Side Meena.「いつかのための贈り物」
※ミイナ視点の三人称です。
嵐のごとき風切り音と、肉を打つ重い音色。前者はミイナの振り回す執行獣の唸りであり、後者はザムザの打撃だった。
ミイナの攻撃がことごとくザムザを捕捉していたのは確かである。しかしいまだに命中していない。意識を取り戻した他種族たちは皆、はじめは彼女の戦闘が自分たちのそれを凌ぎ、ともすればザムザを討てるかもしれないと感じていた。
実際、可能性はある。渾身の力で振るわれる執行獣は傍目からも一撃必殺と見えた。だが時間が経つにつれ、傍観者が不安を覚えたのは事実である。ミイナは何度攻撃を食らっても意に介さず金棒を振り回しているが、いつ倒れてもおかしくない。
他種族六名のうち五名が同じタイミングで動いたのは偶然だ。鉛色の竜人が身構えつつも足を踏み出さなかったのは出遅れたわけではない。彼もまた、ときを同じくして別の行為に向けて備えたのである。
ザムザは、飛び込んできた他種族たちがミイナの加勢であると判断したらしい。ゆえに各人の視界を手足で遮り、同士討ちを狙ったのは彼としては至極当然である。だが、他種族五名の狙いはザムザではなかった。
暴れるミイナを、五人がかりで回収する。ミイナがめちゃくちゃに振るう金棒によって傷を負った者もいたが、彼女を抱え、手足を押さえ、入り口付近まで退かせるのに成功した。
「アアアァァァ!」
ザムザと引き離されても、彼女は唸り、猛り、暴れた。少女の身体にあるまじき膂力は他種族を困惑させたが、それより目的意識が勝っている。
このまま戦わせたなら、ミイナが命を落とすと危惧したのだ。
ならば、この行為そのものが降伏宣言か。
否。
鉛色の竜人がザムザへ迫る。竜人の視界から彼が消えたのはなにも不思議ではない。ミイナのあとを引き取って戦う腹積もりだと導き出すのは容易いことだ。そして今のザムザは少女以外、敵と見做さなかったかというと、そうでもない。自分に危害を加えうる者がひとりでもいる以上、ほかの面子も排除対象に入れた。
それゆえ、竜人の背後で床に手を突き、蹴撃を放ったのである。だが、先手を取ったのは鉛色の竜人だった。彼の異様に膨らんだ胸部がなにをもたらすか、ザムザは意識しなかったのである。
それは、死角など存在しない全方位への攻撃と言える。
耳を聾す大音量の咆哮。鉛色の竜人だけが持つ、特異な攻撃だった。ほかの他種族は彼の意図を心得え、それぞれが耳を塞いでいた。例外はタテガミだけ。彼は槍を捨て、ミイナの両耳を守ったのである。あらゆる物音が希薄になり、高い耳鳴りだけが聴覚を満たした。入り口まで退いた状態でこれである。間近で音の暴力に晒されたザムザが一時的にあらゆる音を失ったのは必然だ。
ただ、彼の蹴撃もまた、咆哮の直後に竜人を襲った。巨躯が吹き飛び、白目を剥く。気を失うまでの間際に、鉛色の竜人は少しばかりの達成感を得ただろう。ザムザが口にしていた風の音。視野の外から訪れる攻撃を察知する力を奪えたのだから。
「アアアアアア!!」
ミイナがザムザへと飛びかかったのは、ザムザの蹴撃の直後である。耳を守る動作により、自然と緩んだ拘束から抜け出し、敵へと猛進した。
このときミイナは、暴走と冷静の狭間にいた。肉体の要請に従って動きながらも、やや俯瞰した位置で思考が働いている。次の攻撃が最後になると思った。もうとっくに身体は限界を迎えており、腕の力も意地でどうにかなる領域を越えていた。なのに片手に持った執行獣をザムザに――蹴りを放った姿勢のままの彼に、下から上へと突き上げる軌道で振るう。
音を失ったザムザの目は、はっきりとミイナを捉えていた。風の音に頼るのは、死角からの攻撃に対応するためにほかならない。両の目ではっきりと補足した相手の行動は手に取るように分かった。金棒の描く軌跡をあらかじめ予測するのは容易い。常に相手の死角へと移動する技術は、風の音によるものではないのだ。肉の微細な動きが、相手の次の行動を知らせてくれる。委細を漏らさず。
それゆえザムザは、蹴撃を放った体勢のまま動かなかった。金棒が直撃する寸前に回避し、ミイナの死角へと移動したのち、攻勢に転じれば済む。むしろ、事前に動いてしまうことこそ悪手だと判断していた。下手に動けば相手の攻撃も軌道を変える懸念がある。そうであっても、変化する肉体の微動を見抜けば大過はないが、ミイナの異常な察知力を勘案し、安全策を採ったのだ。加えて視野には他種族全員が入っている。横槍の憂いもない。
いまだ一発の攻撃も受けていないザムザにとって、最初の一撃を加えたのはミイナではなかった。他種族でもない。
後頭部に激突した金槌。それがザムザの意識をほんの少しだけかき消した。
ミイナは一切を目にしていた。『親爺』が金槌を投げ、不敵に笑むのを。喜びが胸を満たし、それでもなお、執行獣の一撃に込めた力は微塵も揺るがない。
「ラアアアアアアアア!!」
執行獣がザムザを吹き飛ばし、彼の流した血が軌跡を描く。敵は大部屋の奥の壁まで飛び、強かにその身を打ち付けた。
最後の一撃だ。もうこれ以上は無理。暴走状態から覚めたミイナは、執行獣を支えにしてなんとか立っている状態だった。後ろから聴こえる雄々しい歓声を、気恥ずかしくは思わない。誇らしく、同時にありがたくもあった。彼らがいなければこの顛末はなかったのだから。そして『親爺』の助力がなければ、きっと攻撃は実らなかった。
ミイナは『親爺』を見つめ、徐々に顔を強張らせる。『親爺』はこちらに後頭部を向け、部屋の奥へと視線を注いでいるのだ。
「クソ……」
溜め息とともに弱々しい罵倒が漏れる。
頭から血を流したザムザが立ち上がったのだ。そして、職人の間を縫ってこちらへと駆けてくる。
「ミイナ! 部屋の外に逃げろ!」
タテガミの声だ。彼の判断は正しいと、ミイナ自身も思っている。それでも、逃げるつもりなんてなかった。
正しいことが常に正解だとは限らない。特に自分の場合、普通の人間なら正しくない道ばかりを歩んできた。正しくないことを信じるのは、ミイナ自身の生き方の根底にある。
執行獣を振り上げた。そして接近するザムザへと振り下ろし――。
タイミングは決して間違っていない。軌道も完璧。余力のすべてを注ぎ込んだ。腕が壊れてもいいと思って振るった一撃。
それが、中途で止まっている。ミイナの意思で動きを停止したのではない。
ザムザはミイナの前に立ち、やや疲弊した面持ちで彼女を覗き込んだ。ひどく動きの遅延した彼女を。
「ミイナ。お前は恵まれている。周囲のすべてが味方して、見事に攻撃を当てた。見ての通り、俺は無事じゃない。ちゃんと痛いし、ちゃんと苦しい。立っているのも億劫だ。それでもお前は勝てない。誰であれ、相手が魔術師じゃなければ俺は絶対に負けないんだ。……遅延領域。オブライエンから教わり、唯一モノに出来た魔術。対象の動きを遅延させる効果がある。その間に受けた痛みは、解除の際に一斉に訪れるんだ。俺はこれから――」
飛びかかる他種族を次々と蹴散らし、ザムザはゆっくりと床に両手を突き、例の側頭蹴りの姿勢を取った。ミイナの視界に、ギリギリその姿が映っている。
「これから、ミイナを殺す。死に至る攻撃を何度も受けてもらう。過剰に攻撃するのは、俺なりの敬意だ。せめて、解除と同時に死ねるようにしてやりたい。痛みすら感じないはずだ」
極度に遅延した動きのなかで、ミイナは内心で絶叫していた。
動け。
動け!
動け!!
何度も唱える。今、ザムザは執行獣の真下に両足を晒している。動いてくれれば彼の足を砕けるのだが、祈りなんて大抵、届かないものだ。叫びながらも、心のどこかには諦めが居座っている。
『この魔具はな、ミイナ、お前さんのために打った特別な品じゃ。お前さんがピンチになったら助けてくれる』
そう言って、『親爺』が執行獣を手渡してくれた日のことを思い出す。魔具をもらって意気揚々としていたものの、段々と気付いた。
現アカツキ盗賊団の副団長ジン。彼にも『親爺』の作った魔具が与えられたのだが、その効力を見て、ミイナは嫉妬した。何度射ても矢筒に戻る矢は紛れもなく魔具だ。けれども自分が与えられた金棒は、なんの効果も発揮してくれない。
実は魔具じゃないことなんて、とっくに察してた。それでも対外的には魔具と言い張ったのは、単なる意地である。『親爺』が魔具だと言ったのだから、それを否定したくない。
ミイナの知らぬ事柄だが、かつて『最果て』に転移させられたクロエは、一目で執行獣がただの金棒だと見抜いた。なにしろ魔力が感じられないのだから。
魔力なき魔具は存在しない。しかしながら、基本的には、という留保が付く。
魔術のなかでもかなり特殊なものが実在する。魔力をほぼ使用しない魔術。奇しくも、他種族連合のゾラが会得していた魔術である。
干渉魔壁。受けた魔術を解析し、自動的に解除する魔術。
「ミイナ。短い間だったが、話し相手になってくれてありがとう。さよな――」
執行獣がザムザの両足を砕き、血が迸った。
今日に至るまで単なる金棒でしかなかった執行獣に宿る魔術――干渉魔壁がザムザの魔術を打ち破ったのである。
発言や単語が不明な部分は以下の項目をご参照下さい。
・『ミイナ』→アカツキ盗賊団のリーダー。詳しくは『第二話「アカツキ盗賊団」』にて
・『親爺』→アカツキ盗賊団の元頭領。クロエの所有するサーベルは彼が製造した。詳しくは『40.「黄昏と暁の狭間で」』にて
・『ジン』→アカツキ盗賊団の副団長。主にミイナの暴走を止める役目を負っている。弓の名手。矢と矢筒がセットになった魔具と、射程距離増加の魔術の施された弓の魔具を持つ。詳しくは『20.「警戒、そして盗賊達の胃袋へ」』にて
・『ゾラ』→別名、『獣化のゾラ』。勇者一行のひとりであり、『緋色の月』のリーダー。獣人(タテガミ族)の長。常に暴力的な雰囲気を醸している。恋愛に関しては極度に潔癖な一面もある。勇者一行でありヨハンの兄でもあるジーザスと契約し、人間殲滅を目的とした戦争への参加を余儀なくされている。クロエに敗北し、ヨハンの提示した戦争での役割を受け入れることとなった。すべての種族が争いなく共生する世界、『ユグドラシル』を理想としている。しかしながら過去、人間との交流によって失意を味わい、結果、人間に対する愛憎の念を抱くようになった。詳しくは『287.「半分の血」』『336.「旅路の果てに」』『702.「緋色のリーダー」』『790.「獣の王」』『Side Grimm.「獅子のひとりごと」』にて
・『オブライエン』→身体の大部分を魔力の籠った機械で補助する男。王都内の魔具および魔術関連の統括機関『魔具制御局』の局長。自分の身体を作り出した職人を探しているが、真意は不明。茶目っ気のある紳士。騎士団ナンバー1、紫電のザムザを使って『毒食の魔女』を死に至らしめたとされる。全身が液体魔具『シルバームーン』で構築された不死者。かつてのグラキランス領主の息子であり、ラガニアの人々を魔物・他種族・血族に変異させ、実質的に滅亡させた張本人。外界で活動しているのは彼の分身『二重歩行者』であり、本体は一切の魔術的干渉を受けない檻に閉じ込められている。詳しくは『345.「機械仕掛けの紳士」』『360.「彼だけの目的地」』『間章「亡国懺悔録」』にて
・『紫電のザムザ』→騎士団ナンバー1の男。銀の髪を持つ魔術師。幼い頃の記憶がない。ときおり頭のなかに響く『声』に従って行動をする。実はオブライエンによって作られた、魔道具に限りなく近い人間。故人。詳しくは『幕間.「王都グレキランス ~啓示~」』『Side Winston.「紫電の組成」』にて
・『アカツキ盗賊団』→孤児ばかりを集めた盗賊団。タソガレ盗賊団とは縄張りをめぐって敵対関係にあった。詳しくは『第二話「アカツキ盗賊団」』にて
・『竜人』→全身を鱗に覆われた種族。蛇に似た目と、鋭い爪を持つ。王都の遥か西にある山脈に生息している。弱者には決して従わない。鱗の色で階級が二分されており、『純鱗』は気高く、『半鱗』は賤しい存在とされている。詳しくは『626.「血族と獣人」』『幕間.「青年魔術師の日記」』にて
・『魔具』→魔術を施した武具のこと。体内の魔力が干渉するため魔術師は使用出来ないとされているが、ニコルは例外的に魔術と魔具の両方を使用出来る。詳しくは『間章「亡国懺悔録」』にて
・『執行獣』→アカツキ盗賊団団長のミイナが所持する金棒。詳しくは『22.「執行獣」』にて
・『遅延魔術』→ヨハンの使用する魔術。対象の動きをゆるやかにさせる。ヨハン曰く、生体や魔術には有効だが、無機物には使えないらしい。正式名称は遅延領域。詳しくは『69.「漆黒の小箱と手紙」』にて
・『干渉魔壁』→相手の魔力に干渉し、一切の魔術行使を封じる魔術。ゾラが使用。相手の魔術を身体に馴染ませ、魔力を理解し、解除するという段階を踏む必要がある。詳しくは『845.「杯の女」』にて
・『最果て』→グレキランスの南方に広がる巨大な岩山の先に広がる土地。正式名称はハルキゲニア地方。クロエは、ニコルの転移魔術によって『最果て』まで飛ばされた。詳しくは『4.「剣を振るえ」』にて




