↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
花嫁騎士 ~勇者を寝取られたわたしは魔王の城を目指す~  作者: クラン
第四章 第三話「永遠の夜ー⑦千年の都ー」
1770/1837

Side Zola.「火焔の竜と獣の王」

※ゾラ視点の三人称です。

 座したオブライエンとそれ(・・)の両方を視界に収め、ゾラの鬣(たてがみ)は自然と逆立った。


 ユランとの付き合いはさして長いものではない。ただ、濃かった。


 幾日(いくにち)にもおよぶ樹海での決闘。


 アスターの他種族解放戦線での共闘。


 どんな状況にあっても、ユランの瞳から一本気な光輝が失われたことはない。その一挙手一投足には常に赫灼(かくしゃく)たる正義が迸(ほとばし)っていた。なごむときは徹底的に爽やかで、ともするとトボけた印象を受けたものだが、しかし同時に揺らがぬ芯を感じさせる。それがユランだ。


 オブライエンを殺(あや)めるのは誰の価値観をもってしても正義に属する行為だろう。


 にもかかわらず――。


「小さいな、ユラン氏。この空間に合わせて調整したのかね?」


 燃え盛る真っ赤なドラゴン。身体の内側には銀の、外側には深紅の鱗がびっしりと身を鎧(よろ)っている。翼を畳んでなお、その巨躯は玉座の天井で窮屈そうに首をもたげていた。


 オブライエンを見下ろす、濁った黄の眼球。薄く開いた口からは鋭い牙が覗いている。大きく広げた両腕の先端には獰猛な爪が妖(あや)しく光っていた。


 ドラゴンを使役(しえき)すると言って憚(はばか)らないのがユランだ。それを疑ったことはないが、ゾラでさえ、今このときまでユランの完全な竜化を目にしたのははじめてだった。そこに正義の影は感じられない。心まで猛獣になってしまった、とまでは思わないが。


 ユランは義に篤(あつ)い。情を重んじる。他者の痛みを共有し、落涙する男だ。殊(こと)、誓いに関してはなにがあろうと破らない。


 彼は己に不殺を誓って、戦場に足を踏み入れた。尾根での待機期間に、何度かそのようなやり取りをしたのだ。オブライエンを殺すために集められたのが他種族連合なのだと言い聞かせても『俺は殺さねえ』の一点張り。いささか子供じみていたが、ユランらしさに呆れ笑った日を遠く感じる。


 殺しおおせるかはともかく、ユランは自分自身に立てた誓いに背いたのだ。それゆえ、赤き竜の威容(いよう)に正義は微塵も表れない。


 玉座で悠然と足を組むオブライエンを抹消するという意味なら、無論ユランの翻意(ほんい)は好都合だ。だが、ゾラはそのように割り切りはしない。友が自(おの)ずから意志を曲げた事実は悲哀を喚起してやまなかった。


「小僧」前傾したゾラが呼びかける。「エルダーの介抱(かいほう)はもういい。自分の身を守れ」


 振り返らずに言う。ノックスとやらがどんな顔をしていようと、なにを思っていようと、これからやることに変わりはない。


 第一グループの役割はオブライエンの分身の足止めに尽きる。ヘルメスが彼をこの場に固定したというのなら、戦う意義は薄い――などと考えていた少し前の自分に腹が立った。この男は水面下でヘルメスと争っているのだ。片や支配から逃れようと。片や釘付けにしようと。ここで自分たちが戦って、多少なりともヘルメスの役に立つなら重畳(ちょうじょう)。


 まあ、これは後付けの理屈に過ぎない。


 友をひとりで戦わせるものか。


 これが本意であり、戦う理由のほぼすべてだ。


「また戦おうと言うのかね? まったくもって無駄だ。生憎(あいにく)、諸君では吾輩に勝てない。もうとっくに思い知ってるのではないかと思ったが……やれやれ、血の気の多いことだ」


 ユランの巨腕がオブライエンを吹き飛ばす――否(いな)、吹き飛ばされたかのごとく回避される。壁を蹴り、直線的な軌道を描く敵へと、跳躍したゾラの拳が食い込んだ。奴が飛ばされたのは玉座の奥。すなわちユランの聳(そび)える危険域である。


 竜化した足がオブライエンを踏みつけた。椅子ごと。と同時に、赤竜の胸部が大きく膨らみ――。


 地を舐め、逆巻く火炎が玉座の奥を地獄に変える。熱気はゾラのいる地点――玉座の中央部まで届いている。否、そこまでで留めているに違いない。ユランの意識は、友の位置を決して見失ってはいないのだ。誓いを破ろうとも、友誼(ゆうぎ)を結んだ者を傷付ける男ではない。


 エルダーも小僧も、幸いながら中央よりも入り口側にいる。被害はなかろう。


 不意に火炎が消え果てる。無意味を悟ったのだろう。ユランの前に座すオブライエンは、実際無傷だった。


「無駄なのだよ、ユラン氏。君の炎では吾輩に火傷ひとつ負わせられない。見ての通り、椅子も絨毯も、もちろん吾輩の服にも影響なし。これで分かってくれ――ないようだね。強情な血族だ」


 爪で、牙で、尻尾で、ユランが連撃を浴びせる。これまではそれなりの衝撃を装(よそお)って吹き飛んでみせたオブライエンが、今度は微動だにしない。


 唐突に、ゾラの背後になにかがまとわりつく感覚があった。払い落とそうと身を捩(よじ)るより先に言葉が届く。


「ゾラにオブライエンの魔力を補給するから、一緒に戦って」


 小僧め。


 無意識に渋面(じゅうめん)を作る。


 腹立たしい。『一緒に戦う』などと、小生意気な。魔力の補給なんぞあって無いようなもの。オブライエン由来(ゆらい)の魔力を常に蓄(たくわ)えておく必要はあるが、それはすでに果たされている。ほかならぬ小僧によってだ。まさかその事実を忘れたわけではあるまい。補給云々(うんぬん)は建前で、またこちらを守ろうという腹に違いなかろう。


「……振り落とされるな」


 粛々と答えたのは、多少なりとも小僧に恩義があるからだ。守られた事実を正当に直視出来てはいないが、小僧を背負って戦うのが報(むく)いになるならば苦でもない。


 背中に小さな温度を感じながら、ゾラは駆けた。


 前方からのユランの猛攻。


 後方からのゾラの襲撃。


 そのいずれも甲斐(かい)はなかった。オブライエンは座した状態であり、一ミリも動かない。シルクハットさえ、ゾラの爪では裂けなかった。振り下ろした拳、繰り出した蹴撃(しゅうげき)、そのいずれもが硬い感触を得るばかり。


 攻撃しながら、魔術だろうかと訝(いぶか)る。それならば干渉(かんしょう)魔壁(まへき)で解除されるはず。敵の攻撃のみでなく、防御においても干渉(かんしょう)魔壁(まへき)は発動するのだから。


 ならば、オブライエンはすでに干渉魔壁を打ち破っているというのか。


 やがて前方――ユランを中心に嵐が巻き起こった。銀色の旋風が巨躯をあますところなく嬲(なぶ)り、唐突に消える。


 ゾラが拳を止めたのはごく自然な驚きからだ。赤竜の鱗の至るところが砕け、裂け、切られている。


 ユランは夥(おびただ)しい血を流し、しかし倒れ込む動作のなかでオブライエンに爪を振り下ろした。だが、仇敵(きゅうてき)は片手で払い除ける。大きく腕を弾かれたユランは、そのまま壁にもたれるように崩れ落ちた。


 赤き竜が段々と姿を変え、もとの姿へと回帰する。膨大な傷を負ったユランは、目に瞑(つむ)り、脱力していた。意識を失ったか、あるいは命を落としたか。それを確かめる隙はない。オブライエンは依然(いぜん)としてゾラに背を向けていたのだが、すでに仕掛けてきている。


 いまだ切断された状態の右腕。それが鉄槌を手にゾラの背後に迫っていたのだ。音を殺し、魔力を隠し。


 振り返ってそれに気付いたのは、勘としか言えない。獣性による本能とも換言出来る。


 今しも振り下ろされようとする鎚を、オブライエンの右腕から奪取する。そして敵の脳天へと打ち下ろした。


 硬い音が響き渡り、ゆっくりとオブライエンが振り返る。椅子の背に腕を乗せて。


「おや。不思議だ。まだ生きている」


 打たれたのはオブライエンだ。ゾラが死ぬ道理はない。だが、相手の考えは読めた。鉄槌を奪ったときにはすでに。


 こちらが鉄槌の襲撃に気付き、それを逆に利用とするところまで奴なら思考を伸ばす。ゆえに、奪われ利用される鉄槌自体に罠を張る。当然だ。おおかた鉄槌には未だオブライエン由来の魔力が残っており、打った瞬間にエルダー同様、魔力枯渇(こかつ)に陥(おちい)らせる算段だったのだろう。背中の小僧もろとも。


 ゆえにゾラは、魔具を魔具としてではなく、単なる鈍器として扱ったのだ。そもそも魔術師に魔具は使えない。しかしながらオブライエンが首を傾(かし)げるあたり、この魔具は特別な品なのだろう。相手の魔力の吸収効果は使用者を選ぶが、蓄積した魔力の逆流という第二の能力――というより欠陥は誰にでも扱えるといったところか。


 オブライエンの右腕がするすると宙を泳いで、彼の身に帰った。


「ゾラ氏は見かけによらず知恵者だね。ユラン氏と違って。そんな君だから問おう。まだ続けるかね?」


 ゾラは鉄槌を後方に放り投げ、「無論」の単語と同時にオブライエンの顔面を殴り付けた。

発言や単語が不明な部分は以下の項目をご参照下さい。



・『ゾラ』→別名、『獣化のゾラ』。勇者一行のひとりであり、『緋色の月』のリーダー。獣人(タテガミ族)の長。常に暴力的な雰囲気を醸している。恋愛に関しては極度に潔癖な一面もある。勇者一行でありヨハンの兄でもあるジーザスと契約し、人間殲滅を目的とした戦争への参加を余儀なくされている。クロエに敗北し、ヨハンの提示した戦争での役割を受け入れることとなった。すべての種族が争いなく共生する世界、『ユグドラシル』を理想としている。しかしながら過去、人間との交流によって失意を味わい、結果、人間に対する愛憎の念を抱くようになった。詳しくは『287.「半分の血」』『336.「旅路の果てに」』『702.「緋色のリーダー」』『790.「獣の王」』『Side Grimm.「獅子のひとりごと」』にて


・『オブライエン』→身体の大部分を魔力の籠った機械で補助する男。王都内の魔具および魔術関連の統括機関『魔具制御局』の局長。自分の身体を作り出した職人を探しているが、真意は不明。茶目っ気のある紳士。騎士団ナンバー1、紫電のザムザを使って『毒食の魔女』を死に至らしめたとされる。全身が液体魔具『シルバームーン』で構築された不死者。かつてのグラキランス領主の息子であり、ラガニアの人々を魔物・他種族・血族に変異させ、実質的に滅亡させた張本人。外界で活動しているのは彼の分身『二重歩行者』であり、本体は一切の魔術的干渉を受けない檻に閉じ込められている。詳しくは『345.「機械仕掛けの紳士」』『360.「彼だけの目的地」』『間章「亡国懺悔録」』にて


・『赤竜卿(せきりゅうきょう)ユラン』→黒の血族で、ラガニアの公爵。自称、ウルトラ・ドラゴン卿。情熱的で正義感の強い青年だがセンスは壊滅的。代々ドラゴンを使役するとされているが実際に目にしたものはおらず、虚言卿や嘘つき公爵と囁かれているが本人は意に介していない。実態は使役というより、ドラゴンと一体化している。肌はドラゴンのそれと同等の堅固さを持つ。身体状況により形状が変化する貴品(ギフト)『貴人の礼装(ミランドラ)』を所持。グレキランスがラガニアの領地であると認めさせるために単身で戦争に参加した。王城にてヨハンに説得され、オブライエン討伐部隊に加わることに。ゾラやニコルとは友人関係にある。詳しくは『幕間「ウルトラ・ドラゴン卿」』『第四章 第三話「永遠の夜ー③赫灼の赤き竜ー」』にて


・『エルダー』→トロールの族長。鉄槌の魔具を所有している。詳しくは『745.「円卓、またはサラダボウル」』にて


・『ノックス』→クロエとともに『最果て』を旅した少年。魔術師を目指している。星で方位を把握出来る。『毒食(どくじき)の魔女』いわく、先天的に魔術を吸収してしまう体質であり、溜め込んだ魔術を抜かなければいずれ命を落とす。王都襲撃ののち、王位を継いだ


・『ヘルメス』→かつてのラガニアでトップクラスに優秀だった魔術師。ねちっこい性格で、人付き合いの苦手な男。もともと魔術学校で講師をしていたがクビになり、一時期ガーミール公爵に雇用されていたが、彼が零落したことでドラクル公爵に鞍替えした。オブライエンの犯罪的魔術を看破し、彼の右腕と左足を木端微塵にした過去を持つ。血族化して以降は夜会卿に仕えていたが、ニコルによる襲撃以降、四代目となるガーミールに鞍替えした。死を契機に、事前に契約を交わした相手に成り変わることで不老不死を実現する異能を持つ。対象者はヘルメスの記憶と肉体と魔力をコピーした、ヘルメスそのものとなる。その際、相手の持つ魔力も上乗せされる。夜会卿の支配地であるアスターに訪れたルイーザの精神を叩き折って泣かせた過去を持つ。ヨハンの提案により、オブライエン討伐ならびに戦争での人間側の勝利後には、四代目ガーミールの部下とともにグレキランスに残り、アルテゴのワクチン研究をすることに合意。オブライエン討伐を見届けるべく、アリスの片目を介してウィンストンと視覚共有をしている。詳しくは『間章「亡国懺悔録」』『第四章 第三話「永遠の夜ー②隠れ家と館ー」』にて


・『黒の血族』→魔物の祖と言われる一族。人間と比較して長命。もともとは王都の敵国であったラガニアの人々のごく一部が、オブライエンの生み出した『気化アルテゴ』によって変異した姿。詳しくは『90.「黒の血族」』『間章「亡国懺悔録」』にて


・『ドラゴン』→巨大な有鱗の魔物。滅多に出現しない。詳しくは『幕間「或る少女の足跡」』にて


・『アスター』→夜会卿ヴラドの統べる街。グレキランスよりも広く、発展している。金貨に代わる貨幣制度として、ドラクル紙幣などが使用されている。詳しくは『第四章 第三話「永遠の夜ー②隠れ家と館ー」』『第四章 第三話「永遠の夜ー④銀嶺膝下マグオートー」』にて


・『魔具』→魔術を施した武具のこと。体内の魔力が干渉するため魔術師は使用出来ないとされているが、ニコルは例外的に魔術と魔具の両方を使用出来る。詳しくは『間章「亡国懺悔録」』にて


・『干渉(かんしょう)魔壁(まへき)』→相手の魔力に干渉し、一切の魔術行使を封じる魔術。ゾラが使用。相手の魔術を身体に馴染ませ、魔力を理解し、解除するという段階を踏む必要がある。詳しくは『845.「杯の女」』にて

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。