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花嫁騎士 ~勇者を寝取られたわたしは魔王の城を目指す~  作者: クラン
第四章 第三話「永遠の夜ー⑦千年の都ー」
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1041.「美しき脅迫者」

 本物の王都は地下に移した。


 オブライエンはなんでもないことのように、ひどく端的に告げたのである。先ほどまでわたしたちがじっと監視していた王都が丸ごと彼お手製の作り物だなんて気付かなかった。気付くわけもない、と納得している自分もいる。信じがたいことも実現してしまうのがオブライエンだ。ラルフの記憶――千年以上前の彼でさえ、当時の常識を次々と塗り替えていったのだから。


「いつの()に王都のレプリカなんて作ったんです?」


 抑揚(よくよう)の欠けた声でヨハンが問う。


「昨日の昼頃かな。簡単な仕事だったよ。シルバームーンで外見も部材もそっくりそのままコピーしただけ。ラルフ先生の思い出を知ってる君たちには分かるだろうけど、王都の地下空間はいつでもどんなふうにでも変化させられる。王都ひとつ分のスペースの確保なんて楽なものさ。君たちが狙ってる僕の本体は、地下の都のさらに地下。別働隊には座標を示して、ピンポイントで転移させるつもりだったんでしょ? 残念だったね」


 ヨハンの戦術はわたしには分からない。もしオブライエンの語る通りならば、他種族連合は転移直後に危機に(おちい)るだろう。王都の地下へと移動することは、今や地下王都の上空に放り出される意味に変わっている。


 ちらと横に視線を落とすと、ヨハンの腕に力が入っているのが見えた。けれどもペンを握った手は動かない。オブライエンが()えざる魔術で拘束しているのだろう。


「作戦の修正が必要。そんなところかな。地下の王都は本物そっくりに作ってある。というか、今や地下が本物なんだけど。大事なのは、地下の都には太陽の光まで再現されてる点。別働隊のみんなは混乱するだろうね。地下に転移したのに地上としか思えない景色なんだから。当然、転移に失敗したと思うはずだよ。混乱した彼らが頼るのはメフィスト、君だ。全作戦を指揮してる君の指示がなければ、彼らは適切に動けない」


 オブライエンの指摘はいちいち正しい。他種族連合は地上に転移したと錯覚するだろう。一度王都を訪れた経験のあるユランやゾラにも見抜けないはずだ。そんな(あら)い作りなわけがない。


 でも、座標なんてそもそもヨハンは知らないはず――と思ったけど、すぐに違うと気が付いた。煙宿からの援軍で唯一、王都襲撃の日以降に地下へ入り込んだ者がいる。


 アリスだ。


 ヨハンが彼女から事細かに情報を聞き出す機会はいくらでもあったように思う。


「こう邪魔されますと、作戦共有も無理ですな」とヨハンは疲れた声でこぼす。今も彼の腕には力が入っていて、とても演技には見えない。


 でも、オブライエンにはすべてお見通しだったわけだ。


 彼の細指がヨハンの(かたわ)らに置かれたボロボロの鞄を示す。


「その鞄、いい魔道具だね。指定した相手の耳に繋がってる。それなのに、どこの誰と通じているか分からない。鞄のなかにある小箱の魔道具と同じ理論だ。仮想空間に声を届け、相手は仮想空間で情報を受け取る。聴覚だけ機能していればいいわけだから、耳の内側だけ君の空間に入り込むだけで済む。誰にも傍受(ぼうじゅ)されない。君がよく使ってる交信魔術と同じだ。絶対に傍受されないし、改竄(かいざん)も防げる。でも残念だったね。僕がここに来た瞬間に鞄の魔道具は封じたよ。こっそりね。君は手元の紙に意識を集中させる演技を続けて、内心でほくそ笑んでたんじゃないかな。僕の言葉を細大(さいだい)漏らさず聞き取った相手が必ず適切な行動をするだろう、って」


 ヨハンの腕が弛緩(しかん)し、力なくオブライエンを見上げた。


「それで、勝利宣言をしにわざわざ私たちのところまで来たんですか?」


「違うよ、メフィスト。僕は交渉したいんだ」


「交渉ですか。どんな内容でしょう」


 オブライエンはにこやかに歯を見せた。真っ白な歯列(しれつ)が日を浴びて(きら)めく。


「別働隊に命じて作戦を中止してくれないかな」


 (おり)からの風が耳元を過ぎる。オブライエンの髪がふわりと(たゆ)む。


 作戦中止。つまりオブライエン討伐を諦めろと言っているわけだ。


「見返りは――」


 言いかけたヨハンが硬直したのも無理はない。わたしの目も、オブライエンの遥か後ろの異変を捉えている。


 北門を中心に、いくつもの人影が(うごめ)いていた。それらはやがて隊列を組み、こちらへと一糸(いっし)乱れずに歩んでくる。その目に生者の光はない。いずれも五体満足なのは、魔術の過程で欠損したパーツを繋いだからだろう。


 死霊術の生みの親が、膨大な数の亡骸(なきがら)を使わないわけがない。


 やがて北門の戦列を()していた多くの死者が、わたしたちを遠巻きに取り囲んだ。


「交渉に応じるのは君たちにとっても望ましいはずだよ。僕は安心してヴラド君たちを殲滅(せんめつ)出来る。グレキランス一帯に入り込んだ血族がラガニアに帰還することはない。撤退を決め込んで中立地帯に向かってる残党も、煙宿に巣食ってる血族も皆殺しだ。でも、ここにいるみんなは例外にしてあげる。ラガニアには返さないけれど、命だけは奪わない。悪くない条件だと思うけど」


 これは交渉じゃない。脅迫だ。首を縦に振り、作戦を中止しなければ今すぐこの場の全員を皆殺しにすると示している。わたしたちを殺すならオブライエンだけで充分。なのに死霊兵を(もち)いたのは、動転している煙宿の人々や竜人、ベアトリスの配下の血族にも分かるよう説得材料としているのだ。二万を越える新鮮な亡骸は脅しの道具としては申し分ない。


「お断りだよ」そう口走ったのはアリスだ。振り返ると、彼女は弐丁(にちょう)の魔銃を抜き放ち、銃口をオブライエンに向けていた。「ヨハンがなんと言おうと、アタシはアンタを許さない」


 生憎(あいにく)、今のわたしはアリスに共感出来ない。感情がないから。


 オブライエンは『毒食(どくじき)の魔女』の(かたき)だ。かつてわたしを導いてくれた混血の女性。アリスは一時期、彼女の弟子だった。復讐心は強いはず。


「アリスさん。君に()いてるわけじゃないんだ。だから大人しくしててほしいな」


「それもお断りだね。ヨハンの作戦なんてアタシには関係ない。これはアタシ自身の意志で選び取ったことだよ」


「困ったな」


 苦笑してさえ、オブライエンの外面(そとづら)の美しさは損なわれない。もっとも、所詮は客観的な印象に過ぎないし、わたしとしては彼になにも感じないけれど。


 そう。


 なにも感じないのだ。


 奇妙だとは思う。オブライエンは間違いなく、シフォンやユラン、そしてヴラドよりも強い。なのに心は(しず)まっていて、高揚(こうよう)なんてどこにもなかった。彼がわたしを歯牙(しが)にもかけていないからなのか、別の理由があるのかは(よう)として知れない。


 一触即発の空気を破ったのはヨハンの呟きだ。彼は共益紙(きょうえきし)に目を落とし、それから視線を持ち上げる。


「……この紙は、貴方のおっしゃる別働隊の面々も所持しています。すでにお気付きでしょうが、同じ紙片を持つ相手に文字を届ける魔道具です。さて、なんの文言(もんごん)をお伝えしましょう? 撤退、作戦中止、無期限に待機、行動するな、戦略破綻(はたん)、失敗……なんでも結構ですよ。貴方の指示通りの言葉を記しましょう」


 事実上、オブライエンの脅しに屈したように聞こえる。


 しかし眼前の青年はほんのり微笑し、溜め息とともに「頑固だね、メフィスト」と漏らした。


「僕が訊きたいのはふたつなんだ。作戦をやめるかどうか。作戦をやめさせる方法があるかどうか。はっきり口に出してくれないかな。イエスかノーか」


 やがてヨハンはからからと笑った。観念したかのように。


「二点目はノーです。別働隊の作戦を止める手段は持ち合わせておりません。撤退はありえない。そのように指示してありますので。一点目の疑問に答える意味はないでしょう? 私に作戦中止の意志があろうと、止める手段がなければどうしようもないのですから」

発言や単語が不明な部分は以下の項目をご参照下さい。



・『王都』→グレキランスのこと。周囲を壁に囲まれた都。詳しくは『第九話「王都グレキランス」』にて


・『グレキランス』→通称『王都』。周囲を壁に囲まれた都。また、グレキランス一帯の地方を指して用いられる。詳しくは『第九話「王都グレキランス」』にて


・『オブライエン』→身体の大部分を魔力の籠った機械で補助する男。王都内の魔具および魔術関連の統括機関『魔具制御局』の局長。自分の身体を作り出した職人を探しているが、真意は不明。茶目っ気のある紳士。騎士団ナンバー1、紫電のザムザを使って『毒食の魔女』を死に至らしめたとされる。全身が液体魔具『シルバームーン』で構築された不死者。かつてのグラキランス領主の息子であり、ラガニアの人々を魔物・他種族・血族に変異させ、実質的に滅亡させた張本人。外界で活動しているのは彼の分身『二重歩行者』であり、本体は一切の魔術的干渉を受けない檻に閉じ込められている。詳しくは『345.「機械仕掛けの紳士」』『360.「彼だけの目的地」』『間章「亡国懺悔録」』にて


・『ラルフ』→かつてオブライエンの家庭教師をした男。ラガニアで起きた悲劇の一部始終を『追体験可能な懺悔録』というかたちで遺した。『気化アルテゴ』の影響で小人となり、『岩蜘蛛の巣』にコミュニティを形成するに至った。詳しくは『間章「亡国懺悔録」』にて


・『シルバームーン』→オブライエンの扱う銀色の液体魔具。あらゆる硬度や質感を含め、あらゆる形状を模すことが可能。詳しくは『592.「局長と銀の月」』にて


・『メフィスト』→ニコルと魔王に協力していた存在。ヨハンの本名。現在はクロエと契約し、魔王討伐に協力している。初出は『幕間.「魔王の城~尖塔~」』


・『赤竜卿(せきりゅうきょう)ユラン』→黒の血族で、ラガニアの公爵。自称、ウルトラ・ドラゴン卿。情熱的で正義感の強い青年だがセンスは壊滅的。代々ドラゴンを使役するとされているが実際に目にしたものはおらず、虚言卿や嘘つき公爵と囁かれているが本人は意に介していない。実態は使役というより、ドラゴンと一体化している。肌はドラゴンのそれと同等の堅固さを持つ。身体状況により形状が変化する貴品(ギフト)貴人の礼装(ミランドラ)』を所持。グレキランスがラガニアの領地であると認めさせるために単身で戦争に参加した。王城にてヨハンに説得され、オブライエン討伐部隊に加わることに。ゾラやニコルとは友人関係にある。詳しくは『幕間「ウルトラ・ドラゴン卿」』『第四章 第三話「永遠の夜ー③赫灼の赤き竜ー」』にて


・『ゾラ』→別名、『獣化のゾラ』。勇者一行のひとりであり、『緋色の月』のリーダー。獣人(タテガミ族)の長。常に暴力的な雰囲気を醸している。恋愛に関しては極度に潔癖な一面もある。勇者一行でありヨハンの兄でもあるジーザスと契約し、人間殲滅を目的とした戦争への参加を余儀なくされている。クロエに敗北し、ヨハンの提示した戦争での役割を受け入れることとなった。すべての種族が争いなく共生する世界、『ユグドラシル』を理想としている。しかしながら過去、人間との交流によって失意を味わい、結果、人間に対する愛憎の念を抱くようになった。詳しくは『287.「半分の血」』『336.「旅路の果てに」』『702.「緋色のリーダー」』『790.「獣の王」』『Side Grimm.「獅子のひとりごと」』にて


・『煙宿(けむりやど)』→王都の北に広がる湿原の一角に存在する宿場町。ならず者の理想郷とされ、出自を問わず暮らすことが出来る。ゆえに人探しはご法度。要人や富裕層の住む『不夜城』と、一般的なならず者の住む『ほろ酔い桟橋』に区分されている。詳しくは『第二章 第四話「煙宿~①ほろ酔い桟橋~」「煙宿~②不夜城~」』にて


・『アリス』→魔銃を使う魔術師。ハルキゲニアの元領主ドレンテの娘。実は防御魔術のエキスパート。王都の歓楽街取締役のルカーニアと永続的な雇用関係を結んだ。ラガニア随一の魔術師ヘルメスに弟子入りし、影の魔術を会得。戦争において縫合伯爵ルドラの次女マヤやハイメ子爵と親交を深めた。詳しくは『33.「狂弾のアリス」』『Side Alice.「ならず者と負け戦」』『第四章 第三話「永遠の夜ー②隠れ家と館ー」』『第四章 第三話「永遠の夜ー⑤霧海の繋ぎ手ー」』『第四章 第三話「永遠の夜ー⑥宵闇の狩人達ー」』にて


・『魔銃』→魔力を籠めた弾丸を発射出来る魔具。通常、魔術師は魔具を使用出来ないが、魔銃(大別すると魔砲)は例外的に使用出来る。詳しくは『33.「狂弾のアリス」』にて


・『弐丁(にちょう)魔銃』→アリスの所有する魔具。元々ハルキゲニアの女王エリザベートが持っていた。王都の魔具職人カルマンにより改造してもらい、強化されている。初出は『33.「狂弾のアリス」』


・『魔道具』→魔術を施した道具。魔術師であっても使用出来る。永久魔力灯などがそれにあたる。詳しくは『118.「恋は盲目」』『間章「亡国懺悔録」』にて


・『ヨハンの鞄本体』→交信魔術の施された鞄。詳しくは『17.「夜明け前~ハルと死霊術師~」』にて


・『漆黒の小箱』→ヨハンの所有物。交信用の魔道具。箱同士がペアになっており、握ることで交信が可能。仮想空間の生成と精神抽出の魔術で成立している。初出は『69.「漆黒の小箱と手紙」』


・『死霊術』→死者を動かす魔術。詳しくは『第一話「人形使いと死霊術師」』『間章「亡国懺悔録」』にて


・『夜会卿ヴラド』→黒の血族の公爵。王都の書物でも語られるほど名が知られている。魔王の分家の当主。キュラスの先にある平地『毒色原野』を越えた先に彼の直轄地アスターが存在する。極端な純血主義であり、自分に価値を提供出来ない混血や他種族は家畜同様に見なしているらしい。律儀で、礼儀を重んじる性格。不死の力を持ち、血液を資源とした魔術を扱う。肉体の大部分を蝙蝠の魔物に提供しており、攻撃を受ければ自動的に蝙蝠が反撃する。ヨハンと契約を結んでおり、アスターの人々は彼を殺すことが出来ない。詳しくは『幕間.「魔王の城~ダンスフロア~」』『90.「黒の血族」』『幕間.「魔王の城~尖塔~」』『565.「愛の狂妄」』『927.「死に嫌われている」』『第四章 第三話「永遠の夜ー⑥宵闇の狩人達ー」』にて


・『黒の血族』→魔物の祖と言われる一族。人間と比較して長命。もともとは王都の敵国であったラガニアの人々のごく一部が、オブライエンの生み出した『気化アルテゴ』によって変異した姿。詳しくは『90.「黒の血族」』『間章「亡国懺悔録」』にて


・『ラガニア』→かつてはグレキランス同様に栄えていた地域、と思われている。実際はグレキランスを領地として治めていた一大国家。オブライエンの仕業により、今は血族の土地と化している。魔王の城は元々ラガニアの王城だった。初出は『幕間.「魔王の城~書斎~」』。詳しくは『間章「亡国懺悔録」』より


・『中立地帯』→別名『毒色(どくいろ)原野(げんや)


・『竜人』→全身を鱗に覆われた種族。蛇に似た目と、鋭い爪を持つ。王都の遥か西にある山脈に生息している。弱者には決して従わない。鱗の色で階級が二分されており、『純鱗』は気高く、『半鱗』は賤しい存在とされている。詳しくは『626.「血族と獣人」』『幕間.「青年魔術師の日記」』にて


・『ベアトリス』→ラガニアの地下都市ヘイズの長であり、バーンズの子孫。黒の血族で、ラガニアの男爵。誠実な男。祖先の恨みを晴らすべく、夜会卿への宣戦布告を目論んでいる。鎧をかたどった貴品『虚喰』により、無形の靄を自在に操ることが可能。ただし、力を使えば使うほど鎧の内部は空洞化する。戦争にて竜人と組んで人間側につくことを誓った。同じく戦争に参加したイアゼル侯爵の異父兄弟。夜会卿との戦闘において肉体のほぼすべてが空洞化した。詳しくは『第四章 第一話「祈りの系譜」』『第四章 第三話「永遠の夜ー④銀嶺膝下マグオートー」』『第四章 第三話「永遠の夜ー⑥宵闇の狩人達ー」』にて


・『毒食(どくじき)の魔女』→窪地の町イフェイオンの守護をする魔術師。『黒の血族』と人間のハーフ。未来を視る力を持つ。本名はカトレア。オブライエンの策謀により逝去。詳しくは『第八話「毒食の魔女」』『Side Winston.「ハナニラの白」』にて


・『シフォン』→ニコルと共に旅をしたメンバー。元騎士団ナンバー2。戦争において簒奪卿の部隊に配属されたが裏切り、血族も人間も殺戮した。自分の感情も思考も持たず、ニコルに従っている。前線基地にてクロエに敗北し、彼女の命ずるまま、現在はシンクレールに従っている。風の魔術の籠もった貴品(ギフト)『シュトロム』を所持。実は騎士団長ゼールの養子。シンクレールの塩オムレツを気に入っている様子。詳しくは『43.「無感情の面影」』『幕間.「魔王の城~記憶の水盆『外壁』~」』『幕間「或る少女の足跡」』『幕間「前線基地の明くる日に」』『第四章 第三話「永遠の夜ー⑥宵闇の狩人達ー」』にて


・『共益紙(きょうえきし)』→書かれた内容を共有する紙片。水に浸すと文字が消える。詳しくは『625.「灰銀の黎明」』にて

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