↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
花嫁騎士 ~勇者を寝取られたわたしは魔王の城を目指す~  作者: クラン
第四章 第三話「永遠の夜ー⑦千年の都ー」
1800/1836

Side Winston.「一触即発の薬品部屋」

※ウィンストン視点の三人称です。

 ジェニーとクロがジュリアに遭遇する少し前に遡(さかのぼ)る。


 ウィンストンは薬品部屋で目当ての材料を物色していた。種々様々なガラス製の容器。鉱石らしき固形物。半透明のガラスに密閉された液体。それらがところ狭しと棚や机に並んでいた。


「なにを研究していたんだろうね」


 涼し気な声は白イタチの獣人――ヴィクトルのものだ。ここまでの道中、彼は常に口調も振る舞いも爽やかそのものだった。壮年執事ウィンストンは、当然ながら彼に信を置いていない。他種族連合のほかの面々は信用してもヴィクトルだけは例外だった。


 直感ではない。


 魔術師は相手の魔力を見抜く。卓抜(たくばつ)した者ともなると、魔力の性質で相手のひととなりまで分かってしまう。どの種(しゅ)の魔術を研鑽(けんさん)したか、漏出(ろうしゅつ)する魔力で推測出来るからだ。それらは当人の歩んだ人生を語る。ときに雄弁に。ときに密やかに。


『毒食(どくじき)の魔女』のもとで暮らしたウィンストンが魔術師として一級品なのは言うまでもない。隠密や隠蔽(いんぺい)を得手(えて)としたのは、もっぱら魔女を殺すためだ。


 ウィンストンの看破(かんぱ)した限りにおいて、ヴィクトルは並以上の魔力を有(ゆう)している。魔術師であるのは出会った瞬間に分かった。そして相手が魔力を隠蔽していることも。


 隠蔽とひと口に言っても方法は多岐に渡る。魔力そのものを隠すのはもちろん、過大に見せかけるのも隠蔽の一種だ。魔力の漏出自体を抑(おさ)えるのもそう。ヴィクトルの隠蔽はすぐに見抜けた。漏出抑止。しかも随分と強力に抑え込んでいる。にもかかわらず、並以上の魔力が溢(あふ)れてしまっているのだと分かった。


 加えて、扱う魔術の種類を特定されぬよう、魔力の性質が絶えず変化していたのである。オブライエン対策であるなら妥当かもしれない。だが地下にいるのはオブライエンの分体ではなく、檻に閉じ込められた本体のみ。ラルフの記憶についてはヨハンから聞きおよんでいるため、魔術で本体を始末するのは不可能だ。それでいて隠蔽を施(ほどこ)す理由として考えつくのは三点。分体が地下に出現するのを懸念しているか、隠蔽そのものが常態化しているか。あるいは、魔力を読める手合いに探りを入れているか。


「ヴィクトルさん」物色しつつ、返す。「貴方の役目は薬品部屋の前での護衛と記憶しておりますが、なぜ室内に?」


 机の上に視線を注ぐ。黒色の液体が密閉された縦長の容器がふたつ。それぞれの容器は白銀色の器具に支えられているが、固定されてはいない。その隣に同型の支えがある。二本分の容器を安置出来る作りになっているものの、容器はひとつだけ。内容物も異なる。濁った白い液体が湛(たた)えられていた。器具の手前には空(から)の注射器があり、容器内の液体とちょうど等量と見受けられる。


 この間、ウィンストンはそれらに視線も意識も向けていたが、ヴィクトルが棚を気ままに見て回っているのは把握している。足音、温度、空気の揺らぎ。それらが一挙一動を余すことなく伝えてくれる。


「気になっただけだよ。なにがあるのかな、って」


 彼がそう答えるより前に、目的地付近の廊下で動きがあったのを悟った。秘書ジュリアと、ケットシー二人組が対峙しているのだと把握する。


 ウィンストンは机から目を離さない。白銀色の小箱のなかに、鉱物じみた黒い物体が乱雑に積まれていた。


「どうやらジェニーとクロさんが会敵(かいてき)したようです。残る邪魔者は秘書だけ。貴方は助力しないのですか?」


 ヴィクトルは棚の間を、足音を殺して進み、ウィンストンの背後に立った。呼吸音は無に等しい。空気の揺らぎも考慮して、最低限の動きで背後を取ったと言えよう。体温までも室内のそれと同一にしている。


 それらすべて、ウィンストンには見ずとも分かった。そして相手は、自分の動きのすべてを把握されていることさえ看破している。だからだろう、ヴィクトルは平然と背後で答えた。


「いや、僕は動かないよ。動かないほうがいい」


「二人の仲間が犠牲になるのを看過(かんか)すると?」


「死んでほしくはないかな。でも、立ち上がれない状態であってほしい」


 物騒な言葉は、それを口にするのが慣れた者であっても、口調に綻(ほころ)びを生む。最前(さいぜん)のヴィクトルの声は、これまでとなんら変わりなかった。


 演技ではない。この男は一切の悪気なく、そうなるべきだと考えている。ウィンストンにはそう思えた。


 ヴィクトルの言葉になにも反応せず、『作業』をはじめる。もう動きを隠す必要性を感じなくなったのか、ヴィクトルはこちらの手元を覗き込んだ。やがて視線が上向く。見られていると感じてなお、ウィンストンはヴィクトルを一瞥(いちべつ)もしなかった。


「理由は聞かないんだ?」


「察しがついているので不要です」


 ラルフの檻が健在なのは共益紙(きょうえきし)経由で知っている。バロックの記した目的地の部屋は、ふたつの単語で示されていた。


 夕暮。


 檻。


 膨大な時間の流れのなかで、物体は性質を変える。石柱は欠け、碑文(ひぶん)は風雨に削られる。オブライエンの引き籠もった空間が一定の温度と湿度で保たれ、なおかつ檻を蝕(むしば)む粒子が皆無だとしても、老朽化は免(まぬか)れない。あらゆる建造物、あらゆる道具、あらゆる素材は時間とともに老いるのだ。


 ラルフの檻が例外とは言いがたい。魔道具としての効能――内部の魔術をすべて無効化する――が維持されているのは分かっていた。でなければ本体が自由に動き回れるはずなのだから。ただし、魔道具の材は劣化しているとみるのが妥当。クロはまだしも、ジェニーが万が一目的地に踏み入ったなら、ろくな考えもなしに全力で檻を破壊するだろう。彼女が内部のオブライエンを攻撃するには檻が邪魔だ。檻から解放されたオブライエンは彼女を瞬殺する。間違いなく。そうなってしまっては討伐計画も終焉だ。こちらとしても、檻から解放されたオブライエンと真っ当に戦って勝てる見込みなど皆無。


 ゆえに、ジェニーたちには決して立ち入らせてはいけない。ヴィクトルならば二人に迂闊(うかつ)な行動を取らせないよう阻(はば)みつつ、ジュリアの相手をするのも可能だろう。にもかかわらずこの部屋を出ないとなると、いよいよもって彼の存在も目的も怪しくなる。


「僕が代わるよ」


 出し抜けに放たれた言葉が、一秒に満たない時間、ウィンストンの手を硬直させた。


「貴方ならば上手くやれると?」


「どうかな。上手くやれる保証はないけど、君と比較するなら――」


 ヴィクトルの目には、ウィンストンが消えたように見えたろう。相手方の意識の間隙(かんげき)を縫って動くのには慣れている。


 ひとはなにかを見るとき、意識の焦点を絞る。視野の広さが徒(あだ)となり、映るものすべてを意識するのは困難。そして視界のいくつかに意識の重きを置いても、そう長くは続かない。意識の手綱はとかく緩みやすいのだ。そうした一瞬の機会を捉え、気取(けど)られぬよう行動するのは容易ではない。幼少からの訓練を経(へ)て、たゆまず技術を磨いた者のみが手に出来るといっても過言ではない。


 とはいえ、ウィンストンのこの技術が成功を収めたのは過去に一度もなかった。魔女はこの程度、造作もなくあしらうのだから。


 ヴィクトルは首の皮一枚のところで制止したナイフを目にし、それから背後のウィンストンを振り仰(あお)いで苦笑した。


「君なら大丈夫そうだね。降参。それにしても鮮やかだなぁ」


 苦笑したいのはウィンストンのほうだった。喉笛を裂く寸前で、ナイフの切っ先が触れる箇所に防御魔術を施されたのだから。もちろん制止する前提だった。ただ、いよいよというところまで手は抜かなかったのである。つまりは、この男のほうが上手(うわて)だ。だからといってオブライエン討伐を任せる気などないが。


「とりあえず君に任せるよ。そうそう、成功したら地下王都への梯子を作ってくれないかな。場所はこの部屋がいい。あとは、地下王都の噴水の上に、地上への跳ね戸を作っておいて」


 まったく、注文の多いイタチだ。その要求を呑ませるために一芝居したようにも思えてくる。


「かまいませんよ」


 かくして薬品部屋での剣呑(けんのん)な対話を経て、準備を済まし、目的の部屋へ続く入り口へと踏み出したのだ。外から見れば漆黒だが、一歩進んだところで景色が変わる。


 夕暮れの庭に、ウィンストンは立っていた。

発言や単語が不明な部分は以下の項目をご参照下さい。



・『ウィンストン』→『毒食(どくじき)の魔女』の邸の執事をしている魔術師。丁寧な口調の壮年男性。ジェニーとは犬猿の仲。昔から魔女の命を狙って暗殺を繰り返している。魔女を殺害したオブライエンへ、並々ならぬ復讐心を持っている。詳しくは『第八話「毒食の魔女」』『279.「物好きな主人」』にて


・『毒食(どくじき)の魔女』→窪地の町イフェイオンの守護をする魔術師。『黒の血族』と人間のハーフ。未来を視る力を持つ。本名はカトレア。オブライエンの策謀により逝去。詳しくは『第八話「毒食の魔女」』『Side Winston.「ハナニラの白」』にて


・『ジェニー』→『毒食(どくじき)の魔女』の邸にメイドとして住み込む少女。愛嬌たっぷりで天真爛漫。語尾に「にゃ」を付けて喋る。『ケットシー』と呼ばれる獣人の一種。興奮すると耳と尻尾が出てしまう。故郷の村を獣人に滅ぼされている。手引きしたのは友人だったケットシーのクロ。彼と樹海で戦闘し、その末に和解した。クロと一緒にいるために、ルドベキアに残ることに決めた。詳しくは『第八話「毒食の魔女」』『600.「或るケットシーの昔話」』『601.「たった二人の生き残り」』にて


・『クロ』→ケットシー。ジェニーの幼馴染。ルドベキアの獣人とともにケットシーの集落を滅ぼした。詳しくは『Side. Etelwerth「集落へ」』『600.「或るケットシーの昔話」』『601.「たった二人の生き残り」』


・『ヴィクトル』→白イタチに似た獣人。詳しくは『第四章 第二話「幻の森」幕間.「少女と獣の恩返し」』にて


・『ラルフ』→かつてオブライエンの家庭教師をした男。ラガニアで起きた悲劇の一部始終を『追体験可能な懺悔録』というかたちで遺した。『気化アルテゴ』の影響で小人となり、『岩蜘蛛の巣』にコミュニティを形成するに至った。詳しくは『間章「亡国懺悔録」』にて


・『オブライエン』→身体の大部分を魔力の籠った機械で補助する男。王都内の魔具および魔術関連の統括機関『魔具制御局』の局長。自分の身体を作り出した職人を探しているが、真意は不明。茶目っ気のある紳士。騎士団ナンバー1、紫電のザムザを使って『毒食の魔女』を死に至らしめたとされる。全身が液体魔具『シルバームーン』で構築された不死者。かつてのグラキランス領主の息子であり、ラガニアの人々を魔物・他種族・血族に変異させ、実質的に滅亡させた張本人。外界で活動しているのは彼の分身『二重歩行者』であり、本体は一切の魔術的干渉を受けない檻に閉じ込められている。詳しくは『345.「機械仕掛けの紳士」』『360.「彼だけの目的地」』『間章「亡国懺悔録」』にて


・『ジュリア』→魔具制御局のメンバー。オブライエンの部下。オブライエンの実験による最初の不死者。彼を心の底から愛している。全身が液体魔具『シルバームーン』で構築されている。詳しくは『第二章 第八話「騒乱の都」』『間章「亡国懺悔録」』にて


・『ケットシー』→獣人の一種で、猫に似た姿をしている。しなやかな毛で小柄。五感が優れている


・『魔道具』→魔術を施した道具。魔術師であっても使用出来る。永久魔力灯などがそれにあたる。詳しくは『118.「恋は盲目」』『間章「亡国懺悔録」』にて


・『共益紙(きょうえきし)』→書かれた内容を共有する紙片。水に浸すと文字が消える。詳しくは『625.「灰銀の黎明」』にて


・『王都』→グレキランスのこと。周囲を壁に囲まれた都。詳しくは『第九話「王都グレキランス」』にて

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。