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花嫁騎士 ~勇者を寝取られたわたしは魔王の城を目指す~  作者: クラン
第四章 第三話「永遠の夜ー⑦千年の都ー」
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Side HAL.「南の推理者」

※ハル視点の三人称です。

 王都南門での決闘が終わってからハルは一睡もしていなかった。もともと眠りを必要としない身体だ。死者の長所のひとつ。


 ただ、自分以外の人間たちも一切眠っていないのを知っている。誰もが奥歯を噛み締め、感情を押し殺して夜明けを迎えたのだ。


 南門のリーダーであるゴッドと、敵の大将レンブラントとの決闘が何度も脳裏に浮かんでは苦々しい痛みを胸にもたらした。ゴッドはすべてを背負って戦い、敗北した。それだけではなく死んだのだ。遺体が敵に回収されたのも腹立たしい。彼は南門の兵士すべての命を守ったとも言える。それがなおのこと辛かった。ハルだけではなく、ゴッドの信奉者(しんぽうしゃ)全員が抱える辛苦(しんく)だろう。


 油断した血族たちを襲おうかと何度も考えた。けれどもこうして朝が来るまでなにもしなかったのは、精神に弱いところがあったわけではない。南門のほぼすべての兵士がそうであるように、ハルもまたゴッドの意志を尊重したのだ。信奉者の末席に加わったと自認するのは抵抗があるものの、自分が手も足も出なかった強敵――レンブラントを追い詰めた姿に(まばゆ)いほどの光を見てしまったのは事実である。言葉遣いや服装や髪型の珍妙さなんて気にならない。文字通りの死闘は彼の生き様をまざまざと表し、目を離せなかった。


 血族もまた、兵士と同じく眠らずに夜を明かした。たったひとり――レンブラントが(いびき)をかいて寝ているのがハルにはひどく不愉快だったが、殴るわけにもいかない。レンブラントに限らず、血族に手出しをしたらゴッドの決闘そのものを無にしてしまう。


 クロエへの恩返しのためにここに来て、目の前の敵になにひとつ出来ない自分が悔しい。けれど涙は出ない。これもまた死者の長所のひとつ。


 東の空が(しら)む頃、のっそりとレンブラントが起きて伸びをした。バキバキと首や肩を鳴らして欠伸(あくび)をひとつ。


「やっぱり夜に寝て朝起きるのは気分がいいねえ。このところずっと昼夜逆転だったからさあ。あれ、この毛布はナターリアちゃんがかけてくれたの? そっか、ありがとうねえ。これは新しい服? いやあ、なにもかも助かるよ」


 レンブラントは燕尾服(えんびふく)の女性――ナターリアと会話しながら、いそいそと新しい服に着替えた。しばし彼の姿が消えて、まっさらな服装になって登場したのは彼女の魔術によるものだろう。衆人環視のなかで裸を(さら)すのはよろしくないというわけだ。こっちだって見たくない。


「そういえば」とレンブラントがナターリアに(たず)ねる。「北門から(しら)せは入ってる?」


「いいえ」


「まあ、それならそれで……。おじちゃんとしては、このまま北門が落ちなくてヴラドが撤退するほうがありがたいよ。ナターリアちゃんもそう思うだろう?」


「ノーコメントで」


「そいつはズルい。ま、いいさ。嫌われ者はおじちゃんだけで充分」


 妙なことにレンブラントは総大将を呼び捨てにし、あまつさえ撤退を願っているらしい。血族同士の因縁なんて知ったことではないが、グレキランスから手を引いてくれればこちらとしても助かる。


 が、そう上手くはいかないものだ。


 ナターリアが唐突に「北門突破の(ほう)です」とハキハキ告げた。


 ほかの門の状況を想い、ハルは瞑目(めいもく)した。何人の血が流れただろう。何人生き残れただろう。大地を染める赤黒い不吉な絨毯が瞼の裏に浮かぶ。決死で戦ったすべての死者に後ろ髪引かれる感覚があった。これもまた、自分以外の兵士も感じているジレンマに違いない。生き残った喜びよりも、手出しひとつ出来ずに生かされた悔しさが心を絶えず突き刺している。


「それじゃ、門を壊すよ」


 言って、レンブラントが門前へと進み、拳を構えた。誰ひとり邪魔立てしない。しかし彼らを認めたわけでもない。降伏した気もない。


 素早く振るわれた拳が巨大な金属音を導き、ひしゃげた鉄門が大通りを吹き飛んでいく。


 ハルは我知らず拳を握り、レンブラントを睨んだ。行き場を失った激しい感情が身体のなかで渦を巻き、ひたすらに出口を求めている。


「ハル」


 肩に触れる手を感じ、振り返ると猛禽類(もうきんるい)に似た顔があった。アカツキ盗賊団の副団長ジンである。彼はゆるゆると首を横に振った。


 分かってる。手を出してはいけないことくらい。分かってなお(おさ)えられないだけ。


「さーて、と。じゃあ行こうか」


 レンブラントが足を踏み出す。彼の靴が壁内の石畳を打ったなら、ハルは飛び出していったかもしれない。勢いのままレンブラントを殴ったかもしれない。自分と彼との格付けは済んでおり、絶対に勝てないと知り抜いているのに。


 ただ、結果的に暴挙は未遂に終わった。


「レンブラント様、下がってください」


 不意にナターリアが言い、レンブラントはきょとんとした顔で振り返る。その足は門の外へと戻った。


「どうしたんだい、ナターリアちゃん。グズグズしてるとヴラドの反感を買うよ?」


 ナターリアはレンブラントを無視して、どうしてかハルの眼前に立った。


 そして妙なことを口走る。


「ハル様。お身体は無事ですか?」


 すでに死んでいるのを把握しているだろうに。少々反発を覚えはしたが、燕尾服の女性の唐突な問いに戸惑っている自分がいる。


「問題ありまセン」


「なにか違和感はありますか?」


「特にありまセン。なんの用でスカ?」


 今さらこちらを(いたわ)るナターリアにムッとした。昨晩はネロとの繋がりを断ち切って亡骸に戻すとまで言ったのに。


 彼女は顎に手を添え、じっとハルの足元を見つめている。小首を(かし)げて。


 そのまま目を(つむ)った。


 彼女の行為は血族たちにも奇妙なものに映ったのだろう。あちこちで囁きが流れる。レンブラントはというと、そんなナターリアをじっと見つめていた。彼は彼女の癖を知っているのだ。即断出来ない物事に出くわしたとき、そして思考の材料が集まったとき、目を閉じて考える癖を。大抵は三秒以内に答えを導き出す。今は十秒以上が経過しようとしていた。


 ナターリアが目を開いたのは合計三十秒後である。ぱっちりした特徴的な目がレンブラントへと向けられる。


「レンブラント様。結論から申し上げますと、今のグレキランスを制圧する意味はありません」


「……どういうことかな?」


「レンブラント様が門を破った直後、グレキランスは差し替えられました。ハル様と術者との魔力の繋がりは、今の壁内にはございません。ご覧の通りハル様は健在ですので、死霊術自体は(たも)たれておりますが、術者の居場所が変わったのです。術者だけが例外的に別所へ移動したと考えるのは不自然。すべての住民が転移した可能性はございますが、そのような魔力は感じませんでした。というより、違和感はハル様と術者との繋がりの変化のみです。間違いなく魔術による事象ですが、完璧に隠蔽(いんぺい)されておりますゆえ、わたくしとしても飛躍した結論を出さざるを得ません。壁を破る前と破った後のグレキランスが、姿かたちは同じ別物に差し替わった。以上がわたくしの推論です」


 レンブラントが首を傾げるのも無理はない。ハルも眉間に(しわ)を寄せたし、血族たちも疑問を顔に出している。


 この場でもっとも早く対応したのはレンブラントだった。


「オーケー。それじゃ今のグレキランスは別物になったわけだ。すると、ただの別物なわけがない。罠だらけ。ヴラドに交信をお願いね」


「はい。……送りました」


「じゃ、返事が来るまで待機。みんな休んで――」


「返事が来ました。予定通り速やかに壁内を制圧せよ、とのことです」


 レンブラントとナターリアは見つめ合い、互いに口をへにゃりと曲げた。


 そしてレンブラントが「全員待機。おじちゃんたちの交信は改竄(かいざん)されてる」と告げる。


 意味が分からなかった。ヴラドというのは彼らの総大将だろうに。だから思わず「なぜ改竄だと思うのデスカ?」と訊ねてしまっていた。


 すると、二人とも苦笑して同じようなことを返した。


「判断が早すぎる」「判断が早すぎます」


 どうやらヴラドとやらは長考癖(ちょうこうへき)のある奴らしい。


 それはともかくとして、ハルにとって無視出来ない問題がある。彼らが術者と呼ぶ、大切な少年ネロのことだ。彼が今グレキランスにいないとしたら、どこにいるというのか。


 その(むね)を問うと、ナターリアはピンと立てた指をハルの足元に向けた。


「地下です」

発言や単語が不明な部分は以下の項目をご参照下さい。



・『ハル』→ネロの死霊術によって蘇った少女。メイド人形を演じている。元々はアカツキ盗賊団に所属。生前の名前はアイシャ。詳しくは『第一話「人形使いと死霊術師」』にて


・『王都』→グレキランスのこと。周囲を壁に囲まれた都。詳しくは『第九話「王都グレキランス」』にて


・『グレキランス』→通称『王都』。周囲を壁に囲まれた都。また、グレキランス一帯の地方を指して用いられる。詳しくは『第九話「王都グレキランス」』にて


・『ゴッド』→実名不明の浅黒い男。騎士団ナンバー9。多くの舎弟を従えている。重力魔術と吸収魔術の使い手。戦争においてレンブラントを追い詰めるも、敗北して死亡。詳しくは『第四章 第三話「永遠の夜ー③赫灼の赤き竜ー」』『第四章 第三話「永遠の夜ー⑥宵闇の狩人達ー」』にて


・『レンブラント』→黒の血族。戦争における夜会卿の第三部隊長。身体強化魔術のエキスパート。見た目は四十代のおじさんだが、血族としては高齢。夜会卿の領地アスターでカジノのオーナーなどをしている。本業は革命屋であり、夜会卿の転覆を狙っているが、同時に夜会卿に拝跪してもいる。王都南門にて騎士団ナンバー9、ゴッドを殺害し亡骸を回収。詳しくは『第四章 第三話「永遠の夜ー②隠れ家と館ー」』『第四章 第三話「永遠の夜ー⑥宵闇の狩人達ー」』にて


・『ナターリア』→黒の血族。大きな目とハキハキした口調が特徴の、血族の女性。夜会卿の領地アスターでカジノの支配人をしている。カジノの秩序を乱すような詐欺まがいの魔術は一切通用しない。人生で一度もイカサマをしたことがないことを自負している。詳しくは『第四章 第三話「永遠の夜ー②隠れ家と館ー」』『第四章 第三話「永遠の夜ー⑥宵闇の狩人達ー」』にて


・『黒の血族』→魔物の祖と言われる一族。人間と比較して長命。もともとは王都の敵国であったラガニアの人々のごく一部が、オブライエンの生み出した『気化アルテゴ』によって変異した姿。詳しくは『90.「黒の血族」』『間章「亡国懺悔録」』にて


・『夜会卿ヴラド』→黒の血族の公爵。王都の書物でも語られるほど名が知られている。魔王の分家の当主。キュラスの先にある平地『毒色原野』を越えた先に彼の直轄地アスターが存在する。極端な純血主義であり、自分に価値を提供出来ない混血や他種族は家畜同様に見なしているらしい。律儀で、礼儀を重んじる性格。不死の力を持ち、血液を資源とした魔術を扱う。肉体の大部分を蝙蝠の魔物に提供しており、攻撃を受ければ自動的に蝙蝠が反撃する。ヨハンと契約を結んでおり、アスターの人々は彼を殺すことが出来ない。詳しくは『幕間.「魔王の城~ダンスフロア~」』『90.「黒の血族」』『幕間.「魔王の城~尖塔~」』『565.「愛の狂妄」』『927.「死に嫌われている」』『第四章 第三話「永遠の夜ー⑥宵闇の狩人達ー」』にて


・『アカツキ盗賊団』→孤児ばかりを集めた盗賊団。タソガレ盗賊団とは縄張りをめぐって敵対関係にあった。詳しくは『第二話「アカツキ盗賊団」』にて


・『ジン』→アカツキ盗賊団の副団長。主にミイナの暴走を止める役目を負っている。弓の名手。矢と矢筒がセットになった魔具と、射程距離増加の魔術の施された弓の魔具を持つ。詳しくは『20.「警戒、そして盗賊達の胃袋へ」』にて


・『ネロ』→クロエの出会った死霊術師(ネクロマンサー)。詳しくは『第一話「人形使いと死霊術師」』にて


・『死霊術』→死者を動かす魔術。詳しくは『第一話「人形使いと死霊術師」』『間章「亡国懺悔録」』にて

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