↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
花嫁騎士 ~勇者を寝取られたわたしは魔王の城を目指す~  作者: クラン
第四章 第三話「永遠の夜ー⑦千年の都ー」
1771/1837

Side Zola.「あと半分」

※ゾラ視点の三人称です。

 顔面の至るところへの連撃。握りしめた拳を引くたびに幾(いく)ばくかの血が散った。殴打の相手――オブライエンの血ではない。殴るゾラの拳が裂け、流血したのだ。


「懲(こ)りない男だ」


 呆れ顔のオブライエンを、またぞろ打ち据える。


 鋼。


 殴るたびにその単語が頭に浮かぶ。


 繰り出す攻撃は徒労(とろう)でしかない。なにしろオブライエンはなんの衝撃も受けていない様子であり、なおかつ肉を打った感触は皆無。座した鋼の像に無為(むい)な打撃を加えているのと同然。


 拳を振るう当人――ゾラは充分にそれを理解しながらも、徒労感を徹底的に拒絶した。このまま退いては倒れ伏したエルダーとユランに申し訳が立たない。


「ゾラ氏。いい加減認めたまえ。君の為(な)すあらゆる仕掛けはなんの意味も持っていないのだよ。吾輩には届かん。諸君が登場したときにはそれらしく被弾するフリをしたのだがね、さすがに付き合いきれんなぁ。身も蓋もなく言ってしまうと、飽きた」


「なら反撃しろ!!」


 咆哮(ほうこう)が反響し、鼓膜を揺らす。獣人ゆえの闘争本能から迸(ほとばし)った言葉だ。本能は倒れた仲間への義に結び付き、ゾラの行為を歯止めの効かないものにしている。


 もっとも強靭な獣人――タテガミ族として生まれ落ち、魔術を学び、人間の世界で苦渋を舐め、徹底的に鍛錬した。並び立つ者がいないほど。ユランとニコルだけが例外だ。前者とは拳で語らい、友の契(ちぎ)りを交わした。後者には敗北したが、その後の旅路を思えば腹立たしさはない。いずれにせよ彼らは真っ当に戦ったのだ。


 しかし、オブライエンはどうだ。目の前の癪(しゃく)な男はこちらを相手にもしない。


 こうまで虚仮(こけ)にされたのは初めてだ。この男の強さは重々承知しているつもりだったが――。


 額に衝撃が走り、ゾラの視界は上向(うわむ)いた。足が地を離れ、天井が流れていく。背を掴む手を感じて、ようやく小僧を背負っているのだと思い出し、空中で姿勢を整えて着地した。


 オブライエンは冷めた顔でこちらを眺めている。額を弾いた指先をそのままのかたちに維持して。


「これで満足かね? 君の拳も蹴りも肘打ちも、吾輩の指先一本に劣る。ユラン氏もトロール君も同じだ。なに、落ち込まなくていい。この吾輩と対峙して勝てる存在など居ないのだよ。ヘルメスもそうだ」


 ゾラの認知していない出来事ではあるが、地上においてオブライエンはヘルメスに後(おく)れを取った。それでいてなお、彼の言(げん)は正しい。地上に送り込んだ分身は、玉座のオブライエンが一割未満の魔力で作った代物だ。半分ほど魔力を分与していたならば、地上での顛末(てんまつ)は真逆だったろう。


 実のところオブライエンはノックスへの関心さえ失っていた。いっときは殺すつもりだったが、地上の分身は映写魔術を含め、あらゆる魔術の行使が封じられている。したがって地下の別働隊を止める人質としてはもう使えない。生かす意味も殺す意味もなかった。ヘルメスとの水面下での綱引きは続いているが、勝利は揺るがない。オブライエンとしては、すべて時間の問題だと断定している。玉座での拘束が解(と)かれれば、地下の地下(・・・・・)に転移し、本体に迫る輩(やから)を抹殺するだけのこと。ゾラもノックスも、その邪魔立てにはならない。オブライエンにとっては玉座にいるすべての者が塵(ちり)も同然だった。視界に入ろうとなんら興味をもたらさない。ただ、塵と違って少しはマシな点があることも認めている。


「……エルダーとユランを殺し、なぜ俺を殺さんのだ!」


 再びオブライエンへと駆け、腹に前蹴りを叩き込みつつゾラは叫んだ。敵の肉体は依然(いぜん)として硬く、一ミリも動かない。苦悶の表情もない。


「それは勘違いだ。エルダー氏かね、あのトロール君は確かに死ぬかも知れないが、別段吾輩に殺意はなかった。ノックス君の甲斐甲斐(かいがい)しい看病のおかげで生存率も多少上がったろう。ユラン氏は見ての通り気絶しているが、死なんよ。あの程度の流血、どうってことなかろう」


 ユランが生きていると聞き、ゾラの動きが止まる。オブライエンの言葉は信用に足らないが、よくよく見ればユランは呼吸しているようで、胸が上下していた。エルダーも同じである。


「さて、ゾラ氏をなぜ殺さないのかだが、端的に言って暇だからだ。君を殺したら話し相手がノックス君しかいなくなる。つまらんじゃないか、それは。大人同士の話のほうが退屈凌ぎになる。もっとも、ゾラ氏も吠えるばかりで面白味はないが……エルダー氏やユラン氏よりはずっといい」


 オブライエンが悠々と話すなか、小さな囁きがゾラの耳に入り込んだ。


 幼い声。芯の通りきっていない、未熟な声。それゆえ、内容とのギャップに耳を疑った。


 ゾラの横を通り抜け、ノックスがオブライエンの前に立つ。


「オブライエン。手を出して」


「なにかね? こうか?」


 差し出された手に、少年が小さな白い手を重ねる。


「これ、返す」


「ん?」


 オブライエンが首を傾(かし)げたのも無理はない。小僧の手にはなにもないのだから。しかし、確実に返却されたのだ。あと一秒もしないうちに気付くだろう。だからこそ、一秒以内にすべてを終える必要がある。


 後退したゾラが鉄槌を握り、前方へと全力で投げた。オブライエンに直撃する軌道で。


 敵の眼前にいるノックスは、今しも返却を終えたその手で、背後の鉄槌に触れる。無論、勢いは殺せない。やわな身体では操れないほど、その魔具は重い。そして投擲(とうてき)の威力を殺すなど土台無理な話だ。


『鉄槌をオブライエンに向かって投げて』


 小僧が耳打ちした言葉である。冷静さを取り戻したゾラには、彼のやろうとしている行為が細大漏らさずイメージ出来た。従順にそれを遂行したのは、価値を見出(みいだ)したからである。己の無為な打撃よりも、よほど有意義だと。


 ノックスの触れた鉄槌がオブライエンの脳天に直撃し、硬質な音が鳴り響いた。激突の際に閃光が生(しょう)じなかったのは、魔具を物体として扱ったからではない。


 事が起こってすぐ、ゾラはノックスへと疾駆し、その身をオブライエンから離した。そして自分の背後に彼を導く。


「ノックス。これは……君の考えた策かね?」


「そうだよ」


「天晴(あっぱれ)だ。どうやら君はゾラ氏よりも手強い」


 オブライエンの射るような視線が、ゾラを透過してノックスへと注(そそ)がれる。


 鉄槌の魔具に残存していた魔力を、己の特異体質を利用して吸収し、オブライエンに返却した。そしてオブライエン由来の魔力がなくなった鉄槌を魔具として扱った。ノックスの行為はこの二点である。


 魔術師は魔具を使用出来ない。魔力が干渉し、魔具が暴発するからだ。ニコルとオブライエンという例外を除き、別の意味で魔具の使用が可能になるケースもある。


 相性。


 鉄槌の魔具の用途である魔力の吸収は、ノックスの魔力吸収体質と合致していた。当人がそのことに気付き、もしかしたら、と考えるのは自然なことだろう。


 それであっても、普通なら躊躇(ちゅうちょ)する。ましてや小僧っ子だ。


 背後に立つノックスに対し、ゾラは彼の歩んだ道のりを想わずにはいられなかった。どう生きればその齢で蛮勇(ばんゆう)を奮えるのか。しかも一切の乱れなく。何度死線を潜(くぐ)ったのか訊(たず)ねたい衝動に駆られる。


「あと半分――」


 ノックスの声がした。オブライエンの耳にも届く声量で。


「オブライエンの魔力は、あと半分しかない」

発言や単語が不明な部分は以下の項目をご参照下さい。



・『ゾラ』→別名、『獣化のゾラ』。勇者一行のひとりであり、『緋色の月』のリーダー。獣人(タテガミ族)の長。常に暴力的な雰囲気を醸している。恋愛に関しては極度に潔癖な一面もある。勇者一行でありヨハンの兄でもあるジーザスと契約し、人間殲滅を目的とした戦争への参加を余儀なくされている。クロエに敗北し、ヨハンの提示した戦争での役割を受け入れることとなった。すべての種族が争いなく共生する世界、『ユグドラシル』を理想としている。しかしながら過去、人間との交流によって失意を味わい、結果、人間に対する愛憎の念を抱くようになった。詳しくは『287.「半分の血」』『336.「旅路の果てに」』『702.「緋色のリーダー」』『790.「獣の王」』『Side Grimm.「獅子のひとりごと」』にて


・『オブライエン』→身体の大部分を魔力の籠った機械で補助する男。王都内の魔具および魔術関連の統括機関『魔具制御局』の局長。自分の身体を作り出した職人を探しているが、真意は不明。茶目っ気のある紳士。騎士団ナンバー1、紫電のザムザを使って『毒食の魔女』を死に至らしめたとされる。全身が液体魔具『シルバームーン』で構築された不死者。かつてのグラキランス領主の息子であり、ラガニアの人々を魔物・他種族・血族に変異させ、実質的に滅亡させた張本人。外界で活動しているのは彼の分身『二重歩行者』であり、本体は一切の魔術的干渉を受けない檻に閉じ込められている。詳しくは『345.「機械仕掛けの紳士」』『360.「彼だけの目的地」』『間章「亡国懺悔録」』にて


・『赤竜卿(せきりゅうきょう)ユラン』→黒の血族で、ラガニアの公爵。自称、ウルトラ・ドラゴン卿。情熱的で正義感の強い青年だがセンスは壊滅的。代々ドラゴンを使役するとされているが実際に目にしたものはおらず、虚言卿や嘘つき公爵と囁かれているが本人は意に介していない。実態は使役というより、ドラゴンと一体化している。肌はドラゴンのそれと同等の堅固さを持つ。身体状況により形状が変化する貴品(ギフト)『貴人の礼装(ミランドラ)』を所持。グレキランスがラガニアの領地であると認めさせるために単身で戦争に参加した。王城にてヨハンに説得され、オブライエン討伐部隊に加わることに。ゾラやニコルとは友人関係にある。詳しくは『幕間「ウルトラ・ドラゴン卿」』『第四章 第三話「永遠の夜ー③赫灼の赤き竜ー」』にて


・『エルダー』→トロールの族長。鉄槌の魔具を所有している。詳しくは『745.「円卓、またはサラダボウル」』にて


・『ニコル』→クロエの幼馴染。魔王を討伐したとされる勇者だが、実は魔王と手を組んでいる。黒の血族だけの世界を作り上げることが目的。クロエの最終目標はニコルと魔王の討伐。詳しくは『875.「勇者の描く世界」』にて


・『ヘルメス』→かつてのラガニアでトップクラスに優秀だった魔術師。ねちっこい性格で、人付き合いの苦手な男。もともと魔術学校で講師をしていたがクビになり、一時期ガーミール公爵に雇用されていたが、彼が零落したことでドラクル公爵に鞍替えした。オブライエンの犯罪的魔術を看破し、彼の右腕と左足を木端微塵にした過去を持つ。血族化して以降は夜会卿に仕えていたが、ニコルによる襲撃以降、四代目となるガーミールに鞍替えした。死を契機に、事前に契約を交わした相手に成り変わることで不老不死を実現する異能を持つ。対象者はヘルメスの記憶と肉体と魔力をコピーした、ヘルメスそのものとなる。その際、相手の持つ魔力も上乗せされる。夜会卿の支配地であるアスターに訪れたルイーザの精神を叩き折って泣かせた過去を持つ。ヨハンの提案により、オブライエン討伐ならびに戦争での人間側の勝利後には、四代目ガーミールの部下とともにグレキランスに残り、アルテゴのワクチン研究をすることに合意。オブライエン討伐を見届けるべく、アリスの片目を介してウィンストンと視覚共有をしている。詳しくは『間章「亡国懺悔録」』『第四章 第三話「永遠の夜ー②隠れ家と館ー」』にて


・『ノックス』→クロエとともに『最果て』を旅した少年。魔術師を目指している。星で方位を把握出来る。『毒食(どくじき)の魔女』いわく、先天的に魔術を吸収してしまう体質であり、溜め込んだ魔術を抜かなければいずれ命を落とす。王都襲撃ののち、王位を継いだ


・『タテガミ族』→獣人の一種。男はタテガミを有し、女性は持たない。獣人たちの中央集落『ルドベキア』はタテガミ族の暮らす地


・『トロール』→よく魔物に間違えられる、ずんぐりした巨体と黄緑色の肌が特徴的な種族。知能は低く暴力的で忘れっぽく、さらには異臭を放っている。単純ゆえ、情に厚い。『灰銀の太陽』に協力。詳しくは『741.「夜間飛行」』にて


・『魔具』→魔術を施した武具のこと。体内の魔力が干渉するため魔術師は使用出来ないとされているが、ニコルは例外的に魔術と魔具の両方を使用出来る。詳しくは『間章「亡国懺悔録」』にて


・『映写魔術』→映像を空中に投影する魔術。詳しくは『間章「亡国懺悔録」』にて

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。