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花嫁騎士 ~勇者を寝取られたわたしは魔王の城を目指す~  作者: クラン
第四章 第三話「永遠の夜ー⑦千年の都ー」
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Side Jade.「紅色のひとひら」

※ジェイド視点の三人称です。

 竜人の鱗を易々(やすやす)と撃ち抜く楕円形の弾丸。それらは今も通路を満たして飛び交(か)っている。


 すべての部屋を通る一本道の唯一の例外が、最悪の状況をもたらしていた。地中でこちらを観察しているであろうメロたちも歯噛みしているに違いない。


 誰がどう見ても、この分かれ道には踏み込めないのだ。


 引き返す選択肢はないものの、突破する策もない。ジェイドは暗澹(あんたん)たる思いで横殴りの弾丸の雨を眺めることしか出来なかった。


「出どころは左ね。なにもない小部屋に発射装置があるんじゃないかしら」


 コルニオラの声にハッとして、彼女を見つめる。紅色(べにいろ)の竜人は落ち着いた表情をしていた。


 言われてみればそうだ。弾丸の礫(つぶて)は左から右へと流れている。地図上に『無』と記された小部屋に、これら光の弾幕のおおもとがあると考えるのが妥当。


「みんなはここで待ってて。私が壊してくるから、通路には出ちゃ駄目よ」振り返らずに言うコルニオラに、ジェイドは胸のざわめきを感じた。それを見抜かれたのだろう、彼女に釘を刺される。「ジェイドも待ってなさいね。もし私が駄目になったら、貴方がジュリアと戦うの」


 言われて、背後を意識する。人間がひとり。獣人が三人。彼らだけでオブライエンの秘書ジュリアを突破するのは困難だろう。自分が加勢したところであまり変わらないかもしれない。しかしながら、ジュリアを撃破する可能性が僅かでも上がるなら、それが一番だろう。


 不意にコルニオラが前傾した。その横顔に闘争の色はない。彼女は獰猛さとは縁遠いのだ。樹海での二度に渡る決闘でも、凶暴な印象は欠片もなかったのを記憶している。一度目はサフィーロを倒し、二度目は――。


 コルニオラが弾丸の雨に突っ込み、左へと消えた。その直後、ジェイドもまた飛び出す。向かうのは右ではなく、左だ。コルニオラの向かった方角。


 彼女は翼を突き出し、その身を回転させ、猛進している。さながら一本の槍と化して。弾丸は今のところ槍を破壊しおおせていない。猛スピードで進む彼女に追随(ついずい)し、ジェイドはコルニオラという存在に魅入っていた。


 サフィーロが伸縮自在の爪を持つように、コルニオラにも特殊な力がある。樹海での決闘で発揮された力だ。肉体の任意の部位を高硬度に変える能力。無論、範囲は局所的である。おそらく今は槍の穂先――翼の先端に硬さを集中させているはず。


「ジェイド。なんで来たの?」


 こんな状態であってもこちらの存在に気付いて喋るのだから、敵わない。


「分からん」


 分かってなお、それを口にする。自分は目的――つまりは地下の安全確保を果たすためにいるのだ。重々承知している。ただ、コルニオラが是(ぜ)としたからこそ協調した目的であって、彼女の向かう先が自分の真の目的地なのだと信じていた。ただ、役に立てる状況ではない。回転するコルニオラの盾となるには、こちらの速度が足りなかった。もし彼女が倒れたならば、自分は簡単に射抜かれて絶命する。


 全部分かって、選んだ道だ。


「俺は、あなたに勝った。だからもしあなたが失敗するなら、俺が役目を引き継ぐ」


 自分の言葉ながら呆れてしまう。樹海での二度目の決闘でコルニオラに勝利したのは事実だが、この弾丸の雨をどうにか出来るとは思っていない。彼女だって、この明らかな虚言に気付いているだろうに、それ以上なにも言わなかった。


 ときおりコルニオラが呻(うめ)きを上げる。血が飛沫(しぶ)く。弾丸がジェイドのすぐそばを通り過ぎる。先端以外の硬度は並なのだから、光線が貫通してしまうのは道理だ。それでも彼女の動きは乱れない。回転しながらひたすらに進む。ジェイドもまた、足を止めなかった。紅色の美しい鱗を見据えながら。


 ――そのうち全部が良くなるから。


 いつかの声が響く。ジェイドの記憶から決して去ってくれない言葉だ。


 サフィーロによって『半鱗(はんりん)』に格下げされたジェイドに、コルニオラがかけた言葉である。それは疑いなく『半鱗』大脱走を示唆していたが、何度も何度も頭に蘇るうちに、彼のなかで意味が変わっていった。


 新天地である樹海での平穏な日々。その一日一日は、確かに良い(・・)ものだった。


 廊下の先が目に映る。壁の中央に設(しつら)えられたいくつもの穴――否(いな)、砲台が次々と光の弾を射出していた。


 紅色の花びらが舞う。


 コルニオラの砕けた鱗だとは、思いたくない。段々と激しくなる流血もまた、直視するのは苦しかった。それでもなお顔を上げ、前へ前へと駆け進む。


 砲台に近付くにつれ、どうやら威力が増すらしい。ささやかな花の演舞が、紅色の吹雪に変わっていた。それでもコルニオラの猛進は止まらず、一本の槍で在(あ)り続けている。だが、速度がやや落ちていた。


「ジェイド」


 回転速度が、心なしか遅くなっている。


 今ならコルニオラを追い越せるだろう。この身を盾に出来る。


「思い切り、わたしを押して」


 ――貴様は恩人を殺すのか?


 弾丸が次々とコルニオラの身を貫通し、ジェイドも傷を負った。痛みは刻一刻と増えていく。


 ジェイドは頭に響いた声を無視し、一切の迷いなく、彼女の足裏を力の限り押しながら駆けた。目の奥が熱い。肉体の痛みなど遥かに凌駕(りょうが)する心の叫びが、ジェイドの身体を駆っていた。


 どれだけの血が流れ、何枚の鱗が砕け散ったのか分からない。きっと後ろには、紅と碧の破片が道を彩っているだろう。振り返らない以上、確かめる手段などないが。


 コルニオラは恩人だ。『半鱗』の烙印(らくいん)を押された自分すら助けようとしてくれた。彼女との樹海での決闘に勝利し、不殺を叫んだのは恩返しではない。自分なりに正しい振る舞いをしただけ。だからコルニオラに報(むく)いることは出来ていない。


 今も同じだ。コルニオラの盾になるのではなく後押しをしているのは、これが正しいと直観したからに過ぎない。自分が前に出たところで無駄に命が消し飛ぶどころか、彼女の邪魔になるだけだ。ならばせめて、進む力の一助となろう。


 やがて室内に踏み入っても、ジェイドはなおも彼女を押し続けた。傷だらけの身体で。脱力を強(し)いる肉体を叱咤(しった)して。


 コルニオラの翼――その先端が中央の砲台に突き刺さり、彼女は両の翼を螺旋状に開いた。砲台がことごとく壊れ、沈黙する。彼女が倒れたのは、すべての砲台が終わりを迎えた直後だった。


 膝を突き、彼女をじっと見つめる。目から流れる水滴も、己の身体からこぼれる血も、止まらなかった。


 後ろにいてなお、数え切れないほどの傷を負ったのだ。前を行くコルニオラが無事なはずはない。穴だらけの翼と身体。無事な鱗を見つけるほうが難しい。なにより、肩から深く食い入った弾痕(だんこん)は心臓近くまで到達しただろう。水平に進んだからこその傷だ。


「コルニオラ」


 呼びかけると、彼女が気怠(けだる)げに目を開けた。


「死ぬな」


 紅色の口元が微笑を描く。


「生きて、『半鱗』を導くのがあなたの役目だろうが!」


 血まみれの腕が持ち上がる。


「あなたを喪(うしな)った『半鱗』はどうなる!? あなたがいなければ――」


 ジェイドの頭を、彼女の手が一度だけ撫で、床に落ちた。瞳が生気を失い、微かな呼吸も停止する。


 朦朧(もうろう)とする意識のなか、ジェイドはひどく苦労して、彼女の瞼をそっと閉ざした。じき、自分も意識を失うだろう。生きるにせよ、死ぬにせよ。


 死するとき、その者の本性が垣間見える。『純鱗(じゅんりん)』として戦士の立場を得た頃、古株の戦士がそう言っていたのを微かに覚えていた。


 残った力があるならば、断片的であれ言葉を紡(つむ)げたろう。あるいは、力を振り絞ることなく逝(い)けたはずである。


 彼女は最期の最期、頭を撫でたのだ。


 その行為をコルニオラの優しさと解釈するのに、ジェイドはなんの躊躇(ためら)いもなかった。


 そういうひとなのだ、彼女は。

発言や単語が不明な部分は以下の項目をご参照下さい。



・『ジェイド』→碧の鱗を持つ竜人。サフィーロを崇拝している。煽られるとつい反応してしまう性格。『純鱗』だったが、サフィーロの怒りを買い、一方的に『半鱗』に格下げされた。しかしクロエの働きにより『純鱗』に返り咲く。樹海にて『半鱗』のリーダーであるコルニオラと決闘した末、彼女たち『半鱗』とともに生きることに決めた。詳しくは『681.「コツは三回」』『684.「鱗塗り」』『Side Jade.「正しさの在り処」』


・『コルニオラ』→心優しい女性の竜人。深紅の鱗を持つ。被差別階級である『半鱗』のなかで、戦士長のポジションを与えられている。クロエとともに竜姫を捜索する役目を受けた。竜人の持つ階級意識から脱するため、血族であるハンジェンとともに、『半鱗』を率いて『緋色の月』に合流した。詳しくは『682.「紅色の施し」』『693.「半鱗の戦士長」』にて


・『サフィーロ』→蒼い鱗を持つ竜人。『純鱗』。次期族長候補と噂されている人物で、派閥を形成している。残酷な性格をしているが、頭も舌も回る。シンクレールと決闘し、勝利を収めている。クロエにより、血族であるベアトリスの指揮下での戦争参加を余儀なくされた。クロエに対し、ある程度心を開いていたが、彼女が感情を喪失したことにより関係が破綻。夜会卿に拉致されそうになったクロエの身代わりとなった。詳しくは『第三章 第四話「西方霊山~①竜の審判~」』『第四章 第二話「幻の森」』『第四章 第三話「永遠の夜ー⑥宵闇の狩人達ー」』にて


・『メロ』→人魚の族長。小麦色の肌を持ち、軽薄な言葉を使う。口癖は「ウケる」。なにも考えていないように見えて、その実、周囲をよく観察して行動している。仲間思いで姉御肌。地面を水面のごとく泳ぐ魔術を使用。詳しくは『745.「円卓、またはサラダボウル」』『746.「笑う人魚」』にて


・『オブライエン』→身体の大部分を魔力の籠った機械で補助する男。王都内の魔具および魔術関連の統括機関『魔具制御局』の局長。自分の身体を作り出した職人を探しているが、真意は不明。茶目っ気のある紳士。騎士団ナンバー1、紫電のザムザを使って『毒食の魔女』を死に至らしめたとされる。全身が液体魔具『シルバームーン』で構築された不死者。かつてのグラキランス領主の息子であり、ラガニアの人々を魔物・他種族・血族に変異させ、実質的に滅亡させた張本人。外界で活動しているのは彼の分身『二重歩行者』であり、本体は一切の魔術的干渉を受けない檻に閉じ込められている。詳しくは『345.「機械仕掛けの紳士」』『360.「彼だけの目的地」』『間章「亡国懺悔録」』にて


・『ジュリア』→魔具制御局のメンバー。オブライエンの部下。オブライエンの実験による最初の不死者。彼を心の底から愛している。全身が液体魔具『シルバームーン』で構築されている。詳しくは『第二章 第八話「騒乱の都」』『間章「亡国懺悔録」』にて


・『竜人』→全身を鱗に覆われた種族。蛇に似た目と、鋭い爪を持つ。王都の遥か西にある山脈に生息している。弱者には決して従わない。鱗の色で階級が二分されており、『純鱗』は気高く、『半鱗』は賤しい存在とされている。詳しくは『626.「血族と獣人」』『幕間.「青年魔術師の日記」』にて


・『純鱗』→竜人たちの優遇階級。誇り高い存在とされている。生まれた時点で鱗の色により『純鱗』か『半鱗』かに選別される。次期族長を決める乱闘に参加出来るのは『純鱗』のみ。詳しくは『683.「純鱗と半鱗」』にて


・『半鱗』→竜人たちの被差別階級。賤しい存在とされている。基本的には生まれた時点で鱗の色により『純鱗』か『半鱗』かに選別される。『純鱗』の権力者によって、一方的に『半鱗』と決めつけられて転落するケースもある。詳しくは『683.「純鱗と半鱗」』にて

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