Side Meena.「大事な娘」
※ミイナ視点の三人称です。
座り込んだミイナのそばを、慌ただしい足音がいくつも近付いては遠ざかる。もう立ち上がる余力は残っていない。全部使い果たした。いっそ大の字に倒れていたいものだが、そうもいかないのは『親爺』がそばにいるからだ。といっても『親爺』はこちらに視線ひとつ送らない。魔具製造とは別の作業だが、その眼差しは真剣そのもの。邪魔しちゃいけないときにする顔だ。
『親爺』が鉈を振るう。ザムザの膝下を切り落としているのだ。
殺すためではない。むしろ逆。生かすための行為。もう片方の足はすでに切断済みで、必要な処置が施されていた。足を切り落とし、水で洗ってから止血し、室内にある清潔な布で覆う。ザムザは切断の際に小さく呻いただけで、あとは目を瞑ったままじっとしていた。気は失っていないようだが、意識は万全でないのだろう。悪夢にうなされる者に似ている。
他種族六名はそれぞれの負った傷を簡単に処置したのち、大部屋を出たり入ったりしていた。これも『親爺』の指示だ。
『ここにおる職人みんな、外に出してやってくれんかの。そうすりゃあ、そのうち正気に戻る。わしと同じじゃ』
かくして、職人が次々と室外に運ばれることとなった。
ぼんやりする頭で顔を上げると、いつの間にやら職人の姿はすべて消えている。ひと仕事終えた他種族たちが戻ってきた。ちょうど『親爺』の作業も終わったところである。
「ミイナ」と呼びかけたのはタテガミだ。なんとか振り返って視線を送ると、彼は疲労混じりの笑みを浮かべていた。「よくやった」
トロール二人と竜人二人、そしてタヌキ顔の獣人も等しく微笑んで頷いた。
さすがに気恥ずかしい。彼らがアカツキ盗賊団の面々であれば、うるせえと返してやるところだが、なんと返したものか分からない。しかも、ザムザに勝てたのは自分だけの力ではないと重々承知している。
タテガミの撒き菱。
竜人の咆哮。
暴走した自分をザムザから引き剥がしたこと。
『親爺』の金槌と、執行獣の真価。
そもそも『親爺』を一度外に出してやれたのは、彼らがいてこそだ。
態度を決めかねているミイナの横に『親爺』が座った。彼が正座するところなんて見たことがない。そして、深々と頭を下げるところも。
「このたびの助力、誠にありがたく思っとる。お前さんがたがいなければミイナは死んどった。わしの大事な娘を助けてくれて、ありがとう」
意識が急にはっきりした。『親爺』はいつだって盗賊団の者を名前で呼ぶ。娘なんて言われたのははじめてで、全身がむず痒かった。なのに顔が熱くて、身体の芯も熱を帯びる。
ミイナの頭に、そっと手が触れた。大きな手だ。皺だらけで、力強く、優しい手。『親爺』の手に導かれるまま、ミイナも頭を下げた。
「……ありがとう。本当に、あり、がとう」
もう顔を上げられない。目から水滴がこぼれて、点々と落ちる。
「頭を上げてください」と言ったのはやはりタテガミである。他種族連合の六人を取り仕切っているのは彼だ。「ミイナは我々の仲間だ。だから協力したのです。むしろこちらも助けていただいた。ミイナがザムザと戦ってくれなければ、そして勝たなければ、我々は死んでいたでしょう。ありがとう、ミイナ」
まとまった、ささやかな音が鳴る。六人が六人とも頭を下げたのだと、見ずとも分かった。
クソが、と内心で毒づいた。
そんなふうにされたら、余計に泣いちまうじゃねえか。やめてくれよ。アタシは『親爺』を助けたくて別行動したんだ。オマエらはそれを手伝ってくれたんだよ。一緒に地下に入ったから仲間だって理屈で、アタシの我儘に付き合ってくれたみたいなもんじゃねえか。それで必死になって、傷だらけになって、なんで笑えんだよ。オマエらには別の目的があったはずなのに。
不意に視界が持ち上がった。『親爺』のせいだ。髪を掴んで持ち上げるなんて。
最悪だ。
ぐずぐずの泣き顔を見られた。
「こいつは見ての通り、へそ曲がりじゃ。だから、顔を見て察してくれるとありがたい。ミイナは口を利けんくらい、お前さんがたに感謝しとる」
『親爺』め。正解だ。
袖で目と鼻を拭い、豪快に洟を啜った。それでいくらか気分も落ち着く。満身創痍なのはどうにもならないが。
「それはそうと、貴方は役者だ」土色の竜人が言う。「操られてるふりをして部屋に戻って、ここぞというときに助力するとは」
「長生きすりゃあ、知恵もつく。いい加減わしも耄碌しとるが、大事なときにゃあ身体も頭も裏切らん」
「しかし、どうしてザムザを……」と鉛色の竜人が問うた。
『親爺』は足を崩し、しばし口を噤んで瞑目したのち、深く息を吐く。
「この若造はオブライエンに誑かされたんじゃろ。じゃがなぁ、二十年も一緒に過ごしたなら、もう家族みたいなもんじゃろう。若造にとっちゃ、オブライエンは親じゃ。親に従っただけ。子に罪はない。いい年した男でも、わしからすりゃ、世間知らずのひよっ子じゃよ。おまけに若造は地下から出たこともないんじゃろう。そりゃあ、偏って当然じゃ」
どうやら『親爺』は無意識に鎚を振るっている間も、耳と頭は機能していたらしい。ザムザが喋った事情も心得ている。
「なにより」と『親爺』は続けた。「若造は対話を求めとった。健気に。お前さんがたを傷付けたが、殺しはしなかったろう。じゃから、わしも若造を手当てした。向こうさんの心意気に応えただけじゃよ」
もしザムザの足が無事なら、手当てしただろうか。ミイナの頭にそんな疑問が浮かんだが、野暮だ。
「オデたち、シゴトした。コルニオラにゴウリュウしてもいいか?」
片方のトロールが言う。すると、もう片方が反論した。
「オデ、もうウゴけねえ。つかれた。カラダもいてえ」
「そだな」
そんな二人に土色の竜人が苦笑した。
「私たちの目的は地下の安全確保だ。本来ならばコルニオラさんを追いたいところだが、客観的に判断すると足手まといにしかならないだろう」
「情けないが、事実だ」と鉛色の竜人が肩を落とす。土色はともかくとして、鉛色は本気で無念だと思っているらしい。
タテガミはというと、大真面目な顔でミイナを見つめ、こう言い放った。
「我々はミイナの助けになるべく動いた。無論、仲間として当然のおこないだ。今のミイナは消耗している。彼女を守るのが次なる責務だ。ここに監禁されていた無辜の職人の守護も任務に含まれる」
タテガミは真面目過ぎる。「ほい」と頷いたタヌキ顔の軽さを見習うべきだろう。
「それで、お前さんはどうするんじゃ。ザムザよ。はじめから全部聞いてたじゃろう?」
『親爺』が振り返って言う。思わずミイナも視線を向けると、ザムザがちょうど目を薄く開いたところだった。『親爺』が正しければ、ザムザはとっくに意識を取り戻していたことになる。あるいは、片時も失っていなかったのか。いずれにせよ、ザムザはもう戦える状態にない。誰がどう見ても。彼の魔術は無効化出来るし、足技主体の武術は封じられたも同然だ。
「……オブライエンはどうなるんだ。安全確保と言ったが、お前らはあの男を始末しに来たんじゃないのか?」
相変わらずザムザは淡々としている。彼に答えたのはタテガミだ。
「大筋では貴様の言う通りだ。オブライエンを破滅させる」
「おそらく無理だろう。オブライエンの秘書にすら勝てん」
不死者ジュリアが難敵であるのは織り込み済みだが、ミイナは秘書と言われてもなんのことやらさっぱりだった。
そこに『親爺』が割って入る。
「わしが聞いとるのはな、お前さんがどうするかじゃ。オブライエンがどうなるか関係なく、お前さん自身がどうしたいのか言わんか」
「……空が見たい。本物の空だ。草木があって、空気が澄んでいて……。だが、不可能だ。オブライエンがどうなったとしても、俺は地上に行けない。髪色こそ違うが、地上ではザムザたちが活動したはずだ。騎士になったザムザのことも、きっと誰かが覚えている。グレキランスに俺の居場所はない。お尋ね者になる」
名前も顔も出自も問わない場所はグレキランス一帯に存在する。煙宿だ。しかし、もっと別の選択肢もありうる。
「なら、わしと一緒に来るか? 誰もお前さんのことなんて知らん土地じゃ。ミイナもおる。全員が孤児で、みんな仲間じゃ」
アカツキ盗賊団。
ザムザは長いこと沈黙していたが、やがて「悪くない」と呟いた。
それからしばらくして職人たちがぞろぞろと部屋に帰還し、俄に活気づいた。といっても職人は身勝手な生き物なのか、ミイナたちを無視して魔具製造談義が繰り広げられ、何人かは制作途中の魔具に執心して再び鎚を手に取る始末。
残されたミイナは、いっそ寝るかと思ったが、どうも眠気はない。ただただ身体が痛いだけ。なんとなしにザムザを含めて他種族たちと車座になって噛み合わない会話を聞き流していたのだが、そうだ、と思い出す。
聞いておきたいことがあるのだ。どうしても。
「オマエらはさ、クロエのこと知ってんだろ? 教えてくれよ。あいつのこと。アタシも喋るからさ」
タテガミが呵々と笑い、トロール二人が顔を見合わせる。竜人は無理に微笑もうとしているようで、苦々しさが表情に出ていた。タヌキ顔はニヤニヤしている。
かくして、互いが互いの知らぬところを補って、『灰銀の太陽』での活躍、『霊山』での事件、樹海での勇姿が誇張たっぷりに語られたのだった。
発言や単語が不明な部分は以下の項目をご参照下さい。
・『ミイナ』→アカツキ盗賊団のリーダー。詳しくは『第二話「アカツキ盗賊団」』にて
・『親爺』→アカツキ盗賊団の元頭領。クロエの所有するサーベルは彼が製造した。詳しくは『40.「黄昏と暁の狭間で」』にて
・『コルニオラ』→心優しい女性の竜人。深紅の鱗を持つ。被差別階級である『半鱗』のなかで、戦士長のポジションを与えられている。クロエとともに竜姫を捜索する役目を受けた。竜人の持つ階級意識から脱するため、血族であるハンジェンとともに、『半鱗』を率いて『緋色の月』に合流した。詳しくは『682.「紅色の施し」』『693.「半鱗の戦士長」』にて
・『オブライエン』→身体の大部分を魔力の籠った機械で補助する男。王都内の魔具および魔術関連の統括機関『魔具制御局』の局長。自分の身体を作り出した職人を探しているが、真意は不明。茶目っ気のある紳士。騎士団ナンバー1、紫電のザムザを使って『毒食の魔女』を死に至らしめたとされる。全身が液体魔具『シルバームーン』で構築された不死者。かつてのグラキランス領主の息子であり、ラガニアの人々を魔物・他種族・血族に変異させ、実質的に滅亡させた張本人。外界で活動しているのは彼の分身『二重歩行者』であり、本体は一切の魔術的干渉を受けない檻に閉じ込められている。詳しくは『345.「機械仕掛けの紳士」』『360.「彼だけの目的地」』『間章「亡国懺悔録」』にて
・『ジュリア』→魔具制御局のメンバー。オブライエンの部下。オブライエンの実験による最初の不死者。彼を心の底から愛している。全身が液体魔具『シルバームーン』で構築されている。詳しくは『第二章 第八話「騒乱の都」』『間章「亡国懺悔録」』にて
・『紫電のザムザ』→騎士団ナンバー1の男。銀の髪を持つ魔術師。幼い頃の記憶がない。ときおり頭のなかに響く『声』に従って行動をする。実はオブライエンによって作られた、魔道具に限りなく近い人間。故人。詳しくは『幕間.「王都グレキランス ~啓示~」』『Side Winston.「紫電の組成」』にて
・『アカツキ盗賊団』→孤児ばかりを集めた盗賊団。タソガレ盗賊団とは縄張りをめぐって敵対関係にあった。詳しくは『第二話「アカツキ盗賊団」』にて
・『灰銀の太陽』→半馬人を中心にして形成された、他種族混合の組織。『緋色の月』に対抗すべく結成された。詳しくは『第三章 第一話「灰銀の太陽」』にて
・『トロール』→よく魔物に間違えられる、ずんぐりした巨体と黄緑色の肌が特徴的な種族。知能は低く暴力的で忘れっぽく、さらには異臭を放っている。単純ゆえ、情に厚い。『灰銀の太陽』に協力。詳しくは『741.「夜間飛行」』にて
・『竜人』→全身を鱗に覆われた種族。蛇に似た目と、鋭い爪を持つ。王都の遥か西にある山脈に生息している。弱者には決して従わない。鱗の色で階級が二分されており、『純鱗』は気高く、『半鱗』は賤しい存在とされている。詳しくは『626.「血族と獣人」』『幕間.「青年魔術師の日記」』にて
・『魔具』→魔術を施した武具のこと。体内の魔力が干渉するため魔術師は使用出来ないとされているが、ニコルは例外的に魔術と魔具の両方を使用出来る。詳しくは『間章「亡国懺悔録」』にて
・『執行獣』→アカツキ盗賊団団長のミイナが所持する金棒。詳しくは『22.「執行獣」』にて
・『グレキランス』→通称『王都』。周囲を壁に囲まれた都。また、グレキランス一帯の地方を指して用いられる。詳しくは『第九話「王都グレキランス」』にて
・『煙宿』→王都の北に広がる湿原の一角に存在する宿場町。ならず者の理想郷とされ、出自を問わず暮らすことが出来る。ゆえに人探しはご法度。要人や富裕層の住む『不夜城』と、一般的なならず者の住む『ほろ酔い桟橋』に区分されている。詳しくは『第二章 第四話「煙宿~①ほろ酔い桟橋~」「煙宿~②不夜城~」』にて
・『霊山』→竜人の住処。王都の遥か西方にある雪深い山脈の一角に存在する。詳しくは『第四話「西方霊山~①竜の審判~」』にて




