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花嫁騎士 ~勇者を寝取られたわたしは魔王の城を目指す~  作者: クラン
第四章 第三話「永遠の夜ー⑦千年の都ー」
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Side Meena.「大事な仲間だから」

※ミイナ視点の三人称です。

 闇雲に武器を振るったところで意味はない。それを理解してなお、ミイナは金棒での攻撃を続けた。ザムザ個人に恨みはなくとも、踏み越えねばならないからだ。職人を連れ出す者は殺害すると明言したのだ。彼を排除しない限り目的を果たせない。


 金棒を操っている間、ミイナはずっと徒労(とろう)を感じていた。なにもない場所を打ち、存在しない敵を相手にしているのと同じだったから。


 彼女の視界にザムザはいない。視界の外までカバーするよう小器用な真似をしても、肉体を捉えた感触はなかった。ザムザからの反撃もなく、もはや戦闘とすら呼べなかった。


「ミイナ。そこまでだ」


 名を呼ばれて、彼女はようやく動きを止めた。額から流れる汗が鬱陶しい。腕の疲労が忌々(いまいま)しい。そこまでだ、と言われて攻撃を止める自分にも腹が立つ。


 彼女を呼んだのはタテガミの獣人だった。彼は槍の穂先を天に向け、じっとミイナを見据えている。名前を知っているのは、コルニオラとのやり取りを聞いていたからだろう。


「ザムザとやら。職人を連れ出さず、危害も加えなければ貴様はこちらに干渉しないのだな?」


 タテガミの視線はミイナの斜め後ろに向けられていた。見返ると、そこにザムザが立っている。金棒の届く距離だったが、結果が見えている以上、追撃する気にはなれなかった。


「会話が干渉に入らないのなら、干渉はしない。暇なんだ。誰かと喋っているほうがいい。それに、昔と違って今はオブライエン以外と会話する機会もないからな」


 タテガミはザムザに返事することなく、ミイナへと呼びかける。交差した眼差しは真剣そのものだった。落ち着き払い、しかしなんの諦めも感じさせない眼。


「ミイナ。廊下に出てくれ。悪いが、この室内にあなたの仕事はない」


 普段だったら激昂(げっこう)に足る言葉だ。理由の分からない命令ほど苛(いら)つくものはない。相手が『親爺(おやじ)』であっても、事の次第を確かめなければいつまででも食い下がる。そんな性格だった。


 このときミイナが素直に従ったのは、彼女自身にも謎である。タテガミの瞳に真摯(しんし)な色を認めたのかもしれない。ザムザには敵わないと悟ったのかもしれない。あるいは、自分に出来ない仕事を託す意志が芽吹いたのかもしれない。


 入り口へと向かうミイナに、タテガミがさらに注文を付ける。


「金棒はここに置いていってくれ」


 足が止まる。いくつもの棘が付いた金棒を見下ろした。すっかり手に馴染んだ武器。『親爺』が作ってくれた大切な魔具。


 そう、魔具だ。


『親爺』はこれが魔具だと言っていた。だから自分も魔具と呼んで憚(はばか)らない。でも、とっくの昔に気付いている。この武器――執行獣(アメミット)は魔具なんかじゃなくて、だからなんの魔術も籠もっていないただの金棒なのだと。そう理解してなお魔具と言い張り続けるのは矜持(きょうじ)の問題だ。これが魔具じゃないことは、作った張本人である『親爺』が一番よく分かっているだろう。そんな『親爺』が魔具と言って渡してくれたのは労(いたわ)りだ。見栄っ張りで、背伸びしたがる自分への配慮。


 この武器だけは手放せない。誰にも託せないし、託したくない。


 入り口の壁際に執行獣(アメミット)を立てかけたとき、心が大きく軋(きし)んだ。


 そのまま入り口を通過し、部屋の真向かいの廊下で壁を背に佇む。


 どんなに大事な物でも、『親爺』には替えられない。執行獣(アメミット)を手放した理由のすべてがそこにある。


 入り口を通して見つめる室内では、早速動きがあった。タテガミがザムザを入り口から離れた場所へと追いやる。二人のトロールと土色の竜人もそれに続いた。ミイナの側からはほとんどなにも見えないが、四人がザムザを相手にし、意識を逸(そ)らそうとしているのだけは分かる。その隙に鉛(なまり)色の竜人が宙を駆けた。


『親爺』を部屋の外に出すために、他種族六人が決死になって立ち働いている。タヌキ顔の獣人も入り口へと駆けていた。


 ザムザは部屋を出られない。彼自身が口にした制約だ。つまりは室外に至った『親爺』には手出し出来ないはずである。


 飛ぶ竜人の前にザムザの影が映(は)えた。彼に追い縋(すが)ったタテガミが突進するも、悠々と回避される。トロールたちもザムザの動きを制限し、鉛色の竜人がたどる航路を確保していた。そこにタヌキ顔の獣人が加勢する。ただ、甲斐(かい)はない。ザムザは『親爺』を背負って入り口を目指す竜人の頭上にいた。


 彼の頭に、ザムザの踵(かかと)が振り下ろされる。


 鈍い音とともに、鉛色の破片が散った。


 だが、鱗が砕けようとも竜人は勢いのまま飛び――。


「ミイナ!!」


 宙へと放り出された『親爺』が、入り口を通過してミイナのもとへとたどり着く。『親爺』はもう暴れていなかった。糸の切れた人形のように、ぐったりしている。彼女は『親爺』を背負い、外へと続く長い長い道へと踏み出した。


 部屋からは雄叫(おたけ)びが轟いている。ザムザと戦っているのだ。奴の与えられた仕事のひとつは、職人を部屋から連れ出そうとした者を殺すこと。居残った六人全員が彼の標的になっているのは考えるまでもない。彼らが悲鳴ひとつ漏らさないのは、覚悟の証明だと感じた。どんな目に遭おうとも『親爺』を助ける、という。会ったばかりの小娘に命をかける理由がどこにあるのか、ふと湧いた疑問はコルニオラの笑みにかき消された。


 独りじゃない。


 大柄な『親爺』を背負って踏みしめる一歩一歩が苦しかった。肉体の問題ではなく、心の痛みである。


『仲間が困ってるときは、助けてやれ』


『犠牲を無駄にするでない』


『ミイナ。お前さんは独りじゃない。わしらがいる。ここにいる奴らは全員、お前さんの味方じゃよ』


 全部『親爺』の言葉だ。いつかどこかで言われた台詞。シチュエーションなんて忘れてしまったけど、嗄(しわが)れた声はいつまでも耳に残っている。


 ミイナは駆けた。内心で『親爺』に謝りながら。


 ごめん。アタシは馬鹿だから、こういう選択しか出来ない。でもよ、そういうふうになったのも、『親爺』が育ててくれたからで、だから悪く思わないでくれよ。


 騒擾(そうじょう)の渦中(かちゅう)――職人たちの部屋に戻ったミイナが目にしたのは、たったひとり戦うタテガミだった。ほかの面々はいずれも壁にもたれるか、床に倒れるかしている。


「ザムザ!!」力の限り叫ぶ。「アタシらは『親爺』を連れ出しちゃいねえ!」


『親爺』は今、入り口に半分だけ身を晒(さら)し、昏倒(こんとう)していた。


 タテガミと目が合う。目付きは呆れ返っているというのに、口は緩んでいた。しょうがない人間だと、今にもそんな声が出てきそうな顔。


 振り返ったザムザは、ほんのり眉間に皺を寄せた。


「連れ出したが、戻した。しかも半分だけ部屋に戻したか。この場合にどうすべきか、オブライエンは指示してくれなかった。そもそも連れ出されること自体が想定されていない。どうすればいいのか。悩ましいな」


 顎に手を当てて中空(ちゅうくう)を見つめるザムザに、回収した執行獣(アメミット)の先端を向ける。


「よくもアタシの仲間を殺したな!」


「いや、誰も殺していない。よく見ろ。全員息をしている。俺の課された役目は『職人を連れ出そうとした者の殺害』だ。お前らは連れ出そうとした。これは疑いない。だが、起きたのは連れ出されたという結果だ。これをどう評価し、どう振る舞うべきなのか、俺は教わってない」


 ミイナは執行獣(アメミット)を肩に負い、ザムザへと踏み出した。


「関係ねえよ。オマエがなにをどう考えようとオマエの勝手だ。アタシの仲間をボコったクズを叩きのめす」


 倒れた『親爺』がなにをどう思うか、大体分かる。


 散々迂闊(うかつ)を咎(とが)めたのち、きっとこう言うだろう。


『ともかく、頑張った。ミイナ。お前さんは立派じゃ』


 立派なもんかよ、とムクれて見せるのは恥ずかしさを隠すためで、いつだって嬉しく感じたものだ。


 だから、どんなに無謀でも頑張らなきゃいけない。


 大事な仲間のために。

発言や単語が不明な部分は以下の項目をご参照下さい。



・『ミイナ』→アカツキ盗賊団のリーダー。詳しくは『第二話「アカツキ盗賊団」』にて


・『親爺(おやじ)』→アカツキ盗賊団の元頭領。クロエの所有するサーベルは彼が製造した。詳しくは『40.「黄昏と暁の狭間で」』にて


・『コルニオラ』→心優しい女性の竜人。深紅の鱗を持つ。被差別階級である『半鱗』のなかで、戦士長のポジションを与えられている。クロエとともに竜姫を捜索する役目を受けた。竜人の持つ階級意識から脱するため、血族であるハンジェンとともに、『半鱗』を率いて『緋色の月』に合流した。詳しくは『682.「紅色の施し」』『693.「半鱗の戦士長」』にて


・『オブライエン』→身体の大部分を魔力の籠った機械で補助する男。王都内の魔具および魔術関連の統括機関『魔具制御局』の局長。自分の身体を作り出した職人を探しているが、真意は不明。茶目っ気のある紳士。騎士団ナンバー1、紫電のザムザを使って『毒食の魔女』を死に至らしめたとされる。全身が液体魔具『シルバームーン』で構築された不死者。かつてのグラキランス領主の息子であり、ラガニアの人々を魔物・他種族・血族に変異させ、実質的に滅亡させた張本人。外界で活動しているのは彼の分身『二重歩行者』であり、本体は一切の魔術的干渉を受けない檻に閉じ込められている。詳しくは『345.「機械仕掛けの紳士」』『360.「彼だけの目的地」』『間章「亡国懺悔録」』にて


・『紫電のザムザ』→騎士団ナンバー1の男。銀の髪を持つ魔術師。幼い頃の記憶がない。ときおり頭のなかに響く『声』に従って行動をする。実はオブライエンによって作られた、魔道具に限りなく近い人間。故人。詳しくは『幕間.「王都グレキランス ~啓示~」』『Side Winston.「紫電の組成」』にて


・『トロール』→よく魔物に間違えられる、ずんぐりした巨体と黄緑色の肌が特徴的な種族。知能は低く暴力的で忘れっぽく、さらには異臭を放っている。単純ゆえ、情に厚い。『灰銀の太陽』に協力。詳しくは『741.「夜間飛行」』にて


・『竜人』→全身を鱗に覆われた種族。蛇に似た目と、鋭い爪を持つ。王都の遥か西にある山脈に生息している。弱者には決して従わない。鱗の色で階級が二分されており、『純鱗』は気高く、『半鱗』は賤しい存在とされている。詳しくは『626.「血族と獣人」』『幕間.「青年魔術師の日記」』にて


・『魔具』→魔術を施した武具のこと。体内の魔力が干渉するため魔術師は使用出来ないとされているが、ニコルは例外的に魔術と魔具の両方を使用出来る。詳しくは『間章「亡国懺悔録」』にて


・『執行獣(アメミット)』→アカツキ盗賊団団長のミイナが所持する金棒。詳しくは『22.「執行獣」』にて

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