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花嫁騎士 ~勇者を寝取られたわたしは魔王の城を目指す~  作者: クラン
第四章 第三話「永遠の夜ー⑦千年の都ー」
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Side Zola.「鉄槌の用法」

※ゾラ視点の三人称です。

 オブライエンが座したまま、床に転がる自身の頭部を拾い上げ、本来あるべき場所へと戻した。この間にゾラは追撃を加えることも出来たが、(けん)に徹し、一挙一動を余すことなく目にする。首の切断面はなにもなかったかのごとく繋がっており、ほんの些細(ささい)な傷すら見出せない。


 首を()ねた直後には、(あだ)な攻撃になったと悟ったものだ。血飛沫(ちしぶき)がないのは二重歩行者(ドッペルゲンガー)ゆえ納得出来る。オブライエンの身に流れるのは魔力のみ。だからこそ、切断されて転げる首にも、残った身体からも、血液の代わりに魔力の漏出(ろうしゅつ)があるのが通常である。それがなかった以上、無駄な攻撃に終わったと即座に看取(かんしゅ)した。


「ゾラ氏よ。理解したかね? 吾輩は分身でありながら不死だ。あらゆる致命箇所を狙おうと無意味。たとえ木端微塵にしても元通りになる。それでも挑むか否かは君の問題だ。吾輩にとってはどうでもいい。それにしても妙な魔術を扱うじゃないか。ノックス少年から吸い上げた吾輩の魔力を浸透させて、こちらが繰り出すあらゆる魔術を無化する。賛辞を送ろう。的確な対処だ」


 おざなりな拍手が玉座に反響した。


 オブライエンがなにもかも見抜いている点に、ゾラはさしたる絶望を覚えない。こちらが小人の歴史書を体験している――すなわち目の前のオブライエンが二重歩行者(ドッペルゲンガー)だと知っているのを看破(かんぱ)されたところで問題はなかった。ほかのグループの動きから容易に導ける事柄である。玉座のオブライエンこそ討つべき相手なら共益紙を燃やすのは悪手。自ら連絡手段を断った事実はシルクハットの男に見抜かれているだろう。玉座に仇敵(きゅうてき)ありの(しら)せを送る機会を捨て去ったならば、狙いは別にあると見るのが至当。


 オブライエンがこちらの()した手品を理解した点にも不思議はない。千年という時間の高みにいるのだ。敵にしてみれば小細工の範疇(はんちゅう)だろう。


 干渉(かんしょう)魔壁(まへき)という魔術がある。敵の魔術を身に受け、その構成要件を身体で理解し、自動的に解除するといったもの。クロエ相手に使ったことがある。が、玉座でおこなったのはより高度な干渉魔壁だ。今しもオブライエンの語った通り、ノックスとやらの身に溢れる魔力を解析して肉体に取り入れる。いかなる魔術であろうと源流は当人の魔力だ。それなくして魔術は成立しない。そして、個々人の魔力はそれぞれ異なっている。物理に訴える魔術――たとえば物体を投擲(とうてき)するなど――はともかくとして、それ以外の攻撃や洗脳、幻術の(たぐい)は、オブライエン由来(ゆらい)の魔力がゾラの身にある限り、自動的に解除されるのだ。そこにゾラ自身の理解は必要ない。敵の魔力を保有してさえいれば、直接的な攻撃魔術は例外なく阻止出来る。でなければ今頃、爆裂魔術の連撃により爆散していた。


 エルダーもユランも、倒れたまま動かない。先ほどのオブライエンの攻撃で意識を失ったか、身動きもままならぬほどの衝撃を受けたか。


「貴様の魔術は俺に通用せん。したがって貴様もまた、俺を殺しおおせない」


 魔術製の剣を解除し、ゾラは言う。オブライエンは肩を(すく)め、眉尻を下げた。いかにも困ったふうであるが、口元に(たた)えられた余裕は消えていない。


「通常の魔術では殺せない。おっしゃる通りだ。しかし魔術以外なら殺せる。つまり、どうにでも出来る」


 言って、オブライエンは座したまま床を蹴り、横っ飛びに移動した。着地点は、壁にもたれて目を(つむ)ったエルダーのすぐそばである。


「起きたまえ、トロール君」


 オブライエンがエルダーの額を指先で弾く。すると、エルダーは薄く目を開けた。


「君はこの鉄槌をどこで手に入れたのかね?」


「知らね」


 まだ万全ではないのだろう、エルダーの呼吸は荒い。腕に力を込めている様子だが、どうにも動いてくれないといったように見えた。


「では、この鉄槌の使い方を知っているかね?」


「ぶん殴ったら、ピカピカする」


 あまりに素朴な返答に、オブライエンは腹を(かか)えて笑った。()びた哄笑(こうしょう)が広間に反響する。


 オブライエンがエルダーの鉄槌を奪い取った。軽々と。エルダーは抵抗したようだったが、あまりに虚しい。相当な握力で鉄槌を握っていただろうに、呆気なく武器を失ったのだ。オブライエンだけみれば(なめ)らかな動作で簡単に奪った風情(ふぜい)だが、エルダーの爪が何枚か剥がれ、手のひらは裂けている。


 オブライエンは先ほどの位置に帰還した。むろん、椅子ごと跳躍して。


「愚鈍なるトロール君に、この魔具の真価を教えようではないか」


 宣言直後、オブライエンがまたぞろ床を蹴り、椅子ごと宙を舞う。今度は横っ飛びではなく、ゾラから見て斜め後方への跳躍だった。壁に至っても速度は衰えず、壁面を蹴ってさらに加速する。天上を肘で突いて勢いを増す。ほんの少し前に見た狂気的な運動が再び展開された。やがては残像となり、それすらも()き消えるほどの速度へと昇る。


 魔力を読もうとも、目を凝らそうとも、決して追いつけない。


 しかし一度味わった技である。鉄槌の真価とやらが不気味だったが、ゾラは集中力を極限まで高め、破滅的な一撃を待った。


 胸の中心に激烈な痛みが走り、背後の壁に叩きつけられる。予期すら許さぬ速度でオブライエンの鉄槌がゾラを打ったのだ。


 口に溢れる血の味に、獣性が刺激される。それでもなお冷静でいられたのは、今度もピンポイントで防御を展開出来たからだ。刹那(せつな)の瞬間を肌が感じ取れたのは幸いである。この程度の血と痛みで済んだのは客観的にいえば奇蹟だろう。


 ただ、冷静だからこそ気付いてしまった。


 オブライエンはゾラを殴打したのち、広間の中心に着地する。ゾラに手のひらを向けて。魔術師が相手に手を向ける意味は、これから攻撃するという意思表明と同義だ。手足を(かい)してしか魔術を使えない手合いは特にそう。オブライエンはそんな低級な魔術師ではない。指一本動かさずともいかなる魔術であれ十全(じゅうぜん)に行使するだろう。彼がわざわざ手を動かしたのは、多量の嘲笑で(いろど)られた宣言だ。


 今から殺してみせよう、と。


「この鉄槌はグレキランス草創期(そうそうき)に吾輩が造った魔具でね、打った相手の魔力を霧散させる効力がある。なにも意識せずに振れば、霧散するはずだった魔力と接触して閃光を生む。吾輩の一撃に光はなかったろう? そして、ゾラ氏よ。君の肉体に吾輩由来の魔力は欠片も残っていない」


 事実だ。ノックスから吸い取ったはずの魔力すべてが失われているのを自覚している。失われたのはそれだけだ。ゾラ自身が湛えている自分由来の魔力は健在。


 呆気ない幕引きだ。脚部に力を込め、膝を落として思う。これでは干渉魔壁も使えない。オブライエンの魔術を消すには、奴の魔力をストックしておく必要がある。ゾラとしては、その制約をむしろ軽く感じていたものだ。なにせ、一片も残さず魔力を奪い去るような真似は誰にも出来ない。不可能は、しかし、オブライエンの前で反転する。いかなる常識も通用しない。


「さあ、ゾラ氏よ。もう一度だ。攻撃魔術はどうやるのか。その身で味わいたまえ」


 疾駆の第一歩目で足を止めた。止めざるを得なかった。幾重(いくえ)にも()ぜる閃光が視界の限りを埋め尽くしている。しかし爆音はない。激しく狂おしい鈴の()が鼓膜を揺さぶっていた。


 ものの数秒だったろう。体感では何十秒も経過したように思えたが、オブライエンは自ら爆裂魔術を制止した。ゾラの周囲を、六角形の壁が隙間なく覆っている。


 オブライエンが振り返った先にいるのは、両手をかざした白髪(はくはつ)の少年だった。


「ノックスくぅん。吾輩の邪魔をするなんて、随分偉くなったねぇ」


 輪廻の壁(リンカー・ムール)。魔術を吸収する防御壁。それを一瞬で展開するのは難事(なんじ)だ。過剰な魔力を(そそ)ぎ込まれ、瀕死(ひんし)の身にあった少年にとってはなおさら。


 ゾラの指先が壁に触れる。オブライエン由来の魔力が流れ込む。


 ゾラがオブライエンを飛び越え、少年の前に割って入ったのは、気恥ずかしさからだ。


 慣れていない。


 守られるのにあまりに慣れていないから、どうしたものか分からないから、とりあえず今度は守る側になるほかない。そのような心持ちである。


「いいのかね、ゾラ氏。そこは鉄槌の射程(けん)――」


 知っている。そして動き出したのが自分だけではないことも理解していた。


 ユランが一陣の熱風となり、ゾラの脇を通り過ぎ、オブライエンのそばを駆け抜けた。鉄槌を手にした腕を引き裂いて。


 示し合わせたかのようにエルダーが鉄槌を奪い取り、オブライエンの下腹を突き上げるように振り抜く。弧を描いて吹き飛んだオブライエンは、椅子ごと床に仰向(あおむ)けになった。


 今度のエルダーの一撃に閃光がなかったのは、オブライエンの自業自得だろう。この場の誰もがそう思ったはずだ。オブライエン当人を除いて。


 オブライエンが椅子ごとぴょこんと立ち上がるのと、エルダーの巨体が倒れ伏すのは同時だった。


「これでトロール君は退場だ。次は誰にしようか? (たの)しいねぇ。実に愉しい」


 エルダーの巨躯には今、一切の魔力が感じられなかった。

発言や単語が不明な部分は以下の項目をご参照下さい。



・『ゾラ』→別名、『獣化のゾラ』。勇者一行のひとりであり、『緋色の月』のリーダー。獣人(タテガミ族)の長。常に暴力的な雰囲気を醸している。恋愛に関しては極度に潔癖な一面もある。勇者一行でありヨハンの兄でもあるジーザスと契約し、人間殲滅を目的とした戦争への参加を余儀なくされている。クロエに敗北し、ヨハンの提示した戦争での役割を受け入れることとなった。すべての種族が争いなく共生する世界、『ユグドラシル』を理想としている。しかしながら過去、人間との交流によって失意を味わい、結果、人間に対する愛憎の念を抱くようになった。詳しくは『287.「半分の血」』『336.「旅路の果てに」』『702.「緋色のリーダー」』『790.「獣の王」』『Side Grimm.「獅子のひとりごと」』にて


・『オブライエン』→身体の大部分を魔力の籠った機械で補助する男。王都内の魔具および魔術関連の統括機関『魔具制御局』の局長。自分の身体を作り出した職人を探しているが、真意は不明。茶目っ気のある紳士。騎士団ナンバー1、紫電のザムザを使って『毒食の魔女』を死に至らしめたとされる。全身が液体魔具『シルバームーン』で構築された不死者。かつてのグラキランス領主の息子であり、ラガニアの人々を魔物・他種族・血族に変異させ、実質的に滅亡させた張本人。外界で活動しているのは彼の分身『二重歩行者』であり、本体は一切の魔術的干渉を受けない檻に閉じ込められている。詳しくは『345.「機械仕掛けの紳士」』『360.「彼だけの目的地」』『間章「亡国懺悔録」』にて


・『二重歩行者(ドッペルゲンガー)』→ヨハンの得意とする分身の魔術。影に入り込んで移動することが可能。詳しくは『12.「二重歩行者」』にて


・『ノックス』→クロエとともに『最果て』を旅した少年。魔術師を目指している。星で方位を把握出来る。『毒食(どくじき)の魔女』いわく、先天的に魔術を吸収してしまう体質であり、溜め込んだ魔術を抜かなければいずれ命を落とす。王都襲撃ののち、王位を継いだ


・『小人』→人間とは別の存在。背が低く、ずんぐりとした体形が特徴。その性質は謎に包まれているものの、独自の文化を持つと語られている。特に小人の綴った『小人文字』はその筆頭。『岩蜘蛛の巣』の小人たちは、人間を嫌っている様子を見せた。族長は代々、歴史書を記す役目を負っている。詳しくは『第七話「岩蜘蛛の巣」』にて


・『小人の歴史書』→コロニーの長が代々書き残す歴史書。子孫繁栄よりも大事な仕事らしい。最古の歴史書は記憶を保存した魔道具。詳しくは『285.「魔女の書架」』にて


・『共益紙(きょうえきし)』→書かれた内容を共有する紙片。水に浸すと文字が消える。詳しくは『625.「灰銀の黎明」』にて


・『干渉(かんしょう)魔壁(まへき)』→相手の魔力に干渉し、一切の魔術行使を封じる魔術。ゾラが使用。相手の魔術を身体に馴染ませ、魔力を理解し、解除するという段階を踏む必要がある。詳しくは『845.「杯の女」』にて


・『爆裂魔術』→対象に魔力を注ぎ込み、爆発させる魔術。詳しくは『幕間.「魔術の記憶~王立図書館~」』にて


・『赤竜卿(せきりゅうきょう)ユラン』→黒の血族で、ラガニアの公爵。自称、ウルトラ・ドラゴン卿。情熱的で正義感の強い青年だがセンスは壊滅的。代々ドラゴンを使役するとされているが実際に目にしたものはおらず、虚言卿や嘘つき公爵と囁かれているが本人は意に介していない。実態は使役というより、ドラゴンと一体化している。肌はドラゴンのそれと同等の堅固さを持つ。身体状況により形状が変化する貴品(ギフト)貴人の礼装(ミランドラ)』を所持。グレキランスがラガニアの領地であると認めさせるために単身で戦争に参加した。王城にてヨハンに説得され、オブライエン討伐部隊に加わることに。ゾラやニコルとは友人関係にある。詳しくは『幕間「ウルトラ・ドラゴン卿」』『第四章 第三話「永遠の夜ー③赫灼の赤き竜ー」』にて


・『エルダー』→トロールの族長。鉄槌の魔具を所有している。詳しくは『745.「円卓、またはサラダボウル」』にて


・『トロール』→よく魔物に間違えられる、ずんぐりした巨体と黄緑色の肌が特徴的な種族。知能は低く暴力的で忘れっぽく、さらには異臭を放っている。単純ゆえ、情に厚い。『灰銀の太陽』に協力。詳しくは『741.「夜間飛行」』にて


・『魔具』→魔術を施した武具のこと。体内の魔力が干渉するため魔術師は使用出来ないとされているが、ニコルは例外的に魔術と魔具の両方を使用出来る。詳しくは『間章「亡国懺悔録」』にて


・『輪廻の壁(リンカー・ムール)』→禁止魔術である吸収魔術を応用したもの。魔術を吸収する壁を展開する。吸収した魔術は壁の消滅とともに放出される。詳しくは『Side Leonel.「師に捧ぐ――憎悪と覚悟のうちに」』にて

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