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花嫁騎士 ~勇者を寝取られたわたしは魔王の城を目指す~  作者: クラン
第四章 第三話「永遠の夜ー⑦千年の都ー」
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Side Jennie.「愛に許された選択肢」

※ジェニー視点の三人称です。

 獣人の証を毟(むし)り取られ、片目を失ったジェニーは、ひどくぼんやりとしているように見えたろう。身体に力が入らないのだから仕方ない。しかし心では極彩色の感情が手前勝手に叫びを上げていた。


 ジュリアには勝てないと主張する声。


 なにがなんでも戦うべきと激する声。


 一旦離れて落ち着けと宥(なだ)める声。


 もちろん、身体の欠損に対して抵抗した。耳を守ったし、尻尾を掴まれたときにはジュリアの腕に爪を立てたし、眼球に迫る指先を避けようと顔を動かした。なにもかも上手くいかなかったからこそ、脱力が全身を支配している。


 残る片目で見る景色は無惨なものだった。全身を駆使して秘書へと攻撃するクロ。彼の拳は彼自身の血で濡れている。ジュリアはいまだに難攻不落の鉄塊だった。


 クロの動きが急激に緩くなったのは、片目が奪われて少し経(た)ってからである。


「もう、やめてくれ」獣の耳を失っても、音は拾える。「僕が代わりに全部差し出すから、これ以上ジェニーを傷付けないでくれ」


 クロの声は潤んでいた。彼らしくない。少なくともジェニーは、何事にも関心なさげなクロの声しか聞いたことがなかった。


「貴方の身体はどうでもいいわ。ちっとも興味ない。ワタシはこの娘(こ)を――」指先に痛みが走る。剥がされた爪を、ジュリアはクロの目の前に突きつけた。「壊すだけ」


 クロが膝を突き、平伏した。


「あなたの言う通りにするから、ジェニーをこれ以上痛めつけないでくれ」


 ジェニーはもちろん悔しかった。ジュリアにされるがままになっている状況もそうだし、こうしてクロが頭を下げているのも自分のせい。悔しくて、苦しくて、痛くて、涙が出る。けれど言葉を発する元気すら出てこない。


 このとき、ジュリアの表情に明確な変化があった。目は悦(よろこ)びのカーブを描き、舌なめずりひとつ。


「なら、殺すことね。貴方の仲間のうち誰かが地下に介入した。そうでしょう? この空間に干渉する魔術は基本的に存在しないの。きっとなにか特別な道具を使ったはずよ。道具の持ち主から使い方をすべて吐かせて、殺す。そうすればこの娘(こ)は助けてあげる」


 このとき、クロはジュリアがなぜ自分たちを即座に攻撃しなかったのか看破(かんぱ)した。作戦すべてを台無しにするためにこちらの関係性と感情を徹底して測り、拷問を敢行(かんこう)したのだと見抜いたのである。


 クロは死を恐れていない。ジェニーが果敢(かかん)に戦って死んでしまうのなら――無論、生きてほしいが――それもやむなしと覚悟していた。オブライエン打倒に乗り出した皆が、等しく命を賭けている。自分たちだけ例外だなんて烏滸(おこ)がましい。


 しかしジュリアの拷問は想定していなかった。なんの攻撃も通用せず、ジェニーが貶(おとし)められる。ジェニーがジェニーでなくなってしまう。そんなおぞましい想定はしていなかった。心の脆(もろ)い部分を的確に突かれた自覚がある。それを跳ね除ける冷酷さを持てるはずがない。クロはかつてゾラの指示のもと、ケットシーの集落を壊滅させたのだが、ジェニーだけは生かした。それほどまでに彼女を大切に思っていた。


「早くなさい。でないと、どんどん減るわよ」


 乾いた音が床を打つ。ジェニーの爪だ。最初は小指で、次は薬指。剥がれたばかりの爪が否応(いやおう)なくクロの視界に入る。


 このとき、ジュリアは勝利を確信していた。この黒い獣人は必ず仲間を裏切る、と。実のところ彼女が懸念していたのはクロが全力で立ち向かってくるケースである。小娘は弱いが、黒毛はそれなりに鬱陶(うっとう)しい。一目見たときから見抜いていた。小娘を捕縛して様子見したが、なかなかどうして知恵がある。足元を掬(すく)われる可能性は皆無だが、本気で排除するとなれば多少面倒だとすら感じていたのだ。液体魔具シルバームーンで構築された今のジュリアにとって、打撃も斬撃も意味を為(な)さない。とはいえ労せずして殺せるかというと微妙だった。なにより、背後に展開した壁を破られる可能性すらある。平気なふりをしていたが、黒毛の打撃は内側に響くのだ。痛みはないが、より強い力で打たれたなら砕かれるだろう。だからこそ、心を折れたのは好都合だ。なにより、籠絡(ろうらく)すれば話はより単純になる。地下に干渉可能な道具を手に入れられれば、オブライエンは褒めてくれるに違いない。あの姿で、優しくてとびきり甘い言葉と、接吻(せっぷん)をくれる。


 他種族連合が目指す目的地は、オブライエンの実体が留まる部屋だ。ジュリアはその場所への立ち入りを堅く禁じられている。理由は知らされず、ただ一方的で、無視の出来ない命令だった。この状況においても遵守しなければならない。オブライエンに反する行為は、この千年、一度もしていないのだ。子供時代に恋をしてからずっと、ジュリアは彼に身も心も捧げ続けている。


「そもそも貴方たちは血族の味方をしているわけじゃないんでしょう? ただただ、あの人を殺そうとしてるだけ。それも千年前の罪の清算のために。あの人は貴方たちの目的なんて全部分かってるわ。なにもかも知ったうえで、彼はグレキランスに貢献し続けてるの。なにが不満なのかしら?」


 クロは黙している。ジェニーはというと、痛みの渦中(かちゅう)でよほど叫びたかった。オブライエンはオヤブンの仇(かたき)なのだと。


「仲間のことを気にしてるのね。大丈夫よ。貴方とこの娘(こ)だけは生かしてあげる。二人で安全に暮らせる場所も与えるわ。誰の恨みも買わない。そもそも、貴方の裏切りを知る奴はいないのよ。地下にいる邪魔者は全部始末するから。正しい判断をなさい。この娘(こ)を生かすか、他の連中を捧げるか」


 愛は二者択一でなく、たったひとつの選択しか残さない。ジュリアはそれをよく知っている。愛しているから、なにもかも犠牲に出来た。自分の身体さえも。


「……分かった。あなたの言う通りにする」


 クロがそう言って立ち上がったとき、ようやくジェニーの喉から声が迸(ほとばし)った。ほとんど無意識に。


「駄目、だにゃ! それ、だけは、間違ってる、にゃ!!」


 クロはジェニーを見ない。ジュリアと視線を交差させ、踵(きびす)を返す。その直後、ジェニーは風音と破砕音を耳にし、身体が落下する感覚を得た。床へと激突する前に、彼女の身が滑らかな毛に覆われた腕にキャッチされる。


 不意を突いた渾身(こんしん)の回し蹴りが、ジェニーを捕らえたジュリアの腕を砕いたのだ。


 クロは素早く距離を取り、ジェニーを背後にそっと横たえ、敵へと向き直る。


「貴方って本当に馬鹿なのね。間違った選択よ。それに、その娘(こ)のこと、ちっとも大事に思っていない。愛していないのね」


「愛してるから裏切らないんだ。それに、ジェニーも僕もなにが正しいか知ってる。生き残るために誰かを犠牲にしても、本当に欲しいものは得られないって分かってる」


「……そう。なら今度は貴方で試そうかしら。もっと残酷に痛めつけて、ジェニーだったかしら? そこの弱い小娘に裏切らせるわ」


 ジュリアの砕けた腕が床に溶け落ち、瞬時に再生した。


 言うまでもなく、彼女は不快に感じている。この黒毛は本当の愛なんてなにも知らないで、紛(まが)いものの正義感で気取っているだけ。間抜けで盲目な愚者。そのように見做(みな)していた。


 そう決めつけることしか出来なかった。

発言や単語が不明な部分は以下の項目をご参照下さい。



・『ジェニー』→『毒食(どくじき)の魔女』の邸にメイドとして住み込む少女。愛嬌たっぷりで天真爛漫。語尾に「にゃ」を付けて喋る。『ケットシー』と呼ばれる獣人の一種。興奮すると耳と尻尾が出てしまう。故郷の村を獣人に滅ぼされている。手引きしたのは友人だったケットシーのクロ。彼と樹海で戦闘し、その末に和解した。クロと一緒にいるために、ルドベキアに残ることに決めた。詳しくは『第八話「毒食の魔女」』『600.「或るケットシーの昔話」』『601.「たった二人の生き残り」』にて


・『クロ』→ケットシー。ジェニーの幼馴染。ルドベキアの獣人とともにケットシーの集落を滅ぼした。詳しくは『Side. Etelwerth「集落へ」』『600.「或るケットシーの昔話」』『601.「たった二人の生き残り」』


・『ゾラ』→別名、『獣化のゾラ』。勇者一行のひとりであり、『緋色の月』のリーダー。獣人(タテガミ族)の長。常に暴力的な雰囲気を醸している。恋愛に関しては極度に潔癖な一面もある。勇者一行でありヨハンの兄でもあるジーザスと契約し、人間殲滅を目的とした戦争への参加を余儀なくされている。クロエに敗北し、ヨハンの提示した戦争での役割を受け入れることとなった。すべての種族が争いなく共生する世界、『ユグドラシル』を理想としている。しかしながら過去、人間との交流によって失意を味わい、結果、人間に対する愛憎の念を抱くようになった。詳しくは『287.「半分の血」』『336.「旅路の果てに」』『702.「緋色のリーダー」』『790.「獣の王」』『Side Grimm.「獅子のひとりごと」』にて


・『オブライエン』→身体の大部分を魔力の籠った機械で補助する男。王都内の魔具および魔術関連の統括機関『魔具制御局』の局長。自分の身体を作り出した職人を探しているが、真意は不明。茶目っ気のある紳士。騎士団ナンバー1、紫電のザムザを使って『毒食の魔女』を死に至らしめたとされる。全身が液体魔具『シルバームーン』で構築された不死者。かつてのグラキランス領主の息子であり、ラガニアの人々を魔物・他種族・血族に変異させ、実質的に滅亡させた張本人。外界で活動しているのは彼の分身『二重歩行者』であり、本体は一切の魔術的干渉を受けない檻に閉じ込められている。詳しくは『345.「機械仕掛けの紳士」』『360.「彼だけの目的地」』『間章「亡国懺悔録」』にて


・『ジュリア』→魔具制御局のメンバー。オブライエンの部下。オブライエンの実験による最初の不死者。彼を心の底から愛している。全身が液体魔具『シルバームーン』で構築されている。詳しくは『第二章 第八話「騒乱の都」』『間章「亡国懺悔録」』にて


・『黒の血族』→魔物の祖と言われる一族。人間と比較して長命。もともとは王都の敵国であったラガニアの人々のごく一部が、オブライエンの生み出した『気化アルテゴ』によって変異した姿。詳しくは『90.「黒の血族」』『間章「亡国懺悔録」』にて


・『ケットシー』→獣人の一種で、猫に似た姿をしている。しなやかな毛で小柄。五感が優れている


・『液体魔具』→読んで字のごとく、液状の魔具。オブライエンが『シルバームーン』と名付けた銀の流体。グレキランスの西方に暮らす、流体力学と魔術の研究者と共同開発したもの。グレキランスの地下に存在する変幻自在の空間も『液体魔具』の産物。詳しくは『間章「亡国懺悔録」』にて


・『シルバームーン』→オブライエンの扱う銀色の液体魔具。あらゆる硬度や質感を含め、あらゆる形状を模すことが可能。詳しくは『592.「局長と銀の月」』にて


・『グレキランス』→通称『王都』。周囲を壁に囲まれた都。また、グレキランス一帯の地方を指して用いられる。詳しくは『第九話「王都グレキランス」』にて

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