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花嫁騎士 ~勇者を寝取られたわたしは魔王の城を目指す~  作者: クラン
第四章 第三話「永遠の夜ー⑦千年の都ー」
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Side Baal.「愚かな強者」

※バアル視点の三人称です。

 シーラの名を叫んだときには、もう遅かった。


 彼女のやわな肉体を雷撃が通過し、オマケとばかり腕にも雷が落ちる。


 バアルは彼女へと駆けながら、それら一切を目にしていた。


 そうして、またこうなった、と頭のなかで自分そっくりの声がなじる。


 うるせえと返しても、そいつは嘲笑ってこう言うのだ。


 ――事実じゃねえか。




 よその獣人はどうなのか知らないが、タテガミ族は弱肉強食だ。強い奴、賢い奴が生き延びる。ここで言う賢さは魔術という意味であり、結局のところ強さと同義だ。


 体格にも筋肉量にも恵まれたバアルが、獣人の中央集落ルドベキア――その酋長(しゅうちょう)であるゾラに重用(ちょうよう)されたのは必然である。ゾラの住まう『黄金宮殿(ザハブ・カスル)』で衛兵として働く日々に不満はなかった。タテガミ族にとって宮殿の衛兵は誉れである。ほかならぬゾラによって強者と認定されたも同然。


 強きが闊歩し、弱きが跪(ひざまず)く景色になんの違和感も覚えない。そのような価値観の根付いた土地がルドベキアだ。


 ところで、バアルは強さへの誇りとは別に、柔らかく弱いものへの関心もあった。しかし微々たるものである。自分と同年代の、ある女と一時期生活をともにしていたのが原因だ。それも子供の頃の話である。バアルの老父が拾った女だ。そいつは肌がつるつるしていて、ほとんど毛がない。タテガミ族にとって、女は一様に滑らかな毛に覆われている。要するにその女は畸形(きけい)だった。生まれてすぐではないにせよ、捨てられたのだろう。言葉は扱えるが無口で、始終なにかに怯えているような奴だった。それでも何年か一緒に過ごすうち、なんとなく彼女の存在に慣れた。弱さは伝染しない。老父が死んでからも口数の少なさは変わりなかったし、なにかと怯えがちな性格もそのままだったが、バアルは別段気にかけなかった。彼女の身体に触れようとして払いのけられたのは腹が立ったが、その程度で苛立つ自分に怒りを覚え、以降は指一本触れず、しかし同じ家で暮らし続けた。


 衛兵として召し抱(かか)えられ、生家(せいか)に帰らなくなった。衛兵は宮殿付近の家屋で起居(ききょ)する決まりになっている。宮殿に近寄る輩(やから)を即座に成敗出来るようにだ。もともとバアルの住んでいた家屋はルドベキアの末端付近である。自然と足も遠のく。とはいえ顔を見せるくらいは出来たわけだが、不具の女のために帰るのは自尊心に傷が付くし、同僚に見つかって揶揄(やゆ)されるのは最悪だ。


 だから、忘れることにした。あの女のことはすべて。


 そうして何年か経(た)ったのち、樹海の各地から届けられる『捧げ物』の運搬者を警護する仕事を与えられた。樹海内での物々交換であり、情報共有を兼ねるその風習はルドベキアにおいても重視されている。それゆえ、運搬者および物品の警護は信頼を置くに足(た)る強者の役務と見做(みな)されていた。ルドベキアに足を踏み入れた各集落の者を出迎え、宮殿へ導くだけの仕事ではあるが。


 初の大役に意気込んだバアルは『捧げ物』および運搬者を無事に宮殿に送り届けた。ただ、玉座でゾラに詰問されたのは致し方ないことである。なにしろバアルは血まみれだったのだから。そして、運搬者以外も宮殿に――あろうことか玉座にまで運び入れたのだから叱責は免(まぬか)れない。


『捧げ物』の到来を待つべく樹海の末端に向かったバアルは、道中で目にしてしまったのだ。いかにも軽薄そうなタテガミ族の男三人を。彼らのうちひとりは鉄製の鎖を握り、先は首輪に繋がっている。首輪を着けられた者は四つ足で這い、気まぐれに尻を蹴り飛ばされていた。蹴られるたびに、鎖を引かれるたびに、罵倒されるたびに、被虐者(ひぎゃくしゃ)は傷だらけの身体を反(そ)らして恍惚(こうこつ)を顔いっぱいに浮かべた。


 すっかり変わり果てた、あの女である。


 ここは強者の統べる地で、弱者はなにをされようと文句は言えない。女は、見た目からも明らかな弱者だ。


 弱いのが悪い。


 三人の男が肉片になるまで蹂躙(じゅうりん)されたのは、連中が弱かったからだ。


 女はきょとんとしていた。助けられた自覚がなかったのである。


『はじめまして! あたしはシーラだよ! 次はあなたがあたしを虐めてくれるの?』


 バアルはそのとき、自分がなんと返事をしたのか覚えていない。すっかり変わってしまった昔馴染みの女。その顔に走る縦の裂傷を指先で撫でた記憶はある。潰れた右目になにを感じたか、今となっては分からない。


 バアルが『捧げ物』とともにシーラを連れていったのは、そうすべきだと感じたからだ。もはや片時もこの女からは離れないと決めたのである。思えばシーラと同居していたとき、彼女は一歩も外に出なかった。室内に居てさえ、自分のそばを離れなかった。鬱陶しく感じたこともあるが、強(し)いて拒絶しなかったのは狭量(きょうりょう)だと思われたくなかったのだろう。昔の自分の心持ちは思い出せないが、大抵の想像はつく。バアルが家を離れているとき、女がどうしていたのかは知らない。だが、守られていたのだろう。子供とはいえ、怪力で知られる者の家に忍び入(い)る馬鹿はいない。狩りをして帰ってきた晩に、決まって『ありがとう』と子供時代のシーラは言っていた。当時はなんのことかまったく分からなかったし、わけを訊(たず)ねるもの野暮(やぼ)だったので『おう』と返した自分は、愚か者だ。


 シーラは玉座に着くや否(いな)や、黄金の数々を目にして幼児のようにはしゃぎ回った。ただでさえ部外者を招き入れた挙げ句、この暴挙である。


 ゾラが毛を逆立て、鋭利な眼差しでバアルを見やってこう言った。


『この女の沙汰(さた)はお前が決めろ。ふたつにひとつだ。お前が殺すか、俺に手を汚させるか』


 どちらを選ぼうと、シーラだけでなく自分も殺される運命にある。


 平生(へいぜい)のゾラに対してさえ畏怖(いふ)を感じたものだが、どうしてかこのとき、バアルは欠片も恐怖を覚えなかった。


『夫婦(めおと)になります』


 視線を一切逸(そ)らさず、決然と口にする。唐突な宣言にシーラは首を傾げていた。『結婚するの? 結婚したら虐めてくれるの?』なんて憚(はばか)りもなく言う。


 ゾラは狂女の戯言(ざれごと)を聞き流し、玉座の壁に配された大剣を手に取った。


『これから貴様を斬る。一刀ののち、命が残っていればこの件を不問とする。それでいいな?』


『異論ございません』


 ゾラの宝剣がなまくら(・・・・)でないことくらい、バアルは知っている。ただ、死ぬ予感はなかった。結果的にその予感は的中する。


 ゾラの振り下ろした剣はなんらの容赦もなかったが、その軌道にシーラが割って入ったのだ。バアルは彼女を抱きしめ、背を捧げた。これほど素早く動けたのは、あとにも先にもこのときだけだ。


 ゾラの剣はバアルの背に食い入り、しかし数センチで止まった。シーラが刃の軌道に入った時点で、ゾラが手心を加えたのかもしれない。真相は今以(もっ)て謎だ。問うのは野暮である。


 かくしてバアルの罪は不問とされ、すぐに婚礼の儀が催(もよお)された。ルドベキアの全住民を強制的に集めたのはゾラの意向である。異例だ。たとえ側近の婚儀であれ、全員を集めるなど前代未聞。これも問うのは野暮な部類に入る。


 婚儀の場にて、バアルは淡々と、しかし誰の耳にも届く声でこう宣言した。


『俺の妻に触れやがったら、一族もろとも皆殺しにする。骨も残さねえ』


 かくして夫婦になった二人は、宮殿近くの住まいを割り当てられ、そこで暮らす運びとなった。一切を差配したゾラには頭が上がらない。


 シーラを放置したのは、強さと栄誉に目を眩(くら)まされた弱い自分(・・・・)の犯した、取り返しのつかない過ちだ。結婚しようと贖(あがな)いにはならない。単に、ともに歩むと決めただけ。段々と彼女が加虐性を帯(お)びていったのは、こちらの粗暴さに感化されたのかもしれない。


 いずれにせよ、遅きに失したのだ。


 少年時代のバアルの指を拒絶した、あの気高い双眸(そうぼう)はどこにもない。


 目の前にあるのは異様に屈曲(くっきょく)した獣道だ。果てしない人生の道。バアルは、もしかしたらあり得たかもしれない別の道を空想しない。今のシーラと並んで歩ける道だけを、ただひたすらに歩んだ。残虐で、凶悪で、ひどく歪だろうと、非道を謗(そし)られようと、地獄に続いていようとも、一向にかまわない。あらゆる障害を捻じ伏せて進むのが強さだ。

発言や単語が不明な部分は以下の項目をご参照下さい。



・『バアル』→山吹色の毛を持つ、巨躯のタテガミ族。『緋色の月』の五番手。投てき能力に優れ、筋力に恵まれている。シーラの夫。直情的で野蛮な性格。シンクレールに敗北し、オオカミ族の酋長バロックの支配魔術で抵抗を封じられた。詳しくは『Side Alec.「使命と憎悪」』にて


・『シーラ』→女性のタテガミ族。バアルの妻。義眼の魔術を扱う。義眼から得られた情報は他者と共有可能。頭部、手足、胸部、局部を除いて毛がなく、全身に傷を負っている。自身の経験から苦痛を快楽に転化する論理を持ち、ゆえに加虐嗜好と被虐嗜好を持ち合わせている。イカロスの全身に義眼を埋め込み、道具として扱った。詳しくは『Side Alec.「黒の剣鱗」』『Side Alec.「氷の剣、獣の拳」』にて


・『ゾラ』→別名、『獣化のゾラ』。勇者一行のひとりであり、『緋色の月』のリーダー。獣人(タテガミ族)の長。常に暴力的な雰囲気を醸している。恋愛に関しては極度に潔癖な一面もある。勇者一行でありヨハンの兄でもあるジーザスと契約し、人間殲滅を目的とした戦争への参加を余儀なくされている。クロエに敗北し、ヨハンの提示した戦争での役割を受け入れることとなった。すべての種族が争いなく共生する世界、『ユグドラシル』を理想としている。しかしながら過去、人間との交流によって失意を味わい、結果、人間に対する愛憎の念を抱くようになった。詳しくは『287.「半分の血」』『336.「旅路の果てに」』『702.「緋色のリーダー」』『790.「獣の王」』『Side Grimm.「獅子のひとりごと」』にて


・『ルドベキア』→獣人の集落のひとつ。もっとも規模が大きい。タテガミ族という種が暮らしている。詳しくは『608.「情報には対価を」』『786.「中央集落ルドベキア」』にて


・『黄金宮殿(ザハブ・カスル)』→獣人たちの中央集落『ルドベキア』の中心にある宮殿。玉座には財宝が大量に集められている。歴代酋長が使用する私室や、浴場、ゲストルームが存在する。全体に魔術除けが施されており、魔術を一切通さない。詳しくは『787.「青き魔力の光」』『788.「黄金宮殿」』にて


・『タテガミ族』→獣人の一種。男はタテガミを有し、女性は持たない。獣人たちの中央集落『ルドベキア』はタテガミ族の暮らす地


・『捧げ物』→獣人の集落同士を繋げる、物々交換の風習。情報交換や交流も兼ねている。詳しくは『Side. Etelwerth「記憶は火花に映えて」』『600.「或るケットシーの昔話」』にて

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