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花嫁騎士 ~勇者を寝取られたわたしは魔王の城を目指す~  作者: クラン
第四章 第三話「永遠の夜ー⑦千年の都ー」
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Side Jennie.「疑う者、問う者」

※ジェニー視点の三人称です。

 地上の危険度は当初に比べて格段に下がっていた。ときおり訪れる雷を避けるだけでいい状況を得られたのは、ひとえに人間のおかげだ。ヴィクトルが彼らに比類なき武器を渡したのも大きいが、そもそも人員がなければ銀髪の襲撃者をほぼ殲滅(せんめつ)するには至らなかっただろう。こうした仔細(しさい)はジェニーの思考の範疇(はんちゅう)にない。彼女はただただ、ヴィクトルはすごい、人間のみんなもすごい、と漠(ばく)たる感想を抱(いだ)いただけである。


「ありがとうだにゃ~」


 内地の警備兵に何度も言う。相手の反応はまちまちだ。「どういたしまして」と返す者もいれば、無言を貫く者もいる。露骨に眉根を寄せた顔もあれば、不敵に笑む者も、苦々しく奥歯を噛みしめる者もいた。


 人間は他種族を忌避(きひ)している。殊(こと)に王都はその傾向が強い。グレガーの交信がなければ、彼らは他種族連合の先遣隊にこそ刃を向けたに違いなかった。王都の各門が昨晩襲撃を受け、翌朝に異形の者が壁内を跋扈(ばっこ)したとあらば、血族の手先と見るのが当然である。すべてはオブライエンの作り出した偽の歴史の産物だが、世代を跨(また)いでも継承された偏見はなかなかどうして拭(ぬぐ)えない。


 グレガーの交信に反旗を翻(ひるがえ)す者がいなかったのは、集団心理だろう。皆が交信に従っている以上、自分も足並みを揃える。程度の違いはあれ、不安ゆえにほかの面々の顔色を窺う。今が有事であることにより、指示された行動の遵守が他種族への忌避感を上回ったのだ。


「貴方がたはなんのためにここへ来たのですか?」


 そう問うたのは、背の高い弓兵だった。ジェニーはすぐさま答えようとしたのだが、先(せん)を制したのはヴィクトルである。


「敵を倒すために来たんだよ。君たち人間の味方さ。信じてくれるか分からないけど、嘘じゃない」


「貴方たちを襲っている同じ顔の男たちは何者でしょう?」


「敵の用意した兵器だよ」


 こうして会話する余裕が生まれたのは例の銀髪が減ったためでもあるが、別の要因も作用している。現に、弓兵の問いかけはその点を突いた。


「あの兵器はなぜ我々人間を襲わないのか……分かりますか?」


 ジェニーはそれを聞いて、思わずドキリとした。彼女もなんとなく理由を察していたからだ。


 オブライエンは徹底的に人間の味方で、同時に、人間に害を為(な)す。味方としての働きはあまりに露骨であり、害意は巧妙に隠されているのだから、どうにも厄介だ。


「悪いけど、僕にも分からない。でも想像は出来るよ」ヴィクトルは流暢(りゅうちょう)に言う。「他種族と人間が手を組むのを邪魔してるのさ。君たちを侮(あなど)るわけじゃないけど、僕たちの戦力のほうが高い。だから僕たちだけを攻撃する。もしも始末出来なければ、君たち人間の手を借りようと思ってるはずだよ」


「……つまり、こちらが貴方たちに刃を向けるのを期待している、と?」


「そう。実はあの兵器が味方なんじゃないかと錯覚させる狙いさ」


 ジェニーは隣にいるクロに、小声で「そうにゃの?」と囁いた。彼は「そうだよ」と普段通りの淡々とした口調で返す。


 ジェニーは、クロが言うなら間違いない、と鵜呑(うの)みにした。


 しかし実態は異なる。クロはヴィクトルに乗っただけだ。小声での会話も誰かに聴かれている可能性がある以上、迂闊(うかつ)な返事は出来ない。ジェニーはともかくとして、彼はヴィクトルの算段を見抜いていた。銀髪の男は分断を狙っているわけでもなんでもない。こちら側――すなわち他種族連合を殲滅する意図しかないのだ。それを率直に伝えてしまったならば、こちらを援護する人々に戸惑いを生む。困惑が離反へと繋がり、誰かの刃が第四グループの三人に向けられる可能性があった。ひとりの離反者に呼応する者がいれば、彼らは歯止めを失い、あらゆる人間の刃が一斉に突き立てられる。最悪の展開だ。それを即座に阻止したヴィクトルに、クロは称賛よりも疑念を感じた。


 考えるほどに怪しいのだ、ヴィクトルは。オブライエン討伐が決定してから現れたのもそう。加えて、銀髪の雷撃にも違和感がある。ジェニーと自分に放たれる攻撃はすべて直線的なものだったのに、ヴィクトルへの雷は中途で折れ曲がっていたのである。詳しく観察する余裕はなかったが、疑いの芽としては充分だった。


 言うまでもなく、こうした疑問をジェニーは持っていない。


「あれが何者か、俺は知ってるぜ」弓兵の横から体格のいい男が顔を出す。「あれはな、騎士団の頂点にいた男だ。名前はザムザ。紫電のザムザなんて呼ばれてた。噂じゃ死んだって聞いてたんだがなぁ、どういう理屈か知らねえが大量に出てきやがった」


 それを聞いた何人かの人間が攻撃の手を止める。ザムザとやらは王都では有名人なのだろう。


 男は「おい、手を止めんな! 攻撃に集中しろ!」と檄(げき)を飛ばした。そしてヴィクトルに向き直り、不敵に笑む。「心配すんなよ。仕事はキッチリやる。これが吉と出るか凶と出るか、そんなことは問題じゃねえのさ」


 黙っているヴィクトルに対し、男は急に真面目な顔になってにじり寄った。


「ひとつ聞かせろ。あんたがたは覚悟キマってんのか?」


 ヴィクトルが口を開く前に、ジェニーが男へ踏み出して答えた。


「決まってるにゃ!」


 オブライエンはなにがなんでも倒す。アルテゴ云々(うんぬん)や歴史改竄(かいざん)、あるいは過去にラガニアでおこなった所業(しょぎょう)は彼女にとってそう大きいものではない。


 大好きな魔女の仇(かたき)。


 その理由ひとつで充分過ぎた。


 男はしばしジェニーを睨んでいたが、やがてニヤリと笑った。


「オーケー。あんたらの覚悟は本物だ。それならいい。そうだろテメェら!! なにがあろうと他種族を守れ!!」


 唐突な怒声にジェニーは小さく跳び上がった。


 いきなり大声出さないでほしいにゃ。びっくりするにゃ。


 男に呼応して、あちこちから勇ましい声が迸(ほとばし)る。


 彼らがゴッドの配下の弓兵であることはジェニーの預かり知らぬことだ。彼らの心性(しんせい)も不明である。クロとヴィクトルが彼女の視界の外でホッと息を吐いたことさえ、ジェニーの意識には入らない。


 それからどのくらいの時間が経過したろう。ジェニーらのいる大通りの先に大量の影が出現した。


 獣人。トロール。そして竜人。


 後続の部隊が到着したのだ。先遣隊と違って空中に放り出されるのではなく石畳の上に現れたのは、『夢の管理者』の配慮ではない。ヴィクトルが共益紙(きょうえきし)に転移地点の座標を書き込んだのだ。無論、地下の深度は彼にも分からない。だからこそ、第四グループの転移地点から何十メートル下に転移させればいいかを指示したのである。


 後続部隊がぞろぞろと歩みを進める。その先頭にいる人物を見て、ジェニーは手を振った。あちらも気付いたのか、にっこり微笑んで控えめに手を振る。深紅の鱗が陽射しを反射し、宝石のごとく煌(きら)めいた。


 後続部隊のリーダーとは、尾根へ向かう道中で親しくなったのだ。彼女は優しくて、よく気が付く。お転婆な自分と違って。


「コルニオラ! 少しぶりだにゃ!」


「少しぶり、ジェニー」


 竜人の住処である『霊山』を去り、樹海に移住した者。かつて『半鱗(はんりん)』と呼ばれ、嘲(あざけ)りの対象とされていた竜人たちは、彼女のひと声で故郷と袂(たもと)を分かつこととなったのである。そんな彼女が獣人を差し置いて後続部隊の長となったのは、戦力と判断力を買われてのことだ。樹海での決闘でサフィーロを倒した実力。時機を見て即座に『霊山』からの集団脱出を成し遂げた行動力と冷静さ。事の次第を聞きおよんだゾラが彼女を指名したのは妥当である。強さの面でも決断力の面でも、先遣隊を除く獣人を凌(しの)いでいるのだから。


 再会の挨拶もそこそこに、ヴィクトルが現在の南東ブロックを指し示した。


「それじゃ、合流地点に急ごう」

発言や単語が不明な部分は以下の項目をご参照下さい。



・『ジェニー』→『毒食(どくじき)の魔女』の邸にメイドとして住み込む少女。愛嬌たっぷりで天真爛漫。語尾に「にゃ」を付けて喋る。『ケットシー』と呼ばれる獣人の一種。興奮すると耳と尻尾が出てしまう。故郷の村を獣人に滅ぼされている。手引きしたのは友人だったケットシーのクロ。彼と樹海で戦闘し、その末に和解した。クロと一緒にいるために、ルドベキアに残ることに決めた。詳しくは『第八話「毒食の魔女」』『600.「或るケットシーの昔話」』『601.「たった二人の生き残り」』にて


・『クロ』→ケットシー。ジェニーの幼馴染。ルドベキアの獣人とともにケットシーの集落を滅ぼした。詳しくは『Side. Etelwerth「集落へ」』『600.「或るケットシーの昔話」』『601.「たった二人の生き残り」』


・『ヴィクトル』→白イタチに似た獣人。詳しくは『第四章 第二話「幻の森」幕間.「少女と獣の恩返し」』にて


・『ゾラ』→別名、『獣化のゾラ』。勇者一行のひとりであり、『緋色の月』のリーダー。獣人(タテガミ族)の長。常に暴力的な雰囲気を醸している。恋愛に関しては極度に潔癖な一面もある。勇者一行でありヨハンの兄でもあるジーザスと契約し、人間殲滅を目的とした戦争への参加を余儀なくされている。クロエに敗北し、ヨハンの提示した戦争での役割を受け入れることとなった。すべての種族が争いなく共生する世界、『ユグドラシル』を理想としている。しかしながら過去、人間との交流によって失意を味わい、結果、人間に対する愛憎の念を抱くようになった。詳しくは『287.「半分の血」』『336.「旅路の果てに」』『702.「緋色のリーダー」』『790.「獣の王」』『Side Grimm.「獅子のひとりごと」』にて


・『コルニオラ』→心優しい女性の竜人。深紅の鱗を持つ。被差別階級である『半鱗』のなかで、戦士長のポジションを与えられている。クロエとともに竜姫を捜索する役目を受けた。竜人の持つ階級意識から脱するため、血族であるハンジェンとともに、『半鱗』を率いて『緋色の月』に合流した。詳しくは『682.「紅色の施し」』『693.「半鱗の戦士長」』にて


・『サフィーロ』→蒼い鱗を持つ竜人。『純鱗』。次期族長候補と噂されている人物で、派閥を形成している。残酷な性格をしているが、頭も舌も回る。シンクレールと決闘し、勝利を収めている。クロエにより、血族であるベアトリスの指揮下での戦争参加を余儀なくされた。クロエに対し、ある程度心を開いていたが、彼女が感情を喪失したことにより関係が破綻。夜会卿に拉致されそうになったクロエの身代わりとなった。詳しくは『第三章 第四話「西方霊山~①竜の審判~」』『第四章 第二話「幻の森」』『第四章 第三話「永遠の夜ー⑥宵闇の狩人達ー」』にて


・『夢の管理者』→人々の夢を管理する老人。実は『気化アルテゴ』の影響で異能を得た人物。あえて分類すると他種族にあたる。彼が仕事場にしている睡蓮の塊根から、別の場所へ人々を送り込むことも可能。戦争において他種族連合をグレキランスの地下に送り込む役目を負っている。詳しくは『第三章 第二話「妖精王と渡し守」』『897.「夢のはじまり」』『第四章 第三話「永遠の夜ー⑤霧海の繋ぎ手ー」』にて


・『ゴッド』→実名不明の浅黒い男。騎士団ナンバー9。多くの舎弟を従えている。重力魔術と吸収魔術の使い手。戦争においてレンブラントを追い詰めるも、敗北して死亡。詳しくは『第四章 第三話「永遠の夜ー③赫灼の赤き竜ー」』『第四章 第三話「永遠の夜ー⑥宵闇の狩人達ー」』にて


・『幻術のグレガー』→かつて騎士団のナンバー2だったとされる男。不死魔術の研究により、王都から追放された。『鏡の森』でバンシーを従え、不死魔術を維持していた。洗脳などの非戦闘向けの魔術に精通している。勇者一行であるゾラとの面識あり。ゾラの記憶する限り、グレガーはかつて騎士団の頂点に座していた。詳しくは『205.「目覚めと不死」』『868.「若年獣人の長き旅⑥ ~奪取~」』にて


・『オブライエン』→身体の大部分を魔力の籠った機械で補助する男。王都内の魔具および魔術関連の統括機関『魔具制御局』の局長。自分の身体を作り出した職人を探しているが、真意は不明。茶目っ気のある紳士。騎士団ナンバー1、紫電のザムザを使って『毒食の魔女』を死に至らしめたとされる。全身が液体魔具『シルバームーン』で構築された不死者。かつてのグラキランス領主の息子であり、ラガニアの人々を魔物・他種族・血族に変異させ、実質的に滅亡させた張本人。外界で活動しているのは彼の分身『二重歩行者』であり、本体は一切の魔術的干渉を受けない檻に閉じ込められている。詳しくは『345.「機械仕掛けの紳士」』『360.「彼だけの目的地」』『間章「亡国懺悔録」』にて


・『紫電のザムザ』→騎士団ナンバー1の男。銀の髪を持つ魔術師。幼い頃の記憶がない。ときおり頭のなかに響く『声』に従って行動をする。実はオブライエンによって作られた、魔道具に限りなく近い人間。故人。詳しくは『幕間.「王都グレキランス ~啓示~」』『Side Winston.「紫電の組成」』にて


・『黒の血族』→魔物の祖と言われる一族。人間と比較して長命。もともとは王都の敵国であったラガニアの人々のごく一部が、オブライエンの生み出した『気化アルテゴ』によって変異した姿。詳しくは『90.「黒の血族」』『間章「亡国懺悔録」』にて


・『トロール』→よく魔物に間違えられる、ずんぐりした巨体と黄緑色の肌が特徴的な種族。知能は低く暴力的で忘れっぽく、さらには異臭を放っている。単純ゆえ、情に厚い。『灰銀の太陽』に協力。詳しくは『741.「夜間飛行」』にて


・『竜人』→全身を鱗に覆われた種族。蛇に似た目と、鋭い爪を持つ。王都の遥か西にある山脈に生息している。弱者には決して従わない。鱗の色で階級が二分されており、『純鱗』は気高く、『半鱗』は賤しい存在とされている。詳しくは『626.「血族と獣人」』『幕間.「青年魔術師の日記」』にて


・『半鱗』→竜人たちの被差別階級。賤しい存在とされている。基本的には生まれた時点で鱗の色により『純鱗』か『半鱗』かに選別される。『純鱗』の権力者によって、一方的に『半鱗』と決めつけられて転落するケースもある。詳しくは『683.「純鱗と半鱗」』にて


・『共益紙(きょうえきし)』→書かれた内容を共有する紙片。水に浸すと文字が消える。詳しくは『625.「灰銀の黎明」』にて


・『アルテゴ』→オブライエンの発明した兵器。『固形アルテゴ』『液化アルテゴ』『気化アルテゴ』がある。詳しくは『間章「亡国懺悔録」 幕間37.「アルテゴ」』にて


・『固形アルテゴ』→オブライエンの発明した兵器。固形。詳しくは『間章「亡国懺悔録」 幕間37.「アルテゴ」』にて


・『液化アルテゴ』→オブライエンの発明した兵器。液状で、外気に触れると『気化アルテゴ』となる。詳しくは『間章「亡国懺悔録」 幕間37.「アルテゴ」』にて


・『気化アルテゴ』→オブライエンの発明した兵器。『液化アルテゴ』が気化したもの。膨張を繰り返し、急速に広がる。吸引した人間は多くが魔物となり、一部が他種族に、ごくごく一部が『黒の血族』へと変異する。オブライエンは双子の兄であるスタインの体内に『液化アルテゴ』を設置し、生命活動の停止に伴って外気に触れるよう仕組んだ。スタインが処刑されたことにより、ラガニアは滅亡することとなった。詳しくは『間章「亡国懺悔録」 幕間37.「アルテゴ」』にて


・『王都』→グレキランスのこと。周囲を壁に囲まれた都。詳しくは『第九話「王都グレキランス」』にて


・『ラガニア』→かつてはグレキランス同様に栄えていた地域、と思われている。実際はグレキランスを領地として治めていた一大国家。オブライエンの仕業により、今は血族の土地と化している。魔王の城は元々ラガニアの王城だった。初出は『幕間.「魔王の城~書斎~」』。詳しくは『間章「亡国懺悔録」』より


・『霊山』→竜人の住処。王都の遥か西方にある雪深い山脈の一角に存在する。詳しくは『第四話「西方霊山~①竜の審判~」』にて

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