Side Zola.「生存と闘争の決意」
※ゾラ視点の三人称です。
エルダーの所持していた鉄槌の魔具。その効能が魔力の奪取および蓄積にあるのは偽らざる事実だった。ただし、多くの魔具がそうであるように、容易に扱える代物ではない。単に己の魔力を流し込むだけで魔術が結実するほど単純な機構ではないのだ。エルダーがそうだったように、真価を知り、適切な魔力を流し込まなければ単なる鈍器に過ぎない。
ゾラは深く息を吐き、いつでもオブライエンに飛びかかれるよう構えながら、背後の少年を意識していた。
小僧はなにも見逃さなかった。オブライエンが鉄槌の本当の力を見せつける間、その武具に流れる魔力の一切を追い、どういった類の魔術であるか推定したのだろう。それが吸収魔術の一種であると知ったときから計略を練り、機を窺っていた。そして訪れた機会をあやまたず利用したのか。
結果、ここにいるオブライエンの魔力は残り半分まで目減りしている。否、先ほどの鉄槌による一撃で、ようやくそこまで減らせたと言えよう。
ノックスの把握した魔力量に誤りはない。事実、この場のオブライエンは鉄槌によって約三割の魔力を奪われた。約一割は地上の分身に割いている。もう一割はノックスに対して初手で消費した。ゾラを相手に行使した爆裂魔術などはものの数に入らない。ヘルメスとの視えざる押し引きは魔力量に依存するものではなかった。
すると、三割の魔力が奪われた事実はオブライエンにとって重大な問題だろうか。
否。
しかし腹に据えかねる状況だったのは事実である。
「ノックス君の眼力は確かだ。今の我輩は本来の半分しか魔力がない。だが、容易に取り戻せる。時間をかけて自然回復するのではないよ」
言って、オブライエンは落ちた鉄槌を拾い上げた。
「この魔具に蓄積された魔力を回収すればいい。君らのどちらでもかまわないが、鉄槌で打てば吾輩に魔力が反射し、しっくりと収まってくれる。つまりノックス君の奮った勇姿はまったくの無意味なのだよ。残念ながら」
ゾラはひっそりと奥歯を噛み、納得していた。エルダーが魔力枯渇に至ったのはオブライエン由来の魔力を受け止めきれなかったからだ。鉄槌を振るう者がオブライエン当人ならば、奴の身体に戻るのは必定。
しかし――。
「そんなことしたら、オブライエンの魔力はほとんどなくなる」
ノックスの言葉をゾラは怪訝に思ったが、オブライエンはつまらなさそうに鉄槌を投げ捨てた。
「よろしい。結構な観察眼だ。ノックス君は騙せないねぇ、ゾラ氏と違って。君の暴いた通り、吾輩が鉄槌を振るった時点で蓄積された魔力は吾輩の身体に残る魔力と喰らい合う。結果は相殺だ。吾輩は多くの魔力を失う。いやはや、君は可愛げがないねぇ、ノックス君。ちっとも子供らしくない」
オブライエンの言葉には虚言と毒が溢れている。軽々に呑み込めば我が身を滅ぼすのは、倒れ伏したエルダーが証明していた。
だからこそゾラは、ますますもってノックスへの関心を強くする。生き残るなどという甘い結末は描いていないが、もしそうなったならば、小僧の人生について訊ねる価値はあろう。なぜ玉座にいたのか、そのあたりから問いただしたい。一介の使用人だろうか。それとも、グレキランス王の護衛のひとりか。
「もう一度言おう」オブライエンの右手が持ち上がり、人差し指がゾラへと向けられる。「ゾラ氏相手なら指一本で事足りる。なに、魔術でどうこうしようというのではないのだよ。さすがに残り半分まで減ってしまっては、君に対して使うのはもったいない」
ゾラの鬣が逆立ち、揺らめく。己の背後にいる小僧は守らねばならない。なにがあろうと。
意気迸らせる一方で、ゾラはこれまで玉座で起きたいくつかの事柄に不可解さを感じてもいた。先ほど額を弾いた一撃。こちらの攻撃をことごとく凌いだ硬質化。室内を縦横無尽に跳ね回った狂奔運動。それらは魔術であるはずだ。どう考えても身体強化魔術の類。
「ゾラ――」
ノックスの声とほとんど同時に、事が起こった。ゾラは知り得ず、一方でノックスの把握している事実があったのだ。それを伝える機会を潰されたのは、オブライエンの計略の一環だろう。
敵の指先から白銀色の鋭い針が伸び、ゾラの身体に突き刺さったのである。位置にして、ちょうど横腹だった。ゾラが攻撃を受け、即座に針を掴み、それ以上伸びぬよう――身体が貫かれぬよう力を込めたのは本能だけが理由ではない。
「お見事だ。ゾラ氏の握力もそうだが、ノックス君の配慮も素晴らしい。吾輩の一撃を止めるためにゾラ氏を使うのは、君の性格上、忍びなかったろう? しかしやむを得なかった。ゆえに移動したわけだ。ゾラ氏の致命傷にならない位置取りとしては上々」
背後で小僧が動いたのは分かっていた。オブライエンの言葉の意味も把握している。
奴はこちらの命ではなく、小僧を潰しに来た。小僧の心臓と奴の指を結ぶ直線上に、この針はある。
オブライエンの指へと繋がっている針は魔術ではない。それはゾラにも理解出来た。ただ、正体はというと『謎』の一語に尽きる。
「不思議そうな顔をするじゃないか、ゾラ氏。まあ、初見ならば仕方あるまい」
針が奴の指へと戻っていく。滑らかな白銀はあっという間にオブライエンの指先に吸い込まれるようにして消えた。
「液体魔具。魔具にして魔具でないものだ。形状も性質も自在に変化させられる。名はシルバームーン。吾輩はこれを、一切の魔力消費なしに使える。どんな大規模なものであれ、今さっきのささやかな攻撃であれ、自由自在。これまで君の攻撃を防いでいたのはすべてシルバームーンだ。吾輩の身体はすべてシルバームーンで構成されている。無論、諸君の狙っている本体のほうもだ」
ノックスはシルバームーンを実際に目にしている。王都襲撃の日、魔具制御局長を名乗るオブライエンが披露したのだ。今の今までそれをゾラたちに伝えられなかったのはノックスの手落ちだろう。彼の為した魔力奪取という成果に比べれば微々たる瑕疵だが。
液体魔具シルバームーン。それ自体はゾラも、ラルフの記憶で知っていた。ただ、本体のみが有していると錯覚していたのだ。魔術製の分身――二重歩行者にまでそれが浸透しているとの予測には至らない。
実際、オブライエンの本体から生まれた二重歩行者がはじめからシルバームーンで構成されていたわけではなかった。然るべき手術を経て、二重歩行者もまた液体魔具と肉体を置換したのである。時間の都合上、地上の分身は単なる魔力の塊だった。もし地上側もシルバームーンで構成されていたならば、やはりヘルメスとの戦闘の行く末は異なっただろう。
「小僧。俺に負ぶされ。危なくなったら叫べ」
ゾラが膝を落とすと、小さな体温が背に掴まった。
金色の獣人は溜め息を吐く。日に二度も守られるとは。しかも年端のいかぬ小僧っ子に。だが一度目のように恥じらいも情けなさも感じない。先ほどの刺突は小僧の心臓を狙っていたというではないか。こちらへの負担が小さい箇所を選んで位置を変えたそうだが、針を掴んでいなければ今頃小僧は死んでいる。つまり、こいつは信頼したのだ。絶命必至の攻撃を必ずや止めると信じたのだ。
ならば、応えるのが義だ。オブライエンに殺させはしない。
意気込むゾラの眼差しは、やがて奇妙なものを捉えた。
徹底して座していたオブライエンが立ったのだ。しかも、呆然と宙を見上げて。
彼が玉座にいながらにして、別事にも目を配っているのは織り込み済みだ。
オブライエンの様相は、彼にとって意想外の出来事を示している。
ゾラは自然と口の端を持ち上げ、ここではない場所で躍動する仲間の姿を脳裏に浮かべた。
発言や単語が不明な部分は以下の項目をご参照下さい。
・『ゾラ』→別名、『獣化のゾラ』。勇者一行のひとりであり、『緋色の月』のリーダー。獣人(タテガミ族)の長。常に暴力的な雰囲気を醸している。恋愛に関しては極度に潔癖な一面もある。勇者一行でありヨハンの兄でもあるジーザスと契約し、人間殲滅を目的とした戦争への参加を余儀なくされている。クロエに敗北し、ヨハンの提示した戦争での役割を受け入れることとなった。すべての種族が争いなく共生する世界、『ユグドラシル』を理想としている。しかしながら過去、人間との交流によって失意を味わい、結果、人間に対する愛憎の念を抱くようになった。詳しくは『287.「半分の血」』『336.「旅路の果てに」』『702.「緋色のリーダー」』『790.「獣の王」』『Side Grimm.「獅子のひとりごと」』にて
・『オブライエン』→身体の大部分を魔力の籠った機械で補助する男。王都内の魔具および魔術関連の統括機関『魔具制御局』の局長。自分の身体を作り出した職人を探しているが、真意は不明。茶目っ気のある紳士。騎士団ナンバー1、紫電のザムザを使って『毒食の魔女』を死に至らしめたとされる。全身が液体魔具『シルバームーン』で構築された不死者。かつてのグラキランス領主の息子であり、ラガニアの人々を魔物・他種族・血族に変異させ、実質的に滅亡させた張本人。外界で活動しているのは彼の分身『二重歩行者』であり、本体は一切の魔術的干渉を受けない檻に閉じ込められている。詳しくは『345.「機械仕掛けの紳士」』『360.「彼だけの目的地」』『間章「亡国懺悔録」』にて
・『エルダー』→トロールの族長。鉄槌の魔具を所有している。詳しくは『745.「円卓、またはサラダボウル」』にて
・『ノックス』→クロエとともに『最果て』を旅した少年。魔術師を目指している。星で方位を把握出来る。『毒食の魔女』いわく、先天的に魔術を吸収してしまう体質であり、溜め込んだ魔術を抜かなければいずれ命を落とす。王都襲撃ののち、王位を継いだ
・『ヘルメス』→かつてのラガニアでトップクラスに優秀だった魔術師。ねちっこい性格で、人付き合いの苦手な男。もともと魔術学校で講師をしていたがクビになり、一時期ガーミール公爵に雇用されていたが、彼が零落したことでドラクル公爵に鞍替えした。オブライエンの犯罪的魔術を看破し、彼の右腕と左足を木端微塵にした過去を持つ。血族化して以降は夜会卿に仕えていたが、ニコルによる襲撃以降、四代目となるガーミールに鞍替えした。死を契機に、事前に契約を交わした相手に成り変わることで不老不死を実現する異能を持つ。対象者はヘルメスの記憶と肉体と魔力をコピーした、ヘルメスそのものとなる。その際、相手の持つ魔力も上乗せされる。夜会卿の支配地であるアスターに訪れたルイーザの精神を叩き折って泣かせた過去を持つ。ヨハンの提案により、オブライエン討伐ならびに戦争での人間側の勝利後には、四代目ガーミールの部下とともにグレキランスに残り、アルテゴのワクチン研究をすることに合意。オブライエン討伐を見届けるべく、アリスの片目を介してウィンストンと視覚共有をしている。詳しくは『間章「亡国懺悔録」』『第四章 第三話「永遠の夜ー②隠れ家と館ー」』にて
・『ラルフ』→かつてオブライエンの家庭教師をした男。ラガニアで起きた悲劇の一部始終を『追体験可能な懺悔録』というかたちで遺した。『気化アルテゴ』の影響で小人となり、『岩蜘蛛の巣』にコミュニティを形成するに至った。詳しくは『間章「亡国懺悔録」』にて
・『魔具』→魔術を施した武具のこと。体内の魔力が干渉するため魔術師は使用出来ないとされているが、ニコルは例外的に魔術と魔具の両方を使用出来る。詳しくは『間章「亡国懺悔録」』にて
・『液体魔具』→読んで字のごとく、液状の魔具。オブライエンが『シルバームーン』と名付けた銀の流体。グレキランスの西方に暮らす、流体力学と魔術の研究者と共同開発したもの。グレキランスの地下に存在する変幻自在の空間も『液体魔具』の産物。詳しくは『間章「亡国懺悔録」』にて
・『シルバームーン』→オブライエンの扱う銀色の液体魔具。あらゆる硬度や質感を含め、あらゆる形状を模すことが可能。詳しくは『592.「局長と銀の月」』にて
・『吸収魔術』→魔術および呪術を吸い取る魔術。禁止魔術。ノックスは先天的に魔術を吸収してしまう体質。詳しくは『Side Leonel.「師に捧ぐ――憎悪と覚悟のうちに」』にて
・『グレキランス』→通称『王都』。周囲を壁に囲まれた都。また、グレキランス一帯の地方を指して用いられる。詳しくは『第九話「王都グレキランス」』にて
・『魔具制御局』→魔具や魔道具、魔術を統括する機関。拠点は不明。オブライエンが局長を務めている。詳しくは『6.「魔術師(仮)」』『196.「魔具制御局」』にて
・『爆裂魔術』→対象に魔力を注ぎ込み、爆発させる魔術。詳しくは『幕間.「魔術の記憶~王立図書館~」』にて
・『二重歩行者』→ヨハンの得意とする分身の魔術。影に入り込んで移動することが可能。詳しくは『12.「二重歩行者」』にて




