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花嫁騎士 ~勇者を寝取られたわたしは魔王の城を目指す~  作者: クラン
第四章 第三話「永遠の夜ー⑦千年の都ー」
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Side Meena.「無形の武術」

※ミイナ視点の三人称です。

 両手足と顔を除いて、ぴったりと身体に貼り付く衣服をまとった男――ザムザ。彼のたどったこれまでの人生に、ミイナは別段心を動かされはしなかった。悪党に利用される子供はありふれている。彼女がリーダーを務めるアカツキ盗賊団の面々もそういった過去を持つ者が多い。


 ミイナが唖然としてしまったのは、オブライエンの所業(しょぎょう)の異常性が想定を遥かに超えていたからだ。千人の子供を集め、おそらくはそれまでの記憶を奪い去り、目の前の男以外の全員をほぼ同一の容姿に変えてしまうなんて、理解がおよばない。


「……なんで」


 無意識にこぼれた問いに、ザムザが淡々と返す。


「グレキランスのためだ。オブライエンは千のザムザを英雄と呼んでいたからな。グレキランスが窮地に陥(おちい)ったとき、英雄たちが都(みやこ)を守る。騎士になったザムザ――俺の親友は、オブライエン曰(いわ)く試作品らしい。親友は地上に出され、オブライエンの指示通りに騎士の頂点に君臨したと聞いている。死んだらしいが、オブライエンは満足そうだった。大成功だと大袈裟に言っていたからな。親友が地上でなにを為(な)し、どうやって死んだのかは俺には分からない。ただ、培養室(ばいようしつ)で眠るほかのザムザに脳は不要だと語っていた。ザムザたちが守護者となるとき、感情も自己判断も必要ない、と。敵を排除するのが英雄たちの目的で、ならば回路だけ埋め込めばいい。……オブライエンはどうして俺にこんなことを喋ったんだろうな。俺を怒らせようと思ったのなら、アテが外れたろう。俺が覚えたのは虚無感だけだ。加えて言うなら、自分が何者で、なんのために生きているのか自問するようになった。今のところ正解は見つかっていない」


 己が何者か分からない。ザムザはこの場に姿を見せたとき、そう口にしていた。記憶のはじまりの前にある、本当の出自が分からなければ何者であるか定(さだ)められないのだと。


「そんな奴に従う理由なんて、どこにあんだよ」


 不快感が言葉となって溢(あふ)れ出る。ミイナはオブライエンという男についてなにも知らない。『親爺(おやじ)』を助けるためだけにここまで来たのだから、道を同じくする他種族連合の思惑も知らずにいた。


 ザムザが首を傾げ、ミイナを見つめる。


「考えたこともない。二十年以上、オブライエンと一緒だったからだろうか。毎日顔を合わせていたわけじゃないが……家族みたいなものかもしれない。様々なことを教えてくれた。飯を食わせてくれた。ときどき褒めてくれた。従う動機としては充分だ」


 返す言葉がない。ミイナ自身『親爺』を家族だと思っている節(ふし)がある。アカツキ盗賊団のメンバーを姉弟みたいに感じていた。ザムザを糾弾(きゅうだん)するならば、それは自己否定と同義だ。


「貴様は、オブライエンが過去になにをしたのか知っているか?」


 壁にもたれる土色の竜人が言った。立ち上がらないのは、負った傷のせいだろうか。彼の鱗はあちこち砕かれており、呼吸も乱れていた。


「グレキランスの正史は教わった。オブライエンは五歳そこそこの俺たちに偽史(ぎし)を教え、数年後に正史を伝えたんだ。血族、他種族、魔物。これらすべてが元々人間であり、種(しゅ)が分かれたのは千年と少し前にオブライエン当人がラガニアにばら撒いた化学兵器の産物だと。俺たちザムザが半数に減ったのは、正史を教わってからだ」


 これにもミイナが愕然(がくぜん)としたのは無理もない。彼女はラルフの記憶――つまりはオブライエンの偽(いつわ)らざる過去を知らないのだから。魔物は有史以前から存在する人類の敵であり、黒の血族は魔物の支配者だと思い込んでいた。


 思わず金棒を持つ手が弛緩(しかん)し、落としそうになったところで強く握り直す。


「どうせ都合のいいように語ったのだろう。すべてはグレキランスの平和のためだとか、善人ぶったはずだ」


 竜人の吐き捨てるような声に、ザムザは首を横に振った。


「むしろ逆だ。オブライエンは自分こそ悪人だと強調したのを覚えている。グレキランスが夜毎(よごと)魔物に襲われ、血族という脅威が生まれ、他種族が肩身の狭い思いをしているのはすべて自分の非道の結果だと。それをなんら後悔していないとも語った」


「……それで、奴に反目(はんもく)した者が消されたと?」


「それも違う。千のザムザの大部分はオブライエンを罵(ののし)った。悪人だと見做(みな)した。それとはまったく無関係に、半数が教室から消えたんだ。理由は分からないが、おそらくは魔術的に及第点(きゅうだいてん)に達した生徒を培養室(ばいようしつ)送りにしたんだろう。俺が最後まで残された理由もそこにある。千のザムザのうち、魔術面で一番劣っていたからな」


 魔力ならびに魔術は精神が重要な役割を果たしている。おおむね冷静さは魔術に安定をもたらし、怒りは粗雑(そざつ)さと引き換えに出力を高めるものだ。正史を伝達し、揺さぶりをかけ、魔力の変化を期待した。そして一定の水準に達した者を選んだ。竜人の耳にはそう聞こえたろう。魔術と心の関連について無知であるミイナは、頭に疑問符を浮かべただけだった。


 不意に人影がミイナとザムザの横を通り過ぎた。速(すみ)やかに。虚ろな目で。


「『親爺』!」


 先ほどまで入り口でぐったりしていた『親爺』が、再び歩き出したのだ。


 ミイナは必死で彼の腕を掴んだが、悠々と振り払われた。


 その様子をじっと眺め、ザムザが呟く。


「良かった。元に戻ったようだ。半分部屋にいて、半分部屋の外にいる状態をどうすればいいのか、俺には判断が付かない。迷う要素は消えた」


 他種族たちが決死で脱出させたのに、水泡に帰した。ミイナは何度も『親爺』を呼び、縋(すが)りつき、しかしそのたびに振り払われる。何度かは床を転げた。老体であれど彼の身体は頑強(がんきょう)で、筋肉もミイナを凌(しの)いでいる。


 部屋に戻るべきじゃなかった。そう思えども、取り返しのつくものではない。それに、仲間を見捨てる判断なんて出来なかった。


 職人たちが鎚を振るう作業場の中心に佇み、彼女は『親爺』が金槌を手に鉄を打つのを虚ろに眺める。段々と視線が落ち、やがて足元を映した。


「……ごめん」


 そう呟いた彼女の目に、毛むくじゃらの足が入る。


「謝る必要はない。まだなにも終わっていないぞ。ここからだ」


 顔を上げると、両手で木箱を抱えたタテガミの姿があった。槍は革紐で括(くく)り、背中に固定している。


 木箱の中身に目を落とすと、ミイナは奥歯を噛み、自分の顔を殴った。タテガミが苦笑している。


「気の強い女だ」


「うるせえ」


 絶望しかけた自分を立ち直らせるために必要な一発だ。気恥ずかしさなんてない。視線を落とした馬鹿な自分こそ恥ずかしい。


 ミイナは再びザムザの前まで歩み、正対(せいたい)した。


「まだ話し足りねえだろ? 寂しがり野郎」


「ああ、まだまだ話したい。しかし、退屈してないか? 俺は自分のことばかり喋っているから、少し心配なんだ」


「気にすんな。一ミリも退屈してねえよ」


「ミリ? 退屈の尺度はミリメートルが正しいのか? それともミリ秒のことを言ってるのか?」


「知らねえよ。ちっとも退屈してねえって意味だ。それくらい分かんだろ」


「いや、悪いが分からない。意味を汲(く)み取るのが得意じゃないんだ」


 ザムザは終始無表情だ。過去について喋ってる間もそうだった。声にも抑揚(よくよう)が欠けている。本心を隠しているわけではなく、これが彼の常態なのだろう。オブライエンと、ほかのザムザたちとしか会話しなかったからか。彼以外のザムザが培養室送りになって久しいからなのか。


 いずれにせよ、ミイナにはどうでもいい事柄だった。


「また俺自身の話になるが、オブライエンは――」


 騒音が周囲を満たす。いくつもの褪(あ)せた破片が視界をよぎった。小さな礫(つぶて)が肌を掻(か)く。


 ミイナが拳を放ったのは、騒擾(そうじょう)の直後である。激突する寸前でザムザの身体が消えた。


 想定通りだ。今、タテガミが拾い集めた鉄屑が周囲に散っている。即席の撒き菱(びし)。素早く移動すればするほど、鉄屑に裂かれて血を流す。だが、それよりも大きい別の意図もあった。


 拳は囮(おとり)だ。


 ミイナは自分の股ぐらから背後へと移動する音を耳にした。そして本命の攻撃――執行獣(アメミット)による薙ぎ払いを繰り出したのである。


 執行獣(アメミット)が空を切り、背後へと推移した視界にザムザが映る。床に両手を突き、仰向(あおむ)いたザムザの姿が。左足は床に接しているが、右足がミイナの視界の外にあった。


 側頭に衝撃が訪れ、意識がまばたき程度の間、途切れる。鉄屑の上を転げ、皮膚のあちこちに痛みが駆けた。


 地に伏し、朦朧(もうろう)とするミイナの耳に入ったのは、淡々としたザムザの声である。


「オブライエンは魔術に頼らない戦い方を教えてくれた。立ったまま拳と蹴りで戦う武術。武器の使用方法。投げ技。俺が一番気に入ったのは、不定形の武術だ。踊るように足を運び、床に接するのも厭(いと)わず、どんな体勢であれ打ち込める技術」

発言や単語が不明な部分は以下の項目をご参照下さい。



・『ミイナ』→アカツキ盗賊団のリーダー。詳しくは『第二話「アカツキ盗賊団」』にて


・『親爺(おやじ)』→アカツキ盗賊団の元頭領。クロエの所有するサーベルは彼が製造した。詳しくは『40.「黄昏と暁の狭間で」』にて


・『オブライエン』→身体の大部分を魔力の籠った機械で補助する男。王都内の魔具および魔術関連の統括機関『魔具制御局』の局長。自分の身体を作り出した職人を探しているが、真意は不明。茶目っ気のある紳士。騎士団ナンバー1、紫電のザムザを使って『毒食の魔女』を死に至らしめたとされる。全身が液体魔具『シルバームーン』で構築された不死者。かつてのグラキランス領主の息子であり、ラガニアの人々を魔物・他種族・血族に変異させ、実質的に滅亡させた張本人。外界で活動しているのは彼の分身『二重歩行者』であり、本体は一切の魔術的干渉を受けない檻に閉じ込められている。詳しくは『345.「機械仕掛けの紳士」』『360.「彼だけの目的地」』『間章「亡国懺悔録」』にて


・『ラルフ』→かつてオブライエンの家庭教師をした男。ラガニアで起きた悲劇の一部始終を『追体験可能な懺悔録』というかたちで遺した。『気化アルテゴ』の影響で小人となり、『岩蜘蛛の巣』にコミュニティを形成するに至った。詳しくは『間章「亡国懺悔録」』にて


・『紫電のザムザ』→騎士団ナンバー1の男。銀の髪を持つ魔術師。幼い頃の記憶がない。ときおり頭のなかに響く『声』に従って行動をする。実はオブライエンによって作られた、魔道具に限りなく近い人間。故人。詳しくは『幕間.「王都グレキランス ~啓示~」』『Side Winston.「紫電の組成」』にて


・『黒の血族』→魔物の祖と言われる一族。人間と比較して長命。もともとは王都の敵国であったラガニアの人々のごく一部が、オブライエンの生み出した『気化アルテゴ』によって変異した姿。詳しくは『90.「黒の血族」』『間章「亡国懺悔録」』にて


・『竜人』→全身を鱗に覆われた種族。蛇に似た目と、鋭い爪を持つ。王都の遥か西にある山脈に生息している。弱者には決して従わない。鱗の色で階級が二分されており、『純鱗』は気高く、『半鱗』は賤しい存在とされている。詳しくは『626.「血族と獣人」』『幕間.「青年魔術師の日記」』にて


・『執行獣(アメミット)』→アカツキ盗賊団団長のミイナが所持する金棒。詳しくは『22.「執行獣」』にて


・『アカツキ盗賊団』→孤児ばかりを集めた盗賊団。タソガレ盗賊団とは縄張りをめぐって敵対関係にあった。詳しくは『第二話「アカツキ盗賊団」』にて


・『グレキランス』→通称『王都』。周囲を壁に囲まれた都。また、グレキランス一帯の地方を指して用いられる。詳しくは『第九話「王都グレキランス」』にて


・『ラガニア』→かつてはグレキランス同様に栄えていた地域、と思われている。実際はグレキランスを領地として治めていた一大国家。オブライエンの仕業により、今は血族の土地と化している。魔王の城は元々ラガニアの王城だった。初出は『幕間.「魔王の城~書斎~」』。詳しくは『間章「亡国懺悔録」』より

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