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花嫁騎士 ~勇者を寝取られたわたしは魔王の城を目指す~  作者: クラン
第四章 第三話「永遠の夜ー⑦千年の都ー」
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Side Zola.「すべては愛ゆえに」

※ゾラ視点の三人称です。

 興味の失せた様子のオブライエンに対し、問いを投げたのはユランだった。背筋を正し、燃え上がるような熱意を瞳に宿して。


「お前にとって俺たちラガニア人――お前らの言うところの血族は悪なのか? なんで俺たちを血族に変えた?」


 ラガニアを壊滅させるためだ。ゾラはそう理解している。ラガニア城の『記憶の水盆(すいぼん)』、そしてラルフの歴史書。両面から過去を追体験し、そう結論付けていた。ユランも薄々分かってはいるだろう。それでもなお、当人の口から聞きたいらしい。


 しばしの沈黙が流れ、オブライエンは天井へと顔を向けた。そして舌打ちをひとつ。


「ヘルメスめ。ヘルメスめ! ヘルメスめ!! 嗚呼、癪(しゃく)な魔術師だ。二重歩行者(ドッペルゲンガー)越しに吾輩を固定するなど……忌々しい」


 ゾラが唖然としたのも無理はない。千年前の人物の名がオブライエンの口から飛び出したことへの驚きはなかった。すでにメフィストから、グレキランス領にヘルメスがいると尾根で聞かされている。だが、こちらに協力せず傍観を貫くと耳にしていた。


 このとき地上では、ヘルメスと、二重歩行者(ドッペルゲンガー)がさらに生み出した分身が対峙していたのである。地上の二重歩行者(ドッペルゲンガー)を自己消滅不可能な状態にすると同時に、地下の二重歩行者(ドッペルゲンガー)――すなわちゾラの目の前のシルクハットの男までも、玉座の間から移動が出来ない程度に縛り上げたのだ。


 そうした細かな情報は、無論ゾラの知るところではない。


 ヘルメスがオブライエンに干渉(かんしょう)した。干渉出来た。その事実に驚愕したのである。


「まあ、構わんよ」とオブライエンは一転して平静に言う。「吾輩の本体までは届いていない。どのみち、時間の問題だ。ゾラ氏をはじめ諸君には分からんだろうが、今、吾輩はこの場に監禁されている。底意地の悪い魔術師によってだ。当然、吾輩は水面下で抵抗している。諸君にはなにも視(み)えんだろうがね、ヘルメスの嫌らしい魔術と綱引きをしているのだよ。いずれ吾輩に軍配が上がる。そのあかつきには、まず諸君のお仲間を殲滅(せんめつ)しようじゃないか。しかるのち、再びここに舞い戻って諸君を消す」


 オブライエンの言葉に、ゾラは半分安堵し、半分警戒した。自分に課せられたそもそもの役割――二重歩行者(ドッペルゲンガー)の足止めはすでに果たされている。ヘルメスによる干渉によって、より完全なかたちになったと言えよう。


 事ここに至るまで、オブライエンはいつでもこの空間から飛び出し、他種族連合の核を潰しに行けたはずだ。しかし、今の今まで奴は玉座に留まり続けた。とはいえオブライエンのことだ、こちらと戦いながらも周囲の状況を遺漏(いろう)なく観察していたに違いない。核となる人物の特定に至らなかったがゆえ、この場を離れなかったのだろう。すると、各グループの動きが遅れているか、ここにいるオブライエン以外の厄介な相手に手間取っているか。どちらであれ幸とも不幸とも言いがたい。玉座にいない仲間たちの行動が速(すみ)やかだったならば、オブライエンはとうに要人を発見し、こちらを放置して息の根を止めに行ったろう。


 オブライエンは椅子をややずらし、ユランとゾラに横顔を晒(さら)した。関心の薄い表情である。


「別働隊の狙いは吾輩の本体だろう? そこにたどり着けるよう、知恵を絞って計画を練った。そうではないかね? 無駄骨だ。吾輩の本体はもちろん、吾輩の拠点に至る経路はすべて遮断されている。つまりだね、どう足掻(あが)いても到達出来ない。そしてヘルメスとの小競り合いは時間の問題だ」


 オブライエンの根城――すなわち地下空間への入り口は存在しない。他種族連合が動いていると読んだ時点で隔離するのは当然だ。


 はじめから分かりきっていた物事である。ゆえに動揺はない。ただひとつ厄介な点があるとすれば、ヘルメスとの水面下での押し引きが決着し、ほかのグループ――特に密命を帯(お)びた者が役割を終えずに抹殺されること。そればかりはどうにも出来ない。


「さて、ユラン氏の質問に答えよう」


 時間稼ぎ。その意味で、こちらとオブライエンの利害は偶然にも一致している。


 オブライエンが指を一本立てた。人差し指。


「諸君ら血族が悪か否(いな)か。吾輩にとってはどちらでもない。どちらであってもいい。まあ、千年前の戦時下においては、諸君らラガニアの者は明確に敵であり悪だったがね。種(しゅ)が変わった以上、悪云々(うんぬん)はどうでもよくなった。二点目――」


 オブライエンが中指を立てる。


「なぜ諸君を血族に変えたのか。これは設問が適切ではない。吾輩の製作物によって諸君は等しく在(あ)り方が変容した。ある者は魔物に。ある者は他種族に。血族になったのはごくひと握りだ。そのうえで、君の質問をこう解釈しよう。なぜ製作物――アルテゴという名なのだが、なぜアルテゴを用(もち)いたか。答えは簡単だ。人は人を殺すのに大変な負荷がかかる。心が荒む。刃に躊躇(ちゅうちょ)が生まれる。どんな大義名分があろうとも、自分と同じ種を手にかける瞬間に、あるいは殺しおおせたのちに、精神が曇る。無論、吾輩には分からない悩みだ。しかし亡国ラガニアとの戦争へ赴いた兵士からは、おおむねそのような疲労感が見えた」


 オブライエンの演説を耳にしながら、ゾラは鼓動が速くなる実感を覚えた。


 ラルフの記憶を追体験する限りでは、アルテゴ拡散はラガニアを滅亡させる目的とばかり思えたのだ。そうではないのなら、やはりオブライエンは狂っている。


「同族を殺すのに苦痛があるなら、敵を人外にしてしまえばいい。実にシンプルで根本的な解決法じゃないかね? 現に、グレキランス人は千年以上もなんら憂いなくラガニア人を狩り続けている。魔物という名を冠(かん)されたラガニア人は、もはや同族ではない。何体殺そうと心に傷は生(しょう)じないのだよ。吾輩は人間を救ったのだ。人間同士の殺し合いが生む精神の歪みを消したのだから。なに、ラガニアという国家の壊滅はオマケに過ぎない。吾輩はグレキランス人を等しく愛しているからね、彼らの苦しみを見逃せなかった。血族どもが頑張って国を復興したのも関心がない。彼らが死んだ国家を再びラガニアと呼ぶ滑稽(こっけい)も許そう。吾輩は連中と違って分(ぶん)を弁(わきま)えているからね。グレキランスの地を侵(おか)す害虫は駆除するが、対岸で群れる程度なら気にも留めんよ。現に吾輩は千年前を最後に、ラガニアに足を踏み入れていない。なぜか。グレキランスではないからだ」


 嘘だとしても言ってはならないことがある。真実ならばなお悪い。


 千年前のオブライエンの本意がどこにあろうと、今まさに開陳(かいちん)された理屈は、ラルフの記憶のなかで悠然と佇(たたず)む青年と地続きだった。倫理観の欠如。生命への冒涜(ぼうとく)。それらを侵してなお、愛とのたまう天然自然の傲岸(ごうがん)さ。


 オブライエンの心性がいかに邪悪かは知っている。非難すべき最低の男だ。


 しかしゾラはなにも言葉に出来なかった。


 オブライエンを表現するに足(た)る語句が、語彙(ごい)の不足ではなく、文字通り存在しないのである。


「……ゾラ」


 ユランの声がする。オブライエンにばかり吸い込まれていた意識と視線が、朋友(ほうゆう)を捉えた。陽炎をまとい、揺らめく赤き姿。常に真摯(しんし)な光を帯びていたその眼(まなこ)は今、冷え冷えとオブライエンに注(そそ)がれている。


「俺は話し合いのために来た。そのはずだった。もともと誰かを殺すために、痛めつけるために参加した戦争じゃねえ。……だが、全部撤回する。こいつだけは殺さなきゃならねえ」


 ユランの身を火炎が包み、やがて高い天井が手狭に思えるほどの巨影が現れた。

発言や単語が不明な部分は以下の項目をご参照下さい。



・『ゾラ』→別名、『獣化のゾラ』。勇者一行のひとりであり、『緋色の月』のリーダー。獣人(タテガミ族)の長。常に暴力的な雰囲気を醸している。恋愛に関しては極度に潔癖な一面もある。勇者一行でありヨハンの兄でもあるジーザスと契約し、人間殲滅を目的とした戦争への参加を余儀なくされている。クロエに敗北し、ヨハンの提示した戦争での役割を受け入れることとなった。すべての種族が争いなく共生する世界、『ユグドラシル』を理想としている。しかしながら過去、人間との交流によって失意を味わい、結果、人間に対する愛憎の念を抱くようになった。詳しくは『287.「半分の血」』『336.「旅路の果てに」』『702.「緋色のリーダー」』『790.「獣の王」』『Side Grimm.「獅子のひとりごと」』にて


・『オブライエン』→身体の大部分を魔力の籠った機械で補助する男。王都内の魔具および魔術関連の統括機関『魔具制御局』の局長。自分の身体を作り出した職人を探しているが、真意は不明。茶目っ気のある紳士。騎士団ナンバー1、紫電のザムザを使って『毒食の魔女』を死に至らしめたとされる。全身が液体魔具『シルバームーン』で構築された不死者。かつてのグラキランス領主の息子であり、ラガニアの人々を魔物・他種族・血族に変異させ、実質的に滅亡させた張本人。外界で活動しているのは彼の分身『二重歩行者』であり、本体は一切の魔術的干渉を受けない檻に閉じ込められている。詳しくは『345.「機械仕掛けの紳士」』『360.「彼だけの目的地」』『間章「亡国懺悔録」』にて


・『赤竜卿(せきりゅうきょう)ユラン』→黒の血族で、ラガニアの公爵。自称、ウルトラ・ドラゴン卿。情熱的で正義感の強い青年だがセンスは壊滅的。代々ドラゴンを使役するとされているが実際に目にしたものはおらず、虚言卿や嘘つき公爵と囁かれているが本人は意に介していない。実態は使役というより、ドラゴンと一体化している。肌はドラゴンのそれと同等の堅固さを持つ。身体状況により形状が変化する貴品(ギフト)『貴人の礼装(ミランドラ)』を所持。グレキランスがラガニアの領地であると認めさせるために単身で戦争に参加した。王城にてヨハンに説得され、オブライエン討伐部隊に加わることに。ゾラやニコルとは友人関係にある。詳しくは『幕間「ウルトラ・ドラゴン卿」』『第四章 第三話「永遠の夜ー③赫灼の赤き竜ー」』にて


・『ラルフ』→かつてオブライエンの家庭教師をした男。ラガニアで起きた悲劇の一部始終を『追体験可能な懺悔録』というかたちで遺した。『気化アルテゴ』の影響で小人となり、『岩蜘蛛の巣』にコミュニティを形成するに至った。詳しくは『間章「亡国懺悔録」』にて


・『ヘルメス』→かつてのラガニアでトップクラスに優秀だった魔術師。ねちっこい性格で、人付き合いの苦手な男。もともと魔術学校で講師をしていたがクビになり、一時期ガーミール公爵に雇用されていたが、彼が零落したことでドラクル公爵に鞍替えした。オブライエンの犯罪的魔術を看破し、彼の右腕と左足を木端微塵にした過去を持つ。血族化して以降は夜会卿に仕えていたが、ニコルによる襲撃以降、四代目となるガーミールに鞍替えした。死を契機に、事前に契約を交わした相手に成り変わることで不老不死を実現する異能を持つ。対象者はヘルメスの記憶と肉体と魔力をコピーした、ヘルメスそのものとなる。その際、相手の持つ魔力も上乗せされる。夜会卿の支配地であるアスターに訪れたルイーザの精神を叩き折って泣かせた過去を持つ。ヨハンの提案により、オブライエン討伐ならびに戦争での人間側の勝利後には、四代目ガーミールの部下とともにグレキランスに残り、アルテゴのワクチン研究をすることに合意。オブライエン討伐を見届けるべく、アリスの片目を介してウィンストンと視覚共有をしている。詳しくは『間章「亡国懺悔録」』『第四章 第三話「永遠の夜ー②隠れ家と館ー」』にて


・『メフィスト』→ニコルと魔王に協力していた存在。ヨハンの本名。現在はクロエと契約し、魔王討伐に協力している。初出は『幕間.「魔王の城~尖塔~」』


・『グレキランス』→通称『王都』。周囲を壁に囲まれた都。また、グレキランス一帯の地方を指して用いられる。詳しくは『第九話「王都グレキランス」』にて


・『ラガニア』→かつてはグレキランス同様に栄えていた地域、と思われている。実際はグレキランスを領地として治めていた一大国家。オブライエンの仕業により、今は血族の土地と化している。魔王の城は元々ラガニアの王城だった。初出は『幕間.「魔王の城~書斎~」』。詳しくは『間章「亡国懺悔録」』より


・『黒の血族』→魔物の祖と言われる一族。人間と比較して長命。もともとは王都の敵国であったラガニアの人々のごく一部が、オブライエンの生み出した『気化アルテゴ』によって変異した姿。詳しくは『90.「黒の血族」』『間章「亡国懺悔録」』にて


・『記憶の水盆(すいぼん)』→過去を追体験出来る魔道具。魔王の城(ラガニア城)の奥にある。詳しくは『幕間.「魔王の城~記憶の水盆『王城』~」』にて


・『二重歩行者(ドッペルゲンガー)』→ヨハンの得意とする分身の魔術。影に入り込んで移動することが可能。詳しくは『12.「二重歩行者」』にて


・『アルテゴ』→オブライエンの発明した兵器。『固形アルテゴ』『液化アルテゴ』『気化アルテゴ』がある。詳しくは『間章「亡国懺悔録」 幕間37.「アルテゴ」』にて


・『固形アルテゴ』→オブライエンの発明した兵器。固形。詳しくは『間章「亡国懺悔録」 幕間37.「アルテゴ」』にて


・『液化アルテゴ』→オブライエンの発明した兵器。液状で、外気に触れると『気化アルテゴ』となる。詳しくは『間章「亡国懺悔録」 幕間37.「アルテゴ」』にて


・『気化アルテゴ』→オブライエンの発明した兵器。『液化アルテゴ』が気化したもの。膨張を繰り返し、急速に広がる。吸引した人間は多くが魔物となり、一部が他種族に、ごくごく一部が『黒の血族』へと変異する。オブライエンは双子の兄であるスタインの体内に『液化アルテゴ』を設置し、生命活動の停止に伴って外気に触れるよう仕組んだ。スタインが処刑されたことにより、ラガニアは滅亡することとなった。詳しくは『間章「亡国懺悔録」 幕間37.「アルテゴ」』にて

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