Side Meena.「白銀の大工房」
※ミイナ視点の三人称です。
部屋に足を踏み入れてまず目に入ったのは、何十人もの人間だった。人間の数に比して部屋の面積は過剰に広かったが、むしろ狭いくらいの印象を受けたのは、至るところに配置された道具類のせいだろう。鉄床が並び、壁際には炉がいくつか。大量の木箱が置かれ、なかには金槌といった道具や巻紙、鉱物が顔を覗かせている。壁の一面に並んだ棚にも雑多な道具や金属材が乱雑に置かれ、床もそうした物品が散らばっている。
大工房。そんな印象だった。鉄臭さと金属音が絶えず感覚を侵す。
ミイナはすぐにあたりを見回したが、見える範囲に『親爺』の姿はない。
「『親爺』!」
叫んでも返る声はなかった。鉄を打つ音に負けない声量だったはずが、誰ひとり反応しない。視線ひとつミイナに向けられなかった。
室内を駆け、それらしい面影を探す。ときには顔を覗き込む。床の道具なんて意に介さず、蹴散らしながら進んだが、誰も咎めはしなかった。全員が一様に、自分の作業に集中している。
ミイナは端から順に探し始め、部屋を折り返すところで人間以外の姿が目に入った。槍を携え、タテガミを備えた長駆の獣人。小柄だが筋肉質の、タヌキ顔の獣人。棍棒を担いだトロールが二人。それぞれ土色と鉛色の竜人たち。計六名の他種族が入り口付近で怪訝な顔をしていた。おおかた一心不乱に鎚を振るい、紙面になにかを綴る人間たちを異様に感じたのだろう。他種族に対しても彼らは無反応を貫いている。
彼らはミイナの随伴に名乗りを上げた他種族だ。こうして入り口で待機しているのは、彼らなりの配慮だろう。じっと見守り、いつでも動けるよう準備している。危険の芽がないか、神経を鋭くして観察に徹していた。
部屋の中心からやや奥まったところに目を映し、ミイナは足を早めた。疲労の影もない老いた顔。老境ながら壮健を感じさせる筋肉の張り。
『親爺』だった。
「『親爺』」
その肩に触れ、呼びかける。相手は鉄床で棒状の品を打っており、目もくれなかった。だからミイナのほうがしゃがみ込んで、彼の視界に入ろうとする。
目に映ったはずだ。自分の姿が。
ちゃんと。
間違いなく。
それなのに『親爺』は無言で金槌を振っている。集中すると意識が製作物だけに向いてしまうのはそう珍しいことでもなかった。『親爺』がそういう状態になっているときは、作業がひと段落するまで待つのが習いだ。けれど今は違う。悠長に費やせる時間なんてない。
「『親爺』! 『親爺』!!」
肩を揺さぶる。
顔に触れる。
腕を掴んだら振り払われた。尻もちを突き、金棒が床に落ちて甲高い音を立てる。
こんなふうに拒絶された経験はない。多少なりともショックだったが、諦めるつもりはなかった。何度も腕を取り、そのたびに払われたが、めげずに続ける。彼の名を叫びながら。
異常なのはとっくに気付いている。こうまで食い下がられてなお、物作りに意識が囚われるようなひとではないから。
強く振り払われ、床を転げた。木箱にぶつかって散乱した道具に刃物があったのだろう、肩口に鋭い痛みを感じ、血が垂れる。
ミイナは金棒を拾って鉄床越し『親爺』の前に立った。
「……『親爺』。アタシだよ。ミイナだ。『親爺』を助けるために、ハルキゲニアからここまで来たんだよ。『親爺』。アタシの声、忘れたのか。……『親爺』は忘れっぽいけどさ、大事なことはちゃんと覚えてるじゃん。なのに」
それ以上、言葉が出ない。心が急に塞がって、喉が苦しい。
今の『親爺』は普通じゃない。とっくに分かってる。
顔を上げると、いつの間にかタヌキ顔の獣人と鉛色の竜人が『親爺』の背後に立っていた。互いに顔を見合わせ、息を合わせて『親爺』を抱える。
「ミイナだったな。この人間が、お前の探していたひとなんだな?」
竜人が淡々と問う。ミイナは小さく頷いた。
「よし。なら、ともかくこれで確保だ。一旦地下から出て落ち着かせよう」
竜人が肩に背負った『親爺』は、いまだに激しく抵抗している。その手足を、タヌキ顔の獣人が押さえていた。
「……ありがとう」
「礼はいい。それに、仕事はこれで終わりじゃない。分かってるか?」
分かってる。だから頷いた。
『親爺』ひとりを助けて終わりにする気はない。
ここにいる人間全員が『親爺』と同じ状態なのだと悟っている。自分の意志で鎚を振るっているのではなく、強いられているのだ。心を殺され、ただただ目前の品を作り上げるという意識だけを駆動させられているに違いない。彼らを放っておくのは道理に反する。自分だけ助かるなんて『親爺』も望んでいないだろう。
「分かってるなら大丈夫だ。おい――」
入り口に目をやった竜人が、その身を硬直させた。タヌキ顔も固まっている。
トロール二人が棍棒を構え、タテガミの獣人が槍を向け、土色の竜人が前傾している。入り口付近に留まっていた四人は、いずれも遠巻きにひとりの男を囲んでいた。首まですっぽり覆う、随分ぴっちりした黒の衣服をまとった男。手足と頭だけが露出している。
黒髪が頭のあちこちで跳ねている。目は特徴的な緋色だが、どこか淀んだふうに見えるのは表情らしい表情がないからだろう。齢の頃は二十代後半といったところ。短躯で細身ではあるものの、手足は引き締まっている。腹にも余計な筋肉はついていないどころか、見事に割れていた。そうした表面的な肉の状態が分かる程度には薄い服だ。しかも継ぎ目がどこにもない。
やや距離を置いているとはいえ、四人の他種族を前にした状況である。なのに男はどこへともなく視線を移ろわせていた。全身を弛緩させて。まるでなにも特別なことは起きていないかのごとく。
「貴様……何者だ!」
槍を構えたタテガミの獣人が叫ぶ。敵意を剥き出しにした声が室内に反響した。
男は両腕をだらりと垂らしたまま、小さく口を開く。
「何者なのかは、俺が一番知りたい。俺はいったいどこから来たんだ? 記憶のはじまりははっきりしている。だが、そこは出発点じゃない。俺の人生は途中からはじまっていて、それまでの全部が抜け落ちてるんだ。ひとが何者かになるには、ちゃんとしたはじまりが必要だと思うんだが……俺が間違ってるのか?」
抑揚の欠けた声であり、譫言のような言葉だったが、ミイナは彼に嘘を感じなかった。相手が他種族連合ではないことは、タテガミの獣人が放った問いから知れたこと。まさか、ウィンストンの作った地下への侵入口から迷い込んだわけではないはず。
だとしたら、考えられるのはひとつ。タテガミの獣人も同じように思ったらしい。
「貴様はオブライエンの手先だな?」
「それなら答えられる。お前の言う通り、俺たちはオブライエンの手先みたいなものだ」
「……俺たち?」
タテガミの疑念に、男は浅く首肯した。
「地上にいるザムザ。地下王都にいるザムザ。かつて騎士だったザムザ。ここにいる俺もザムザだ。俺たちは全員、オブライエンの手駒に過ぎない。あの男が与える仕事をこなすだけの存在だ」
発言や単語が不明な部分は以下の項目をご参照下さい。
・『ミイナ』→アカツキ盗賊団のリーダー。詳しくは『第二話「アカツキ盗賊団」』にて
・『親爺』→アカツキ盗賊団の元頭領。クロエの所有するサーベルは彼が製造した。詳しくは『40.「黄昏と暁の狭間で」』にて
・『ウィンストン』→『毒食の魔女』の邸で執事をしている魔術師。丁寧な口調の壮年男性。ジェニーとは犬猿の仲。昔から魔女の命を狙って暗殺を繰り返している。魔女を殺害したオブライエンに並々ならぬ復讐心を持っている。詳しくは『第八話「毒食の魔女」』『279.「物好きな主人」』にて
・『オブライエン』→身体の大部分を魔力の籠った機械で補助する男。王都内の魔具および魔術関連の統括機関『魔具制御局』の局長。自分の身体を作り出した職人を探しているが、真意は不明。茶目っ気のある紳士。騎士団ナンバー1、紫電のザムザを使って『毒食の魔女』を死に至らしめたとされる。全身が液体魔具『シルバームーン』で構築された不死者。かつてのグラキランス領主の息子であり、ラガニアの人々を魔物・他種族・血族に変異させ、実質的に滅亡させた張本人。外界で活動しているのは彼の分身『二重歩行者』であり、本体は一切の魔術的干渉を受けない檻に閉じ込められている。詳しくは『345.「機械仕掛けの紳士」』『360.「彼だけの目的地」』『間章「亡国懺悔録」』にて
・『紫電のザムザ』→騎士団ナンバー1の男。銀の髪を持つ魔術師。幼い頃の記憶がない。ときおり頭のなかに響く『声』に従って行動をする。実はオブライエンによって作られた、魔道具に限りなく近い人間。故人。詳しくは『幕間.「王都グレキランス ~啓示~」』『Side Winston.「紫電の組成」』にて
・『トロール』→よく魔物に間違えられる、ずんぐりした巨体と黄緑色の肌が特徴的な種族。知能は低く暴力的で忘れっぽく、さらには異臭を放っている。単純ゆえ、情に厚い。『灰銀の太陽』に協力。詳しくは『741.「夜間飛行」』にて
・『竜人』→全身を鱗に覆われた種族。蛇に似た目と、鋭い爪を持つ。王都の遥か西にある山脈に生息している。弱者には決して従わない。鱗の色で階級が二分されており、『純鱗』は気高く、『半鱗』は賤しい存在とされている。詳しくは『626.「血族と獣人」』『幕間.「青年魔術師の日記」』にて
・『王都』→グレキランスのこと。周囲を壁に囲まれた都。詳しくは『第九話「王都グレキランス」』にて
・『ハルキゲニア』→『最果て』地方の北端に位置する都市。昔から魔術が盛んだった。別名、魔術都市。詳しくは『第五話「魔術都市ハルキゲニア」』にて




