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花嫁騎士 ~勇者を寝取られたわたしは魔王の城を目指す~  作者: クラン
第四章 第三話「永遠の夜ー⑦千年の都ー」
1808/1834

Side Vlad.「あってはならない」

※ヴラド視点の三人称です。

 夜会卿ヴラドは天上に展開された映像に見入っていた。じっと。身動きひとつせず。


 銀髪の男たちと白銀猟兵(ホワイトゴーレム)は、映像が展開される少し前に、一斉に動きを止めた。数時間もの戦闘で失った兵力は多いが、半数は生き残っている。無論、バルクハルトは健在だ。最前線で蛮勇を奮い、傷を負いながらも生き延びた。猛将の由縁(ゆえん)を遺憾なく発揮したと言えよう。


 地上がものけの空(から)であることはすでに気付いている。この街には誰もいない。悪質な罠だけが蔓延(はびこ)っている。住民全員が逃げたとするのは不合理だ。誰もいない空間を命懸けで守るのは道理に合わない。


 どこかに移された。それも、こちらに気取(けど)られぬよう隠蔽(いんぺい)して。タイミングは開門と同時かそれ以前。どんな魔術であろうと、小村ならまだしも、都市を丸ごと消すのは限りなく不可能に近い。


 映像から目を逸(そ)らすことなく、なかば以上瓦礫(がれき)と化した都を蝙蝠(こうもり)の目で眺めた。本隊がいるのはグレキランス中央の噴水広場。第一部隊は数百メートル先の大通りで歩を止め、第二部隊は門から広場を結ぶ通りの中間地点で壊滅状態に陥(おちい)っている。レンブラント率いる第三部隊はいまだに門内に踏み入ってすらいない。


 メフィストたちを監視する第三の視野も常に維持していたのだが、状況が極端に変わっていた。兵士の多くが消えている。ベアトリスと竜人も。いつここまで減ったのか、まったく把握出来ていなかった。


 本隊の背後に、消えた兵員を送り込んだのかと訝(いぶか)ったものの、それらしい人影はない。


 ヴラドが困惑するのも無理はない。後方に配した蝙蝠たちを任意に切り替えて確かめても差分がないのだから。視覚を欺(あざむ)く魔術――欺瞞の鏡面(ブループリント)をすべての蝙蝠に施(ほどこ)すのは尋常(じんじょう)の魔術師に出来るものではない。つまりメフィストの仕業(しわざ)ではない点までは察しがついたが、そこから先に思考が伸びないのも仕方なかろう。後方に出現したオブライエン。そして彼が消失した結果、真実が露(あら)わになったのだ。といっても、ヘルメスは例外である。蝙蝠の目に彼は映っていない。ラガニア随一の魔術師ヘルメスもまた、すべての蝙蝠から己の姿のみを隠蔽するのは難事ではなかった。


 後方の状況に疑念を感じつつも、ヴラドの意識は空中のスクリーンに固定されている。


 周囲の兵士が何人か呟きを漏らした。


「あれは……グレキランスの玉座か?」


「なぜ玉座でユラン公爵が戦っているのだ」


「ゾラと共闘しているが、趨勢(すうせい)は決している。相手は何者だ……?」


 他種族は地下の敵と戦う。そう聞いていた。此度(こたび)の戦争の発起人であるニコルから。


 あのシルクハットの男がオブライエンの末裔(まつえい)か、とヴラドはほぼ断定していた。ゾラとユランがいかに強者かは理解しているつもりだ。連中がアスターで他種族解放騒動を起こした際、もっとも多くの警備兵を殺したのがゾラである。ユランは誰も殺しはしなかったが、警備の者をことごとく気絶させたのだ。玉座にいるトロールも並ではなかろう。ユランやゾラに匹敵せずとも、近い実力を持っている。なぜかゾラの背にしがみついている子供も、そう悪くない活躍をしていた。


 一瞬だけ足元へと意識が逸(そ)れる。今立っている石畳の遥か下に、本物のグレキランスがあるのではないか。それは疑問ではなく確信だった。


「忌々(いまいま)しい」


 無意識に発した言葉である。そして口にしたことさえ気付かなかった。


 オブライエンの末裔を捕獲して蹂躙(じゅうりん)するのは自分なのだと、怒気が膨れては萎(しぼ)んでいく。


 末裔はあの三人――子供も入れれば四人を相手に、悠々と戦っているのだ。仮にシルクハットの男と一対一だったとして、自分は勝てるだろうか。


 ヴラドは自問をすぐに打ち消した。ひどく不愉快で自嘲的(じちょうてき)な問いである。


 映像は玉座だけではない。早回しで白銀色の空間を駆ける視点があった。つまりは実時間の映像ではない。進むごとに他種族どもが目減りしていく。やがて橙色(だいだいいろ)の町へと推移し、そこで映像は通常の速度に戻った。


 頭が空っぽになり、なにも考えられない。


「オブライエン……」


 夕焼けの庭に不似合いな檻。その内部に閉じ込められているのは、紛(まぎ)れもなくオブライエン当人だった。


 一度自分の脳を潰して、再生したまっさらな思考で見たい。よほどそうしようかと思ったが、一瞬たりとも宙の映像から目を離したくなかった。


 ヴラドはただ、呆然と映像を眺める。


 オブライエンの身が何度目かの銃弾で霧散し、暗殺者が二重歩行者(ドッペルゲンガー)を出現させ、なぜか本体に鍵を突き刺すところも見た。


 ついにはオブライエンが消え果てるのも。


 そののち、玉座での戦闘が終わったのも。


 周囲ではざわめきが広がっている。いちいち聴き取れないが『オブライエン』という単語が耳に障(さわ)った。


 ありえない。


 たかが人間が、千年以上も生き続けるなど馬鹿げている。


 ラガニアに悲劇をもたらした男が、ずっと息をし続けていただと?


 あってはならない。


 もし仮にそうだったとして、オブライエンを討つ資格は悲劇の当事者にこそあるべきだ。


「フェイクだ」


 ぼそりと呟き、そばに控えていた交信魔術師の胸ぐらを掴む。今このとき、ヴラドの身に染み付いた礼儀は消し飛んで、ひどく不快な衝動だけが体内に充満していた。


「あの映像は偽物だ。全軍に伝えよ。速やかに。滞(とどこお)りなく」


 映像はすでに消えている。


 交信は広く伝播(でんぱ)されたことだろう。もし異を唱える者がいるならば、この場で縊(くび)り殺す。


 誰もが意識のほとんどを先ほどの映像に傾けており、この場に生じた異変に気付かなかった。例外はバルクハルトだけ。


 噴水広場のベンチに、背の高い男が腰かけている。艶(つや)やかな長髪は、奇(く)しくもオブライエンに近い白銀色だった。ただし、顔や身体つきは異なる。オブライエンよりも中性的な、ある種なよやかな風体(ふうてい)。碧(みどり)のローブを羽織った姿は気品がある。そして肌は人間のそれだ。


 そしてもうひとり、褪(あ)せたローブをまとった男が立っている。バルクハルトほどではないが体格は秀でていた。その肌は紫。


 バルクハルトの大剣が振り上げられる。が、振り下ろすより先に猛将の巨躯が脱力し、大剣が石畳を打った。


 異常に気付いた血族たちがベンチの男を見るや否(いな)や、その場に崩れ落ちる。


「貴様……何者だ? オブライエンの血縁者か?」


 ヴラドの問いは多量の祈りを含んでいた。例の映像をフェイクだと伝聞しながらも、当の彼自身はあまり信じていなかったのだ。もしこの男がオブライエンの縁者なら、多少は溜飲(りゅういん)が下がる。


 しかし、男はきっぱりと首を横に振った。


「違う。オブライエンと面識はあるが、私と彼に血縁関係はない」


 相手が言い終わるより先に、ヴラドは魔術を展開した。男を取り囲む無数の闇色の剣。


 言葉の終わりに、ヴラドは剣を放った。串刺しになり、絶命するのは必至。対処出来る数ではない。練度も申し分なかった。


 が、突き刺されたのは男ではなくヴラドである。


 痛みが駆け、意識が遠のく。流れ出した血が石畳を黒く染めた。


「君に提案がある。もし撤退するなら命は奪わない」


 膝を突いたヴラドは、久しく感じていなかった本物の痛みを存分に噛み締めていた。


「何度でも機会をやろう」こちらを見下ろす男の目はひどく冷たく、鬱屈していた。「私の名はグレガー。かつて王立騎士団の頂点に立っていた者だ」


 首が落ち、ヴラドは絶命した。


 が、次の瞬間には視界に均一な白が広がる。痛みはどこにもない。


 死はこのようなものなのか、とヴラドは吐息をつく。グレガーとやらにとっては。

発言や単語が不明な部分は以下の項目をご参照下さい。



・『夜会卿ヴラド』→黒の血族の公爵。王都の書物でも語られるほど名が知られている。魔王の分家の当主。キュラスの先にある平地『毒色原野』を越えた先に彼の直轄地アスターが存在する。極端な純血主義であり、自分に価値を提供出来ない混血や他種族は家畜同様に見なしているらしい。律儀で、礼儀を重んじる性格。不死の力を持ち、血液を資源とした魔術を扱う。肉体の大部分を蝙蝠の魔物に提供しており、攻撃を受ければ自動的に蝙蝠が反撃する。ヨハンと契約を結んでおり、アスターの人々は彼を殺すことが出来ない。詳しくは『幕間.「魔王の城~ダンスフロア~」』『90.「黒の血族」』『幕間.「魔王の城~尖塔~」』『565.「愛の狂妄」』『927.「死に嫌われている」』『第四章 第三話「永遠の夜ー⑥宵闇の狩人達ー」』にて


・『バルクハルト』→黒の血族。戦争において夜会卿の本隊に所属。全軍で唯一軍馬を用いる容貌魁偉な猛将。末広がりな大剣二本を所持。戦争においてゼールに腕を斬られ、自ら敗北を認めた。詳しくは『第四章 第三話「永遠の夜ー⑤霧海の繋ぎ手ー」』『第四章 第三話「永遠の夜ー⑥宵闇の狩人達ー」』にて


・『レンブラント』→黒の血族。戦争における夜会卿の第三部隊長。身体強化魔術のエキスパート。見た目は四十代のおじさんだが、血族としては高齢。夜会卿の領地アスターでカジノのオーナーなどをしている。本業は革命屋であり、夜会卿の転覆を狙っているが、同時に夜会卿に拝跪してもいる。詳しくは『第四章 第三話「永遠の夜ー②隠れ家と館ー」』にて


・『メフィスト』→ニコルと魔王に協力していた存在。ヨハンの本名。現在はクロエと契約し、魔王討伐に協力している。初出は『幕間.「魔王の城~尖塔~」』


・『ベアトリス』→ラガニアの地下都市ヘイズの長であり、バーンズの子孫。黒の血族で、ラガニアの男爵。誠実な男。祖先の恨みを晴らすべく、夜会卿への宣戦布告を目論んでいる。鎧をかたどった貴品『虚喰』により、無形の靄を自在に操ることが可能。ただし、力を使えば使うほど鎧の内部は空洞化する。戦争にて竜人と組んで人間側につくことを誓った。同じく戦争に参加したイアゼル侯爵の異父兄弟。夜会卿との戦闘において肉体のほぼすべてが空洞化した。詳しくは『第四章 第一話「祈りの系譜」』『第四章 第三話「永遠の夜ー④銀嶺膝下マグオートー」』『第四章 第三話「永遠の夜ー⑥宵闇の狩人達ー」』にて


・『ヘルメス』→かつてのラガニアでトップクラスに優秀だった魔術師。ねちっこい性格で、人付き合いの苦手な男。もともと魔術学校で講師をしていたがクビになり、一時期ガーミール公爵に雇用されていたが、彼が零落したことでドラクル公爵に鞍替えした。オブライエンの犯罪的魔術を看破し、彼の右腕と左足を木端微塵にした過去を持つ。血族化して以降は夜会卿に仕えていたが、ニコルによる襲撃以降、四代目となるガーミールに鞍替えした。死を契機に、事前に契約を交わした相手に成り変わることで不老不死を実現する異能を持つ。対象者はヘルメスの記憶と肉体と魔力をコピーした、ヘルメスそのものとなる。その際、相手の持つ魔力も上乗せされる。夜会卿の支配地であるアスターに訪れたルイーザの精神を叩き折って泣かせた過去を持つ。ヨハンの提案により、オブライエン討伐ならびに戦争での人間側の勝利後には、四代目ガーミールの部下とともにグレキランスに残り、アルテゴのワクチン研究をすることに合意。オブライエン討伐を見届けるべく、アリスの片目を介してウィンストンと視覚共有をしている。詳しくは『間章「亡国懺悔録」』『第四章 第三話「永遠の夜ー②隠れ家と館ー」』にて


・『赤竜卿(せきりゅうきょう)ユラン』→黒の血族で、ラガニアの公爵。自称、ウルトラ・ドラゴン卿。情熱的で正義感の強い青年だがセンスは壊滅的。代々ドラゴンを使役するとされているが実際に目にしたものはおらず、虚言卿や嘘つき公爵と囁かれているが本人は意に介していない。実態は使役というより、ドラゴンと一体化している。肌はドラゴンのそれと同等の堅固さを持つ。身体状況により形状が変化する貴品(ギフト)『貴人の礼装(ミランドラ)』を所持。グレキランスがラガニアの領地であると認めさせるために単身で戦争に参加した。王城にてヨハンに説得され、オブライエン討伐部隊に加わることに。ゾラやニコルとは友人関係にある。詳しくは『幕間「ウルトラ・ドラゴン卿」』『第四章 第三話「永遠の夜ー③赫灼の赤き竜ー」』にて


・『ゾラ』→別名、『獣化のゾラ』。勇者一行のひとりであり、『緋色の月』のリーダー。獣人(タテガミ族)の長。常に暴力的な雰囲気を醸している。恋愛に関しては極度に潔癖な一面もある。勇者一行でありヨハンの兄でもあるジーザスと契約し、人間殲滅を目的とした戦争への参加を余儀なくされている。クロエに敗北し、ヨハンの提示した戦争での役割を受け入れることとなった。すべての種族が争いなく共生する世界、『ユグドラシル』を理想としている。しかしながら過去、人間との交流によって失意を味わい、結果、人間に対する愛憎の念を抱くようになった。詳しくは『287.「半分の血」』『336.「旅路の果てに」』『702.「緋色のリーダー」』『790.「獣の王」』『Side Grimm.「獅子のひとりごと」』にて


・『幻術のグレガー』→かつて騎士団のナンバー2だったとされる男。不死魔術の研究により、王都から追放された。『鏡の森』でバンシーを従え、不死魔術を維持していた。洗脳などの非戦闘向けの魔術に精通している。勇者一行であるゾラとの面識あり。ゾラの記憶する限り、グレガーはかつて騎士団の頂点に座していた。詳しくは『205.「目覚めと不死」』『868.「若年獣人の長き旅⑥ ~奪取~」』にて


・『オブライエン』→身体の大部分を魔力の籠った機械で補助する男。王都内の魔具および魔術関連の統括機関『魔具制御局』の局長。自分の身体を作り出した職人を探しているが、真意は不明。茶目っ気のある紳士。騎士団ナンバー1、紫電のザムザを使って『毒食の魔女』を死に至らしめたとされる。全身が液体魔具『シルバームーン』で構築された不死者。かつてのグラキランス領主の息子であり、ラガニアの人々を魔物・他種族・血族に変異させ、実質的に滅亡させた張本人。外界で活動しているのは彼の分身『二重歩行者』であり、本体は一切の魔術的干渉を受けない檻に閉じ込められている。詳しくは『345.「機械仕掛けの紳士」』『360.「彼だけの目的地」』『間章「亡国懺悔録」』にて


・『ニコル』→クロエの幼馴染。魔王を討伐したとされる勇者だが、実は魔王と手を組んでいる。黒の血族だけの世界を作り上げることが目的。クロエの最終目標はニコルと魔王の討伐。詳しくは『875.「勇者の描く世界」』にて


・『黒の血族』→魔物の祖と言われる一族。人間と比較して長命。もともとは王都の敵国であったラガニアの人々のごく一部が、オブライエンの生み出した『気化アルテゴ』によって変異した姿。詳しくは『90.「黒の血族」』『間章「亡国懺悔録」』にて


・『竜人』→全身を鱗に覆われた種族。蛇に似た目と、鋭い爪を持つ。王都の遥か西にある山脈に生息している。弱者には決して従わない。鱗の色で階級が二分されており、『純鱗』は気高く、『半鱗』は賤しい存在とされている。詳しくは『626.「血族と獣人」』『幕間.「青年魔術師の日記」』にて


・『トロール』→よく魔物に間違えられる、ずんぐりした巨体と黄緑色の肌が特徴的な種族。知能は低く暴力的で忘れっぽく、さらには異臭を放っている。単純ゆえ、情に厚い。『灰銀の太陽』に協力。詳しくは『741.「夜間飛行」』にて


・『白銀猟兵(ホワイトゴーレム)』→人を模した、ずんぐりとした物体。オブライエンの量産している兵器。指令を送ればその通りに行動をすることが出来る。動きは機敏で、硬度は高い。破壊時に自爆する。詳細は『幕間.「白銀空間~潜入~」』『幕間.「白銀空間~白銀猟兵と一問一答~」』『幕間.「白銀空間~魔具制御局~」』にて


・『欺瞞の鏡面(ブループリント)』→対象の視界を欺く魔術。詳しくは『533.「欺瞞の鏡面」』にて


・『二重歩行者(ドッペルゲンガー)』→ヨハンの得意とする分身の魔術。影に入り込んで移動することが可能。詳しくは『12.「二重歩行者」』にて


・『グレキランス』→通称『王都』。周囲を壁に囲まれた都。また、グレキランス一帯の地方を指して用いられる。詳しくは『第九話「王都グレキランス」』にて


・『ラガニア』→かつてはグレキランス同様に栄えていた地域、と思われている。実際はグレキランスを領地として治めていた一大国家。オブライエンの仕業により、今は血族の土地と化している。魔王の城は元々ラガニアの王城だった。初出は『幕間.「魔王の城~書斎~」』。詳しくは『間章「亡国懺悔録」』より


・『アスター』→夜会卿ヴラドの統べる街。グレキランスよりも広く、発展している。金貨に代わる貨幣制度として、ドラクル紙幣などが使用されている。詳しくは『第四章 第三話「永遠の夜ー②隠れ家と館ー」』『第四章 第三話「永遠の夜ー④銀嶺膝下マグオートー」』にて

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