Side Baal.「夢に見る顔は」
※バアル視点の三人称です。
砕けた石畳を投げる。残弾が尽きればまた砕き、投げる。
膂力はもとより、投擲精度の高さはバアルの得手だ。大きく両足を広げ、倒れたシーラを跨いでの投擲であっても差し支えはない。宙を高速移動する銀髪の小男が雷を放とうと、彼は一切避けなかった。自分が彼女の避雷針になればいい。否、そうでもしないとシーラが狙われる。
バアルが握る投擲物はいずれも小さいが、さしたる問題はなかった。全力で投げれば喉を砕き、額に穴を空け、心臓を穿つ弾丸になる。この場でバアルが仕留め損なったのは片手で数えるほどだ。どの銀髪も一撃で地面に落下する。相手が極端に脆いわけではなく、彼の弾丸が確かな命中力で致命傷を与えているのだ。
白毛のタテガミ族であるオッフェンバックや、彼の恋人であるミスラも果敢に戦っているが、討伐数でいえばバアルがもっとも戦果を上げていた。それでもなお閉塞感を覚えてしまう。
終わりがみえない。
見た目の同じ銀髪の男が、次々と現れては襲いかかってくるのだ。しかも減るどころか増えている。
今しも放った礫で、一体の銀髪が額から血飛沫を上げて落下した。真っ赤な血だ。
もうとっくに気付いている。今自分が相手にしているのが人間の肉体だと。しかし連中は声ひとつ漏らさず、まばたきもせず、無駄のない動きで雷撃を放ち続ける。すぐ隣の仲間が死んでも視線は標的に注がれて、一顧だにしない。
こいつらはきっとオブライエンが作った道具だ。バアルはそのように察している。
そしてこうも思っていた。人間をいちから作るのは無理だと。不可能じゃないにせよ、オブライエンならもっと手頃な方法を選ぶ。生きている人間を集めて、心のない兵器にすればいい。見た目が同じなのは謎だが、きっと兵器にするまでの過程でそうなったのだろう。
オッフェンバックもミスラも懸命になっているようだが、今ひとつ覇気が感じられないのは、それが理由だろう。俺たちは人間を殺しに来たわけじゃない。第二グループの役目は露払いだ。オブライエンの根城にいる比較的厄介な兵器を壊して、安全を確保する。この銀髪どもは兵器と言えるが、同時に人間だ。二人の動きに躊躇いが出るのは、まあ、分かる。どっちも強いが温厚な奴だ。でも俺は違う。今ここでやってる人殺しをなんとも思っちゃいない。そもそも人間なんてどうだっていいんだよ。俺たちが千年前は人間だったことを知ったって、ショックは受けなかった。俺は獣人で、タテガミ族で、シーラの旦那で、凶悪で、強い。樹海でシンクレールとかいう魔術師に負けたが、それはあれだ、たまたまだ。とにかく二人が鈍ってる分、俺はもっと必死にならなきゃいけない。
腰を落として礫を漁りつつ、次の標的に狙いを定める。
太陽が陰り、バアルはほんの少しだけ動きを止めた。
「そりゃねえだろ……」
唖然としたのも無理はない。銀髪の大群が屋根を伝って集い、バアルたちの頭上で蠢いていたのだから。
『全軍に告ぐ。作戦失敗だ。門を破って撤退せよ』
淡々とした声が鳴り響く。壁内の他種族連合全員に届いたことだろう。紛れもなくゾラの声だった。魔術にあまり関心のないバアルだが、ゾラが魔術をいくつか会得しているのは知っている。声を拡散するくらいなら魔術でどうとでも出来るだろう。
撤退。
それを聞き、バアルはより敏速に、より力を込めて、銀髪どもを礫で撃ち抜いた。オッフェンバックとミスラの動きも多少マシになる。
彼らは窮地から逃れるために、いっときの勇を奮っているのか。
そうではない。
地下攻略が決まったとき、尾根で待機しているとき、蓮池までの道のりを歩んでいるとき、ゾラは繰り返し言ったのだ。
撤退はありえない。どんな状況だろうと命果てるまで戦う。もしも作戦中止や撤退を指示する声があれば、それが誰のものであろうと無視しろ。
バアルは銀髪を撃墜しながら、オブライエンの姿を思い浮かべる。そして、小癪な野郎だと内心で吐き捨てた。忌々しく感じつつも、どこか誇らしい気分になっている。心が昂り、自然と歯を剥いて、獰猛な笑みを浮かべていた。
ゾラは絶対に撤退指示など送らない。それを心得ていたからこそ、馬鹿げた通達が却って目的意識を、戦意を高揚させた。
ただし旗色は悪い。無数の銀髪男はどうにも手が余る。それを分かってなお、バアルはその場で戦い続けた。二人の仲間も同様に。何度雷に打たれたか分からないが、まだ身体は動いてくれる。恵まれた体躯を鍛錬した日々は、今この瞬間に繋がっていると強く感じた。
どのくらい時間が経ったか分からない。数分かもしれないし、数十分かもしれない。少なくとも一時間以内だ。バアルははじめて膝を突いた。身体のいたるところが痛み、痺れている。今この瞬間も雷撃が身を苛む。それでも礫を投げる力はあり、実際に反撃しているものの、もう雌雄は決していた。
銀髪の男たちはほとんど減っていない。連中の死体は山積みになっているが、それでもなお無数と言っていいほどの群れが頭上を領していた。
あと一発。
しばらく前から、バアルはその意気で投擲を続けていた。あと一発、と唱えて投げ、次の一発を放つ。オッフェンバックもミスラも限界なのか、とうに限界を超えているのか、防戦気味になっていた。
ついにバアルの身が崩れ落ち、四つ這いになってシーラを庇った。自分の肉は雷撃を貫通しない。迸る電流は四肢を伝って地面に吸収される。
いまだ目覚めないシーラを見つめた。
悪かったな、シーラ。俺がもっと強けりゃ、お前を守りきれた。ムカつく雷野郎を皆殺しに出来た。
ごめんな。
俺が馬鹿で薄情だったから、お前をひとりぼっちにして宮殿に行っちまったんだ。俺が衛兵に選ばれて、宮殿で働くからもう家に帰らないって言ったとき、お前がどんな顔してたか。お前が壊れちまってからようやく思い出して、それからずっと、そんときのお前の顔ばっか夢に出てくんだ。
俺を見送るとき、お前、笑ってたよな。
でも、なんか言いたそうにしてたよな。
何回か俯いて、でもなんも言わなかったよな。
あのとき、ちょっと震えてたよな。
俺を引き留めたかったんだよな。
一緒に連れてってくれって言いたかったんだよな。
でもお前は全部我慢して。
……俺はいっつも遅いんだ。あのとき気付いてやりゃあ、お前は今のお前じゃなかった。今のお前には絶対に言えねえし、言っちゃいけねえことだから、今まで言わなかった。これからも、まあ、これからがあるとしても、言わねえ。お前と手ぇ繋いで、ずっと――。
まとまった靴音がして、バアルは顔を上げた。自然と表情が険しくなる。当然だ。弩を持った黒服の人間がこっちに来るのだから。
もう充分だろうに、とバアルは苦々しく独白した。もう決着が付いてる状況で、わざわざ人間を送り込むなんざ悪趣味だ。
黒服がバアルたちを取り囲む。銀髪の男の雷撃は継続しており、もちろん彼ら人間ではなくこちらを標的にしている。
「撃て。皆殺しにしろ」
渋い声が命ずる。これでトドメかと思い、バアルは目を瞑った。シーラと一緒に死ねるなら、それはそれでいい。
だが、予期した痛みは訪れなかった。墜落の音がいくつも鳴る。
目を開けて顔を上げると、黒服がいずれも弩を天に向けているのが映る。
「お前さん、運が良かったな。少し休んだら戦え」
バアルの前で、黒服に身を包んだ斜視の男が言う。
「敵……じゃねえのか?」
「どっちかというと味方だ」
「なら、何者だ?」
斜視の男は懐から小ぶりの弩を取り出し、バアルの頭上付近に迫っていた銀髪を屠った。
「ならず者。与太者。悪党。そんなとこだな。お前さんがたに言っても伝わるか知らねえが、俺は歓楽街を牛耳ってるモンだ。名はルカーニア」
バアルの預かり知らぬところで、他種族連合に利する動きがあった。交信魔術によってオブライエンと他種族を除く王都の全住民に働きかけた者がいる。他種族を襲う者を討ち、これ以降の交信に一切耳を貸すな、といった内容である。
オブライエンによる交信内容の改竄を潜り抜け、正確に言葉を届けられるような魔術師など、通常ならいない。
人間の寿命を大きく逸脱した大魔術師でもなければ。
発言や単語が不明な部分は以下の項目をご参照下さい。
・『バアル』→山吹色の毛を持つ、巨躯のタテガミ族。『緋色の月』の五番手。投てき能力に優れ、筋力に恵まれている。シーラの夫。直情的で野蛮な性格。シンクレールに敗北し、オオカミ族の酋長バロックの支配魔術で抵抗を封じられた。詳しくは『Side Alec.「使命と憎悪」』にて
・『シーラ』→女性のタテガミ族。バアルの妻。義眼の魔術を扱う。義眼から得られた情報は他者と共有可能。頭部、手足、胸部、局部を除いて毛がなく、全身に傷を負っている。自身の経験から苦痛を快楽に転化する論理を持ち、ゆえに加虐嗜好と被虐嗜好を持ち合わせている。イカロスの全身に義眼を埋め込み、道具として扱った。詳しくは『Side Alec.「黒の剣鱗」』『Side Alec.「氷の剣、獣の拳」』にて
・『オッフェンバック』→純白の毛を持つタテガミ族の獣人。『緋色の月』に所属。自称音楽家の芸術至上主義者で、刺激を得るという動機でハックの和平交渉を台無しにした。炎の魔術を得意とする。クロエとの戦闘に敗北し、あわや絶命というところを彼女に救われた。それがきっかけとなって『灰銀の太陽』への協力を申し出る。が、『緋色の月』に返り咲き、再び『灰銀の太陽』と敵対することに。詳細は『774.「芸術はワンダー哉!」』『780.「君が守ったのは」』にて
・『ミスラ』→女性のタテガミ族。しなやかな黒毛。多くの獣人と異なり、薄衣や足環など服飾にこだわりを見せている。オッフェンバックの元恋人であり、わけあってゾラに侍るようになったが、オッフェンバックとよりを戻した。二本のシミターを用いて踊るように戦う。『緋色の月』の戦士であり、『黄金宮殿』の使用人。詳しくは『787.「青き魔力の光」』『788.「黄金宮殿」』『789.「絶交の理由 ~嗚呼、素晴らしき音色~」』『797.「姫君の交渉」』にて
・『ゾラ』→別名、『獣化のゾラ』。勇者一行のひとりであり、『緋色の月』のリーダー。獣人(タテガミ族)の長。常に暴力的な雰囲気を醸している。恋愛に関しては極度に潔癖な一面もある。勇者一行でありヨハンの兄でもあるジーザスと契約し、人間殲滅を目的とした戦争への参加を余儀なくされている。クロエに敗北し、ヨハンの提示した戦争での役割を受け入れることとなった。すべての種族が争いなく共生する世界、『ユグドラシル』を理想としている。しかしながら過去、人間との交流によって失意を味わい、結果、人間に対する愛憎の念を抱くようになった。詳しくは『287.「半分の血」』『336.「旅路の果てに」』『702.「緋色のリーダー」』『790.「獣の王」』『Side Grimm.「獅子のひとりごと」』にて
・『オブライエン』→身体の大部分を魔力の籠った機械で補助する男。王都内の魔具および魔術関連の統括機関『魔具制御局』の局長。自分の身体を作り出した職人を探しているが、真意は不明。茶目っ気のある紳士。騎士団ナンバー1、紫電のザムザを使って『毒食の魔女』を死に至らしめたとされる。全身が液体魔具『シルバームーン』で構築された不死者。かつてのグラキランス領主の息子であり、ラガニアの人々を魔物・他種族・血族に変異させ、実質的に滅亡させた張本人。外界で活動しているのは彼の分身『二重歩行者』であり、本体は一切の魔術的干渉を受けない檻に閉じ込められている。詳しくは『345.「機械仕掛けの紳士」』『360.「彼だけの目的地」』『間章「亡国懺悔録」』にて
・『シンクレール』→王立騎士団の元ナンバー9。クロエが騎士団を去ってからナンバー4に昇格した。氷の魔術師。騎士団内でクロエが唯一友達かもしれないと感じた青年。他人の気付かない些細な点に目の向くタイプ。それゆえに孤立しがち。トリクシィに抵抗した結果、クロエとともに行動することになった。戦争において前線基地のリーダーを任され、簒奪卿シャンティと対峙。彼女の配下にいたシフォンの存在により、シャンティと共闘。そののち、シャンティは捕虜となり、シフォンは彼と行動するようになった。詳しくは『169.「生の実感」』『第九話「王都グレキランス」』『第四章 第三話「永遠の夜ー①前線基地ー」』にて
・『ルカーニア』→王都の歓楽街を取り仕切る老人。斜視。王都襲撃の日、武器を手に魔物と戦うことを呑み、引き替えにアリスを永久に雇用することになった。詳しくは『Side Alice.「ならず者と負け戦」』にて
・『タテガミ族』→獣人の一種。男はタテガミを有し、女性は持たない。獣人たちの中央集落『ルドベキア』はタテガミ族の暮らす地
・『王都』→グレキランスのこと。周囲を壁に囲まれた都。詳しくは『第九話「王都グレキランス」』にて




