Side Zola.「赤竜と揺さぶり」
※ゾラ視点の三人称です。
樹海の首都ともいえるルドベキア。天をすっかり覆う樹木の枝葉にとりどりの明かりが灯り、発光する虫たちが悠々と飛翔するその地を治める長――ゾラ。膨大な宝物が無造作に転がる玉座を占める彼は、獣人たちの王と呼んでも差し支えなかろう。ニコルに敗北し、彼とともにラガニア城への旅路をたどった勇者一行のひとりでもある。
ラガニア城の奥の間に配された『記憶の水盆』でラガニア国の悲劇を体験し、小人の歴史書により、オブライエンの実態を家庭教師ラルフの記憶で知った。
『夢の管理者』による転移先がオブライエンの目の前だったのを幸運に感じたのは事実である。ラルフの記憶と大きく異なる容貌をしていたが、その姿は尾根でメフィストから聞きおよび、なんなら面相書きもさせた。他種族連合全員がオブライエンの偽の姿――シルクハットに錆色ネクタイの男の正体を知っている。
ゾラの選定した第一グループは、精鋭中の精鋭で構成されている。赤竜卿ユラン。トロールの族長エルダー。そして自分。より多くを討ち取り、能うならオブライエンの分身との対峙を想定していた。それゆえ仇敵の居場所に転移したのは望ましい。だがしかし、お膳立てされた印象が拭えなかった。
各グループに配布された共益紙は一枚きりで、それを所持するゾラが転移直後に紙片を破棄――握った拳の内側で燃やしたのは彼なりの計算あっての行為である。豪奢極まるこの広間がグレキランスの玉座であることは知っていた。ニコルとともに凱旋し、当時の王に招かれたのだから当然である。この場所が地上であり、したがって『夢の管理者』の転移に瑕疵があったかというと、そうも思わなかった。オブライエンならば地下に玉座の模造品を拵えるのは容易かろう。どうあれ、ゾラは地上か地下かなどという疑問に関心を払わなかった。
問題なのは、この空間が魔術によって封鎖されている点にある。誰の魔術かは言わずもがな。共益紙に情報を記す以前に破棄を選択したのは、彼にとっては妥当だ。情報共有の隙などあるまい。そしてこの空間から脱出不可能である以上、ほかのグループからの連絡を得る意義もなかった。
「どうやら俺たちは当たり籤を引いたみてえだ。……お前がオブライエンだな。話がある。大事な話だ」
ユランが先陣を切るのを横目に、ゾラは背後に倒れる少年に注視し、その身に触れた。彼がオブライエンによって死に晒されているのは分かる。
このときの行為は少年への慰めではない。労いでもない。もちろん、害意あって触れたのでもない。
小僧の身にはオブライエンに由来する魔力が満ちていた。それを吸い取り、解析する。そのためにこそゾラは膝を突き、白髪の少年に手を伸ばしたのだ。結果的にその行為が、魔力吸収体質の少年の命を救いうるものとなったわけである。
ゾラが暴力において他を圧倒しているのは事実であるが、少々語弊がある。魔術に関する教養も身につけ、魔術師としても比較的上等な部類だ。
「あり……がとう」
少年の口から漏れ出た感謝を、ゾラは一顧だにしない。横目でエルダーとユランの背、そして玉座のオブライエンを見据えつつ、同時に魔力の解析に集中していた。
「話は聞こう。しかし、うーむ、どうしたことかな。君ら三人だけかね? もうひとり引き寄せるつもりだったのだが……」
顎に手を添えて思案げな顔を見せるオブライエンに、やはりとゾラは内心で頷く。『夢の管理者』に誤りはなかった。転移した戦力のうち、強大なものを幽閉するよう網を張ったに違いない。ゆえに第一グループが玉座に結集したのは必然。オブライエンの口にした『もうひとり』についても心得ていた。
白イタチの獣人ヴィクトル。なによりも彼を捕らえたかったはずだ。ヴィクトルがオブライエンの魔の手を刹那のうちに察知して逃れたのも不思議とは思わない。
それはさておき、ゾラはひとつ安堵していた。エルダーが約束を忘れていないことだ。トロールは極端に忘れっぽい。だから何度も繰り返し言い聞かせた。もしオブライエンと対峙したなら、いつでも攻撃出来るよう準備だけすること。先に手を出してはいけない。
エルダーは特段理由を問わずに頷いた。すぐに仕掛けないよう言い含めたのは、ユランの悲願を遂げさせるためである。絶大な力を持つ正義漢は、なによりも先に対話を望んだのだ。ユランの友であるゾラに異論はない。まず間違いなく破局に至るのも織り込み済みだ。
「で、なんの話かね?」
関心なさげに問うオブライエンに、ユランは堂々たる声を張り上げた。
「念のために確認するが、お前がオブライエンだな? 千年前にグレキランスの独立宣言をした張本人で間違いねえか?」
「いかにも。続けたまえ」とオブライエンは口の端に嫌味な笑みを浮かべて促す。
「俺はお前を恨んでる。ラガニアの民全員が同じ気持ちだ。けどな、俺は復讐するために来たわけじゃねえ。お前と対話しに来た。千年前の悲劇を継承する者として。俺の名はユラン。爵位は公爵だが、偉ぶったことは一度もねえ。誰とだって対等に接してきた。だからお前とも対等に話す」
「ご配慮痛み入るよ、ユラン閣下。それで話とはなにかね?」
「グレキランスは国家じゃねえ。ラガニアの領地だ。勝手に独立宣言して、勝手に国を名乗り、勝手に民を洗脳した。その悪逆は一旦脇に置く。俺が言いたいのはひとつだ。独立を取り消して、正しい歴史を民にちゃんと教えろ」
虚しい要求だ。それを発しているのが友であるのがなおのこと胸に堪える。
ユランは正しい。なにも間違っていない。しかし、オブライエン相手になにを言おうと徒労でしかなかろう。
だが――。
「うむ。ユラン閣下は正しい。独立を撤回しよう。しかるのち、ラガニア領グレキランスの民に正史を広めると誓う。ほかに要求は?」
ゾラは魔力の解析を止めることなく、奥歯を噛み締めた。
明らかな虚言である。ただ、真贋を見極められるものではない。その方面の魔術を会得していたとしても、オブライエンの言葉に信を置くなど暴挙だ。
しかし例外もいる。ユランは直情的だ。愚かではないものの、どうしたものか迷っているはず。そしてきっと、戸惑いを表情に出しているだろう。
「いや……今のところは、ない」
大いにたじろいだ声に、ゾラは嘆息した。と同時に、オブライエンへの憎しみが火力を増す。
「では、吾輩からもよろしいかね? 君の言ではグレキランスの独立は認められておらず、事実上グレキランス全域を掌握している吾輩が君の要求を呑んだのだ。これから君のすべきことはただひとつ。グレキランスに踏み入った血族ならびに、吾輩の首を狙う者全員に戦争終結を宣言したまえ。そして即刻、グレキランスから手を引く。これが道理だが、異論はあるかね?」
「……ない」
悄然としたユランの背に覇気はない。
見ていられなかった。友として。
「それではまず、吾輩を討とうとするすべての人員に命じたまえ。あらゆる作戦を破棄せよと。オブライエンは敵ではなく味方なのだと。この戦争を終結させる要人であると。速やかに――」
「断る」
膝立ちの姿勢でゾラは遮った。
オブライエンと視線が交差する。
相手の口が開く前に続けた。
「なにがあろうと貴様を討つ。そう決めて俺たちはすべての準備を整えた。撤退はない。貴様の命が果てるか、こちらが全滅するか、それ以外の結末は断固として拒否する。なにより、貴様はユランを騙して手駒にしようとしているだけだ。その腐った性根に反吐が出る」
オブライエンは額に手を当て、呵々と笑った。ひどく耳障りで、金属質な濁りを湛えた笑い。
ひとしきり笑うと、オブライエンは真面目な顔で呼びかけた。ユランに、だ。
「ユラン閣下。君にとって吾輩は殺してはならない人物だ。ラガニア領グレキランスの影の支配者である吾輩の宣言なくして君の本懐は遂げられない。誤った歴史も正されない。しかし金獅子の彼は吾輩を殺すと言っているのだ。君の振る舞いひとつで命運が分かれる。さあ、どうする?」
発言や単語が不明な部分は以下の項目をご参照下さい。
・『ゾラ』→別名、『獣化のゾラ』。勇者一行のひとりであり、『緋色の月』のリーダー。獣人(タテガミ族)の長。常に暴力的な雰囲気を醸している。恋愛に関しては極度に潔癖な一面もある。勇者一行でありヨハンの兄でもあるジーザスと契約し、人間殲滅を目的とした戦争への参加を余儀なくされている。クロエに敗北し、ヨハンの提示した戦争での役割を受け入れることとなった。すべての種族が争いなく共生する世界、『ユグドラシル』を理想としている。しかしながら過去、人間との交流によって失意を味わい、結果、人間に対する愛憎の念を抱くようになった。詳しくは『287.「半分の血」』『336.「旅路の果てに」』『702.「緋色のリーダー」』『790.「獣の王」』『Side Grimm.「獅子のひとりごと」』にて
・『ルドベキア』→獣人の集落のひとつ。もっとも規模が大きい。タテガミ族という種が暮らしている。『緋色の月』はルドベキアの獣人が中心となって組織している。詳しくは『608.「情報には対価を」』『786.「中央集落ルドベキア」』にて
・『ニコル』→クロエの幼馴染。魔王を討伐したとされる勇者だが、実は魔王と手を組んでいる。黒の血族だけの世界を作り上げることが目的。クロエの最終目標はニコルと魔王の討伐。詳しくは『875.「勇者の描く世界」』にて
・『ラガニア』→かつてはグレキランス同様に栄えていた地域、と思われている。実際はグレキランスを領地として治めていた一大国家。オブライエンの仕業により、今は血族の土地と化している。魔王の城は元々ラガニアの王城だった。初出は『幕間.「魔王の城~書斎~」』。詳しくは『間章「亡国懺悔録」』より
・『記憶の水盆』→過去を追体験出来る魔道具。魔王の城(ラガニア城)の奥にある。詳しくは『幕間.「魔王の城~記憶の水盆『王城』~」』にて
・『小人』→人間とは別の存在。背が低く、ずんぐりとした体形が特徴。その性質は謎に包まれているものの、独自の文化を持つと語られている。特に小人の綴った『小人文字』はその筆頭。『岩蜘蛛の巣』の小人たちは、人間を嫌っている様子を見せた。族長は代々、歴史書を記す役目を負っている。詳しくは『第七話「岩蜘蛛の巣」』にて
・『小人の歴史書』→コロニーの長が代々書き残す歴史書。子孫繁栄よりも大事な仕事らしい。最古の歴史書は記憶を保存した魔道具。詳しくは『285.「魔女の書架」』にて
・『オブライエン』→身体の大部分を魔力の籠った機械で補助する男。王都内の魔具および魔術関連の統括機関『魔具制御局』の局長。自分の身体を作り出した職人を探しているが、真意は不明。茶目っ気のある紳士。騎士団ナンバー1、紫電のザムザを使って『毒食の魔女』を死に至らしめたとされる。全身が液体魔具『シルバームーン』で構築された不死者。かつてのグラキランス領主の息子であり、ラガニアの人々を魔物・他種族・血族に変異させ、実質的に滅亡させた張本人。外界で活動しているのは彼の分身『二重歩行者』であり、本体は一切の魔術的干渉を受けない檻に閉じ込められている。詳しくは『345.「機械仕掛けの紳士」』『360.「彼だけの目的地」』『間章「亡国懺悔録」』にて
・『ラルフ』→かつてオブライエンの家庭教師をした男。ラガニアで起きた悲劇の一部始終を『追体験可能な懺悔録』というかたちで遺した。『気化アルテゴ』の影響で小人となり、『岩蜘蛛の巣』にコミュニティを形成するに至った。詳しくは『間章「亡国懺悔録」』にて
・『夢の管理者』→人々の夢を管理する老人。実は『気化アルテゴ』の影響で異能を得た人物。あえて分類すると他種族にあたる。彼が仕事場にしている睡蓮の塊根から、別の場所へ人々を送り込むことも可能。戦争において他種族連合をグレキランスの地下に送り込む役目を負っている。詳しくは『第三章 第二話「妖精王と渡し守」』『897.「夢のはじまり」』『第四章 第三話「永遠の夜ー⑤霧海の繋ぎ手ー」』にて
・『メフィスト』→ニコルと魔王に協力していた存在。ヨハンの本名。現在はクロエと契約し、魔王討伐に協力している。初出は『幕間.「魔王の城~尖塔~」』
・『赤竜卿ユラン』→黒の血族で、ラガニアの公爵。自称、ウルトラ・ドラゴン卿。情熱的で正義感の強い青年だがセンスは壊滅的。代々ドラゴンを使役するとされているが実際に目にしたものはおらず、虚言卿や嘘つき公爵と囁かれているが本人は意に介していない。実態は使役というより、ドラゴンと一体化している。肌はドラゴンのそれと同等の堅固さを持つ。身体状況により形状が変化する貴品『貴人の礼装』を所持。グレキランスがラガニアの領地であると認めさせるために単身で戦争に参加した。王城にてヨハンに説得され、オブライエン討伐部隊に加わることに。ゾラやニコルとは友人関係にある。詳しくは『幕間「ウルトラ・ドラゴン卿」』『第四章 第三話「永遠の夜ー③赫灼の赤き竜ー」』にて
・『トロール』→よく魔物に間違えられる、ずんぐりした巨体と黄緑色の肌が特徴的な種族。知能は低く暴力的で忘れっぽく、さらには異臭を放っている。単純ゆえ、情に厚い。『灰銀の太陽』に協力。詳しくは『741.「夜間飛行」』にて
・『エルダー』→トロールの族長。鉄槌の魔具を所有している。詳しくは『745.「円卓、またはサラダボウル」』にて
・『共益紙』→書かれた内容を共有する紙片。水に浸すと文字が消える。詳しくは『625.「灰銀の黎明」』にて
・『グレキランス』→通称『王都』。周囲を壁に囲まれた都。また、グレキランス一帯の地方を指して用いられる。詳しくは『第九話「王都グレキランス」』にて
・『ヴィクトル』→白イタチに似た獣人。詳しくは『第四章 第二話「幻の森」幕間.「少女と獣の恩返し」』にて
・『黒の血族』→魔物の祖と言われる一族。人間と比較して長命。もともとは王都の敵国であったラガニアの人々のごく一部が、オブライエンの生み出した『気化アルテゴ』によって変異した姿。詳しくは『90.「黒の血族」』『間章「亡国懺悔録」』にて




