女の命を狙って暗殺を繰り返している。魔女を殺害したオブライエンへ、並々ならぬ復讐心を持っている。詳しくは『第八話「毒食の魔女」』『279.「物好きな主人」』にて


・『ネモ』→王都の先代の王。ヨハンに胸を射られ、その影響で『黒の血族』と化した。息子である王子ゼフォンによって地下に幽閉されていたが、ノックスに救出された。詳しくは『第二章 第八話「騒乱の都~②名も無き王~」』にて


・『ラルフ』→かつてオブライエンの家庭教師をした男。ラガニアで起きた悲劇の一部始終を『追体験可能な懺悔録』というかたちで遺した。『気化アルテゴ』の影響で小人となり、『岩蜘蛛の巣』にコミュニティを形成するに至った。詳しくは『間章「亡国懺悔録」』にて


・『ヴィクトル』→白イタチに似た獣人。詳しくは『第四章 第二話「幻の森」幕間.「少女と獣の恩返し」』にて


・『夜会卿ヴラド』→黒の血族の公爵。王都の書物でも語られるほど名が知られている。魔王の分家の当主。キュラスの先にある平地『毒色原野』を越えた先に彼の直轄地アスターが存在する。極端な純血主義であり、自分に価値を提供出来ない混血や他種族は家畜同様に見なしているらしい。律儀で、礼儀を重んじる性格。不死の力を持ち、血液を資源とした魔術を扱う。肉体の大部分を蝙蝠の魔物に提供しており、攻撃を受ければ自動的に蝙蝠が反撃する。ヨハンと契約を結んでおり、アスターの人々は彼を殺すことが出来ない。詳しくは『幕間.「魔王の城~ダンスフロア~」』『90.「黒の血族」』『幕間.「魔王の城~尖塔~」』『565.「愛の狂妄」』『927.「死に嫌われている」』『第四章 第三話「永遠の夜ー⑥宵闇の狩人達ー」』にて


・『オブライエン』→身体の大部分を魔力の籠った機械で補助する男。王都内の魔具および魔術関連の統括機関『魔具制御局』の局長。自分の身体を作り出した職人を探しているが、真意は不明。茶目っ気のある紳士。騎士団ナンバー1、紫電のザムザを使って『毒食の魔女』を死に至らしめたとされる。全身が液体魔具『シルバームーン』で構築された不死者。かつてのグラキランス領主の息子であり、ラガニアの人々を魔物・他種族・血族に変異させ、実質的に滅亡させた張本人。外界で活動しているのは彼の分身『二重歩行者』であり、本体は一切の魔術的干渉を受けない檻に閉じ込められている。詳しくは『345.「機械仕掛けの紳士」』『360.「彼だけの目的地」』『間章「亡国懺悔録」』にて


・『ジュリア』→魔具制御局のメンバー。オブライエンの部下。オブライエンの実験による最初の不死者。彼を心の底から愛している。全身が液体魔具『シルバームーン』で構築されている。詳しくは『第二章 第八話「騒乱の都」』『間章「亡国懺悔録」』にて


・『黒の血族』→魔物の祖と言われる一族。人間と比較して長命。もともとは王都の敵国であったラガニアの人々のごく一部が、オブライエンの生み出した『気化アルテゴ』によって変異した姿。詳しくは『90.「黒の血族」』『間章「亡国懺悔録」』にて


・『映写魔術』→映像を空中に投影する魔術。詳しくは『間章「亡国懺悔録」』にて


・『二重歩行者(ドッペルゲンガー)』→ヨハンの得意とする分身の魔術。影に入り込んで移動することが可能。詳しくは『12.「二重歩行者」』にて


・『精神抽出魔術(アイソレーション)』→精神と肉体を分離させる魔術。グレガーが独自に編み出した。グレガーの不死魔術と相関関係にある。詳しくは『209.「森の紋」』にて


・『永久魔力灯』→魔力を施した灯り。光度や色調は籠められた魔力に依存する。魔道具。詳しくは『38.「隠し部屋と親爺」』『間章「亡国懺悔録」』にて


・『アルテゴ』→オブライエンの発明した兵器。『固形アルテゴ』『液化アルテゴ』『気化アルテゴ』がある。詳しくは『間章「亡国懺悔録」 幕間37.「アルテゴ」』にて


・『固形アルテゴ』→オブライエンの発明した兵器。固形。詳しくは『間章「亡国懺悔録」 幕間37.「アルテゴ」』にて


・『液化アルテゴ』→オブライエンの発明した兵器。液状で、外気に触れると『気化アルテゴ』となる。詳しくは『間章「亡国懺悔録」 幕間37.「アルテゴ」』にて


・『気化アルテゴ』→オブライエンの発明した兵器。『液化アルテゴ』が気化したもの。膨張を繰り返し、急速に広がる。吸引した人間は多くが魔物となり、一部が他種族に、ごくごく一部が『黒の血族』へと変異する。オブライエンは双子の兄であるスタインの体内に『液化アルテゴ』を設置し、生命活動の停止に伴って外気に触れるよう仕組んだ。スタインが処刑されたことにより、ラガニアは滅亡することとなった。詳しくは『間章「亡国懺悔録」 幕間37.「アルテゴ」』にて


・『鏡の森』→ハルキゲニアの北に位置する海峡を渡った先の森。初出は『104.「ハルキゲニア今昔物語」』


・『王都』→グレキランスのこと。周囲を壁に囲まれた都。詳しくは『第九話「王都グレキランス」』にて


・『グレキランス』→通称『王都』。周囲を壁に囲まれた都。また、グレキランス一帯の地方を指して用いられる。詳しくは『第九話「王都グレキランス」』にて


・『ラガニア』→かつてはグレキランス同様に栄えていた地域、と思われている。実際はグレキランスを領地として治めていた一大国家。オブライエンの仕業により、今は血族の土地と化している。魔王の城は元々ラガニアの王城だった。初出は『幕間.「魔王の城~書斎~」』。詳しくは『間章「亡国懺悔録」』より

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