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花嫁騎士 ~勇者を寝取られたわたしは魔王の城を目指す~  作者: クラン
第四章 第三話「永遠の夜ー⑦千年の都ー」
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1042.「誓いの代償」

 別働隊――他種族連合の撤退はありえない。つまり、ヨハンは認めたわけだ。オブライエンを討つべく様々な工作を(くわだ)て、しかも止める気があるかはともかく必ず決行される、と。


 血が流れずに済むはずがない。ヨハンがそれを口にせざるをえないくらいに追い詰められているのは意外だ。それだけオブライエンの登場が想定を外れており、彼の開陳(かいちん)する読みが正鵠(せいこく)を射ていたわけだ。


 撤退させられない。それを聞いたオブライエンは涼しげな顔だった。もっとも、彼がなにを口にしても、どんな行動を起こそうとも、外面(そとづら)の良さと行動に変化が(しょう)じないのは、ラルフの記憶で体験している。


「撤退指示を受け入れない。なるほど。そこまで作戦が整ってるんだね」なら、とオブライエンはヨハンの膝の上の共益紙(きょうえきし)を指差す。「そこになにを書こうとしたのかな」


 そう。オブライエンの指摘は正しい。そして懸念すべきことも正確だ。彼は答えを知っていてわざと(たず)ねている。すべてが歯止めの()かないほど進行しているというなら、共益紙に記す必要がある内容はたったひとつ。


 ヨハンは捨て(ばち)な口調で、あっさりと口を割った。


「合図ですよ。作戦決行の」


 それを耳にし、オブライエンは満足げに頷いた。


「そう。いかなる内容であれ、次にその紙になにかが記された段階で別働隊が動く。そんなふうに示し合わせてた。偽物の王都の状況を窃視(せっし)して、ちょうど頃合いだと判断したんだね。ところが、邪魔者が現れたからなにも記せなくなった。僕の魔術で君の動きは阻止されたわけだ。なにが君の想定通りで、どこからが想定外なのか聞かせておくれ」


「なにもかも想定外ですよ。貴方が姿を見せたのはもちろん、王都がフェイクであることも、貴方の展開した兵器がごく一部でしかない点も」


 オブライエンは口の端に笑みを残してヨハンを見下ろした。目尻に微笑の(あと)が残っているのは、たぶん彼の常態(じょうたい)なのだろう。


 彼は不意にヨハンから共益紙を奪い、そして()いた手のひらをわたしに向けた。


「これは没収。クロエさんの持ってる紙も渡してくれるよね?」


 どこにどんな魔道具があるか彼は把握済みというわけだ。特に抵抗なく渡したのは、逆転不可能と悟ったゆえである。出し渋ったところでどうにもならない。オブライエンがその気になれば、わたしの全身を硬直させてポケットから紙片を奪うなんて容易なはずだ。


「ありがとう。素直なひとは好きだよ」


 わたしにウインクを寄越してから、彼の両手にささやかな炎が散った。


 跡形もなく燃えたのだ。


 共益紙が。


「これでもう、なにがあっても合図は送れない。永久に待機するわけもないだろうけど、好機は逃すだろうね」


「妙な物言いですね。これまでの貴方の話を総合するに、好機なんてないように思いますが」


 ヨハンの返答は妥当だ。いつの段階で他種族連合が動こうと、地上でヴラドの相手をしている複製ザムザや白銀猟兵(ホワイトゴーレム)が戦力の一部でしかないなら、地下は常に万全であり、すなわち好機などない。


 いや、と考え直す。


 確かに好機だ。絶好の機会と言ってもいい。


「僕が地上にいて、ヴラド君にも手出しせずに君たちと喋ってる。この状況は好機以外のなにものでもないよ」


 少し考えれば分かる。地下に兵器がある状況は変わらない。そこにオブライエンの分身がいるのといないのとでは雲泥の差がある。


 こんなことすら簡単に導き出せないなんて。混乱のあまりヨハンの頭から抜け落ちてしまったのか。


 (いな)。彼はそんな程度の低い見落としはしない。


 今オブライエンを見据える彼の目付きは、陽光の下に立つ美青年と対照的に、粘っこく、疑り深く、陰湿で、まるでどこまで続くか分からない真っ暗な穴のような目だった。


「嘘が下手ですね、オブライエンさん」


 風が吹き抜ける。周囲の死せる人垣(ひとがき)が放つ腐臭が鼻を刺激した。


「嘘ではないけど、まあ、誤解させる物言いだったのは事実かな。僕はここにいる。これは事実。地下の檻に本体がいるのも事実。でも話してないことがあったね。一応確認だけど、君たちと食事会をした愉快な紳士――まあ僕のことだけど――は本体の二重歩行者(ドッペルゲンガー)だってことは知ってるよね?」


「ええ、もちろん」


 ヨハンはもうラルフの記憶について隠す気はないらしい。


「それじゃ話は早い。ここにいる僕は二重歩行者(ドッペルゲンガー)の作った二重歩行者(ドッペルゲンガー)だよ。といっても分与した魔力は一割にも満たない。君たちであればそれで充分制圧出来るから。もちろん、ヴラド君も」


 二重歩行者(ドッペルゲンガー)を使ってさらに二重歩行者(ドッペルゲンガー)を生成するなんて不可能に近い。とはいえ今さら驚くに(あたい)しなかった。常識なんて、オブライエンの前では簡単に破り捨てることが出来る薄い紙切れ。不可能という壁も軽々と飛び越える。


「そうだとして」とヨハンが苦々しい顔をした。「同時に三人の得る情報を処理するのは無茶でしょうに。本体がほぼ意識を失っているのならまだしも」


「妥当な疑問だけど――」


「あのヴラドさんでさえ、蝙蝠(こうもり)の視覚を二匹分と、自分自身の情報処理で限界なんですよ」


 ヨハンに遮られ、オブライエンは眉尻(まゆじり)を下げた。困ったような、哀れんでいるような、そんな具合に。


「才能ないんじゃないかな。魔術の」


 あまりに単純で、部外者には理解出来ないもの。


 才能。


 もしここにヴラドがいたならどんな反応を示したろう。わたしの斬撃を完璧に(しの)ぎ、ベアトリスの決死の一撃さえ対処したヴラド。あれで魔術の才能がないレベルなのか、オブライエンにとっては。


「貴方がそうおっしゃるなら、まあ、才能の問題なんでしょうな。……ところで、もうひとりの二重歩行者(ドッペルゲンガー)はどちらにいらっしゃるんです?」


 ヨハンの問いに、オブライエンはなぜかパチンと手を打った。


「そうそう、肝心な話を忘れてた。ああ、話を()らすわけじゃないから安心して。もうひとりの二重歩行者(ドッペルゲンガー)と関係することだから」


 言って、オブライエンが指を鳴らす。すると彼の頭上一メートルほどの高みに、魔術製のスクリーンが展開された。


 その直後、わたしの身体が動いたのは無意識だ。たぶん、かつての自分が激昂(げっこう)したのだろう。


 サーベルを抜き、瞬時にオブライエンの首を刈ろうとしたようだが、(みの)らない。


 おおかた身体強化魔術の(たぐい)だろう。彼は高速の刃を指で器用に(つま)んで止めた。どんなに力を入れても刃は一向に動いてくれない。サーベルを引くことさえ出来なかった。


「落ち着こうね、クロエさん。約束したじゃないか。約束は守るためにする。そうだよね? メフィストは玉座で誓ったはずだよ。王都を陥落(かんらく)させるような作戦は取らないって。でも、破った。巧妙に策をめぐらせて、あえて(・・・)北門を突破させた。ねえ、メフィスト。君が約束を破ったんだから、僕だって罰を与えなきゃならない」


 オブライエンがノックスに手出ししない代わりに、ヨハンは王都を陥落させるような作戦は取らない。ユランを追って玉座に到達した夜の誓いだ。


 オブライエンの頭上のスクリーンには、シルクハットに錆色(さびいろ)の蝶ネクタイの男が玉座で足を組んだ姿を映し出されている。彼の足元に転がっている白髪の少年――ノックスとセットで。

発言や単語が不明な部分は以下の項目をご参照下さい。



・『オブライエン』→身体の大部分を魔力の籠った機械で補助する男。王都内の魔具および魔術関連の統括機関『魔具制御局』の局長。自分の身体を作り出した職人を探しているが、真意は不明。茶目っ気のある紳士。騎士団ナンバー1、紫電のザムザを使って『毒食の魔女』を死に至らしめたとされる。全身が液体魔具『シルバームーン』で構築された不死者。かつてのグラキランス領主の息子であり、ラガニアの人々を魔物・他種族・血族に変異させ、実質的に滅亡させた張本人。外界で活動しているのは彼の分身『二重歩行者』であり、本体は一切の魔術的干渉を受けない檻に閉じ込められている。詳しくは『345.「機械仕掛けの紳士」』『360.「彼だけの目的地」』『間章「亡国懺悔録」』にて


・『ラルフ』→かつてオブライエンの家庭教師をした男。ラガニアで起きた悲劇の一部始終を『追体験可能な懺悔録』というかたちで遺した。『気化アルテゴ』の影響で小人となり、『岩蜘蛛の巣』にコミュニティを形成するに至った。詳しくは『間章「亡国懺悔録」』にて


・『共益紙(きょうえきし)』→書かれた内容を共有する紙片。水に浸すと文字が消える。詳しくは『625.「灰銀の黎明」』にて


・『王都』→グレキランスのこと。周囲を壁に囲まれた都。詳しくは『第九話「王都グレキランス」』にて


・『魔道具』→魔術を施した道具。魔術師であっても使用出来る。永久魔力灯などがそれにあたる。詳しくは『118.「恋は盲目」』『間章「亡国懺悔録」』にて


・『夜会卿ヴラド』→黒の血族の公爵。王都の書物でも語られるほど名が知られている。魔王の分家の当主。キュラスの先にある平地『毒色原野』を越えた先に彼の直轄地アスターが存在する。極端な純血主義であり、自分に価値を提供出来ない混血や他種族は家畜同様に見なしているらしい。律儀で、礼儀を重んじる性格。不死の力を持ち、血液を資源とした魔術を扱う。肉体の大部分を蝙蝠の魔物に提供しており、攻撃を受ければ自動的に蝙蝠が反撃する。ヨハンと契約を結んでおり、アスターの人々は彼を殺すことが出来ない。詳しくは『幕間.「魔王の城~ダンスフロア~」』『90.「黒の血族」』『幕間.「魔王の城~尖塔~」』『565.「愛の狂妄」』『927.「死に嫌われている」』『第四章 第三話「永遠の夜ー⑥宵闇の狩人達ー」』にて


・『紫電のザムザ』→騎士団ナンバー1の男。銀の髪を持つ魔術師。幼い頃の記憶がない。ときおり頭のなかに響く『声』に従って行動をする。実はオブライエンによって作られた、魔道具に限りなく近い人間。故人。詳しくは『幕間.「王都グレキランス ~啓示~」』『Side Winston.「紫電の組成」』にて


・『白銀猟兵(ホワイトゴーレム)』→人を模した、ずんぐりとした物体。オブライエンの量産している兵器。指令を送ればその通りに行動をすることが出来る。動きは機敏で、硬度は高い。破壊時に自爆する。詳細は『幕間.「白銀空間~潜入~」』『幕間.「白銀空間~白銀猟兵と一問一答~」』『幕間.「白銀空間~魔具制御局~」』にて


・『二重歩行者(ドッペルゲンガー)』→ヨハンの得意とする分身の魔術。影に入り込んで移動することが可能。詳しくは『12.「二重歩行者」』にて


・『ベアトリス』→ラガニアの地下都市ヘイズの長であり、バーンズの子孫。黒の血族で、ラガニアの男爵。誠実な男。祖先の恨みを晴らすべく、夜会卿への宣戦布告を目論んでいる。鎧をかたどった貴品『虚喰』により、無形の靄を自在に操ることが可能。ただし、力を使えば使うほど鎧の内部は空洞化する。戦争にて竜人と組んで人間側につくことを誓った。同じく戦争に参加したイアゼル侯爵の異父兄弟。夜会卿との戦闘において肉体のほぼすべてが空洞化した。詳しくは『第四章 第一話「祈りの系譜」』『第四章 第三話「永遠の夜ー④銀嶺膝下マグオートー」』『第四章 第三話「永遠の夜ー⑥宵闇の狩人達ー」』にて


・『メフィスト』→ニコルと魔王に協力していた存在。ヨハンの本名。現在はクロエと契約し、魔王討伐に協力している。初出は『幕間.「魔王の城~尖塔~」』


・『ノックス』→クロエとともに『最果て』を旅した少年。魔術師を目指している。星で方位を把握出来る。『毒食(どくじき)の魔女』いわく、先天的に魔術を吸収してしまう体質であり、溜め込んだ魔術を抜かなければいずれ命を落とす。王都襲撃ののち、王位を継いだ


・『赤竜卿(せきりゅうきょう)ユラン』→黒の血族で、ラガニアの公爵。自称、ウルトラ・ドラゴン卿。情熱的で正義感の強い青年だがセンスは壊滅的。代々ドラゴンを使役するとされているが実際に目にしたものはおらず、虚言卿や嘘つき公爵と囁かれているが本人は意に介していない。実態は使役というより、ドラゴンと一体化している。肌はドラゴンのそれと同等の堅固さを持つ。身体状況により形状が変化する貴品(ギフト)貴人の礼装(ミランドラ)』を所持。グレキランスがラガニアの領地であると認めさせるために単身で戦争に参加した。王城にてヨハンに説得され、オブライエン討伐部隊に加わることに。ゾラやニコルとは友人関係にある。詳しくは『幕間「ウルトラ・ドラゴン卿」』『第四章 第三話「永遠の夜ー③赫灼の赤き竜ー」』にて

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