↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
花嫁騎士 ~勇者を寝取られたわたしは魔王の城を目指す~  作者: クラン
第四章 第三話「永遠の夜ー⑦千年の都ー」
1766/1787

Side Zola.「烈火の連撃」

※ゾラ視点の三人称です。

 オブライエンの問いに対し、ユランは長らく沈黙していた。無粋(ぶすい)を察したゾラも横槍は挟むまいと決めている。


 オブライエンの言葉はやや迂遠(うえん)だが、ユランに裏切りを(ほの)めかしているのだ。ゾラに刃を向けるか(いな)か。選択次第でなにもかも変わる。


 ゾラとしては、ユランが身を(ひるがえ)し、こちらに戦意を向けようともやむなしと考えていた。友は誰より正義を重んじている。正しさなど立ち位置によって如何(いか)ようにも変化してしまうものだが、ユランの掲げる正義はいつだって(まばゆ)い。アスターで他種族解放を叫んだときもそうだ。ゾラは直接目にしていないが、此度(こたび)の戦争で早々にグレキランス城に乗り込んで王に直訴(じきそ)したという話も、やはり同種の光輝を放っている。


 オブライエンは独立宣言の取り下げと正史の布告(ふこく)を誓った。ユランの悲願だ。その達成を(はば)む者が友だとしても、対峙する姿に光はあろう。


 ユランは頭を()いて、天を(あお)いだ。それからゾラへと振り返り、微笑みを送る。


「決めたかね?」


 オブライエンは不敵な笑みとともに発した。ユランは彼に向き直り、ゆったりと頷く。


「少し考えたが、今決めた。お前の誓いを嘘だとは思わねえよ」


 でもな、と続けるユランの背が眩い。


「ゾラは親友なんだ。ここにいねえ奴らも、大事な親友だ。お前はさ、俺に親友を裏切れって言ってんだろ? そんな提案する奴は正しくねえんだ。つまりだな、お前の望み通りにするつもりはねえよ。なにより、お前はノックスを傷付けただろ」


「それは誤解だ、ユラン閣下。確かに吾輩はノックス少年に指一本触れないとメフィストに誓ったが、条件を覚えているかね? メフィストが地上で展開した作戦は、あえてグレキランスを敵に捧げる代物だった。誓いを破ったのは彼なのだよ。ゆえに、少年には犠牲になってもらうほかない。誓いとはそのようなものではないかね?」


 ノックスというのか、この小僧は。


 ゾラはちらと眼下の少年に視線を向けた。細かい経緯(いきさつ)は彼の知るところではない。ユランが城でなにを仕出かしたのか、概要程度しか聞かされていなかった。それゆえ、少年の名前はこのときはじめて知ったのである。そして立場はいまだに分からない。


 不意に、少年の手がゾラの腕を引き剥がそうとした。なんて非力な小僧だと思う。


 しかし、この目はなんだ。


「もう大丈夫。これ以上魔力を取らないで」


 囁きに近い声が耳に届く。弱いが芯のある声だ。


 この小僧の目。誰かに似ている。


 ゾラの脳裏(のうり)に浮かんだのは、無謀(むぼう)で、愚かで、間抜けで、しかし強かった女の目だった。


 クロエ。


 小僧の目に(とも)ったものは、あの女と似ている。尾根に来る以前、樹海で決闘したときのあの目だ。


 ゾラは少年から手を放し、立ち上がった。そしてユランに並び立つ。エルダーも何事か察したのか、鉄槌(てっつい)を肩に一歩踏み出した。


「どんな理屈があろうと関係ねえんだ。親友がやられてんのに黙ってるなんてありえねえ。すぐに飛びかからなかったのは、お前がどういう野郎か面と向かって確かめるためだ。思った通りの下衆(げす)だな。口ばっか達者で、魂が()もってねえ」


「君は、いや、君たちは底抜けに愚かだね。吾輩を殺す? 間違っている。そして不可能だ」


 エルダーの(つち)が振り下ろされ、オブライエンの頭に至る前に見えない壁に弾かれて閃光が(ほとばし)った。他方、ユランとゾラが同時に放った拳はそれぞれ、敵の顔と腹を吹き飛ばす。座したまま壁に激突し、されどオブライエンは空中で器用に身を(ひね)り、座した状態で床に着地した。


 驚くべき事態ではあるものの、ゾラは冷めていた。オブライエンになんのダメージも与えられていないのは当然として、椅子まで無傷なのは彼の魔術の()すところ。室内のありとあらゆる品が保護されていると見て間違いない。全力で壁を殴ったところで痛むのはこちらの拳だけだろう。


「残念ながら――」


 疾駆し、前蹴りを奴の腹に見舞う。壁にぶつかって跳ねた敵に、跳び上がったユランの(かかと)が落ちる。垂直落下したオブライエンにエルダーの鎚が振るわれたが、こちらは最前同様、()えざる壁に弾かれることとなった。


「諸君の攻撃は――」


 ユランの腕が赤き竜のそれに変わっている。オブライエンの襟首(えりくび)を掴み、局所的(きょくしょてき)な業火がその身を覆った。


 激しく揺らぐ(ほむら)のなかで、(かん)(さわ)る声が響く。


「吾輩には通用せんよ。あらゆる趣向を凝らしても届かない高みがある。ゾラ氏。ユラン氏。そして、名も知らぬトロール君。諸君が束になっても吾輩には遠くおよばない」


 エルダーの鎚が火中に振るわれては弾かれる。そのたびに閃光が散った。彼の手にする鉄槌は(まぎ)れもなく魔具だが、その正体は(さだ)かではない。どのような魔術が籠められているのか、ゾラにも不明だった。他種族連合が結成されてしばらくの頃、興味本位で当人に(たず)ねてみたのだが『知らね』と返された記憶がある。どこで入手したのかも覚えていないらしい。年季の入ったその品は、おそらくはトロールの族長に代々()がれたものだと思うが、推測の域を出なかった。


「やれやれ、とんだ分からず屋だ。性懲(しょうこ)りもない。諸君の攻撃は吾輩を椅子から立たすことすら出来んのだよ」


 実際、オブライエンはユランに掴まれて業火の空中にいたが、椅子を片手で尻に押し付けている様子である。座していると言えなくもない。相手がオブライエンでなければ失笑ものの強がりだ。


 一般的な獣人ならば、この苛烈(かれつ)な連撃のなかで幾度(いくど)も命を落としたろう。猛者であっても瀕死(ひんし)になる程度には攻撃を加えている。だがシルクハットの邪悪な男は涼しいものだ。傷ひとつない。


 ユランが火を解除するのと、ゾラが敵の心臓の真裏に掌底(しょうてい)を放ったのは同時だった。オブライエンは椅子ごと狂おしく回転し、玉座の入り口側の壁で上へと跳ね、天井、右の壁、左の壁へとボールのように跳ね回る。壁にぶつかるたびに加速しているのは魔術なのか、それとも体術なのかゾラには見抜けなかった。狂奔(きょうほん)する運動が、やがて敵の姿を残像に変える。


「攻撃というのはだね、こうやるのだよ」


 遠ざかっては近付く声が、広間に鳴った。


 直後、エルダーの身体が横に吹き飛ぶ。


 続いてユランが下から衝撃を受けたのか、黒色の血を吐いて上に打ち上がった。天井で跳ね、床で跳ね、もう一度天井に激突する。


 最後にゾラの脳天をオブライエンの踵が襲い、抵抗する間もなく床に叩きつけられた。バウンドはしない。なぜなら、狂った運動をピタリとやめたオブライエンの片足が頭を押さえ込んでいたからだ。


 常人なら死ぬ衝撃だ。ゾラであっても、なんの策も講じなければ失神したかもしれない。


「おや、身体に似合わず器用な真似をするじゃないか。ゾラ氏は案外テクニシャンだねえ」


 局所的な身体強化魔術。頭部の表皮に痛みが訪れた刹那(せつな)頭蓋(ずがい)を魔術で守ったのだ。これまでほとんど使う機会のなかった魔術である。なにしろ身体の丈夫さは並ではない。直近で使ったのは二コルとの決闘のときだったが、咄嗟(とっさ)に防御を行使してしまった己に弱さを覚え、忌々(いまいま)しく感じたものだ。今は別段、悔しくもない。こういう場面でこそ使うべきだと納得さえしていた。


 オブライエンが座したまま椅子ごと宙返りをして距離を取る。空中で彼の声がした。


「先ほど諸君に見舞ったのは雑技だ。攻撃魔術とはね、こういうふうにやる」


 オブライエンが着地すると同時に、ゾラの視界ですべてが()ぜた。といっても、ユランやエルダー、そしてノックスが襲われたわけではない。ゾラの視界の間近で幾度も光と熱が膨張したのである。傍目(はため)には高練度の爆裂魔術が何度も重ねて展開されたように映ったことだろう。即死級の魔術。四散した血肉や骨が残れば幸い、といったレベル。


 それゆえ、まだ継続する爆裂魔術の災禍(さいか)から飛び出したゾラに、オブライエンが目を丸くしたのは無理からぬことだ。ゾラの手に魔術製の大剣が握られており、それで首が一閃されたことも敵にとって意想外だろう。


 首を刈った瞬間、ゾラの頭に勝利の二文字が踊った。それもコンマ数秒で自ら消し去る。


 地に落ちたオブライエンの頭が、ニヤニヤと笑いを浮かべてゾラを見上げた。


「首を斬れば勝ちなのかね? 心外だ。吾輩をその程度だと思ってもらっては困るよ」


 死ぬはずがない。それはそうだ。二重歩行者(ドッペルゲンガー)は致命傷を負えば消える定めにあるが、そのような常識をオブライエンに当てはめるのは()である。


 オブライエンゆえ、死なず。


 理屈を度外視した説得力が、その名に宿(やど)っていた。

発言や単語が不明な部分は以下の項目をご参照下さい。



・『ゾラ』→別名、『獣化のゾラ』。勇者一行のひとりであり、『緋色の月』のリーダー。獣人(タテガミ族)の長。常に暴力的な雰囲気を醸している。恋愛に関しては極度に潔癖な一面もある。勇者一行でありヨハンの兄でもあるジーザスと契約し、人間殲滅を目的とした戦争への参加を余儀なくされている。クロエに敗北し、ヨハンの提示した戦争での役割を受け入れることとなった。すべての種族が争いなく共生する世界、『ユグドラシル』を理想としている。しかしながら過去、人間との交流によって失意を味わい、結果、人間に対する愛憎の念を抱くようになった。詳しくは『287.「半分の血」』『336.「旅路の果てに」』『702.「緋色のリーダー」』『790.「獣の王」』『Side Grimm.「獅子のひとりごと」』にて


・『オブライエン』→身体の大部分を魔力の籠った機械で補助する男。王都内の魔具および魔術関連の統括機関『魔具制御局』の局長。自分の身体を作り出した職人を探しているが、真意は不明。茶目っ気のある紳士。騎士団ナンバー1、紫電のザムザを使って『毒食の魔女』を死に至らしめたとされる。全身が液体魔具『シルバームーン』で構築された不死者。かつてのグラキランス領主の息子であり、ラガニアの人々を魔物・他種族・血族に変異させ、実質的に滅亡させた張本人。外界で活動しているのは彼の分身『二重歩行者』であり、本体は一切の魔術的干渉を受けない檻に閉じ込められている。詳しくは『345.「機械仕掛けの紳士」』『360.「彼だけの目的地」』『間章「亡国懺悔録」』にて


・『赤竜卿(せきりゅうきょう)ユラン』→黒の血族で、ラガニアの公爵。自称、ウルトラ・ドラゴン卿。情熱的で正義感の強い青年だがセンスは壊滅的。代々ドラゴンを使役するとされているが実際に目にしたものはおらず、虚言卿や嘘つき公爵と囁かれているが本人は意に介していない。実態は使役というより、ドラゴンと一体化している。肌はドラゴンのそれと同等の堅固さを持つ。身体状況により形状が変化する貴品(ギフト)貴人の礼装(ミランドラ)』を所持。グレキランスがラガニアの領地であると認めさせるために単身で戦争に参加した。王城にてヨハンに説得され、オブライエン討伐部隊に加わることに。ゾラやニコルとは友人関係にある。詳しくは『幕間「ウルトラ・ドラゴン卿」』『第四章 第三話「永遠の夜ー③赫灼の赤き竜ー」』にて


・『アスター』→夜会卿ヴラドの統べる街。グレキランスよりも広く、発展している。金貨に代わる貨幣制度として、ドラクル紙幣などが使用されている。詳しくは『第四章 第三話「永遠の夜ー②隠れ家と館ー」』『第四章 第三話「永遠の夜ー④銀嶺膝下マグオートー」』にて


・『グレキランス』→通称『王都』。周囲を壁に囲まれた都。また、グレキランス一帯の地方を指して用いられる。詳しくは『第九話「王都グレキランス」』にて


・『ノックス』→クロエとともに『最果て』を旅した少年。魔術師を目指している。星で方位を把握出来る。『毒食(どくじき)の魔女』いわく、先天的に魔術を吸収してしまう体質であり、溜め込んだ魔術を抜かなければいずれ命を落とす。王都襲撃ののち、王位を継いだ


・『メフィスト』→ニコルと魔王に協力していた存在。ヨハンの本名。現在はクロエと契約し、魔王討伐に協力している。初出は『幕間.「魔王の城~尖塔~」』


・『エルダー』→トロールの族長。鉄槌の魔具を所有している。詳しくは『745.「円卓、またはサラダボウル」』にて


・『魔具』→魔術を施した武具のこと。体内の魔力が干渉するため魔術師は使用出来ないとされているが、ニコルは例外的に魔術と魔具の両方を使用出来る。詳しくは『間章「亡国懺悔録」』にて


・『ニコル』→クロエの幼馴染。魔王を討伐したとされる勇者だが、実は魔王と手を組んでいる。黒の血族だけの世界を作り上げることが目的。クロエの最終目標はニコルと魔王の討伐。詳しくは『875.「勇者の描く世界」』にて


・『爆裂魔術』→対象に魔力を注ぎ込み、爆発させる魔術。詳しくは『幕間.「魔術の記憶~王立図書館~」』にて


・『二重歩行者(ドッペルゲンガー)』→ヨハンの得意とする分身の魔術。影に入り込んで移動することが可能。詳しくは『12.「二重歩行者」』にて

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。