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花嫁騎士 ~勇者を寝取られたわたしは魔王の城を目指す~  作者: クラン
第四章 第三話「永遠の夜ー⑦千年の都ー」
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Side Barock.「繋いだ手と手」

※バロック視点の三人称です。

 先遣隊第三グループ。地下の製図を担当したバロックは深く長い息を吐いた。


 今この瞬間に至るまで、実に多くのことがあったのだ。バロックとメロは地中の安全圏にいるのだが、祈る想いで趨勢(すうせい)を見守っていたのは言うまでもない。特にドルフの一件は堪(こた)えた。バロックも心中(しんちゅう)穏やかではなかったが、メロの狼狽(ろうばい)が著(いちじる)しかったのだ。


『あの球どもは絶対に敵だ。だからよぉ、オレ様がぶっ潰してやる! メロ! 分かってんな?』


『分ーってるって。暴れてきなよ』


 そう言って送り出したのはメロだ。球体の兵器が居並ぶ部屋に接する廊下へと彼を投げ込んだのである。


 はじめのうちは、まだよかった。部屋から出る球体を殴るだけで済んだのだから。鉄砕(てっさい)のドルフと呼ばれるだけはある。一撃で球体を破壊するほどに強烈な拳を持っているのは、傍目(はため)からも明らかだった。


 事情が変わったのは数分後である。別の部屋の球体がドルフへと迫ったのだ。三方からの攻撃となると、さすがに分(ぶ)が悪い。ギリギリまで待ち、それからメロは地中からドルフに呼びかけて一時撤退を図ったのだが、駄目だった。どんなに引っ張ろうと彼の身体は地中に入ってくれない。そこではじめて、地中から地下空間への干渉は一方的なものであると知ったのだ。


『ヤバい。ヤバい、ヤバい、ヤバい。どうしよう。どうしよう! ウチのせいでドルフが――』


 それからのメロは、言葉にならない嘆きの声を発し、パニックに陥(おちい)った。


 当然だ。ピンチになればすぐに引き戻せる前提で送り込んだのだから。


 彼女を宥(なだ)めるのには苦労した。実際、なんの罪もない。想定と違っただけで。


『メロさん。貴女は悪くありません。地下を進む仲間に助けを求めましょう。それ以外に方法はありません』


 かくして人間――ミイナを経由し、ドルフの窮状(きゅうじょう)は共有された。トナカイ族のシンボルである角を失い、身体のあちこちを光線で抉(えぐ)られるドルフを見守るのは、日頃から冷静さに自信のあるバロックであっても終始奥歯を噛み締めたものだ。メロが泣きながら、祈りの言葉とドルフの名を断続的に呟いたのも無理はない。


 ようやく援軍が到着して場が収まったものの、死者は数えられないほど。とてもじゃないが窮地を脱したと喜べる状況ではなかった。メロは自分の失態だと見做(みな)してひどく気落ちしている様子だったが、バロックはドルフが生き残ってようやく、現況を肯定的に捉えられた。失意の彼女の前では口に出せないものの、ドルフの果たした役目は大きい。あの球体は地下への侵入者を感知して作動すると知れている。ドルフはいわば、たったひとりで囮(おとり)になったのだ。ほかの部屋にいる兵器まで引きつけて果敢に戦ったと言える。


 そのように勇を奮ったのは彼だけではない。他種族全員が懸命になったのは事実として、果たした役割の大きさは異なる。


 ミイナは強敵を撃破した。バロックにとっては名も知らぬ人間で、なぜ地下に入ったのかも不明だが、彼女の働きは決して小さくないと判断している。敵――すなわちザムザは例の工房を出られないし殺意もなかったわけだが、客観的には他種族連合の背後を狙う厄介者に見えた。実際オブライエンが交信をすれば、ザムザは殺戮(さつりく)のために躊躇(ちゅうちょ)なく工房を離れたことだろう。


 バロックの集落のオオカミ族たちも参戦しており、そのうちの数名は謎の人間のいる部屋を担当した。管(くだ)に繋がれた男。意識はないようだが、これもまた傍目から見ると敵と考えて不思議ではない。実際はオブライエンに囚われ、自らの知る情報を洗いざらい吐かされた犠牲者――気球職人のロジェールであり、敵ではないのだが。オオカミ族の面々はしばしの間は観察に徹していたが、やがて意を決して管を抜いた。そして人間は覚醒し、ひどく怯えたのだ。それからしばらくして、なぜかオオカミ族たちと膝を突き合わせてなにか語っているようだったが、バロックとしてはひと安心である。少なくとも敵ではないと思える程度には打ち解(と)けている様子だった。


 実情としては、ロジェールは自分がオブライエンの被害者であることを明かし、これまでの経緯を語るなかで、自然と空を飛ぶ機械、すなわち気球の談義をはじめたのだ。一日中語れる程度には熱量があり、かつ気球となると言葉が止めどない。オオカミ族はバロックが人間かぶれしているため、ほかの獣人よりは寛容な向きがある。なにより、彼らにとってはなかなか信じがたい話だったのだ。魔術でも魔道具でもない物体で空を自由に飛ぶなんて、奇妙で、嘘っぽく、しかし魅力的だった。


 球体の相手を担(にな)った他種族一同も、成果は大きい。何人も死んでしまったが無駄な死などひとつもない。


 死に関しては、どうしてもコルニオラを想ってしまう。彼女は我が身を挺(てい)して、あの最低な罠を破壊しおおせたのだ。コルニオラに最後の力を与えたジェイドもまた、欠かせない存在と言える。勇敢な死者の魂は彼が引き継ぐだろう。生き残った者のさだめだ。


 ジェニーとクロは最大の強敵――ジュリアの足止めに成功した。一方的な戦闘と言わざるを得ないものの、結果は彼女らの勝利だとバロックは捉えている。二人が障害とならなければ、ジュリアは薬品部屋に侵入したかもしれない。そこでウィンストンがなにをしていたのかバロックには分からなかったが、オブライエン攻略の鍵に違いなかろう。目的地まで間もなくのところで無駄な行為をするわけがない。


 それにしても、奇妙なのはヴィクトルだ。あの新参者はジュリアを完封し、ウィンストンを今しも進めようとしている。ジェニーとクロが力を合わせても敵わなかった相手を悠々と消し飛ばしているのだから、強者には違いない。ウィンストンとともに薬品部屋に入ったのは警護のためだろうか。確かなことは言えないが、どうもバロックの勘では別の意図があるように思えた。二人の間に生(しょう)じた剣呑(けんのん)な対峙も、その印象を強める要素になっている。


 なんにせよ、すべては人間に託されたのだ。壮年の執事に。


 だからこそ、頃合いだと思った。


「メロさん」


「なに?」


 彼女の態度は陰りがあるものの、ほぼ復調している。内面は分からないが、ドルフの一件から立ち直りつつあるだろう。


「そろそろ、私の手を放して結構です。決着がどうなるのか気にはなりますが、もう充分」


「……なに言ってんのか全然分かんないんだけど」


「貴女は私を恨んでいる。殺したいほどに。……私はもう役目を終えました。これ以上生かしておく意味はないでしょう」


 ドルフが地下に侵入した時点で、メロはこちらの手を放し、窒息させるはずだったろう。それが、トラブルに直面して有耶無耶(うやむや)になった。バロックはそう考えている。否(いな)、確信していた。


「あーね……確かにバロックのことは許せない、かも」


「かも、ではないはずですよ。私は貴女の大切な妹を攫(さら)って、貴女がた人魚にひどい仕打ちをしたんですから」


「……てか、さ。そっちのほうこそウチを殺そうとしてたんじゃないの?」


 唐突に言われ、バロックは目を丸くした。


 意味が分からない。


「なぜ? 殺す理由などひとつもありません」


 彼女が眉間に皺を寄せて覗き込む。だから「嘘じゃないですよ」と付け加えた。


「マジで嘘じゃない?」


「ええ。そもそも私が貴女を騙したのは『緋色の月』のためですから。要するに今回の戦争を有利に運ぶ目的のみ。ですから、『緋色の月』と『灰銀の太陽』が和解を迎えた時点で、貴女をどうこうする意味もなくなりました」


 本心だ。伝わるかどうかはさておき。


 メロは「あー」とぼんやり地上を見上げる。「マジか。おんなじこと考えてた」


「同じ?」


「バロックはさ、ウチが殺そうとしてるって思ってたんでしょ? で、ウチは殺されると思ってた。だって執念深そうだし、頭いいし、抜け目ないし」


 なんだ、それは。


 メロの言葉に嘘を感じない自分は、おかしいのだろうか。


「ウチはバロックを殺すつもりなんてないし。だって仲間じゃん。過去になにがあっても、それはそれっしょ? 違う?」


「……いえ、おっしゃる通りです。ただ、過去は捨て去れるわけではありません」


「それはそう。だから、ウチらの暮らす入江には来ないでほしいんだけど……いい?」


「もちろん。干渉しませんよ。もう二度と貴女がたを脅(おびや)かさない」


 そう返すと、どうしてかメロは破顔した。ひどく安心したように。


「良かった~。ほら、ウチの仲間ってビビリだから、なんつーかさぁ、バロックのこと、たぶん今でも怖いんだよね。ウチだって怖かったし。でも、今は平気。騙して殺すつもりないっしょ?」


「ありませんよ」


「じゃあ、これからも仲間じゃん。入江には来ちゃ駄目だけど、ウチに用事があれば連絡して。『捧げ物』だっけ? 物々交換したいんだよね、ウチらも。ワカメとキノコ交換しよーよ」


 バロックは帽子を目深に被り直し、目を閉じた。


 もちろんこれも、メロがこちらを懐柔(かいじゅう)したうえで殺す策略かもしれない。疑うと決めればどこまでも疑える。


 しかし、もう疲れた。それに、メロの言葉がどうにも響く。彼女のほうこそこちらを怖れていただなんて、考えてもみなかった。


 この瞬間、バロックはすべての疑いを捨てた。メロと繋いだ手を少しだけ意識する。


「キノコでも果物でも、喜んでお渡ししますよ」


 それを聞いて無邪気に喜ぶメロがひどく眩しかった。

発言や単語が不明な部分は以下の項目をご参照下さい。



・『バロック』→オオカミ族の集落の長。知的で冷酷。相手を屈服させることに興奮を覚える性格。支配魔術および幻覚魔術の使い手。詳しくは『Side Mero.「緋と灰の使者」』にて


・『メロ』→人魚の族長。小麦色の肌を持ち、軽薄な言葉を使う。口癖は「ウケる」。なにも考えていないように見えて、その実、周囲をよく観察して行動している。仲間思いで姉御肌。地面を水面のごとく泳ぐ魔術を使用。詳しくは『745.「円卓、またはサラダボウル」』『746.「笑う人魚」』にて


・『ドルフ』→『緋色の月』の四番手で、トナカイ族の獣人。別名、鉄砕のドルフ。タテガミ族との混血。血の気の多い性格。身体硬化の魔術を使用する。『骨の揺り籠(カッコー)』を襲撃したが、最終的にリフによって撃退された。貧弱なトナカイ族を食わすため、仕方なく『緋色の月』に協力している。詳しくは『816.「地底への闖入者」』『817.「鉄砕のドルフ」』にて


・『ジェニー』→『毒食(どくじき)の魔女』の邸にメイドとして住み込む少女。愛嬌たっぷりで天真爛漫。語尾に「にゃ」を付けて喋る。『ケットシー』と呼ばれる獣人の一種。興奮すると耳と尻尾が出てしまう。故郷の村を獣人に滅ぼされている。手引きしたのは友人だったケットシーのクロ。彼と樹海で戦闘し、その末に和解した。クロと一緒にいるために、ルドベキアに残ることに決めた。詳しくは『第八話「毒食の魔女」』『600.「或るケットシーの昔話」』『601.「たった二人の生き残り」』にて


・『クロ』→ケットシー。ジェニーの幼馴染。ルドベキアの獣人とともにケットシーの集落を滅ぼした。詳しくは『Side. Etelwerth「集落へ」』『600.「或るケットシーの昔話」』『601.「たった二人の生き残り」』


・『コルニオラ』→心優しい女性の竜人。深紅の鱗を持つ。被差別階級である『半鱗』のなかで、戦士長のポジションを与えられている。クロエとともに竜姫を捜索する役目を受けた。竜人の持つ階級意識から脱するため、血族であるハンジェンとともに、『半鱗』を率いて『緋色の月』に合流した。詳しくは『682.「紅色の施し」』『693.「半鱗の戦士長」』にて


・『ジェイド』→碧の鱗を持つ竜人。サフィーロを崇拝している。煽られるとつい反応してしまう性格。『純鱗』だったが、サフィーロの怒りを買い、一方的に『半鱗』に格下げされた。しかしクロエの働きにより『純鱗』に返り咲く。樹海にて『半鱗』のリーダーであるコルニオラと決闘した末、彼女たち『半鱗』とともに生きることに決めた。詳しくは『681.「コツは三回」』『684.「鱗塗り」』『Side Jade.「正しさの在り処」』


・『ウィンストン』→『毒食(どくじき)の魔女』の邸で執事をしている魔術師。丁寧な口調の壮年男性。ジェニーとは犬猿の仲。昔から魔女の命を狙って暗殺を繰り返している。魔女を殺害したオブライエンに並々ならぬ復讐心を持っている。詳しくは『第八話「毒食の魔女」』『279.「物好きな主人」』にて


・『ミイナ』→アカツキ盗賊団のリーダー。詳しくは『第二話「アカツキ盗賊団」』にて


・『ロジェール』→キュラス付近の山岳地帯にひとりで住む青年。空を飛ぶことに憧れを抱き、気球を完成させた。テレジアの幼馴染であり、元々はキュラスの住民で、『救世隊』の一員だった。詳しくは『298.「夢の浮力で」』『347.「収穫時」』『349.「生まれたての太陽の下に」』にて


・『紫電のザムザ』→騎士団ナンバー1の男。銀の髪を持つ魔術師。幼い頃の記憶がない。ときおり頭のなかに響く『声』に従って行動をする。実はオブライエンによって作られた、魔道具に限りなく近い人間。故人。詳しくは『幕間.「王都グレキランス ~啓示~」』『Side Winston.「紫電の組成」』にて


・『ヴィクトル』→白イタチに似た獣人。詳しくは『第四章 第二話「幻の森」幕間.「少女と獣の恩返し」』にて


・『オブライエン』→身体の大部分を魔力の籠った機械で補助する男。王都内の魔具および魔術関連の統括機関『魔具制御局』の局長。自分の身体を作り出した職人を探しているが、真意は不明。茶目っ気のある紳士。騎士団ナンバー1、紫電のザムザを使って『毒食の魔女』を死に至らしめたとされる。全身が液体魔具『シルバームーン』で構築された不死者。かつてのグラキランス領主の息子であり、ラガニアの人々を魔物・他種族・血族に変異させ、実質的に滅亡させた張本人。外界で活動しているのは彼の分身『二重歩行者』であり、本体は一切の魔術的干渉を受けない檻に閉じ込められている。詳しくは『345.「機械仕掛けの紳士」』『360.「彼だけの目的地」』『間章「亡国懺悔録」』にて


・『ジュリア』→魔具制御局のメンバー。オブライエンの部下。オブライエンの実験による最初の不死者。彼を心の底から愛している。全身が液体魔具『シルバームーン』で構築されている。詳しくは『第二章 第八話「騒乱の都」』『間章「亡国懺悔録」』にて


・『オオカミ族』→獣人の一種。読んで字のごとく、オオカミに似た種


・『トナカイ族』→獣人の一種。樹海内での地位は低く、実りの少ない地に住んでいる


・『人魚』→女性のみの他種族。下半身が魚。可憐さとは裏腹に勝手気ままな種族とされている。大部分の人魚は臆病ゆえに排他的だが、族長であるメロはその限りではない。『灰銀の太陽』に協力。詳しくは『741.「夜間飛行」』にて


・『灰銀の太陽』→半馬人を中心にして形成された、他種族混合の組織。『緋色の月』に対抗すべく結成された。詳しくは『第三章 第一話「灰銀の太陽」』にて


・『緋色の月』→獣人を中心として形成された組織。人間を滅ぼし、血族と他種族だけになった世界で確固たる地位を築くことが目的とされている。暴力的な手段を厭わず、各種族を取り込んでいる。現在は『灰銀の太陽』と手を結んでオブライエンの打倒を目指している。詳しくは『610.「緋色と灰銀」』『625.「灰銀の黎明」』『626.「血族と獣人」』にて


・『魔道具』→魔術を施した道具。魔術師であっても使用出来る。永久魔力灯などがそれにあたる。詳しくは『118.「恋は盲目」』『間章「亡国懺悔録」』にて


・『捧げ物』→獣人の集落同士を繋げる、物々交換の風習。情報交換や交流も兼ねている。詳しくは『Side. Etelwerth「記憶は火花に映えて」』『600.「或るケットシーの昔話」』にて

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