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花嫁騎士 ~勇者を寝取られたわたしは魔王の城を目指す~  作者: クラン
第四章 第三話「永遠の夜ー⑦千年の都ー」
1773/1837

Side Sheila.「義眼の魔術師」

※シーラ視点の三人称です。

 獣人の一種、タテガミ族四名――火炎の魔術師オッフェンバック、双曲刀使いのミスラ、筋力に優れたバアル、そして魔術師シーラ――で構成される第二グループは、幸運だったと言えよう。ジェニーら第四グループと比較して転送地点が低かった。それであっても上空二十メートルはあったが、肉体に恵まれたタテガミ族の男にとって大した高度ではない。


 オッフェンバックもバアルも、睦(むつ)まじい女性を空中で抱きかかえて悠々と着地――とはいかなかった。


 第二グループにとって不運な点がひとつ。彼らが降り立ったのは王都の中心部である噴水広場だった。オブライエンの計略により、地下王都にも大量の複製ザムザが配置されている。それらがもっとも重点的に配されているのが中心地点だった。


 それゆえ、着地するより前に雷撃の餌食となったのは至極当然である。


 オッフェンバックが火炎の魔術で我が身と、愛するミスラを守ったのに比して、バアルは対処するすべがなかった。シーラも同様である。彼女が扱える魔術のなかに防御はない。その気になれば防御系の魔術のひとつやふたつ会得(えとく)出来たろうに、シーラは身を守る行為になんら必要性を感じなかった。むしろ痛み苦しみを遠ざけるのを嫌っている。だからこそ、夫であるバアルともども雷撃に打たれた。


「無事か?」


 着地した夫が問う。彼の両腕で抱かれながら訊(き)かれるのは、シーラにとってなんとも形容しがたい喜びがあった。


「平気よ、旦那様(アナタ)。もっと欲しいくらい」


 そう返したところ、そっと地面に降ろされた。


 もっと乱暴に扱っていいのに。いつもそんなふうに思う。暴れん坊なのに、あたしにだけは優しい。優しくされるのが嫌いだって分かってるくせに。


 シーラは正真正銘タテガミ族の生まれだが、その身は同胞(どうほう)と大きく異なる。毛に覆われているのは頭部と手足、胸部と局部だけ。ほかはいずれも人間同様の肌である。加えて全身傷だらけで、顔に走った深い裂き傷は右目を潰し、口元付近まで伸びていた。


 迫る雷撃を避けつつ、襲撃者を見回す。全員同じ銀髪の男。それらが人間だろうがそうじゃなかろうが、シーラにとってはどちらでもよかった。バアルも同じである。山吹色の毛を湛(たた)えた獣人は一切の遠慮なしに、着地時に割れた石畳の欠片を投擲(とうてき)し、襲撃者の頭部を次々と破壊していた。バアルもシーラも獰猛さの点ではゾラにおよばないが、理性と容赦をかなぐり捨てている分、躊躇(ちゅうちょ)なく非道を為(な)して顧(かえり)みない。


 シーラは直接的な力こそ持っていないものの、加虐(かぎゃく)嗜好(しこう)においてはバアルを、否(いな)、あらゆる獣人を遥かに凌(しの)いでいた。殺すよりも生かして道具扱いする。客観的には人道を外れているが、シーラは倫理に価値を認めていない。その存在すらが眉唾ものだと思っている。


 樹海での『灰銀の太陽』との戦闘において、有翼人イカロスの翼を奪い、その全身に魔術製の義眼を埋め込んで敵の位置を探るという残虐な戦略は彼女の発案だ。結果的に敗れて従う羽目になったものの、シーラは一向に反省していない。なぜなら非道を非道だと認識していないからだ。むしろ善だと思い込んでいた。


 痛みも苦しみも、強く念じれば快楽に転化する。それが彼女の価値観で、誰にも修正出来ないアイデンティティでもあった。


 オブライエンの過去を追体験し、彼女はなにひとつ不快に感じなかった。周囲の獣人の何人かがその場で嘔吐(おうと)し、怒りを剥き出しにするのを眺め、ひとり白けていたのである。バアルが頭を抱えて渋面(じゅうめん)を作っているのを見てはじめて、少しだけ嫌な気持ちになった。夫に対するものでなく、一刻であれ夫をこんな状態にしたオブライエンを小憎らしく思ったものだ。


 彼女が戦場に立ったのは夫のバアルが指名されたからではない。痛めつけ、痛めつけられる。両の悦楽(えつらく)が香ったからだ。


 ともあれ、敵の迎撃をバアルやオッフェンバック、そしてミスラに任せ、シーラは彼女の仕事をまっとうする気でいる。この第二グループでシーラが共益紙(きょうえきし)を持つのに誰も異を唱えなかったのは、彼女の魔術と、その性質を心得ていたからだ。人道に反していようと、彼女の発想力は非凡である。豊かなアイデアは知恵と、視野の広さを示す。


 共益紙(きょうえきし)を眺めつつ雷撃を躱(かわ)し、へえ、と思った。今まさに記述されつつある内容はシーラの想像力を上回っていたのだ。


 あの新参者(・・・)、やるじゃん。でも鵜呑(うの)みにしてあげない。


「クソが! あのホラ吹きジジイ、オレたちを騙しやがった!」


 バアルが怒声を上げる。


 妥当な憤懣(ふんまん)だ。空は明るく、遠い。壁に覆われたこの地が王都グレキランスだと分かって当然。四人とも一度も来たことはないが、どのような場所なのかは知っている。タテガミ族の酋長(しゅうちょう)であるゾラが、怨念を籠めてグレキランスの様相を語り、広めたのだから。


 現在の状況は、『夢の管理者』に騙され、地上に転移させられたと思うのが普通の反応だろう。


 シーラは「怒らないで、旦那様(アナタ)」と艶(つや)っぽい声で宥(なだ)め、腰の革袋から球体を取り出しては放り投げた。


 木彫りの眼(まなこ)。有翼人の身体に埋め込んだものと同じ義眼である。それらは一斉にバラバラな方角に飛翔していった。


 失った右目に、義眼の情報が流れ込む。殊(こと)に重要なのは天上へ放った眼だ。


 みるみる太陽が大きくなる。上へ昇るにつれて。


 上空高くでコツン、と弾かれた瞬間、確証を得た。


 雷をすんでのところで回避し、四人に呼びかける。


「イタチのヴィクトルから伝言! ここは地上じゃなくて地下! あたしも目で確かめたから間違いないわよ」


 三人が納得したのかは分からない。頷こうとも否定しようとも状況は変わらないのだから、シーラとしてはどちらでもよかった。ただ、オッフェンバックが「グレキランス自体を地下に移送したのか! 嗚呼(ああ)! 単純明快だが規模感において芸術と呼ぶに相応(ふさわ)しい!」と快哉(かいさい)を上げたのは謎だ。まあ、オッフェンバックはいつも芸術だの霊感だのうるさいし意味不明。つまりはいつも通り。ミスラとバアルが声を揃えて「分かったわ」「そうか」と言ったのがシーラには不思議だった。そんなに簡単に信じちゃっていいの? と思う。襲撃者への対処で手一杯なのは分かるけど。


 三人に守られる位置取りで、シーラは自分の仕事と、三人が捌(さば)ききれなかった雷撃を避ける。


 白イタチの獣人ヴィクトルが共益紙(きょうえきし)に記したのは、地下空間であることの報告だけではない。『集合位置の伝達を』という文字の下に円が書き込まれていた。そこに仔細(しさい)な模様が今なお綴(つづ)られている。地下王都の地図だ。しかもかなり正確。シーラが四方八方に展開した義眼から読み取る実際の通路と照らし合わせても細部に狂いはない。ヴィクトルの過去はなにも知らないが、あのゾラが二つ返事で彼の参入を受け入れ、先遣隊に加えたくらいだ。たぶん知人で、しかもグレキランスに詳しいのだろう。でなければ、こうも正確な地図は描けない。


 ただし、根本的な間違いがあった。


 門から続く大通りに区切られた四つの区画。その位置関係が狂っている。本来の北東ブロックが南東ブロックに、本来の南東ブロックが南西ブロックに入れ替わっていた。位置が変わらないのは王城のある北西ブロックのみ。


 この地下王都を作ったのはまず間違いなくオブライエンで、決して少なくない人数が地下を急襲すると読んでいたに違いない。しかも部隊のメンバーに王都の全域を把握している者がいる可能性まで見越していたわけだ。


 共益紙(きょうえきし)の一角に小さな丸が描かれる。合流地点、という文字が添えられて。


 シーラはすぐにそこを二重線で上書きし、北東ブロックと南東ブロック、南東ブロックと南西ブロックに矢印を書き加えた。そして『いれかわってる』と素早く記す。


「シーラ!!」


 大好きなひとの叫び声がしたけれど、意識は共益紙(きょうえきし)に釘付けになっていて――。


 身体の中心が熱と痛みに貫かれる。あっという間に全身が痺れて、シーラはその場に崩れ落ちた。咄嗟(とっさ)に共益紙(きょうえきし)を握り込んで守ろうとしたけれど、別の雷撃が運悪くそこに落ちて、燃えていく。


 燃え尽きようとする共益紙(きょうえきし)。そこに小さな丸が記され、『合流地点訂正』と記されたのを目にして、シーラはほんの少し誇らしく思った。


 そういえば、見ず知らずの誰かのために頑張ったのって、これが最初かも。


 そんな感慨を最後に、シーラの意識は途絶えた。

発言や単語が不明な部分は以下の項目をご参照下さい。



・『シーラ』→女性のタテガミ族。バアルの妻。義眼の魔術を扱う。義眼から得られた情報は他者と共有可能。頭部、手足、胸部、局部を除いて毛がなく、全身に傷を負っている。自身の経験から苦痛を快楽に転化する論理を持ち、ゆえに加虐嗜好と被虐嗜好を持ち合わせている。イカロスの全身に義眼を埋め込み、道具として扱った。詳しくは『Side Alec.「黒の剣鱗」』『Side Alec.「氷の剣、獣の拳」』にて


・『オッフェンバック』→純白の毛を持つタテガミ族の獣人。『緋色の月』に所属。自称音楽家の芸術至上主義者で、刺激を得るという動機でハックの和平交渉を台無しにした。炎の魔術を得意とする。クロエとの戦闘に敗北し、あわや絶命というところを彼女に救われた。それがきっかけとなって『灰銀の太陽』への協力を申し出る。が、『緋色の月』に返り咲き、再び『灰銀の太陽』と敵対することに。詳細は『774.「芸術はワンダー哉!」』『780.「君が守ったのは」』にて


・『ミスラ』→女性のタテガミ族。しなやかな黒毛。多くの獣人と異なり、薄衣や足環など服飾にこだわりを見せている。オッフェンバックの元恋人であり、わけあってゾラに侍るようになったが、オッフェンバックとよりを戻した。二本のシミターを用いて踊るように戦う。『緋色の月』の戦士であり、『黄金宮殿(ザハブ・カスル)』の使用人。詳しくは『787.「青き魔力の光」』『788.「黄金宮殿」』『789.「絶交の理由 ~嗚呼、素晴らしき音色~」』『797.「姫君の交渉」』にて


・『バアル』→山吹色の毛を持つ、巨躯のタテガミ族。『緋色の月』の五番手。投てき能力に優れ、筋力に恵まれている。シーラの夫。直情的で野蛮な性格。シンクレールに敗北し、オオカミ族の酋長バロックの支配魔術で抵抗を封じられた。詳しくは『Side Alec.「使命と憎悪」』にて


・『ジェニー』→『毒食(どくじき)の魔女』の邸にメイドとして住み込む少女。愛嬌たっぷりで天真爛漫。語尾に「にゃ」を付けて喋る。『ケットシー』と呼ばれる獣人の一種。興奮すると耳と尻尾が出てしまう。故郷の村を獣人に滅ぼされている。手引きしたのは友人だったケットシーのクロ。彼と樹海で戦闘し、その末に和解した。クロと一緒にいるために、ルドベキアに残ることに決めた。詳しくは『第八話「毒食の魔女」』『600.「或るケットシーの昔話」』『601.「たった二人の生き残り」』にて


・『ゾラ』→別名、『獣化のゾラ』。勇者一行のひとりであり、『緋色の月』のリーダー。獣人(タテガミ族)の長。常に暴力的な雰囲気を醸している。恋愛に関しては極度に潔癖な一面もある。勇者一行でありヨハンの兄でもあるジーザスと契約し、人間殲滅を目的とした戦争への参加を余儀なくされている。クロエに敗北し、ヨハンの提示した戦争での役割を受け入れることとなった。すべての種族が争いなく共生する世界、『ユグドラシル』を理想としている。しかしながら過去、人間との交流によって失意を味わい、結果、人間に対する愛憎の念を抱くようになった。詳しくは『287.「半分の血」』『336.「旅路の果てに」』『702.「緋色のリーダー」』『790.「獣の王」』『Side Grimm.「獅子のひとりごと」』にて


・『イカロス』→有翼人の青年。天邪鬼な性格で、他の有翼人から若干煙たがられている。『緋色の月』およびシャオグイによって翼を奪われ、道具として利用された。詳しくは『Side Cranach.「毛と翼の捜索隊」』『Side Icarus.「墜ちた翼」』『Side Icarus.「おしまい」』『Side Gorsch.「集落の夜~飛来する異常~」』にて


・『夢の管理者』→人々の夢を管理する老人。実は『気化アルテゴ』の影響で異能を得た人物。あえて分類すると他種族にあたる。彼が仕事場にしている睡蓮の塊根から、別の場所へ人々を送り込むことも可能。戦争において他種族連合をグレキランスの地下に送り込む役目を負っている。詳しくは『第三章 第二話「妖精王と渡し守」』『897.「夢のはじまり」』『第四章 第三話「永遠の夜ー⑤霧海の繋ぎ手ー」』にて


・『オブライエン』→身体の大部分を魔力の籠った機械で補助する男。王都内の魔具および魔術関連の統括機関『魔具制御局』の局長。自分の身体を作り出した職人を探しているが、真意は不明。茶目っ気のある紳士。騎士団ナンバー1、紫電のザムザを使って『毒食の魔女』を死に至らしめたとされる。全身が液体魔具『シルバームーン』で構築された不死者。かつてのグラキランス領主の息子であり、ラガニアの人々を魔物・他種族・血族に変異させ、実質的に滅亡させた張本人。外界で活動しているのは彼の分身『二重歩行者』であり、本体は一切の魔術的干渉を受けない檻に閉じ込められている。詳しくは『345.「機械仕掛けの紳士」』『360.「彼だけの目的地」』『間章「亡国懺悔録」』にて


・『紫電のザムザ』→騎士団ナンバー1の男。銀の髪を持つ魔術師。幼い頃の記憶がない。ときおり頭のなかに響く『声』に従って行動をする。実はオブライエンによって作られた、魔道具に限りなく近い人間。故人。詳しくは『幕間.「王都グレキランス ~啓示~」』『Side Winston.「紫電の組成」』にて


・『ヴィクトル』→白イタチに似た獣人。詳しくは『第四章 第二話「幻の森」幕間.「少女と獣の恩返し」』にて


・『タテガミ族』→獣人の一種。男はタテガミを有し、女性は持たない。獣人たちの中央集落『ルドベキア』はタテガミ族の暮らす地


・『有翼人』→純白の翼を持つ他種族。別名、恋する天使の翼。種族は男性のみで、性愛を共有財産とする価値観を持つ。年中裸で過ごしている。王都の遥か北西に存在する塔『エデン』で暮らしている。『灰銀の太陽』に協力。『灰銀の太陽』と『緋色の月』が和解したのち、脱退。族長のアポロによって人間ならびに他種族との絶縁が宣言された。詳しくは『742.「恋する天使の[検閲削除]」』『882.「椅子、または楽器」』にて


・『灰銀の太陽』→半馬人を中心にして形成された、他種族混合の組織。『緋色の月』に対抗すべく結成された。詳しくは『第三章 第一話「灰銀の太陽」』にて


・『王都』→グレキランスのこと。周囲を壁に囲まれた都。詳しくは『第九話「王都グレキランス」』にて


・『グレキランス』→通称『王都』。周囲を壁に囲まれた都。また、グレキランス一帯の地方を指して用いられる。詳しくは『第九話「王都グレキランス」』にて


・『共益紙(きょうえきし)』→書かれた内容を共有する紙片。水に浸すと文字が消える。詳しくは『625.「灰銀の黎明」』にて

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