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花嫁騎士 ~勇者を寝取られたわたしは魔王の城を目指す~  作者: クラン
第四章 第三話「永遠の夜ー⑦千年の都ー」
1804/1834

Side Winston.「永遠の夕景」

※ウィンストン視点の三人称です。

 イフェイオンを訪れたクロエとヨハン。両人から託されたものは主に三つ。


 今回の作戦やラルフの記憶を含めたあらゆる情報。レイブンの鍵。そして『毒石(メルティア)』。


『毒石(メルティア)』が通常のアルテゴと一線を画していることは承知している。ヨハンとの会話のなかで、どのような代物か語られたのだから。


 血族さえ怪物化させる物質。その事実だけ捉えても、アルテゴとは別種の毒物だと察せられた。


「これが本命だったんだね」霧散していく己の指先を眺め、オブライエンが口を開く。「ここまでやったのは全部ブラフ。アルテゴに賭けていると思わせておきたかった。そうでしょ、ウィンストン」


「無論」


「ブラフのために血族になるなんて、リスクを負いすぎじゃないかな」


「いや、必要だった。どの段階においても、銃弾を躱(かわ)される可能性がある。初撃で『毒石(メルティア)』を撃ったとして、当たらなければ意味はない」


 結局すべての弾丸を身に受けたわけだが、結果論だ。どの段階の攻撃であっても避けられる可能性は存在した。気化アルテゴが無力だった事実に対し、それを認めまいと放ったあの一発だけは、直撃する可能性がもっとも高かっただけの話である。


「血族は怪物になる。人間は消える。『毒石(メルティア)』だっけ。そういう物なの?」


 オブライエンの声は、先ほどよりはやや失意が窺(うかが)えるものの、生来の無垢な印象を損なうほどではなかった。


「生憎(あいにく)、その答えは持ち合わせていない。だが、人間も怪物になると推測している。理性なき怪物に」


「なら、僕はなんで消えるだけなのかな」


「さあ」


 謎だ。ただ、ウィンストンとしてはこう思っている。お前はすでに怪物だったのだと。ひとの道を随分昔に離れた、唯一無二の怪物。


 ウィンストンは鞄からレイブンの鍵を取り出し、横たわった。


「なにしてるの?」


「最後の仕上げだ」


 ウィンストンの身から、もうひとりのウィンストン――二重歩行者(ドッペルゲンガー)が現れ、鍵の先端を本体の身体に突き刺した。深々と。この空間の底部をも貫くように。


 鍵と地下空間を一体化させ、肉体の状態をも固定する。ウィンストンにとっては必要な作業だった。表面化してはいないものの、口腔(こうこう)内に溢れる血を感知していたから。


 オブライエンは塵になったわけではない。視(み)えざる毒に変わったのだ。そこにあるだけで他者を死滅させる猛毒。もとよりオブライエンはそのような存在であったが、『毒石(メルティア)』の影響でより顕著(けんちょ)になったと言えよう。


 レイブンの鍵を手に入れるまでの経緯で、運河の渡し守の話が出なければ、対処出来なかったろう。空間そのものと一体化してしまえば、毒が蔓延(まんえん)していようとも問題にならない。肉体は鍵を突き刺した際の状態で固定される。加えて、二重歩行者(ドッペルゲンガー)は自由に扱うことが可能。


 やがてウィンストンの分身はオブライエンに向き直った。相手の両手首は消え、足首も消失している。じき、消え果てるだろう。


「短い人生だった」とオブライエンが呟く。


 千年以上生きておいてなにを、とは思わない。


「そうだろうな」


「未来永劫グレキランスを支えるつもりだったし、現に千年もの間、王都を王都たらしめていたんだ。僕が消えたらグレキランスはどうなるんだろう」


「未来は誰にも分からない」


 今は亡き魔女を除いて。


 オブライエンはじっと夕陽の町を見つめている。


「パパ。ママ。スタイン。それと、ラルフ先生。……愛してるよ。ずっと」


 ずっと。


 そんなことを呟いた。


 いささかジュリアが不憫(ふびん)に思えたが、オブライエンの心を矯正(きょうせい)出来る者などいない。だからこんなところまで来てしまったのだ。取り返しのつかないおこないを積み重ね、千年以上の時間を生きた。自ら手にかけた者も、間接的に命を奪った者も、彼はどうとも思っていないだろう。


 血縁と家庭教師。そして土地。オブライエンの愛はそこにしかない。ほかのものはすべて、道具程度に見做(みな)していたはずだ。


 オブライエンの身体が崩れ落ちる。下半身が消え、仰向けに倒れた。


「美しいなぁ。美しい。これ以上の景色は見たことがない」


 いくつかの雲が、沈みゆく太陽の光を受けて茜と灰色のグラデーションに彩られていた。


 再現されたハリボテの景観に過ぎないが、美しいと呼べるだろう。


「グレキランス」


 オブライエンの伸ばした手が、みるみるうちに消えていく。もう何物も掴めはしない。


 やがて彼が完全に消失すると、ウィンストンはしばし瞑目(めいもく)し、共益紙(きょうえきし)に書き込んだ。


『任務完了』


 魔女専用の暗殺者だった自分を想う。それは同時に、魔女を想うことを意味する。人生のこれまでの行路において、多くの時間を彼女に捧げたのだから。


 魔女はどこまでの未来を視たのだろうか。この顛末も分かっていたのだろうか。今となってはもう、確かめるすべがない。


 永遠の夕景に座り込み、片膝を立てる。オブライエンが美しいと口にした景色は、否定しようもなく美的だ。記憶を頼りに構築されたハリボテではあるが、遥か昔の或(あ)る一日に存在した眺望(ちょうぼう)である。世界のもっとも美しい瞬間は数あれど、そのなかのひとつを掬(すく)い上げ、時間の流れから隔離させた場所。物寂しさをいくらか含んだ懐郷心(かいきょうしん)が掻(か)き立てられてやまない。


 手前勝手な考えだが、魔女はこちらの未来に干渉せず、今この瞬間までの道のりを視たのではないか。


 そうでなければ、あんなことを口にしないだろう。


 ――お前には苦労をかけるねェ。


 死の間際、彼女はそう言ったのだ。


 どうとでも受け取れる言葉だからこそ、どんな苦境に立たされても魔女の顔が浮かぶ。この先の人生においても、きっと。


 肉体が地下空間に固定された以上、鍵を抜き取らない限り死は訪れない。この空間に立ち入れる者は皆無だ。なにしろ気化アルテゴに加え、オブライエンの残した不可視の猛毒が満ちているのだから。とはいえ、出入りは可能である。もちろん二重歩行者(ドッペルゲンガー)として、だが。オブライエン亡き今、変幻自在の地下空間を掌握(しょうあく)したのは自分だ。


 魔女のことを想うにつけ、やはり最期が偲(しの)ばれる。


 彼女は暗殺に点数をつけた。最高得点は九十九点。彼女を介錯(かいしゃく)したあのとき、そう告げられたのだ。


 オブライエンの暗殺を完遂した今、残りの一点は埋められただろうか。


 答える者のいない野暮な問いを、ウィンストンはすぐに頭から追い出した。そして立ち上がる。


 すべきことは多い。地下に倒れて動けない他種族たちの移動。職人たちの解放。ヴィクトルとの約束――地上への経路の作成。顔を合わすのはやや気まずいが、ジェニーの手当てもしなければならない。


 ウィンストンは溜め込んだ息を吐き、涙を拭(ぬぐ)った。

発言や単語が不明な部分は以下の項目をご参照下さい。



・『ウィンストン』→『毒食(どくじき)の魔女』の邸の執事をしている魔術師。丁寧な口調の壮年男性。ジェニーとは犬猿の仲。昔から魔女の命を狙って暗殺を繰り返している。魔女を殺害したオブライエンへ、並々ならぬ復讐心を持っている。詳しくは『第八話「毒食の魔女」』『279.「物好きな主人」』にて


・『毒食(どくじき)の魔女』→窪地の町イフェイオンの守護をする魔術師。『黒の血族』と人間のハーフ。未来を視る力を持つ。本名はカトレア。オブライエンの策謀により逝去。詳しくは『第八話「毒食の魔女」』『Side Winston.「ハナニラの白」』にて


・『ジェニー』→『毒食(どくじき)の魔女』の邸にメイドとして住み込む少女。愛嬌たっぷりで天真爛漫。語尾に「にゃ」を付けて喋る。『ケットシー』と呼ばれる獣人の一種。興奮すると耳と尻尾が出てしまう。故郷の村を獣人に滅ぼされている。手引きしたのは友人だったケットシーのクロ。彼と樹海で戦闘し、その末に和解した。クロと一緒にいるために、ルドベキアに残ることに決めた。詳しくは『第八話「毒食の魔女」』『600.「或るケットシーの昔話」』『601.「たった二人の生き残り」』にて


・『ヴィクトル』→白イタチに似た獣人。詳しくは『第四章 第二話「幻の森」幕間.「少女と獣の恩返し」』にて


・『ラルフ』→かつてオブライエンの家庭教師をした男。ラガニアで起きた悲劇の一部始終を『追体験可能な懺悔録』というかたちで遺した。『気化アルテゴ』の影響で小人となり、『岩蜘蛛の巣』にコミュニティを形成するに至った。詳しくは『間章「亡国懺悔録」』にて


・『レイブン』→大昔の人物。マグオートの出身者であり、グレキランスからラガニアへの亡命者。流刑に遭ったバーンズと出会い、ヘイズを築いた。ラガニア崩壊以前、オブライエンに手を貸していた人物。オブライエンの根城である地下空間の製造に携わった。地下空間の製造以後は、王都の西方にある運河で初代の渡し守をしていた。詳しくは『922.「技術の源」』にて


・『オブライエン』→身体の大部分を魔力の籠った機械で補助する男。王都内の魔具および魔術関連の統括機関『魔具制御局』の局長。自分の身体を作り出した職人を探しているが、真意は不明。茶目っ気のある紳士。騎士団ナンバー1、紫電のザムザを使って『毒食の魔女』を死に至らしめたとされる。全身が液体魔具『シルバームーン』で構築された不死者。かつてのグラキランス領主の息子であり、ラガニアの人々を魔物・他種族・血族に変異させ、実質的に滅亡させた張本人。外界で活動しているのは彼の分身『二重歩行者』であり、本体は一切の魔術的干渉を受けない檻に閉じ込められている。詳しくは『345.「機械仕掛けの紳士」』『360.「彼だけの目的地」』『間章「亡国懺悔録」』にて


・『ジュリア』→魔具制御局のメンバー。オブライエンの部下。オブライエンの実験による最初の不死者。彼を心の底から愛している。全身が液体魔具『シルバームーン』で構築されている。詳しくは『第二章 第八話「騒乱の都」』『間章「亡国懺悔録」』にて


・『黒の血族』→魔物の祖と言われる一族。人間と比較して長命。もともとは王都の敵国であったラガニアの人々のごく一部が、オブライエンの生み出した『気化アルテゴ』によって変異した姿。詳しくは『90.「黒の血族」』『間章「亡国懺悔録」』にて


・『二重歩行者(ドッペルゲンガー)』→ヨハンの得意とする分身の魔術。影に入り込んで移動することが可能。詳しくは『12.「二重歩行者」』にて


・『共益紙(きょうえきし)』→書かれた内容を共有する紙片。水に浸すと文字が消える。詳しくは『625.「灰銀の黎明」』にて


・『アルテゴ』→オブライエンの発明した兵器。『固形アルテゴ』『液化アルテゴ』『気化アルテゴ』がある。詳しくは『間章「亡国懺悔録」 幕間37.「アルテゴ」』にて


・『固形アルテゴ』→オブライエンの発明した兵器。固形。詳しくは『間章「亡国懺悔録」 幕間37.「アルテゴ」』にて


・『液化アルテゴ』→オブライエンの発明した兵器。液状で、外気に触れると『気化アルテゴ』となる。詳しくは『間章「亡国懺悔録」 幕間37.「アルテゴ」』にて


・『気化アルテゴ』→オブライエンの発明した兵器。『液化アルテゴ』が気化したもの。膨張を繰り返し、急速に広がる。吸引した人間は多くが魔物となり、一部が他種族に、ごくごく一部が『黒の血族』へと変異する。オブライエンは双子の兄であるスタインの体内に『液化アルテゴ』を設置し、生命活動の停止に伴って外気に触れるよう仕組んだ。スタインが処刑されたことにより、ラガニアは滅亡することとなった。詳しくは『間章「亡国懺悔録」 幕間37.「アルテゴ」』にて


・『毒石(メルティア)』→不純物が入り混じった『固形アルテゴ』。肉体を怪物化させる効能がある。詳しくは『920.「危険物を背に」』にて


・『王都』→グレキランスのこと。周囲を壁に囲まれた都。詳しくは『第九話「王都グレキランス」』にて


・『グレキランス』→通称『王都』。周囲を壁に囲まれた都。また、グレキランス一帯の地方を指して用いられる。詳しくは『第九話「王都グレキランス」』にて

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