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花嫁騎士 ~勇者を寝取られたわたしは魔王の城を目指す~  作者: クラン
第四章 第三話「永遠の夜ー⑦千年の都ー」
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Side Jennie.「疑惑と殺気」

※ジェニー視点の三人称です。

 ジェニーは怒っていた。そして同時に、悲しんでもいる。


 許せないこと、つらいことが立て続けに起こって、なのに足を止めてはいけない。前に出るのも駄目。他種族連合の後発隊リーダーであるコルニオラは勝手を許さなかった。頭ごなしに諌(いさ)めるのでなく、言葉を尽くし、手を握って言うものだから、ジェニーとしても納得せざるを得なかったのである。感情だけはままならないもので、置き去りにした――コルニオラの表現では『託した』――人々を想って悲しみ、ひどい罠ばかり用意したオブライエンに怒りを感じてやまない。


 みんな、ジェニーにとっては友達なのだ。樹海から地下に至るまでの道のりで、ほぼ全員と接してきたからこそ、友達だと感じている。彼女はとかく失敗しがちで忘れっぽいが、友人の顔は決して忘れない。


「やり遂げたようだね、コルニオラとジェイドは」


 そう口にしたのは白イタチの獣人ヴィクトルだ。


 通路を絶えず横切った眩(まばゆ)い弾丸は消えている。紛(まぎ)れもなくコルニオラたちの達成を意味していた。しかし同時に、彼女が無事ではないこともジェニーには分かっている。通路の左側から漂ってくる血の匂いは死を彷彿(ほうふつ)とさせた。


 残ったのは三人の獣人――ジェニー、クロ、ヴィクトル――と、ウィンストンだけ。


 ジェニーは後ろを振り返る。球体を突破し、援護のために駆ける足音はひとつもない。みんな死んでしまったのかもしれないと考えると、途端に悲哀が増して息苦しくなった。そして自分は馬鹿だとも思ってしまう。先の想像をするのは得意ではない。特に、悲劇的な想定を避ける節(ふし)がある。ゆえに、一挙に突きつけられたむごい現実に心が掻(か)き乱されていた。


 棒立ちになったジェニーの手に、滑らかな毛が触れる。横を向くと親友のクロがいた。彼は手を握って、いつもの平静な顔をしている。そんな彼を冷たいとは思わない。クロはいつもこの調子だから、むしろすごいと感じたくらいだ。


「行こう、ジェニー。ここからは僕たちが先頭だ」


 溢れそうになった涙が引っ込む。ジェニーはこっくりと頷き、導かれるままに通路へ踏み出した。そして右に続く廊下を駆ける。


「残りの障害はジュリアだけだ。二人とも分かってるかい? 彼女が一番厄介で強い」


 背後から聞こえるヴィクトルの声に、ジェニーは気を引き締めた。


「分かってるにゃ」


 オブライエンによる最初の不死者。ラルフの記憶のなかで、彼女はいつだってオブライエンにたくさんの愛情を注いでいた。


「なんで強いと分かる?」


 振り返らずにクロが問う。言われてみれば、ジェニーも確かにと思った。ラルフの記憶のなかで彼女の活躍は皆無。なおかつ、ヴィクトルは歴史書が紐解かれたあとに樹海へやってきたのだ。ジュリアの存在をゾラから聞いていたとしても、彼女が強いと断定出来る材料がない。


「共益紙(きょうえきし)を見れば分かるよ」とヴィクトルは悠々と返した。「地図のなかにオブライエンの分身(・・)はいない。地下王都か、地上にいるんだろうね。でも本体は地下にある。ジュリアの戦力が大したものじゃないとすれば、分身はこの空間のどこかにいたはずだよ。そのほうが安全だからね。でもいない。きっとジュリアひとりで充分だと判断したんだ。そう考えると、弱いわけがないよね」


 するすると語るヴィクトルに、ジェニーはただただ感心した。確かに、と。


 事実は異なる。ヴィクトルの言葉通り、オブライエンの二重歩行者(ドッペルゲンガー)は白銀の地下空間には存在しないが、それは王城に固定されてしまったからだ。ヘルメスによって。


 ジュリアだけで問題ないと考えているかどうかは定(さだ)かならぬことである。仮に分身が拘束状態になければ、白銀色の地下空間に入り込み、他種族連合を根絶やしにした可能性も大いにある。


「なるほど」とクロが答えた。


 ジェニーはクロも納得したのだと思ったが、これもまた誤解である。クロはなにひとつ納得していない。むしろ疑いを強めていた。あらかじめ用意していた返答でしかないと感じたのである。ヴィクトルが戦力として申し分ないのは、地下王都での戦闘模様から知れているものの、過分な強さは却(かえ)って不審の種になった。そんな彼が、離脱することなく目的地間際まで同道しているのだから、否(いや)が応(おう)にも疑ってしまう。ゾラがヴィクトルを受け入れた以上、敵ではないと判断しているものの、背中を預けられる味方かというとそうでもない。


 クロの内心に芽生えた疑念など露知らず、ジェニーは駆け続けた。心には怒りと悲しみとは別に、或るものが膨張しつつある。


 ジュリアを撃破したのち、オブライエンを討つ。


 そんな意志が焦りを伴(ともな)って加速度的に膨れていく。彼女は自覚していないが――自覚したとしても頑(かたく)なに目を背けるだろうが――それは嫉妬が要因となっていた。自分ではなくウィンストンが選ばれたことに、彼と魔女の間に黙約があったのではないかとさえ意識の底の底で訝(いぶか)っていたのである。


 オブライエンを倒す資格なら充分に持っているのだから。


 大好きな魔女を一番に愛していたのは自分だから。


 一番愛されていたのも、きっと自分だから。


 だから、許せないのだ。オブライエンはもとより、彼を討つ役目を与えられたのがウィンストンであることに。


「――!」


 並走するクロがなにやら叫んでいるのに気付いて、ジェニーはハッと足を止めた。


「どうしたにゃ?」


「……先行し過ぎだよ」


 クロが眉間に皺を寄せ、背後を指差す。白銀色の廊下がまっすぐに続いていて、そこには誰の人影もない。


「ヴィクトルはどこに行ったにゃ?」


「ウィンストンと一緒に部屋に入っていったよ」


「部屋?」


「『薬品』の部屋」


 どうやらまた失敗してしまったらしいと自覚し、ジェニーは肩を落とした。


 共益紙(きょうえきし)上で『薬品』と記された部屋に立ち寄る計画はすでに共有されている。ウィンストンがそこでしばし準備する間、ジェニーら第四グループの三人は彼を警護する段取りだ。


「んにゃあぁ……戻るにゃ」


 踵(きびす)を返しかけたジェニーの肩を、クロが押し留めた。そうして耳元に顔を寄せる。


「ヴィクトルは信用出来ない」


 ジェニーとしては思ってもいなかった警告に、首を傾げた。


「なんでにゃ?」


「あいつはなにか隠してる。敵とも味方とも言えない。たぶん、僕らとは別の目的がある」


 ますますもって謎である。ジェニーにとってヴィクトルは新顔の友達で、だからクロの言っていることのほうがしっくりこない。


「ヴィクトルは味方にゃ。雷の奴を倒してくれたにゃ」


「味方のふりをしていたのかもしれない。ジェニー。とにかく戻ろう」


 曖昧に頷く。クロは賢くて、色々知ってる。でも、友達を信用しちゃいけないだなんて、簡単には呑み込めない。クロのことは信じてる。だとしても腑に落ちなかった。


 進行方向とは逆に足を踏み出した瞬間、ジェニーは再び正面――目的地の方角に向き直った。そして駆ける。脇目も振らず。


「ジェニー!」


「クロだけで戻るにゃ!」


 心臓が激しく鼓動している。


 殺気を感じたのだ。それも、ひどく凍てついた気配。


 廊下の先に、眼鏡の女性が腕組みをして立っていた。ジェニーの仇敵(きゅうてき)であるオブライエンを千年に渡り愛し、支え、ともに生きた不死者。


 ジュリアである。

発言や単語が不明な部分は以下の項目をご参照下さい。



・『ジェニー』→『毒食(どくじき)の魔女』の邸にメイドとして住み込む少女。愛嬌たっぷりで天真爛漫。語尾に「にゃ」を付けて喋る。『ケットシー』と呼ばれる獣人の一種。興奮すると耳と尻尾が出てしまう。故郷の村を獣人に滅ぼされている。手引きしたのは友人だったケットシーのクロ。彼と樹海で戦闘し、その末に和解した。クロと一緒にいるために、ルドベキアに残ることに決めた。詳しくは『第八話「毒食の魔女」』『600.「或るケットシーの昔話」』『601.「たった二人の生き残り」』にて


・『毒食(どくじき)の魔女』→窪地の町イフェイオンの守護をする魔術師。『黒の血族』と人間のハーフ。未来を視る力を持つ。本名はカトレア。オブライエンの策謀により逝去。詳しくは『第八話「毒食の魔女」』『Side Winston.「ハナニラの白」』にて


・『クロ』→ケットシー。ジェニーの幼馴染。ルドベキアの獣人とともにケットシーの集落を滅ぼした。詳しくは『Side. Etelwerth「集落へ」』『600.「或るケットシーの昔話」』『601.「たった二人の生き残り」』


・『ヴィクトル』→白イタチに似た獣人。詳しくは『第四章 第二話「幻の森」幕間.「少女と獣の恩返し」』にて


・『ゾラ』→別名、『獣化のゾラ』。勇者一行のひとりであり、『緋色の月』のリーダー。獣人(タテガミ族)の長。常に暴力的な雰囲気を醸している。恋愛に関しては極度に潔癖な一面もある。勇者一行でありヨハンの兄でもあるジーザスと契約し、人間殲滅を目的とした戦争への参加を余儀なくされている。クロエに敗北し、ヨハンの提示した戦争での役割を受け入れることとなった。すべての種族が争いなく共生する世界、『ユグドラシル』を理想としている。しかしながら過去、人間との交流によって失意を味わい、結果、人間に対する愛憎の念を抱くようになった。詳しくは『287.「半分の血」』『336.「旅路の果てに」』『702.「緋色のリーダー」』『790.「獣の王」』『Side Grimm.「獅子のひとりごと」』にて


・『コルニオラ』→心優しい女性の竜人。深紅の鱗を持つ。被差別階級である『半鱗』のなかで、戦士長のポジションを与えられている。クロエとともに竜姫を捜索する役目を受けた。竜人の持つ階級意識から脱するため、血族であるハンジェンとともに、『半鱗』を率いて『緋色の月』に合流した。詳しくは『682.「紅色の施し」』『693.「半鱗の戦士長」』にて


・『ジェイド』→碧の鱗を持つ竜人。サフィーロを崇拝している。煽られるとつい反応してしまう性格。『純鱗』だったが、サフィーロの怒りを買い、一方的に『半鱗』に格下げされた。しかしクロエの働きにより『純鱗』に返り咲く。樹海にて『半鱗』のリーダーであるコルニオラと決闘した末、彼女たち『半鱗』とともに生きることに決めた。詳しくは『681.「コツは三回」』『684.「鱗塗り」』『Side Jade.「正しさの在り処」』


・『ウィンストン』→『毒食(どくじき)の魔女』の邸で執事をしている魔術師。丁寧な口調の壮年男性。ジェニーとは犬猿の仲。昔から魔女の命を狙って暗殺を繰り返している。魔女を殺害したオブライエンに並々ならぬ復讐心を持っている。詳しくは『第八話「毒食の魔女」』『279.「物好きな主人」』にて


・『ヘルメス』→かつてのラガニアでトップクラスに優秀だった魔術師。ねちっこい性格で、人付き合いの苦手な男。もともと魔術学校で講師をしていたがクビになり、一時期ガーミール公爵に雇用されていたが、彼が零落したことでドラクル公爵に鞍替えした。オブライエンの犯罪的魔術を看破し、彼の右腕と左足を木端微塵にした過去を持つ。血族化して以降は夜会卿に仕えていたが、ニコルによる襲撃以降、四代目となるガーミールに鞍替えした。死を契機に、事前に契約を交わした相手に成り変わることで不老不死を実現する異能を持つ。対象者はヘルメスの記憶と肉体と魔力をコピーした、ヘルメスそのものとなる。その際、相手の持つ魔力も上乗せされる。夜会卿の支配地であるアスターに訪れたルイーザの精神を叩き折って泣かせた過去を持つ。ヨハンの提案により、オブライエン討伐ならびに戦争での人間側の勝利後には、四代目ガーミールの部下とともにグレキランスに残り、アルテゴのワクチン研究をすることに合意。オブライエン討伐を見届けるべく、アリスの片目を介してウィンストンと視覚共有をしている。詳しくは『間章「亡国懺悔録」』『第四章 第三話「永遠の夜ー②隠れ家と館ー」』にて


・『ラルフ』→かつてオブライエンの家庭教師をした男。ラガニアで起きた悲劇の一部始終を『追体験可能な懺悔録』というかたちで遺した。『気化アルテゴ』の影響で小人となり、『岩蜘蛛の巣』にコミュニティを形成するに至った。詳しくは『間章「亡国懺悔録」』にて


・『オブライエン』→身体の大部分を魔力の籠った機械で補助する男。王都内の魔具および魔術関連の統括機関『魔具制御局』の局長。自分の身体を作り出した職人を探しているが、真意は不明。茶目っ気のある紳士。騎士団ナンバー1、紫電のザムザを使って『毒食の魔女』を死に至らしめたとされる。全身が液体魔具『シルバームーン』で構築された不死者。かつてのグラキランス領主の息子であり、ラガニアの人々を魔物・他種族・血族に変異させ、実質的に滅亡させた張本人。外界で活動しているのは彼の分身『二重歩行者』であり、本体は一切の魔術的干渉を受けない檻に閉じ込められている。詳しくは『345.「機械仕掛けの紳士」』『360.「彼だけの目的地」』『間章「亡国懺悔録」』にて


・『ジュリア』→魔具制御局のメンバー。オブライエンの部下。オブライエンの実験による最初の不死者。彼を心の底から愛している。全身が液体魔具『シルバームーン』で構築されている。詳しくは『第二章 第八話「騒乱の都」』『間章「亡国懺悔録」』にて


・『二重歩行者(ドッペルゲンガー)』→ヨハンの得意とする分身の魔術。影に入り込んで移動することが可能。詳しくは『12.「二重歩行者」』にて


・『共益紙(きょうえきし)』→書かれた内容を共有する紙片。水に浸すと文字が消える。詳しくは『625.「灰銀の黎明」』にて


・『王都』→グレキランスのこと。周囲を壁に囲まれた都。詳しくは『第九話「王都グレキランス」』にて

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