↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
花嫁騎士 ~勇者を寝取られたわたしは魔王の城を目指す~  作者: クラン
第四章 第三話「永遠の夜ー⑦千年の都ー」
1787/1837

Side Meena.「はじまりのザムザたち」

※ミイナ視点の三人称です。

 他種族連合の六人のうち、槍持ちのタテガミの獣人を除いて皆が倒れている。すべてはミイナと『親爺(おやじ)』を助けるためだ。死んではいないが、そんなことは彼女にとって関係ない。絶好の機会をフイにしたのは事実だが、微塵も後悔していなかった。


 盗賊団の一員として、自分が身綺麗だなんて思ったことは一度もない。ただ、仲間を見捨てたことも一度だってなかった。切り捨てるほうがよほど楽な状況であっても、絶対に。ミイナの精神の核と言っていいだろう。そして、仲間を傷付けた奴には制裁を加えなければ気が済まない。


 迸(ほとばし)る意気が金棒に宿り、破壊的な風切り音を鳴らしていた。


 怒りは強固で、決して瓦解(がかい)しない。それとは別に、幾(いく)ばくかの冷静さがミイナを苛(さいな)んでいた。


 勝ち負け以前に、戦いにすらなっていないのが事実である。


 今、ミイナの視界のどこにもザムザの姿がない。絶えず視線を素早く運ぶものの、黒尽くめの小男の影すら捉えられなかった。どこか近くにはいるのだろうが、空気を相手に攻撃しているのと変わらない状況。タテガミが加勢しないのは、却(かえ)ってミイナの邪魔になると判断してのことだろう。ザムザが同士討ちを鮮やかに誘導しおおせる程度には厄介な手合いだと身をもって知っているのだ。


「俺は今、少しだけ喜んでいる」


 真後ろからの声に振り返ると同時に肘打ちを放ったが、もうそこにザムザはいない。


「あのままお前が」


 声の方角に回し蹴りを放つが、虚しく空を切る。


「職人を連れ去っていたら」


 振り上げた金棒を、身を反転させて声の持ち主に振るが、床に激突して腕が痺れただけだ。


「全員殺すしかなかった」


 金棒を片手で支え、裏拳を見舞うも、そこにはやはりなにもない。


「お前が帰ってきてくれたから」


 腕の負担を無視して、片手で金棒を振る。


「誰も殺さずに済んだ」


 低い蹴りをぐるりと放ち、視界もその動きに合わせて推移したがザムザはいない。


「感謝している。俺は話し相手が欲しかったんだろう。職人は無口だ。独りでいるのとなにも変わらない。だからお前たちが来てくれて、俺は嬉しかったんだ。嘘じゃない。本当だ。俺は世間とやらを知らないから面白い話は出来ないかもしれないが、そこは大目にみてほしい。地上のザムザも、地下王都のザムザも感情はないが、俺は別だ。……いや、騎士になったザムザは少しだけ感情があったように思う」


「うるせえ!!」


 腕が悲鳴を上げているが、そんなことはミイナにとって些事(さじ)だ。攻撃全部が意味を為(な)さなくても関係ない。


「気を悪くしたなら謝る。すまなかった。だが、話は聞いてくれ。独りには慣れっこでも、さすがに気が滅入(めい)ってたんだ。今こうしてお前たちに出会ってはじめて、そのことに気付いた。オブライエンでも、あの男の秘書でもない誰かに会って、思う存分喋りたかったんだと思う。欲望と呼ぶにはやや足りないくらいの気持ちなんだが、伝わるだろうか」


「分からん」と答えたのはタテガミだ。彼は戦意を失ったのかなんなのか、職人の間を歩いては、視線を落ち着きなく彷徨(さまよ)わせている。「分からんが、貴様はこちらを殺さなかった。今もミイナ相手に攻撃すらしていない。喋りたいと言うのなら聞こう」


 タテガミは手頃な木箱を見つけると、なかにあった道具類を床に捨て、その替わりとばかりになにかを拾っている。いまだ攻撃の手を緩めず、視界がひとつところに定(さだ)まらないミイナには、彼がなにをしているのかまるで分からなかった。


 ザムザもタテガミの行為を咎(とが)めるつもりはないようで、ミイナの背後で声を出す。


「そう言ってもらえて嬉しい。俺の、というより俺たちザムザのはじまりの話をしよう」


 金棒が床を打ち、甲高い音が響いた。


 全身が気怠(けだる)い。思っていた以上に体力を消耗している。普段であれば相手が誰であれ、こうも長引かない。魔物相手なら一匹潰しては休み、次の魔物へと踏み出すまでに少しばかりの時間はある。ただ、単なる体力と腕力の問題かというと違った。心と身体は連動している。闇雲な戦いが疲労を過分に蓄積していったのだろう。まだ戦意は消えていないにせよ、厳しい状況であるのは認めざるを得ない。


 ミイナが金棒を拾い上げ、先端を床につけて呼吸を整えると、すぐ目の前にザムザが現れた。


 今なら叩けるかもしれない。


 一瞬兆(きざ)した殺意を押し留めたのはミイナ自身である。対話に応じつつ、なにかを集めているタテガミを意識しての判断だ。


「はじまりは大広間だった。どこも木造りで、南側には窓。俺の前には机があって、椅子に座ってた。オブライエンは壁際の壇上に立って、俺を、いや、俺たちを眺めていた。そう、俺は独りじゃなかった。様々な容姿の子供が千人、律儀に座っていたんだ。オブライエンはその大部屋を教室と呼び、彼自身は教師と名乗った」


 関心はなかったが、ザムザの言葉が自然と脳裏(のうり)に風景を呼び起こす。ミイナは学校に通った経験なんてない。だが、まったく知らないわけでもなかった。ある町に忍び込んだ際に、窓から教室とやらを眺めた記憶がある。富裕な町の、整った学校。見ていてなんだか腹が立った。境遇ひとつでなにもかも変わってしまう世界。自分と教室とは、底のない断崖で隔(へだ)てられているように感じた。


「俺たちはそこで暮らした。といっても、教室で寝起きしていたわけじゃない。教室の隣が寝床になっていた。あるときは隣室が食堂に、あるときは大浴場に、あるときは運動場になった。同じドアの先が別の空間になっている。俺たちはそのような場所で育ったんだ。今よりずっと小さい子供時代。五歳か、そのあたりだ。オブライエンは俺たちを皆、ザムザと呼んだ。姿かたちの違うザムザが千人。今となってはおかしな話だが、当時の俺たちはなんとも思っていなかった」


 ザムザの問わず語りが、先ほど思い描いたばかりの普通の学校の姿をかき消していく。


「オブライエンは俺たちに色々なことを教えてくれた。グレキランスの歴史から、算術、語学、身体の動かし方、そして魔術。そう、魔術だ。俺は出来が悪くて、些細(ささい)な魔術さえものに出来なかった。ほかのザムザが開花するなか、俺はいつだって置いてけぼりだ。そんな俺に優しくしてくれたザムザがいた。親友と呼んでいいと思う。やがて騎士になるザムザだ」


 タテガミは淡々となにかを集め、ミイナはじっとザムザの目を見つめていた。彼の双眸(そうぼう)はこちらに注がれている。タテガミの動きは捉えていない、と思う。


「何年か経(た)って、選別がおこなわれた。千人だったザムザが五百人に減ったんだ。オブライエン曰(いわ)く『彼らは選ばれた』らしい。なんとなく理由は分かる。選ばれた五百人はそこそこ魔術が使えたんだ。残されたのはもっと魔術的に劣ったザムザと、まったく魔術を使えないザムザ――つまり俺だ。それからも何年かおきに選別され、生徒はどんどん減っていった。最後に残ったのは、俺と、親友の二人だけ。その頃には二人とも二十歳を越えていた。その親友も選ばれて、俺だけが残された」


 ザムザの目にはなんの光もない。過去に浸(ひた)るような表情でもなかった。ただ淡々と、起きた事柄を語っている。それ以上でも以下でもない。


「残された俺に、オブライエンはたったひとつの魔術を授けてくれた。今でも俺はそれ以外の魔術は使えない。ところで、十歳そこそこだろうか、俺は魔術の授業ではなく、別の訓練を受けることになった。武術。俺は魔術の才能がない代わりに、身体を動かすのは得手(えて)だった。オブライエンはそれを見抜いたんだろうな。ところで、消えたザムザがどこに行ったのか。結論から言うと、どこにも行っていなかった。……お前はここまでの道中で培養室(ばいようしつ)を見なかったか? 青い養液の入ったタンクが並んだ部屋だ」


 思わず口が薄く開いた。


 ミイナの表情から悟ったのだろう、ザムザは頷いて続ける。


「オブライエンはある日、俺を培養室に連れて行った。千個ものタンクのなかで、同じ顔、同じ背丈、同じ髪色の人間が直立不動で水中に浮かんでいる景色。そいつらは髪の色を除いて、全員が俺と同じ容姿だった。どういう過程でそうなったのかは知らない。だが、見た瞬間に分かったよ。ここにいる全員がザムザだったんだって。ショックは感じなかった。こういうことを――つまり、人間のかたちを変えてしまうようなことを平気でやるのがオブライエンなんだと、とっくに分かっていたから」

発言や単語が不明な部分は以下の項目をご参照下さい。



・『ミイナ』→アカツキ盗賊団のリーダー。詳しくは『第二話「アカツキ盗賊団」』にて


・『親爺(おやじ)』→アカツキ盗賊団の元頭領。クロエの所有するサーベルは彼が製造した。詳しくは『40.「黄昏と暁の狭間で」』にて


・『オブライエン』→身体の大部分を魔力の籠った機械で補助する男。王都内の魔具および魔術関連の統括機関『魔具制御局』の局長。自分の身体を作り出した職人を探しているが、真意は不明。茶目っ気のある紳士。騎士団ナンバー1、紫電のザムザを使って『毒食の魔女』を死に至らしめたとされる。全身が液体魔具『シルバームーン』で構築された不死者。かつてのグラキランス領主の息子であり、ラガニアの人々を魔物・他種族・血族に変異させ、実質的に滅亡させた張本人。外界で活動しているのは彼の分身『二重歩行者』であり、本体は一切の魔術的干渉を受けない檻に閉じ込められている。詳しくは『345.「機械仕掛けの紳士」』『360.「彼だけの目的地」』『間章「亡国懺悔録」』にて


・『紫電のザムザ』→騎士団ナンバー1の男。銀の髪を持つ魔術師。幼い頃の記憶がない。ときおり頭のなかに響く『声』に従って行動をする。実はオブライエンによって作られた、魔道具に限りなく近い人間。故人。詳しくは『幕間.「王都グレキランス ~啓示~」』『Side Winston.「紫電の組成」』にて


・『王都』→グレキランスのこと。周囲を壁に囲まれた都。詳しくは『第九話「王都グレキランス」』にて


・『グレキランス』→通称『王都』。周囲を壁に囲まれた都。また、グレキランス一帯の地方を指して用いられる。詳しくは『第九話「王都グレキランス」』にて

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。