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花嫁騎士 ~勇者を寝取られたわたしは魔王の城を目指す~  作者: クラン
第四章 第三話「永遠の夜ー⑦千年の都ー」
1806/1834

Side Zola.「玉座の傑物」

※ゾラ視点の三人称です。

 液体魔具シルバームーンを駆使したオブライエンの二重歩行者(ドッペルゲンガー)に対し、ゾラは決死の思いで戦った。全神経を戦闘に動員し、背中に負ったノックスが供給する魔力さえ惜しみなく使い――。


「もう抵抗は終わりかね? まあ、我輩相手に健闘した事実は認めよう。トロール君もユラン氏もゾラ氏も、紛(まが)うことなき強者だ!」


 ゾラは自らの流した血溜まりのなかに倒れたまま敵を見上げた。両腕を広げて哄笑(こうしょう)するオブライエンには傷ひとつない。


 はじめから分かりきっていたことだ。オブライエンには勝てない。任務は足止めであり、それすら地上にいるヘルメスとやらが今の今まで担(にな)っている。


 情けない、とは思わない。戦うことで奴の総合的な意識――本体側の意識――を幾分(いくぶん)か逸(そ)らせたならいい。もしそうでなくとも、流した血が無駄だとは微塵も感じていなかった。


 朦朧(もうろう)とする意識のなか、視線を彷徨(さまよ)わす。


 エルダーもユランも、こちらと同じ状態だ。いくつもの傷を負い、流血し、倒れている。


 小僧――ノックスとともに戦闘をはじめてから間もなくしてユランが覚醒し、エルダーも加わっての戦いになった。どこから訪れるか予見出来ないシルバームーンの攻撃に対し、各々(おのおの)が上手く立ち回り、最小限の傷で敵に爪を立てたわけだが、もはや雌雄(しゆう)は決した。


 忌々(いまいま)しいのは、小僧に手傷を負わせてしまった点である。目まぐるしく動く背にしがみつきながら、危機的なタイミングで防御魔術を展開するさまは見事だったし、現に助けられもした。それでも死角から訪れた白銀の刃が小僧の背を裂いたのだ。はじめは気付きもしなかった。ユランが小僧の名を叫んでようやく、攻撃を受けさせてしまったのだと知ったのがなによりも屈辱である。背を引き裂かれようと呻(うめ)き声ひとつ上げなかった小僧は、なるほど、傑物(けつぶつ)と呼んでいい。傷を招いた己の愚(ぐ)が腹立たしかった。


 じき、自分もユランもエルダーも始末されるだろう。


 それはかまわない。


 だが、小僧に死なれるのだけは寝覚めが悪かった。しかしながら敗者はなにも選べない。己の生死はもちろんのこと、ともに戦った者の命も。


「さて、誰から殺そうか。吾輩は今とても気分がいい。同時に最低の気分でもある。なぜか分かるかね? ゾラ氏。んん? 声も出せない? 無理もないか。発声の余力があればその分を攻撃に費やすような性質。そうだろう? ……君の性格の話はどうでもいいとして、諸君に朗報(ろうほう)がある。地下に送り込んだ暗殺者は無事吾輩の本体に到達している」


 オブライエンの言葉は信用に足らない。それでも胸に希望が灯(とも)る。


 オブライエンは大袈裟に身を反(そ)らし、額に手を当てた。


「悲報もある。暗殺者ウィンストンの策略はことごとく失敗だ。諸君がどれほど情報を共有しているのか知らんがね、上手く吾輩の罠に嵌(は)まってくれた。人間が人外になる毒――アルテゴに執着するよう誘導したのだよ。地下には必ずやアルテゴがある。そう思って足を運んだ暗殺者に、吾輩は喜んで毒物を提供した。彼は暗殺者失格と言うべきだろう。敵の用意した品で敵を殺せるわけがない」


 ゾラは作戦の全容は知らない。ウィンストンという名前すら、今はじめて耳にした。必ず殺せる算段があると信じて、皆が命を賭けたのだ。


 失敗しても恨むまい。


 ゾラの心は却(かえ)って穏やかになった。やれることをすべてやって、それでも届かないのなら、そうなる運命だっただけ。


「諸君の努力に惜しみない拍手を送ろう! 徒花(あだばな)だとしても! おや、ノックス君。なにかね?」


 小さな背中がゾラとオブライエンの間を遮った。肩から腰にかけて裂傷が走っている。大方の血は固まりつつあったが、患部からは依然(いぜん)としてとろとろと血液が漏れていた。


「誰も殺させない」


 小僧は確かに、そう言った。


 ゾラは歯噛みし、その背を睨む。もしこの身体が動いてくれるなら、すぐに首根っこを掴んで後ろに放り投げてやったものを。


 こんな年端(としは)のいかぬ小僧が守ろうとしている。自分だけでなく、倒れて動けなくなった三人全員を。


「それを口にする権利が、果たして今の君にあるのかね。吾輩には疑問だよ。ノックス君、交渉事は苦手かい? 今、君が差し出せるものはひとつとしてない」


「僕を好きにしていいから、この三人は殺さないで」


「その願いを聞き入れるメリットを挙げてみたまえ。ない。皆無だよ。まったく……吾輩も耄碌(もうろく)した。君を指名したのは間違っていたよ」


 指名とはなんのことか、ゾラには分からない。そもそもノックスが現王であることすら知らずにいるのだから。


「僕が貰ったものを全部返す」


「返さなくとも結構。吾輩は自力で取り戻せるからね。そもそも君を殺してしまえば終わりだ。グレキランスの人々の記憶から君という存在を消すなど造作もない。クロエ嬢の記憶からも消してあげよう。君の生きた痕跡は誰の頭にも残らない。……まったく、ここまで言ってもそんな表情が出来るのか。大した子供だよ」


 ゾラにはノックスの背中しか見えなかった。だが、オブライエンの瞳に映る少年の顔が、不完全ではあるものの、ゾラには捉えられた。


 射抜くような眼差し。しかし敵意はない。頬も口元も固く引き締まっている。


 オブライエンの言葉に共感するのは甚(はなは)だ不愉快だが、同感だ。殺されるだけでなく、生きた痕跡をすべて消されると突きつけられた者の表情ではない。


「言い残したことはあるかね? 辞世(じせい)の句があれば吾輩が聞こう」


 まったくもって最低の男だ、オブライエンは。聞いておいてすぐに、剣と化した腕で小僧の首を飛ばしたのだから。


 否(いな)。


 ゾラは目を見張り、何度かまばたきをした。


 小僧の首は無事だ。奴の剣は確かに振り抜かれたが、首に到達するより前に折れたのである。


 オブライエンはじっと床を見つめていた。というより、床よりもずっと下――遥か地中を凝視している。両腕を弛緩(しかん)させて。


 十数秒間も硬直したオブライエンが、ようやく顔をあげる。そこには最前(さいぜん)まで張り付いていた嘲弄(ちょうろう)の表情はなく、ただただ呆然としていた。


「嗚呼……分からん。どうして吾輩が殺される? 吾輩の人生は、ここで終わるのか? グレキランス最大の功労者だった吾輩が、なぜ? 分からん……一向に分からない」


 オブライエンの狼狽(ろうばい)に演技は感じなかった。ゆえにゾラは脱力感に襲われる。疲れがどっと、押し寄せる。


 ウィンストンは成し遂げたのだ。途方もなく長い道のりを踏破し、オブライエンの本体を始末したのである。


「オブライエン」


 ノックスの声に、シルクハットの男は覇気の失(う)せた視線を送る。


「あなたはひどいことをたくさんしたし、どんなに時間が経(た)っても許せないけど、グレキランスを支えてくれた。だから――」


 ありがとう。あなたのことは、いいことも悪いことも全部、僕が忘れない。


 ノックスがそう言い切ると、オブライエンは溜め息をついて壁にもたれ、そのままずるずると床に座り込んだ。


 返事はない。


 オブライエンはただただノックスを見上げるばかりである。魔力の残滓(ざんし)である分身が消えるまで、彼はひと言も口にせず、しかしながらノックスと視線を交わし続けた。

発言や単語が不明な部分は以下の項目をご参照下さい。



・『ゾラ』→別名、『獣化のゾラ』。勇者一行のひとりであり、『緋色の月』のリーダー。獣人(タテガミ族)の長。常に暴力的な雰囲気を醸している。恋愛に関しては極度に潔癖な一面もある。勇者一行でありヨハンの兄でもあるジーザスと契約し、人間殲滅を目的とした戦争への参加を余儀なくされている。クロエに敗北し、ヨハンの提示した戦争での役割を受け入れることとなった。すべての種族が争いなく共生する世界、『ユグドラシル』を理想としている。しかしながら過去、人間との交流によって失意を味わい、結果、人間に対する愛憎の念を抱くようになった。詳しくは『287.「半分の血」』『336.「旅路の果てに」』『702.「緋色のリーダー」』『790.「獣の王」』『Side Grimm.「獅子のひとりごと」』にて


・『赤竜卿(せきりゅうきょう)ユラン』→黒の血族で、ラガニアの公爵。自称、ウルトラ・ドラゴン卿。情熱的で正義感の強い青年だがセンスは壊滅的。代々ドラゴンを使役するとされているが実際に目にしたものはおらず、虚言卿や嘘つき公爵と囁かれているが本人は意に介していない。実態は使役というより、ドラゴンと一体化している。肌はドラゴンのそれと同等の堅固さを持つ。身体状況により形状が変化する貴品(ギフト)『貴人の礼装(ミランドラ)』を所持。グレキランスがラガニアの領地であると認めさせるために単身で戦争に参加した。王城にてヨハンに説得され、オブライエン討伐部隊に加わることに。ゾラやニコルとは友人関係にある。詳しくは『幕間「ウルトラ・ドラゴン卿」』『第四章 第三話「永遠の夜ー③赫灼の赤き竜ー」』にて


・『エルダー』→トロールの族長。鉄槌の魔具を所有している。詳しくは『745.「円卓、またはサラダボウル」』にて


・『ノックス』→クロエとともに『最果て』を旅した少年。魔術師を目指している。星で方位を把握出来る。『毒食(どくじき)の魔女』いわく、先天的に魔術を吸収してしまう体質であり、溜め込んだ魔術を抜かなければいずれ命を落とす。王都襲撃ののち、王位を継いだ


・『ウィンストン』→『毒食(どくじき)の魔女』の邸の執事をしている魔術師。丁寧な口調の壮年男性。ジェニーとは犬猿の仲。昔から魔女の命を狙って暗殺を繰り返している。魔女を殺害したオブライエンへ、並々ならぬ復讐心を持っている。詳しくは『第八話「毒食の魔女」』『279.「物好きな主人」』にて


・『ヘルメス』→かつてのラガニアでトップクラスに優秀だった魔術師。ねちっこい性格で、人付き合いの苦手な男。もともと魔術学校で講師をしていたがクビになり、一時期ガーミール公爵に雇用されていたが、彼が零落したことでドラクル公爵に鞍替えした。オブライエンの犯罪的魔術を看破し、彼の右腕と左足を木端微塵にした過去を持つ。血族化して以降は夜会卿に仕えていたが、ニコルによる襲撃以降、四代目となるガーミールに鞍替えした。死を契機に、事前に契約を交わした相手に成り変わることで不老不死を実現する異能を持つ。対象者はヘルメスの記憶と肉体と魔力をコピーした、ヘルメスそのものとなる。その際、相手の持つ魔力も上乗せされる。夜会卿の支配地であるアスターに訪れたルイーザの精神を叩き折って泣かせた過去を持つ。ヨハンの提案により、オブライエン討伐ならびに戦争での人間側の勝利後には、四代目ガーミールの部下とともにグレキランスに残り、アルテゴのワクチン研究をすることに合意。オブライエン討伐を見届けるべく、アリスの片目を介してウィンストンと視覚共有をしている。詳しくは『間章「亡国懺悔録」』『第四章 第三話「永遠の夜ー②隠れ家と館ー」』にて


・『オブライエン』→身体の大部分を魔力の籠った機械で補助する男。王都内の魔具および魔術関連の統括機関『魔具制御局』の局長。自分の身体を作り出した職人を探しているが、真意は不明。茶目っ気のある紳士。騎士団ナンバー1、紫電のザムザを使って『毒食の魔女』を死に至らしめたとされる。全身が液体魔具『シルバームーン』で構築された不死者。かつてのグラキランス領主の息子であり、ラガニアの人々を魔物・他種族・血族に変異させ、実質的に滅亡させた張本人。外界で活動しているのは彼の分身『二重歩行者』であり、本体は一切の魔術的干渉を受けない檻に閉じ込められている。詳しくは『345.「機械仕掛けの紳士」』『360.「彼だけの目的地」』『間章「亡国懺悔録」』にて


・『トロール』→よく魔物に間違えられる、ずんぐりした巨体と黄緑色の肌が特徴的な種族。知能は低く暴力的で忘れっぽく、さらには異臭を放っている。単純ゆえ、情に厚い。『灰銀の太陽』に協力。詳しくは『741.「夜間飛行」』にて


・『液体魔具』→読んで字のごとく、液状の魔具。オブライエンが『シルバームーン』と名付けた銀の流体。グレキランスの西方に暮らす、流体力学と魔術の研究者と共同開発したもの。グレキランスの地下に存在する変幻自在の空間も『液体魔具』の産物。詳しくは『間章「亡国懺悔録」』にて


・『シルバームーン』→オブライエンの扱う銀色の液体魔具。あらゆる硬度や質感を含め、あらゆる形状を模すことが可能。詳しくは『592.「局長と銀の月」』にて


・『アルテゴ』→オブライエンの発明した兵器。『固形アルテゴ』『液化アルテゴ』『気化アルテゴ』がある。詳しくは『間章「亡国懺悔録」 幕間37.「アルテゴ」』にて


・『固形アルテゴ』→オブライエンの発明した兵器。固形。詳しくは『間章「亡国懺悔録」 幕間37.「アルテゴ」』にて


・『液化アルテゴ』→オブライエンの発明した兵器。液状で、外気に触れると『気化アルテゴ』となる。詳しくは『間章「亡国懺悔録」 幕間37.「アルテゴ」』にて


・『気化アルテゴ』→オブライエンの発明した兵器。『液化アルテゴ』が気化したもの。膨張を繰り返し、急速に広がる。吸引した人間は多くが魔物となり、一部が他種族に、ごくごく一部が『黒の血族』へと変異する。オブライエンは双子の兄であるスタインの体内に『液化アルテゴ』を設置し、生命活動の停止に伴って外気に触れるよう仕組んだ。スタインが処刑されたことにより、ラガニアは滅亡することとなった。詳しくは『間章「亡国懺悔録」 幕間37.「アルテゴ」』にて


・『二重歩行者(ドッペルゲンガー)』→ヨハンの得意とする分身の魔術。影に入り込んで移動することが可能。詳しくは『12.「二重歩行者」』にて


・『グレキランス』→通称『王都』。周囲を壁に囲まれた都。また、グレキランス一帯の地方を指して用いられる。詳しくは『第九話「王都グレキランス」』にて

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