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花嫁騎士 ~勇者を寝取られたわたしは魔王の城を目指す~  作者: クラン
第四章 第三話「永遠の夜ー⑦千年の都ー」
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Side Jennie.「魔女の死んだ日」

※ジェニー視点の三人称です。

 クロがジュリアの鋼鉄の腕を破壊出来たのは、彼の精神がここ一番で爆発し、結果的に蹴撃(しゅうげき)の威力が増幅したからか。


 そうではない。


 ジュリアにひれ伏したのは事実で、心を折られたのも嘘ではなかった。


 ジェニーの言葉を耳にし、本来あるべき役割へと回帰したのが正しい。そして攻撃に舵を切ったクロは常に冷静だ。いかに頑強な物質で、なおかつ硬度が均一であっても、比較的脆(もろ)い箇所は存在する。


 細い部位は、その分だけほかの箇所よりも脆弱(ぜいじゃく)。ゆえにクロの蹴撃はジュリアの腕のうちでもっとも細い手首付近へと放たれ、砕きおおせたのである。


 ジェニーはなにも知らずに横たわり、ジュリアへと猛進するクロを眺め、ただただ感心していた。やっぱりクロはすごいにゃ、と。


 ジュリアの一歩手前で、クロは床に接するほど身体を低くした。ジェニーのように真正面から戦うのはもちろん、飛びかかるのは悪手である。拳を掴まれれば彼女の二の舞いになるのは必至。それに、厳選した箇所でなければ破砕不可能なのは自明である。胴体を打ったところで成果はない。


 クロが次に狙うのは両の足首。それは相手も読んでいる。捕まえようと身体を折り、手を伸ばす。その指先が視界に入った時点で、クロは床から跳ね上がるようにして蹴りを放った。狙いはジュリアの首。それならば砕けると踏んでの攻撃である。


 回避はおろか、激突する位置をずらすのも不可能な早業(はやわざ)だった。だが、相手のほうが上手だったと言えよう。


「あ」


 クロの口から一音が流れたのは、蹴りがジュリアの首を通過(・・)した瞬間である。


 液体魔具シルバームーン。その主要な効能は不老不死にあるが、副産物も真価と呼べる。物体生成。硬度の変化。それらはシルバームーンにより実現されたものだ。肉体の性質やかたちまで、いかようにも変わりうる。


 液体。クロが蹴ったジュリアの首は、限りなくそれに近かった。さほどの抵抗もなく、何物も阻(はば)まない流体。それでいて首が落ちないのは、首から上もまた同質であるからだ。


 クロの蹴りは虚空を打ったも同然。そして威力が落ちたところを、今度は高硬度の手が掴み取る。身体の任意の箇所をそれぞれ異なる性質にするのはジュリアにとって造作ない。


 足を掴まれたクロが持ち上げられる。一般的にケットシーは獣人のなかでももっとも小柄だ。彼も例外ではない。掴まった箇所こそ違えど、最前(さいぜん)のジェニーとそう変わらない状況に陥(おちい)ったのである。


「ジェニー。今度は貴女が選びなさいな。これから黒毛の彼を貴女と同じ目に遭(あ)わせる。貴女の場合、地下を固定した道具について聞き出さなくていいわ。それを持ってる奴を殺して、道具を持ってくるだけでいいの。簡単な仕事でしょう?」


 言葉の間、クロは素早くジュリアの手首に蹴りを放った。しかし功を奏さない。首と同じく、攻撃が通過したのみ。クロの足が蹴りのさなかに粘性(ねんせい)を感じたのは、彼を持ち上げ続けるために必要な強度だったからである。


 顔を殴ろうと、腹を蹴ろうと、結果は変わらない。流体により、あらゆる攻撃が無力化される。


 このとき、ジェニーはゆるゆると立ち上がった。親友が自分と同じ目に遭うなんて、彼女には耐えられない。ならウィンストンを殺すつもりかというと、それもありえなかった。あの執事は好きではないが、殺したいほど憎んでなどいない。自分と同じく魔女の寵愛(ちょうあい)を受け、生活をともにした相手なのだから。


「そう。立って、しっかり歩いて、殺すのよ。貴女はきっとやり遂げる。だって黒毛のことを――」


 ジェニーは思わず目を丸くした。ジェリアの身体が白銀色の飛沫(しぶき)となって消えたのだから。


 クロが放った掌底(しょうてい)により、流体化したジュリアが弾け飛んだのである。彼を捕らえていた手首が落ちた。空中で回転して見事に着地したクロを目にして、ジェニーは顔を綻(ほころ)ばせる。


「すごいにゃ、クロ! 倒したにゃ!」


「別に。普通」


 ぶっきらぼうな口調は彼の常態で、ジェニーは額面通りに言葉を受け取った。クロにとって、ジュリアを倒すのは普通なのだと。


 実情は異なる。クロは倒したなどと思っていない。ジェニーも少しばかり冷静になれば、安堵(あんど)していられる状況にないと理解したはずだ。


 ジュリアの姿がどこにもない。飛沫となって散り、落ちた手首も溶けた。しかし壁は依然(いぜん)として残っている。たとえ壁が消失したとしても、クロの警戒心は解(と)けなかったろう。


 相手は不死身で、どんなかたちにも変化出来る。揺るぎない前提があるからこそ、敵の姿が見えないのを不吉に感じるのは道理だ。


 ジェニーの目には、クロがいきなり吹き飛んだようにしか見えなかった。彼の真横にジュリアが生えて(・・・)、蹴りを見舞ったのである。


 そして驚いているうちに、ジェニーは腹部への痛みを感じ、景色が遠ざかっていくのを目にした。ついでとばかりに彼女は殴られ、吹き飛ばされたのである。


「面倒ね、貴方って」


 壁に叩きつけられたクロを見下ろし、発せられた言葉はジュリアの偽(いつわ)らざる本心である。やはり黒毛は有能だ。蹴りを避けることこそなかったが、しっかり腕で防御している。負ける気遣いはないが、拷問するのは少々難しい。


 ゆえに、ジュリアはよりシンプルなやり方に変えた。小娘を利用する心算は消えていないものの、あれの知能はたかが知れている。残酷な拷問は不要。分からせてやればいい。


 クロは俊敏に立ち上がり、壁を跳ねるように撹乱(かくらん)し、ジュリアへの一撃を狙った。流体ならば掌底で散らし、高硬度ならば足を砕いてバランスを奪い、首を刈る。


 クロの算段に誤りはない。もし間違っていたとするなら、ジュリアに対峙したこと自体が過(あやま)ちだ。


 狙いすまして飛び込んだクロは、床から突如伸び上がった柱によって天井に叩きつけられた。口からは否応(いやおう)なく血が噴き出し、白銀の床に赤く散る。現れたときと同様、柱は唐突に消え去り、彼はおぼろげな意識で落下の一途をたどる。その途上で、鳩尾(みぞおち)に膝蹴りが食い込んだ。通路の横壁へと一直線に飛ぶクロの背後に回ったジュリアが、心臓の真裏に掌底を打ち込む。


 あっという間の蹂躙劇(じゅうりんげき)である。倒れた彼の背を踏んで、終わりだ。


 ジュリアとしては、やはり多少面倒だった、と感じた程度である。彼女にとっての『面倒』とは、一撃で討てないことを意味していた。


 一連の悲劇はジェニーも目にし、駆けつける頃には親友が踏みしだかれていた。ジュリアが好都合だと見做(みな)すのは当然である。馬鹿で弱い小娘も、黒毛の命を握っているのが誰なのかさすがに理解したはず、と。


「もう分かったでしょ。さっさと目的を果たしなさい。でないと黒毛を殺すわよ」


 ジュリアの身は現在、すべての箇所が高硬度と化していた。ジェニーに砕くことは不可能。ジュリアはここまでの戦闘で彼女の戦力をその程度だと判断していた。間違ってはいない。身体のあちこちを欠損しているのだからなおさらだ。


 ただし、ジェニーの心の性質を理解出来ていない。おそらくは永遠に理解出来ないだろう。


 ジュリアはジェニーから決して目を離さなかった。慢心していてなお、油断はない。なのにジェニーの拳が眼前にあって――。


「ジェニーはクロを守るにゃ!!」


 頭が砕かれ、次は腹、次は胸、両手足。ジェニーの拳はこの状況に至り、ジュリアの硬度を凌駕(りょうが)したのである。


 クロを傷付ける奴は許さない。なにがなんでもクロを守る。大事な親友だから。


 直情的だからこそ、ジェニーの拳はジュリアに勝(まさ)ったのだ。


 砕けた身体が溶け、背後に出現したジュリアを、ジェニーが殴る。


 しかし、液体化した肉体の前では無意味――そう判断したジュリアは甘い。直線的な拳がもたらす衝撃によって、秘書の身体は飛び散った。次に再構築した位置はクロの真下で、彼を羽交い締めにして脅す腹積もりだったのだが、標的に触れることさえ出来なかった。クロもまた回復し、避けざまにジュリアの首を砕いたのである。


「ジェニーを守るのは僕だ」


 くだらない。


 ジュリアは二人をまとめて唾棄(だき)した。


 かくして本来あるべき、本当の戦闘がはじまったのである。




 さして時間を要(よう)すことなく、雌雄(しゆう)は決した。


 ジェニーは全身に打撲傷を負い、通路の横壁にもたれている。対面の壁には同じく重症のクロが横たわっていた。


 客観的にはジュリアの圧勝である。どんなに攻撃を受けようとも一切のダメージはなく、相手の死角を突いて物体生成により不意打ちを食らわせ続ければいいだけの話だった。事実、そのようにして二人は追い詰められ、敗北を喫(きっ)したのである。


「腹立たしいわ。本当に。このままじゃ気が済まない」


 ジュリアの腕が剣へと変わる。ジェニーは彼女を見上げ、自分へと振り下ろそうとする彼女の一挙一動を見据えていた。


 こんなことになるなら参戦しなければよかった、なんて思わない。


 一生懸命戦って、でも勝てなかった。悔しいし、不愉快なのに、どこか清々しい。たぶん、クロと一緒に、同じ方角を向いて懸命になれたからだ。オブライエンを倒せなかったのは心残りだけれど。


 首を薙ぐ軌道の剣を感じながらも、ジェニーは残った片目をしっかり開き、ジュリアを見た。死んでしまうのは怖いし嫌だが、最期まで敵から目を逸(そ)らす気はない。身体が少しも動いてくれないとしても。


 しかし、死は訪れなかった。黄金色のなにかが視界を横切り、ジュリアの腕を切断したのである。


「遅くなってごめんね、ジェニー、クロ」


 白イタチの獣人、ヴィクトル。彼の手には光を放つ剣が握られていた。そして彼の後ろをウィンストンが歩んでいる。両名を視界に収め、ジェニーは脱力した。クロは『ヴィクトルを信じるな』と言ったけれど、ちゃんと駆けつけてくれたじゃないかと思う。


「貴方、誰? 何者? まさか道具を――」


 ヴィクトルが剣を振り、ジュリアの身体が四散した。彼は悠々とジュリアのいた場所を通過し、通路を阻む壁を一閃する。眩(まばゆ)い光が迸(ほとばし)り、収まる頃には壁が消失していた。


 ヴィクトルの背後に出現したジュリアが、一瞬で消し飛ばされる。彼は剣をあちこちに彷徨(さまよ)わせ、光を放出した。ジュリアの生成しようとした物体を、構築されるより前に破壊したのである。


 足を止めて振り返ったヴィクトルと入れ違いに、ウィンストンが先を歩む。


「気が変わったらいつでも呼んでね」とヴィクトルは涼しげに言う。ウィンストンは無視したが、歩みを止め、心持ち振り向いた。


 彼の視線の先はジェニーで、眼差しが交差する。


 相変わらず悔しいけれど、納得するほかない。今の自分ではオブライエンを倒すどころか、立つことすらままならないのだから。


「ジェニー。我々の主人はお前を大切にしていた」


 知ってる。


「主人が死んだ日、なぜ自分が使いに出されたのか、考えたことがあるか?」


 ない。考えもしなかった。


「これは吾輩の勝手な考えだが、主人はお前の未来に干渉した」


 嘘だ。


「あの場に居合わせたなら、お前は夢中になって主人を守ろうとしただろう。それが果たせなかったお前は、考えもなしにイフェイオンを飛び出し、王都に駆けたはずだ。オブライエンはどこにいるのかと、あらゆる人々に尋ねて回ったろう」


 そうかもしれない。


「その時点でお前はオブライエンに捕獲されるか、殺されていたはずだ。主人は、そうならないよう取り計らった。変更後の未来が、今のお前だ。……そんなになるまで戦って、足止めをしたのだ」


 そう。でも結局、今はヴィクトルがなんとかしてる。


「主人は必ず、お前に呆れる。その無謀さに。そして褒めるだろう。よく頑張ったと」


 ウィンストンはオヤブンじゃない。だからこいつは、勝手になにもかも想像して喋ってるだけ。


 でも、そんな情景が簡単に思い描けるのだから不思議だ。


「あとは……任せたにゃ」


 なんとか絞り出した声。


 自分にはもう出来ない。


 だから、託す。


 ウィンストンは頷き、最後にこんなことを言うのだから、気が抜けてしまった。


「お前がいてくれたから、退屈しなかった。感謝する」


 気付かされた。オヤブンと過ごした日々は、三人だったからこそ楽しかったんだと。


 返事をしようとしたのに、ウィンストンは行ってしまう。目的地へと。


 現れては消し飛ぶジュリアと、涼しげに剣を振るうヴィクトルを意識の外に置いて、ジェニーは目を閉じる。


 訪れた暗闇に、大切なひとが呆れ笑いを浮かべていた。

発言や単語が不明な部分は以下の項目をご参照下さい。



・『ジェニー』→『毒食(どくじき)の魔女』の邸にメイドとして住み込む少女。愛嬌たっぷりで天真爛漫。語尾に「にゃ」を付けて喋る。『ケットシー』と呼ばれる獣人の一種。興奮すると耳と尻尾が出てしまう。故郷の村を獣人に滅ぼされている。手引きしたのは友人だったケットシーのクロ。彼と樹海で戦闘し、その末に和解した。クロと一緒にいるために、ルドベキアに残ることに決めた。詳しくは『第八話「毒食の魔女」』『600.「或るケットシーの昔話」』『601.「たった二人の生き残り」』にて


・『毒食(どくじき)の魔女』→窪地の町イフェイオンの守護をする魔術師。『黒の血族』と人間のハーフ。未来を視る力を持つ。本名はカトレア。オブライエンの策謀により逝去。詳しくは『第八話「毒食の魔女」』『Side Winston.「ハナニラの白」』にて


・『クロ』→ケットシー。ジェニーの幼馴染。ルドベキアの獣人とともにケットシーの集落を滅ぼした。詳しくは『Side. Etelwerth「集落へ」』『600.「或るケットシーの昔話」』『601.「たった二人の生き残り」』


・『ウィンストン』→『毒食(どくじき)の魔女』の邸で執事をしている魔術師。丁寧な口調の壮年男性。ジェニーとは犬猿の仲。昔から魔女の命を狙って暗殺を繰り返している。魔女を殺害したオブライエンに並々ならぬ復讐心を持っている。詳しくは『第八話「毒食の魔女」』『279.「物好きな主人」』にて


・『ヴィクトル』→白イタチに似た獣人。詳しくは『第四章 第二話「幻の森」幕間.「少女と獣の恩返し」』にて


・『オブライエン』→身体の大部分を魔力の籠った機械で補助する男。王都内の魔具および魔術関連の統括機関『魔具制御局』の局長。自分の身体を作り出した職人を探しているが、真意は不明。茶目っ気のある紳士。騎士団ナンバー1、紫電のザムザを使って『毒食の魔女』を死に至らしめたとされる。全身が液体魔具『シルバームーン』で構築された不死者。かつてのグラキランス領主の息子であり、ラガニアの人々を魔物・他種族・血族に変異させ、実質的に滅亡させた張本人。外界で活動しているのは彼の分身『二重歩行者』であり、本体は一切の魔術的干渉を受けない檻に閉じ込められている。詳しくは『345.「機械仕掛けの紳士」』『360.「彼だけの目的地」』『間章「亡国懺悔録」』にて


・『ジュリア』→魔具制御局のメンバー。オブライエンの部下。オブライエンの実験による最初の不死者。彼を心の底から愛している。全身が液体魔具『シルバームーン』で構築されている。詳しくは『第二章 第八話「騒乱の都」』『間章「亡国懺悔録」』にて


・『ケットシー』→獣人の一種で、猫に似た姿をしている。しなやかな毛で小柄。五感が優れている


・『液体魔具』→読んで字のごとく、液状の魔具。オブライエンが『シルバームーン』と名付けた銀の流体。グレキランスの西方に暮らす、流体力学と魔術の研究者と共同開発したもの。グレキランスの地下に存在する変幻自在の空間も『液体魔具』の産物。詳しくは『間章「亡国懺悔録」』にて


・『シルバームーン』→オブライエンの扱う銀色の液体魔具。あらゆる硬度や質感を含め、あらゆる形状を模すことが可能。詳しくは『592.「局長と銀の月」』にて


・『王都』→グレキランスのこと。周囲を壁に囲まれた都。詳しくは『第九話「王都グレキランス」』にて


・『イフェイオン』→窪地の底に広がる豊かな町。王都に近く、特産品の『和音(わおん)ブドウ』を交易の材としている。かつて『毒食(どくじき)の魔女』によって魔物の被害から逃れていた。詳しくは『第八話「毒食の魔女」』にて

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