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花嫁騎士 ~勇者を寝取られたわたしは魔王の城を目指す~  作者: クラン
第四章 第三話「永遠の夜ー⑦千年の都ー」
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Side Jennie.「合流あるいは望まぬ再会」

※ジェニー視点の三人称です。

 ヴィクトルの後ろを歩みながら、ジェニーはあちこちに視線を彷徨(さまよ)わせた。大通りに並ぶ店舗と違って、路地の住宅は見た目こそ画一的だが細部は異なる。窓のカーテンはカラフルで、二階のバルコニーには植木鉢が乗っていたり、玄関横にバケツや木箱が置いてあったり、などなど、生活を想わせる個性が見出(みいだ)せた。『毒食(どくじき)の魔女』と暮らす日々のなか、イフェイオンの町なかには毎日のように訪れたが、彼(か)の地の建築物は一様(いちよう)ではなく、ゆえに細部から香り立つ生活の痕跡(こんせき)がこうまで強調されはしない。


 第四グループと後続部隊は、ヴィクトルを先頭に一列で歩んでいる。幸いなことに銀髪の襲撃はない。第四グループを狙う彼らは、すでに全滅していた。残る襲撃者はいずれも第二グループに標的を定めている。


 ジェニーはときどき振り返った。ちゃんと後ろからついてきているか気にして。今のところ問題はなさそうだ。ジェニーの後ろにはクロがおり、そのまた後ろではコルニオラが、そのまた後ろでは碧(みどり)の鱗の竜人がキチンと歩んでいる。最後尾までは見えないものの、足音は遠くまで続いていた。


 この隊列に人間は含まれていない。ただし、屋根の上では弓兵が周囲に目を光らせていた。警備兵の助力を断ったのはヴィクトルである。こちらはもう大丈夫だから、ほかの区画の援護に回ってくれと頼んだのだった。かくして数名の弓兵のみ、銀髪の出現を懸念(けねん)して随伴(ずいはん)するかたちで話がまとまったのである。


 目指す場所は共益紙(きょうえきし)に記された合流地点だ。そこに大役を担(にな)う人間がいるとだけ聞かされている。オブライエンを殺す者だ。名前も正体も知らされなかったが、なんとなく、ヨハンとクロエを足(た)した人物を思い描く。とても強くて優しくて、でも油断せず常に頭を働かせている者。それなら適任ではあるが、ジェニーとしてはあまり納得していない。むしろその人物より先んじてオブライエンを倒すのを目論んでさえいる。


 ヴィクトルが不意に足を止めた。


「到着だよ。ただ、玄関が狭いね。これじゃトロールが入れない。少し広げよう」


 言って、ヴィクトルの右手が宙を撫でる。すると扉よりふた回りほど大きな亀裂が壁に走り、外側に向かって崩れ落ちた。


「壊したにゃ」


 思わず口にすると、白イタチの獣人は苦笑した。「あとで元通りに直すよ」


 ヴィクトルが残骸を踏み越えて室内に入る。ジェニーは、あとできっと怒られるにゃ、と思いながら彼に続いた。


 キッチンを兼(か)ねた廊下の先にリビングらしき空間があって、橙色の永久魔力灯が部屋を夕暮れ色に染めている。リビングなのに机は撤去され、代わりに大きな穴が空(あ)いていた。地下への階段である。だが、そんなものジェニーの目には入らない。


「やあ」と挨拶したヴィクトルを制し、ジェニーが室内の男に飛びかかる。相手は颯爽(さっそう)と身を躱(かわ)し、彼女の背後に回ると首根っこを掴んだ。ひどく慣れた手つきで。


「なんでウィンストンがいるにゃ! 聞いてないにゃ!!」


 叫びが部屋に反響した。


 魔女の邸で寝食をともにした壮年の執事が、どうしてここにいるのか。理屈をひとっ飛びにしてジェニーは理解していた。ウィンストンこそがオブライエンを倒す人間なのだと。魔女の仇討(かたきう)ちという意味なら、彼も自分と同じ動機を持っている。ただ、頭では分かっていても心はちっとも納得しない。何年も一緒に暮らしていても苦手なものは苦手だし、嫌いなものは嫌いだ。


 囁きがジェニーに届く。


「お前は騒ぎを起こして計画全部を台無しにしたいのか」


 反論は出来ない。反感はあれど。ここで騒動を起こして目的――オブライエン打倒が潰(つい)えるのはジェニーの本意ではない。


 ウィンストンが『毒食の魔女』を何度も暗殺しようとし、それでいて彼女を慕(した)っていたのはジェニーも分かっている。


 愛の深さも恨みの強さも、比較出来るものではない。


 ただ、ジェニーとしてはどうしても認めるわけにはいかなくて、項垂(うなだ)れるばかりである。爪先が床に触れ、首を掴んでいた手が離れても、彼女はじっと俯(うつむ)いていた。


「生憎(あいにく)、挨拶をする時間はございません。どうぞ、先に地下へ」


 ウィンストンの言葉にいち早く反応したのは、ジェニーでもヴィクトルでもクロでもなかった。他種族ですらない。


 部屋の奥のソファからひとりの少女が飛び跳ね、あっという間に地下への階段を駆け下りたのである。身の丈以上の金棒を片手に。


「今さっき降りていったのは味方です。しかし目的は共有しておりません。彼女には彼女の使命がありますから」


 言って、ウィンストンが地下を手で示す。ジェニーが真っ先に降りようとしたが、またぞろ首を掴まれた。


「お前はまだだ。後続部隊に先を進んでもらう」


 暴れるジェニーを横目に、他種族が次々とリビングの穴に消えていく。トロール、獣人、竜人の順番に。後続部隊が残らず降りると、ヴィクトルとクロが続いた。


 不意に解放されたジェニーは一目散に駆けようとしたが、今度は肩を掴まれ、そのままくるりと反転させられた。ウィンストンと向かい合う。


「ジェニー」


 名前を呼ばれて、彼女はなんだか痒(かゆ)みを覚えた。ウィンストンがこっちのことを名前で呼ぶのはいつぶりか思い出せない。もしかすると、はじめて会ったとき以来かもしれなかった。


 ウィンストンの顔は大抵、生真面目で無表情だ。このときもそう。普段と変わらない。


「吾輩(わがはい)とお前が会うのは、きっとこれが最後になる。お前のせいで邸はいつも騒々しかった。何度鬱陶しいと感じたことか」


「ジェニーだってそうだにゃ。ウィンストンが――」


 いないほうがよかった。そう言いかけて、やめる。


 嫌いだけれど、いないほうがよかったなんて思っていない。


 ウィンストンが手を差し出し、ジェニーの手を握る。これが最後の握手だと分かり、ジェニーは少しだけ力を入れた。彼と握手するのも、やっぱり最初のとき以来かもしれない。いや、最初のときも握手なんてしなかったような気もする。だとするとこれは、最初で最後の触れ合いだ。


「楽しかった。ありがとう」


 そう言って手を緩めたウィンストンを、ジェニーは逃さない。ぎゅっと握る。


「ジェニーも、楽しかったにゃ。ありがとうにゃ」


 涙が出たのは、別れを悟ったからではない。


 もう楽しかった日々はどこにもないと、あらためて思い知ったのだ。魔女がいなくなって、だからもう、あの日々は思い出のなかにしかない。


「ハンカチは?」


「持ってないにゃ」


 ウィンストンは溜め息をつくと、手を解(ほど)き、ジャケットの内ポケットからまっさらなハンカチを取り出してジェニーに渡した。


「返さなくていい。涙が出れば、それで拭け。そもそも人前で泣くな。主人に恥をかかせてはいけない」


 それを最後に、ウィンストンが階段を降りる。


 ジェニーは遠慮なしにハンカチで目を擦(こす)り、万感の想いで深呼吸をした。


 魔女はもうどこにもいない。どこにもいなくとも、自分は魔女のメイドなのだ。直接叱ってくれることは二度とないけれど、ちゃんとしなければきっと魔女――オヤブンは怒る。


 今はおしとやかじゃなくていい。でも、オヤブンの顔に泥を塗るような真似はしちゃいけない。たくさんの物事と、大切な居場所と、かけがえのない思い出をくれたひとなのだから。


 ジェニーはハンカチを胸ポケットに畳んで仕舞うと、駆け足で階段を下った。

発言や単語が不明な部分は以下の項目をご参照下さい。



・『ジェニー』→『毒食(どくじき)の魔女』の邸にメイドとして住み込む少女。愛嬌たっぷりで天真爛漫。語尾に「にゃ」を付けて喋る。『ケットシー』と呼ばれる獣人の一種。興奮すると耳と尻尾が出てしまう。故郷の村を獣人に滅ぼされている。手引きしたのは友人だったケットシーのクロ。彼と樹海で戦闘し、その末に和解した。クロと一緒にいるために、ルドベキアに残ることに決めた。詳しくは『第八話「毒食の魔女」』『600.「或るケットシーの昔話」』『601.「たった二人の生き残り」』にて


・『クロ』→ケットシー。ジェニーの幼馴染。ルドベキアの獣人とともにケットシーの集落を滅ぼした。詳しくは『Side. Etelwerth「集落へ」』『600.「或るケットシーの昔話」』『601.「たった二人の生き残り」』


・『ヴィクトル』→白イタチに似た獣人。詳しくは『第四章 第二話「幻の森」幕間.「少女と獣の恩返し」』にて


・『毒食(どくじき)の魔女』→窪地の町イフェイオンの守護をする魔術師。『黒の血族』と人間のハーフ。未来を視る力を持つ。本名はカトレア。オブライエンの策謀により逝去。詳しくは『第八話「毒食の魔女」』『Side Winston.「ハナニラの白」』にて


・『ウィンストン』→『毒食(どくじき)の魔女』の邸で執事をしている魔術師。丁寧な口調の壮年男性。ジェニーとは犬猿の仲。昔から魔女の命を狙って暗殺を繰り返している。魔女を殺害したオブライエンに並々ならぬ復讐心を持っている。詳しくは『第八話「毒食の魔女」』『279.「物好きな主人」』にて


・『コルニオラ』→心優しい女性の竜人。深紅の鱗を持つ。被差別階級である『半鱗』のなかで、戦士長のポジションを与えられている。クロエとともに竜姫を捜索する役目を受けた。竜人の持つ階級意識から脱するため、血族であるハンジェンとともに、『半鱗』を率いて『緋色の月』に合流した。詳しくは『682.「紅色の施し」』『693.「半鱗の戦士長」』にて


・『オブライエン』→身体の大部分を魔力の籠った機械で補助する男。王都内の魔具および魔術関連の統括機関『魔具制御局』の局長。自分の身体を作り出した職人を探しているが、真意は不明。茶目っ気のある紳士。騎士団ナンバー1、紫電のザムザを使って『毒食の魔女』を死に至らしめたとされる。全身が液体魔具『シルバームーン』で構築された不死者。かつてのグラキランス領主の息子であり、ラガニアの人々を魔物・他種族・血族に変異させ、実質的に滅亡させた張本人。外界で活動しているのは彼の分身『二重歩行者』であり、本体は一切の魔術的干渉を受けない檻に閉じ込められている。詳しくは『345.「機械仕掛けの紳士」』『360.「彼だけの目的地」』『間章「亡国懺悔録」』にて


・『竜人』→全身を鱗に覆われた種族。蛇に似た目と、鋭い爪を持つ。王都の遥か西にある山脈に生息している。弱者には決して従わない。鱗の色で階級が二分されており、『純鱗』は気高く、『半鱗』は賤しい存在とされている。詳しくは『626.「血族と獣人」』『幕間.「青年魔術師の日記」』にて


・『トロール』→よく魔物に間違えられる、ずんぐりした巨体と黄緑色の肌が特徴的な種族。知能は低く暴力的で忘れっぽく、さらには異臭を放っている。単純ゆえ、情に厚い。『灰銀の太陽』に協力。詳しくは『741.「夜間飛行」』にて


・『永久魔力灯』→魔力を施した灯り。光度や色調は籠められた魔力に依存する。魔道具。詳しくは『38.「隠し部屋と親爺」』『間章「亡国懺悔録」』にて


・『共益紙(きょうえきし)』→書かれた内容を共有する紙片。水に浸すと文字が消える。詳しくは『625.「灰銀の黎明」』にて


・『イフェイオン』→窪地の底に広がる豊かな町。王都に近く、特産品の『和音(わおん)ブドウ』を交易の材としている。かつて『毒食(どくじき)の魔女』によって魔物の被害から逃れていた。詳しくは『第八話「毒食の魔女」』にて

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