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花嫁騎士 ~勇者を寝取られたわたしは魔王の城を目指す~  作者: クラン
第四章 第三話「永遠の夜ー⑦千年の都ー」
1801/1834

Side Winston.「蜜色のグレキランス」

※ウィンストン視点の三人称です。

 素朴な二階建ての邸。剪定(せんてい)された灌木(かんぼく)が低い柵となかば同化しつつ、整った広い庭を囲っている。庭の外に目を向けると、いくつかの民家が点在し、それぞれに畑を擁(よう)していた。家はいずれも平屋で、眺望を遮るには至らない。夕陽の下、地平線がどこまでも続いていた。


 本物と見紛(みまが)う景観である。風こそないものの、ただ見るだけならば、ここが地下深くだとは誰も思うまい。


 異物は一点のみ。庭の中心に据えられた漆黒の檻。円錐(えんすい)形で格子(こうし)の広さは手のひらほど。その内部では、長い白銀色の髪を地面に垂らし、足を崩して夕陽に見入る美青年がいた。


「いい景色だよね」と男は言う。凛と、艶(つや)やかな声で。「ずっと見ていられる。現に、ずっと見てきた。千年と少し。一秒も飽きずにね」


 なにもかもが、とろりと蜜色に染まる時間。数分もすれば落日はやや違った彩りとなるだろう。太陽がその日最後の権勢を誇る瞬間を切り取った眺めだった。


「ようこそ、グレキランスへ」男は無害な笑みで両腕を広げた。「僕はオブライエン。この姿で会うのははじめてだね。歓迎するよ、ウィンストン」


 オブライエンの本体がどのような姿をしているか、無論ウィンストンは聞かされている。


 とはいえ記憶に焼き付いているのは、ザムザの身体から放出されたシルクハットの姿だ。紫電の色をした毒々しい邪悪な男。ひとを嘲弄(ちょうろう)して憚(はばか)らぬ悪漢。


 檻のなかのオブライエンと別人だとは考えなかった。あの邪悪さもまた、彼の一部なのだと思う。誰であれ、いくつもの側面を持つのだ。場面や相手によって口調も態度も変わる。


 ウィンストンはオブライエンを一瞥(いちべつ)したきり、じっと夕陽の町を見つめていた。千年以上前のグレキランスの姿を。


 ラルフの記憶を耳にしてから、オブライエンがなぜ魔女を殺したのかは疑問ではなくなった。当人に問い詰める気もない。


 黒の血族――すなわちラガニア人――とグレキランス人の混血を好ましく思うはずがないのだ。相反する存在が睦(むつ)まじく寄り添い、その結果として産まれた者を嫌悪している。


「さて、ウィンストン」ちょうどオブライエンに向き直ったところで、彼のほうから水を向けた。「どうやって僕を殺すつもりなんだい?」


 肩がけの鞄に意識を向けながら、同時に標的をも意識する。


 檻の内部では魔術が魔術になる前に分解される。外界からの魔術も例外ではない。ゆえに、魔術でオブライエンを殺すのは不可能。見る限りラルフの檻はいまだに堅牢である。オブライエンの家庭教師を勤めた男もまた、天才と呼んで差し支(つか)えなかろう。


「貴方はどう殺されたい? 死に方を選べるとして」


 オブライエンは顎に手をやり、小首を傾げて空を斜(はす)に見上げる。


「考えたこともないなぁ。どう死にたいか。うーん……死に方はなんでもいいけど、場所はやっぱりグレキランスがいいな。千年以上前の、いつかのグレキランス。スタインがいて、パパもママもいて、ラルフ先生もいる。死ねるのなら、あの時代に戻ってからがいい。でも、残念ながら時間の流れは一方的だ。もうあの日のグレキランスはない。ここは精巧に再現された昔のグレキランスだけど、本物じゃないからね。どこにも粗(あら)はないけれど別物なんだ。ところで、君こそどうなんだい? もし選べるなら、どこでどうやって死にたいの?」


「どのような死に方でも結構。場所も問わない」


 即答だが、でまかせではない。偽(いつわ)らざる本心である。魔女が生きていた時分(じぶん)なら、きっと別の答えを持っていたろう。瀕死の自分を見下ろす魔女に、刃を突き立てて同士討ちを果たしたつもりで死にたいなどと考えたはずだ。当人はようやく暗殺を成就したと思い込むものの、しかしながら、いや、当然ながら魔女は生きている。こちらが事切れたのち、生き残った魔女が亡骸を埋める。邸のどこかに。おそらくはハナニラの植わっている箇所に。決して、ひとの往来(おうらい)のないところに。魔女は一滴の涙も見せないが、埋葬の手際に彼女の心が表れる。きっと。


 魔女はもう、どこにもいない。オブライエンが彼女を瀕死に追い込み、自分がトドメをさした。その日以来、たったひとつのことだけを考え続けている。もちろん、自分の死に方ではない。


 オブライエンへの復讐が心身すべてを支配していた。


「今日はいい日だ」


 オブライエンは地べたに座ったまま両手を後ろに突き、空を仰(あお)いだ。


「ようやく死ねるからかね?」


「あはっ。違うよ。色んな出会いがあったのさ。昔懐かしい顔もあれば、最近見た顔も。ウィンストン、君もそのひとりだよ。明日もいい日になる。明後日も」


「貴方に明日はない」


 こちらの目的はとっくに看破(かんぱ)しているだろう。殺意を隠す必要はない。だがオブライエンはかぶりを振った。


「明日は来るよ。君は僕を殺せない。……それにしても、ひどい話だ。僕は徹頭徹尾グレキランスの味方をしたのに、君たちは僕を殺そうと企んでる。ああ、もちろんウィンストンが僕を狙うのは妥当だよ。それだけの理由を持ってるから。僕が言ってるのはね、メフィストや、彼に乗ったみんなのことさ。戦争に乗じて僕を討とうだなんて、とても悲しい。それに、間違った道だ。彼が僕を狙おうとしなければ、血族は簡単に撃破出来たのにね」


 戦争だけに着目するなら理はある。オブライエンの執着はほぼグレキランスのみなのだから。同時に、この男が王都最大の腫瘍(しゅよう)であるのも事実。戦乱の渦中(かちゅう)でなければ、おそらくここまでたどり着くのは不可能だったはずだ。


「もう一度言う。貴方に明日はない」


 鞄に手を伸ばしてから得物(えもの)を取り出すまで、さして時間はかからない。銃口を向けても、オブライエンはなんの動きも起こさなかった。


「銃だね。魔銃じゃなく。つまり檻の内部で無力化されることもない。でも無駄だよ。僕がどんな身体か、知らないわけじゃないでしょ?」


 トリガーを引く。


 放たれた弾丸がオブライエンの頭に直撃し、弾けた。


 通常の人間であれば鮮血と肉片を撒き散らすところだが、白銀色の液体が飛び散ったのみである。それらは格子の隙間を通過することなく、あたかも透明な壁があるかのように、宙にへばりついた。


 檻の外に出られないのは、なにも格子を破れないからではなく、内側と外側が完全に隔絶(かくぜつ)されているのだと推測してはいた。そうでなければとっくに脱出していたはずである。分身に爆弾を用意させ、檻に放り込めば済む。


 吹き飛ばしたばかりのオブライエンの頭が、瞬時に元通りになった。


 なんの驚きもない。彼の身体が液体魔具シルバームーンで構築されており、すなわち不死身であるのは把握している。


「普通の弾丸じゃないね。弾頭に火薬を詰め込んで、着弾と同時に爆発するように細工した。君はヨハンからすべて聞いているはず。なら、どうしてこんな意味のないことをしたんだろう。弾丸は計六発。明らかに無駄になるものを紛れ込ませるなんて、挨拶代わりにしてはもったいないなぁ。残り五発で確実に殺せると思っているのか、それとも別の手段があるのか。いいよ、ウィンストン。なんでもいい。全部試して、無力を悟ればいいさ。君に僕は殺せない」


 ウィンストンは額に汗を浮かべた。呼吸も乱れる。


 オブライエンに背を向けて鞄を漁(あさ)った。


「そんな演技しなくて――」


 発砲音が響く。上着を隠れ蓑(みの)にして、二発目を撃ち込んだのだ。見抜かれる演技をしつつ、相手の呆れを買い、意識の間隙(かんげき)を突いたのである。


 着弾し、破裂する。命中したのは腹部。


 ウィンストンは素早くオブライエンに向き直った。


 これで終わる可能性もある。終わってくれればいい。


 再生したオブライエンは苦笑していた。


「ウィンストン。ちゃんと弾丸の中身を現地(・・)で調達したようだけど、これじゃ意味ないよ。固形アルテゴの粉末はなんの害もない。僕を魔物か他種族か血族にしたいなら、気化したアルテゴじゃないと駄目。メフィストはそのあたりこと、なにも言っていなかったかい?」


 汗が流れ、顎を伝って一滴落ちた。

発言や単語が不明な部分は以下の項目をご参照下さい。



・『ウィンストン』→『毒食(どくじき)の魔女』の邸の執事をしている魔術師。丁寧な口調の壮年男性。ジェニーとは犬猿の仲。昔から魔女の命を狙って暗殺を繰り返している。魔女を殺害したオブライエンへ、並々ならぬ復讐心を持っている。詳しくは『第八話「毒食の魔女」』『279.「物好きな主人」』にて


・『毒食(どくじき)の魔女』→窪地の町イフェイオンの守護をする魔術師。『黒の血族』と人間のハーフ。未来を視る力を持つ。本名はカトレア。オブライエンの策謀により逝去。詳しくは『第八話「毒食の魔女」』『Side Winston.「ハナニラの白」』にて


・『メフィスト』→ニコルと魔王に協力していた存在。ヨハンの本名。現在はクロエと契約し、魔王討伐に協力している。初出は『幕間.「魔王の城~尖塔~」』


・『ラルフ』→かつてオブライエンの家庭教師をした男。ラガニアで起きた悲劇の一部始終を『追体験可能な懺悔録』というかたちで遺した。『気化アルテゴ』の影響で小人となり、『岩蜘蛛の巣』にコミュニティを形成するに至った。詳しくは『間章「亡国懺悔録」』にて


・『オブライエン』→身体の大部分を魔力の籠った機械で補助する男。王都内の魔具および魔術関連の統括機関『魔具制御局』の局長。自分の身体を作り出した職人を探しているが、真意は不明。茶目っ気のある紳士。騎士団ナンバー1、紫電のザムザを使って『毒食の魔女』を死に至らしめたとされる。全身が液体魔具『シルバームーン』で構築された不死者。かつてのグラキランス領主の息子であり、ラガニアの人々を魔物・他種族・血族に変異させ、実質的に滅亡させた張本人。外界で活動しているのは彼の分身『二重歩行者』であり、本体は一切の魔術的干渉を受けない檻に閉じ込められている。詳しくは『345.「機械仕掛けの紳士」』『360.「彼だけの目的地」』『間章「亡国懺悔録」』にて


・『スタイン』→オブライエンの双子の兄。オブライエンとともにラガニアに宣戦布告した。スタインの死をトリガーとして、人を変異させる兵器『アルテゴ』がラガニアに拡散された。詳しくは『間章「亡国懺悔録」』にて


・『紫電のザムザ』→騎士団ナンバー1の男。銀の髪を持つ魔術師。幼い頃の記憶がない。ときおり頭のなかに響く『声』に従って行動をする。実はオブライエンによって作られた、魔道具に限りなく近い人間。故人。詳しくは『幕間.「王都グレキランス ~啓示~」』『Side Winston.「紫電の組成」』にて


・『黒の血族』→魔物の祖と言われる一族。人間と比較して長命。もともとは王都の敵国であったラガニアの人々のごく一部が、オブライエンの生み出した『気化アルテゴ』によって変異した姿。詳しくは『90.「黒の血族」』『間章「亡国懺悔録」』にて


・『魔銃』→魔力を籠めた弾丸を発射出来る魔具。通常、魔術師は魔具を使用出来ないが、魔銃(大別すると魔砲)は例外的に使用出来る。詳しくは『33.「狂弾のアリス」』にて


・『液体魔具』→読んで字のごとく、液状の魔具。オブライエンが『シルバームーン』と名付けた銀の流体。グレキランスの西方に暮らす、流体力学と魔術の研究者と共同開発したもの。グレキランスの地下に存在する変幻自在の空間も『液体魔具』の産物。詳しくは『間章「亡国懺悔録」』にて


・『アルテゴ』→オブライエンの発明した兵器。『固形アルテゴ』『液化アルテゴ』『気化アルテゴ』がある。詳しくは『間章「亡国懺悔録」 幕間37.「アルテゴ」』にて


・『固形アルテゴ』→オブライエンの発明した兵器。固形。詳しくは『間章「亡国懺悔録」 幕間37.「アルテゴ」』にて


・『液化アルテゴ』→オブライエンの発明した兵器。液状で、外気に触れると『気化アルテゴ』となる。詳しくは『間章「亡国懺悔録」 幕間37.「アルテゴ」』にて


・『気化アルテゴ』→オブライエンの発明した兵器。『液化アルテゴ』が気化したもの。膨張を繰り返し、急速に広がる。吸引した人間は多くが魔物となり、一部が他種族に、ごくごく一部が『黒の血族』へと変異する。オブライエンは双子の兄であるスタインの体内に『液化アルテゴ』を設置し、生命活動の停止に伴って外気に触れるよう仕組んだ。スタインが処刑されたことにより、ラガニアは滅亡することとなった。詳しくは『間章「亡国懺悔録」 幕間37.「アルテゴ」』にて


・『シルバームーン』→オブライエンの扱う銀色の液体魔具。あらゆる硬度や質感を含め、あらゆる形状を模すことが可能。詳しくは『592.「局長と銀の月」』にて


・『王都』→グレキランスのこと。周囲を壁に囲まれた都。詳しくは『第九話「王都グレキランス」』にて


・『グレキランス』→通称『王都』。周囲を壁に囲まれた都。また、グレキランス一帯の地方を指して用いられる。詳しくは『第九話「王都グレキランス」』にて


・『ラガニア』→かつてはグレキランス同様に栄えていた地域、と思われている。実際はグレキランスを領地として治めていた一大国家。オブライエンの仕業により、今は血族の土地と化している。魔王の城は元々ラガニアの王城だった。初出は『幕間.「魔王の城~書斎~」』。詳しくは『間章「亡国懺悔録」』より

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