Side Meena.「よく似た心を抱えて」
※ミイナ視点の三人称です。
「委細承知した」
トロールたちに運ばれたミイナがようやく床を踏んだのは、獣人たちの隊列に至ってからである。これまでの人生でこんなふうに扱われたのは初だ。気恥ずかしいとき、彼女はそれを怒りに転嫁して誤魔化す。ただこのときばかりは事情が違った。伝えるべき重大事がある。恥なんて気にしていられない。
通路を埋める球体。一旦引き返して連中をおびき寄せる策。メロとやらの力は借りれない。そしてドルフの窮地。
球体が爆発しない点も含め、余すことなく伝えた結果の返事が『委細承知』である。タテガミを持つ面長な獣人はメッセージを伝言しながら、素早く行動に移した。通路を逆戻りして、手近な部屋に人員を集めたのである。広さは申し分ないものの、様子がおかしい。円筒形の半透明の容器が等間隔に並べられており、内部は薄青い液体で満たされている。容器の高さは天井まで達し、幅も奥行きもそれなりにある。人間二人が並んで入れる程度のサイズ感。
「毒か?」と、いかにも粗暴な獣人が半透明の容器を叩く。
ミイナもそれに触れたが、ガラスではなかった。もっと柔らかく、衝撃を吸収出来る素材。
もしも毒なら全滅する可能性がある。誰かがそんなことを口にして、一番奥の容器を何度か殴り、破壊した。ミイナもさすがに驚いて息を止めたが、他種族はピンピンしている。呼吸すると、ほのかに鼻が刺激された。青々とした、しかし決して爽やかではない匂い。大樹の葉を千切って間近で嗅いだのと似ている。
「触れても問題ねえな」
容器を破壊した張本人が言う。彼の手に生えた毛が水色に染まっていた。
実のところ、この一見乱暴者の獣人は魔術師である。毒であれば即座に入り口付近に防御魔術を張るよう準備していた。そしてほかの幾人かも彼の意図に気付き、同調して防御を構築する構えをしていたのである。人間がそうであるように、他種族もまた見かけによらない。
大部屋に戦闘要員が割かれた。トロール、獣人、竜人。それぞれを等分に配置する。
作戦はそれで終わりではない。魔術に長け、なおかつ脚力に自身のある獣人が、ミイナの破壊した球体――すなわち通路の障壁と化している兵器を破壊すべく名乗りを上げた。
大部屋からさらに後退した地点で、行く末を見守る。
ミイナは、じんわりと身体が汗ばむのを感じた。
嫌な汗だ。
緊張しているのもあるけれど、それ以上に、他人任せにしている自分への嫌悪感が、そしてそれをひた隠しにしようとする姑息な気持ちが、冷たい汗と化している。そんな気がした。
獣人が遙か先で魔力を集中させているのをじっと見つめるミイナの肩を、そっと誰かが触れた。振り返ると深紅の顔がある。否、全身が深紅の鱗に覆われた竜人だった。
「大丈夫」女性の声が、その口から流れる。穏やかな声色だった。「私たちは独りじゃない。全部背負い込もうとしないで」
獣人の頭上に通路を塞ぐほどの大きさの魔力球が生まれ、一気に放たれる。そののち、彼は一目散に大部屋へと駆けた。
「ひとりに出来ることは、そう多くないの」
ガシャガシャとやかましい足音がする。
「だから私たちは支え合う。欠けた部分を補ってもらって、ほかの誰かじゃ出来ないことを代わりにやる」
球体が現れ、行進する。筒はこちらを向いていない。大部屋に照準を合わせていた。
「貴女には貴女の目的があるのよね? ウィンストンから聞いたわ。大切なひとを救い出すって、とても立派よ」
球体の列が次々と大部屋へ入っていく。
「でもね、もしも困難があったら遠慮しないで私たちに頼ること。ここにはたくさんの仲間がいる。目的が違っても、同じ場所、同じ時間を共有する仲間だと思って。姿かたちもそう。貴女たち人間と私たちは全然違う。けれど、心はとても似てるのよ。たったひとつの目的のために、必死になってる」
大部屋から咆哮が轟いた。雄々しく、勇猛な。
「私はコルニオラ。貴女の名前は?」
球体の隊列は、やがて途絶えた。
「……ミイナ」
「素敵な名前ね。よろしく、ミイナ」
差し出された手に、おずおずと手を重ねる。冷たくて、滑らかな感触だった。
「アタシは……ひとりで突っ走って、自分のことしか見えてなかった。今も、たぶん、あんまり変わんねえ。『親爺』のことしか頭になくて、本当は、ドルフって奴を助けなきゃなんねえのは分かってんのに――」
コルニオラの立てた指が、ミイナの唇に触れた。深紅の竜人は首を横に振る。
「言ったでしょ? 貴女には貴女の目的がある。それでいいの。肝心なのは、独りで抱え込まないこと。ドルフは任せて。私たちがちゃんと助ける」
なんで、と思った。自分勝手に先走った馬鹿なアタシに、なんでコルニオラはこんなに優しくしてくれるんだろう。
疑問の答えは、彼女の言葉ですでに語られていた。
そっか。
仲間だからだ。
目頭が熱くなったが、泣くもんかとミイナは堪えた。
「それじゃ、行きましょう」
深紅の竜人の背は、当然ながら大きく見えた。身長も高い。体格だってもちろん違う。でも、彼女から感じる大きさはそんな目に見えるものじゃない。
出会ったばかりの奴を信用するような生き方はしてこなかった。これまでずっと。これからも、たぶんそう。自分を変えるのは簡単じゃないし、変えなくていいと開き直ってもいる。ただ、今だけは例外だと思った。
補い合って、分け合って、助け合う。
同じじゃないか。アカツキ盗賊団と。
金棒を担ぎ直し、コルニオラの後ろを歩む。『親爺』を助けたら、ドルフを助けようと心に決めた。それだけじゃない。少しでも彼らの支えになろう。あの球体は一個倒したんだ。無力だなんて誰にも言わせないし、きっとコルニオラはそんなふうに思わない。もしかしたら、ここにいる全員が彼女と同じかもしれないとまで感じた。それはきっと錯覚だけれど、悪くない思い込みだ。そういうのは修正しないほうがいい。
前をゆくコルニオラを眺めて、どうしても目に入るものがあった。彼女に限ったものではないが、どうにも戦場に似つかわしくない品がある。
「コルニオラ。そのリボンは?」
深紅の竜人は足を止めずに振り返り、柔和に笑んだ。
「これは仲間の徴。……貴女は知らないと思うけど、私たちってもともと敵同士だったの。全員じゃないけどね。それがつい最近、和解したのよ。人間の女の子のおかげで。その子が結んでくれたのが、このリボン」
他種族の面々はいずれも身体のどこかに同じ色味のリボンをつけている。男もそうだ。
「人間……どんな奴なんだ?」
竜人もトロールも獣人も結びつけて仲間にしてしまう。そんな存在がいるのはひどく不思議なことに思えた。ハルキゲニアで育ったミイナは他種族の姿を見る機会こそなかったし、それゆえ偏見もなかったのだが、異種は簡単には相容れないと肌感覚で分かっている。人間同士でさえ相争うものなのだ。
「すごく勇敢で、正しいと思ったらすぐに行動しちゃうような子よ。そのせいでいっぱい苦しい目にも遭ったでしょうに……」
コルニオラの横顔に影が落ちる。それも当然で、彼女は一度、その人間を騙したのだ。自らの正しさのために、別の正しさを切り捨てるほかなかった。後悔はしていないが、後ろめたさは今でもあるし、羨ましいとも思っている。コルニオラの知る範囲で、あの人間はなにも取りこぼさなかった。
「さて、ここが貴女の目指してた部屋でしょう? 何人か同行させてもいいかしら?」
「ああ」
少し前までのミイナなら、きっと断っていたに違いない。その自覚はある。でも、仲間となれば話は別だ。一緒に行動するのが自然でもある。
徒手の竜人二人、槍を持ったタテガミの獣人、タヌキ顔の獣人、そしてトロール二人がミイナへの随伴に名乗りを上げた。
すぐにでも部屋に入りたい欲求もあるが、どうしても聞きたいことがあった。
「コルニオラ。その、人間の女の名前は?」
「クロエ」
思わず笑ってしまった。声を上げて。それから、気を引き締めて自分の目的地へと足を向ける。
詳しいことは、あとでたっぷり聞こう。
発言や単語が不明な部分は以下の項目をご参照下さい。
・『ミイナ』→アカツキ盗賊団のリーダー。詳しくは『第二話「アカツキ盗賊団」』にて
・『親爺』→アカツキ盗賊団の元頭領。クロエの所有するサーベルは彼が製造した。詳しくは『40.「黄昏と暁の狭間で」』にて
・『ウィンストン』→『毒食の魔女』の邸で執事をしている魔術師。丁寧な口調の壮年男性。ジェニーとは犬猿の仲。昔から魔女の命を狙って暗殺を繰り返している。魔女を殺害したオブライエンに並々ならぬ復讐心を持っている。詳しくは『第八話「毒食の魔女」』『279.「物好きな主人」』にて
・『メロ』→人魚の族長。小麦色の肌を持ち、軽薄な言葉を使う。口癖は「ウケる」。なにも考えていないように見えて、その実、周囲をよく観察して行動している。仲間思いで姉御肌。地面を水面のごとく泳ぐ魔術を使用。詳しくは『745.「円卓、またはサラダボウル」』『746.「笑う人魚」』にて
・『ドルフ』→『緋色の月』の四番手で、トナカイ族の獣人。別名、鉄砕のドルフ。タテガミ族との混血。血の気の多い性格。身体硬化の魔術を使用する。『骨の揺り籠』を襲撃したが、最終的にリフによって撃退された。貧弱なトナカイ族を食わすため、仕方なく『緋色の月』に協力している。詳しくは『816.「地底への闖入者」』『817.「鉄砕のドルフ」』にて
・『コルニオラ』→心優しい女性の竜人。深紅の鱗を持つ。被差別階級である『半鱗』のなかで、戦士長のポジションを与えられている。クロエとともに竜姫を捜索する役目を受けた。竜人の持つ階級意識から脱するため、血族であるハンジェンとともに、『半鱗』を率いて『緋色の月』に合流した。詳しくは『682.「紅色の施し」』『693.「半鱗の戦士長」』にて
・『トロール』→よく魔物に間違えられる、ずんぐりした巨体と黄緑色の肌が特徴的な種族。知能は低く暴力的で忘れっぽく、さらには異臭を放っている。単純ゆえ、情に厚い。『灰銀の太陽』に協力。詳しくは『741.「夜間飛行」』にて
・『竜人』→全身を鱗に覆われた種族。蛇に似た目と、鋭い爪を持つ。王都の遥か西にある山脈に生息している。弱者には決して従わない。鱗の色で階級が二分されており、『純鱗』は気高く、『半鱗』は賤しい存在とされている。詳しくは『626.「血族と獣人」』『幕間.「青年魔術師の日記」』にて
・『アカツキ盗賊団』→孤児ばかりを集めた盗賊団。タソガレ盗賊団とは縄張りをめぐって敵対関係にあった。詳しくは『第二話「アカツキ盗賊団」』にて
・『魔球』→魔力球、魔力弾、魔力塊とも呼ぶ。初歩的な攻撃魔術
・『ハルキゲニア』→『最果て』地方の北端に位置する都市。昔から魔術が盛んだった。別名、魔術都市。詳しくは『第五話「魔術都市ハルキゲニア」』にて




