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花嫁騎士 ~勇者を寝取られたわたしは魔王の城を目指す~  作者: クラン
第四章 第三話「永遠の夜ー⑦千年の都ー」
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Side Jennie.「鉄壁の秘書」

※ジェニー視点の三人称です。

 身体の線に沿ったタイトなズボン。胸元の開いたジャケット。いずれも純白で、両足を支えるヒールまで同じ色味である。前髪以外を肩口までの長さで切り揃えた髪だけが黒く際立っていた。チェーン付きの銀縁眼鏡越しに見える目付きは冷ややかそのもの。


 オブライエンの秘書、ジュリア。踏み越えるべき相手を見据え、ジェニーは両足に力を込めた。標的までまだ二十メートルはある。彼女にとっては一足の範囲内。


 床を蹴り、弾丸のごとく宙を駆ける。耳元で猛烈な風音がした。拳を引いて放つまで――もっといえば跳躍から殴打まで、一秒に満たない時間。


 ところで、獣人のなかでもケットシーは速さに定評がある。ほかの獣人と比較すれば膂力(りょりょく)こそ劣るものの、それを補って余りある速度を有(ゆう)し、素早く繰り出す拳や蹴りは、しばしば空震(くうしん)を伴う。ジェニーは身体つきこそ人間そっくりだが、ケットシーの特徴をちゃんと持っている。むしろ単純な力は同種を凌(しの)ぐほどだ。


 このときジェニーの放った拳は、身体のどこで受けようと深刻なダメージになりうる攻撃だった。激しく肉を打つ音も確かに鳴った。


「んにゃ!?」


 意想外が声となって溢れる。


 不死者といえどもベースは人間であり、反応速度もそれに準ずるはず。そう思い込んでいたからこそ、拳を手のひらで受け止められ、そして掴まれたのはジェニーにとって想定外だった。


 普通、拳を受けた手は腕ごと吹き飛ぶ。なにしろ全力の速さに渾身の力を乗せたのだから。


 ジュリアはその場から一歩も動かなかった。そして、捕らえた拳ごとジェニーの身体を持ち上げる。相手のほうが上背があるものだから、彼女の足は床から離れた。


 自由な片手と両足を駆使して蹴りと殴打の嵐を見舞う。仇敵(きゅうてき)オブライエンがこの先にいるのだから、神経の昂(たかぶ)りが全身を駆り立てた。雑な攻撃ではあるが、いずれも強烈と言って差し支(つか)えない。


 鉄。


 ジェニーの頭には、無意識に女性のかたちの鉄塊が浮かんだ。殴る手、蹴る足のほうに痛みが返ってくる。そのうえジュリアは連撃を浴びても微動だにしない。


 かつてジュリアが人間だったのは事実である。しかし全身を液体魔具シルバームーンに置換し、なおかつ千年のときを経(へ)た者を同じ『人間』と呼べるだろうか。


 不意に身体が落下する。滑らかな毛に覆われた黒い腕が、掴まれたジェニーの拳を解放し、その身を抱いて数歩後退したのである。


「クロ! どうしてここにいるにゃ!」


 言葉の中途でジェニーは床に降ろされた。


 てっきり『薬品』の部屋に戻ったと思っていたのである。ヴィクトルを疑うのならそうすべきでもあった。


「ジェニーだけじゃ手に負えない」


 きっぱりと言うクロに、ジェニーは感情を爆発させた。もとより冷静とは縁遠い性格だ。普段温厚なのは、怒りが萌(きざ)す機会がないからである。


「あいつもオブライエンもジェニーの敵にゃ! ジェニーが倒すにゃ! ジェニーだってちゃんとやれるにゃ!!」


 踏み出そうとするジェニーを、クロの片腕が阻む。


「一緒に戦おう。そのほうがいい」


 そう言われて、怒りがみるみる萎(しぼ)んでいく。いつも無口なクロが『一緒に』と主張するなら、簡単に受け入れてしまえる。大抵の場合、彼の言葉が正しいと知っているから。これもまた思い込みの産物であるものの、ジェニーの美点のひとつと数えられるだろう。短所と表裏一体だが。


「あいつ、硬いにゃ。鉄くらい硬いにゃ」


 クロの返事はない。ケットシーであれば鉄くらい壊せる。ジェニーの知っている物のうち、鉄以上の硬さの物体がないことくらいクロには手に取るように分かる。要するにジェニーが全力になっても打ち壊せない程度の硬さを示しているのだ。


 クロはジェニーを片腕で制御し、片時もジュリアから目を離さなかった。相手は冷徹にこちらを見据えるだけ。積極的に反撃する雰囲気はない。


 ジェニーを留めていた腕が引かれる。それを合図だと解釈し、彼女は再びジュリアに猛進した。ジェニーの拳が再び掴まれる。彼女の背後にぴったりと追随(ついずい)したクロが、攻撃の瞬間に飛び出し、ジュリアの横を通過する。


 頭蓋の内側で鈍い音が鳴り、クロは思わず額に手を添えた。頭を駆けた痛みを堪(こら)えて前を向くと、通路は白銀色の壁に閉ざされている。


 なかば以上理解しながらも、確かめておくべき事柄がある。ラルフの記憶は千年前のものであり、その時点でのジュリアと今のジュリアにどこまでの差が生じているか。クロは、彼女の心理面を計っておきたかったのである。結果は想定の範囲内。ジュリアはオブライエンを守るためにここにいる。


 絶対に通さない。唐突に出現した壁から、そんな意志を汲(く)み取るのは容易だ。


 クロが冷静に突破口――つまりはジュリア攻略、あるいは籠絡(ろうらく)の糸口を探るなか、ジェニーはまたしても拳ごと身体を持ち上げられ、宙吊りになっていた。


「離すにゃ!!」


 力の限り暴れても手応えがない。ジュリアは顔面を蹴られようとも怯(ひる)む様子など一切見せなかった。冷え冷えとした眼でジェニーを眺めている。頭のてっぺんから爪先まで。


 拳も足にも苛烈(かれつ)な痛みがあった。それでもジュリアを攻撃し続けるのは、目的意識ゆえである。彼女の先にオブライエンがいる。絶対に許せない奴がいる。だから、異常な硬度に却(かえ)ってダメージが反射しようとも、やめる気なんて一切ない。


「貴女たちは」不意にジュリアの口が開いた。「どういう関係? 恋人? それとも――」


「親友だにゃ!!」


 ジェニーは良くも悪くも率直だ。聞かれれば答える。どんな状況であろうと、大概のことは喋ってしまう。


 もちろん、口を利(き)いたからといって攻撃の手は緩めない。ジュリアの側でそれを攻撃と見做(みな)しておらずとも。


 クロはちょっぴりだけ顔を曇らせたが、行動は敏速(びんそく)だった。ジュリアの横合いに移動し、ジェニーの攻撃の隙間を縫って蹴りを放つ。『親友』のような直接的な打撃とは毛色が異なる。ジュリアの顎を、ほんの少し掠(かす)る程度に打った高速の蹴撃(しゅうげき)だ。


 ジュリアは微動だにせず、クロを見やりもしなかった。姿勢に乱れはない。


 これもまた、クロの実地調査のひとつである。おおかたの予想は出来ていたが、ジュリアの構造が特殊だと悟るには充分な一撃だった。通常ならば、多くの生き物にとって脳は司令塔であり、厚く守られた弱点と言える。顎への打撃は脳を揺らし、頭蓋の内部に叩きつける効果を持つ。意識は撹拌(かくはん)され、視界が混迷に陥(おちい)り、平衡(へいこう)感覚が喪失するものだ。なにもなかったかのように立っている以上、通常の人体構造を逸(いっ)していると読み取れる。


 肉体を液体魔具シルバームーンに置き換えたのだから、弱点など存在しないも同然。だとしても、どこかに綻(ほころ)びを見つけ出さねばならない。皆無なら、綻びそのものを作らねばならない。クロはそんな心境だった。真っ向勝負のジェニーとは違って。


「親友なんて成り立つのかしら」


 少しばかりの嘲笑が混じった声。口の端を持ち上げたジュリアに対し、ジェニーは当然食ってかかった。


「ジェニーとクロは親友だにゃ!!」


「雄と雌でしょう? 友達にだってなれないわ。キスはしたの? 一緒のベッドに入ったことは?」


「親友同士でそんなことしないにゃ!」


 ジェニーは大真面目である。他方、クロは集中力を掻(か)き乱されて、苦々しい思いを味わっていた。


「そのうちするわ。きっと。そこの黒い雄が耐えられなくなって。『そのうち』があればだけど」


 ジュリアの視線がクロへと流れる。彼は冷静の二文字を頭に何度も思い浮かべ、恥じらいを追い出しているものの、尻尾がピンと逆立っていた。樹海でゾラの側近になってから、何度も男妾(おとこめかけ)だと嘲笑されたものだ。影に日向に。それらの面罵(めんば)は聞き流せる。心に漣(さざなみ)ひとつ立たない。なのにジェニーのこととなると、どうにも乱れが生(しょう)じる。図星なのだ。言うなればクロは弱点を突かれたも同然。こちらはジュリア攻略の目処(めど)も立たないのに、相手はすでに痛いところに目を付けている。


「この娘(こ)が壊れたら、貴方はどうなってしまうのかしら」


「ジェニーは壊れたりしないにゃ!!」


 言葉の途中でクロがジュリアの腕からジェニーの拳を引き離し、自傷にしかならない攻撃をやめさせた。


 計算ではなく、衝動で。

発言や単語が不明な部分は以下の項目をご参照下さい。



・『ジェニー』→『毒食(どくじき)の魔女』の邸にメイドとして住み込む少女。愛嬌たっぷりで天真爛漫。語尾に「にゃ」を付けて喋る。『ケットシー』と呼ばれる獣人の一種。興奮すると耳と尻尾が出てしまう。故郷の村を獣人に滅ぼされている。手引きしたのは友人だったケットシーのクロ。彼と樹海で戦闘し、その末に和解した。クロと一緒にいるために、ルドベキアに残ることに決めた。詳しくは『第八話「毒食の魔女」』『600.「或るケットシーの昔話」』『601.「たった二人の生き残り」』にて


・『クロ』→ケットシー。ジェニーの幼馴染。ルドベキアの獣人とともにケットシーの集落を滅ぼした。詳しくは『Side. Etelwerth「集落へ」』『600.「或るケットシーの昔話」』『601.「たった二人の生き残り」』


・『ゾラ』→別名、『獣化のゾラ』。勇者一行のひとりであり、『緋色の月』のリーダー。獣人(タテガミ族)の長。常に暴力的な雰囲気を醸している。恋愛に関しては極度に潔癖な一面もある。勇者一行でありヨハンの兄でもあるジーザスと契約し、人間殲滅を目的とした戦争への参加を余儀なくされている。クロエに敗北し、ヨハンの提示した戦争での役割を受け入れることとなった。すべての種族が争いなく共生する世界、『ユグドラシル』を理想としている。しかしながら過去、人間との交流によって失意を味わい、結果、人間に対する愛憎の念を抱くようになった。詳しくは『287.「半分の血」』『336.「旅路の果てに」』『702.「緋色のリーダー」』『790.「獣の王」』『Side Grimm.「獅子のひとりごと」』にて


・『ヴィクトル』→白イタチに似た獣人。詳しくは『第四章 第二話「幻の森」幕間.「少女と獣の恩返し」』にて


・『ラルフ』→かつてオブライエンの家庭教師をした男。ラガニアで起きた悲劇の一部始終を『追体験可能な懺悔録』というかたちで遺した。『気化アルテゴ』の影響で小人となり、『岩蜘蛛の巣』にコミュニティを形成するに至った。詳しくは『間章「亡国懺悔録」』にて


・『オブライエン』→身体の大部分を魔力の籠った機械で補助する男。王都内の魔具および魔術関連の統括機関『魔具制御局』の局長。自分の身体を作り出した職人を探しているが、真意は不明。茶目っ気のある紳士。騎士団ナンバー1、紫電のザムザを使って『毒食の魔女』を死に至らしめたとされる。全身が液体魔具『シルバームーン』で構築された不死者。かつてのグラキランス領主の息子であり、ラガニアの人々を魔物・他種族・血族に変異させ、実質的に滅亡させた張本人。外界で活動しているのは彼の分身『二重歩行者』であり、本体は一切の魔術的干渉を受けない檻に閉じ込められている。詳しくは『345.「機械仕掛けの紳士」』『360.「彼だけの目的地」』『間章「亡国懺悔録」』にて


・『ジュリア』→魔具制御局のメンバー。オブライエンの部下。オブライエンの実験による最初の不死者。彼を心の底から愛している。全身が液体魔具『シルバームーン』で構築されている。詳しくは『第二章 第八話「騒乱の都」』『間章「亡国懺悔録」』にて


・『ケットシー』→獣人の一種で、猫に似た姿をしている。しなやかな毛で小柄。五感が優れている


・『液体魔具』→読んで字のごとく、液状の魔具。オブライエンが『シルバームーン』と名付けた銀の流体。グレキランスの西方に暮らす、流体力学と魔術の研究者と共同開発したもの。グレキランスの地下に存在する変幻自在の空間も『液体魔具』の産物。詳しくは『間章「亡国懺悔録」』にて


・『シルバームーン』→オブライエンの扱う銀色の液体魔具。あらゆる硬度や質感を含め、あらゆる形状を模すことが可能。詳しくは『592.「局長と銀の月」』にて

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