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花嫁騎士 ~勇者を寝取られたわたしは魔王の城を目指す~  作者: クラン
第四章 第三話「永遠の夜ー⑦千年の都ー」
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1039.「複製と来訪者」

 白くぼやけた青空が大地を照らしている。血と亡骸(なきがら)、鎧と武器。北門から遥か後方に(へだ)たったこの地点においても死の名残は見出(みいだ)せる。崩壊した北門は人間の敗北を象徴していた。


 ヴラドはとっくに壁のなかに足を踏み入れている。そしてわたしたちは疲弊(ひへい)した(てい)でここにいるのだ。いまだにスピネルもベアトリスもマヤも覚醒していない。


 ヴラドとオブライエンを地上でぶつける。そんなことをヨハンは口にしていた。嘘か(まこと)か、わたしには判別出来ない。もとよりどちらの勢力がどう動こうと興味はなかった。ニコルがいるのなら討つという意志だけがある。


 わたしたちは今、例外なく前を――北門の方角を見つめていた。大通りを闊歩(かっぽ)する血族の背中がはっきりと映っている。数キロ隔たっている地点からだ。


 拡大鏡(コグニシオン)。空間の一部に魔力製のレンズを展開する魔術。望遠鏡や双眼鏡に席を譲った古臭い魔術である。それを行使したのはヨハンだ。魔力を察知されてヴラドを刺激するのではないかとアリスが口にしたのだが、ヨハン(いわ)く、朝なお消えない蝙蝠(こうもり)の魔物は魔力を視覚で認知出来ないとのこと。つまり、蝙蝠の目を共有しているヴラドにバレる懸念はないらしい。まあ、露見(ろけん)したところで連中が(きびす)を返してこちらにやってくる可能性はゼロに近いだろう。門を突破した以上、関心は壁内の制圧にある。


 ヴラドが門を(くぐ)ってからというもの、ヨハンはじっとレンズの先を見つめながら胡座(あぐら)をかき、右手にペン、左手に共益紙(きょうえきし)を持っていた。オブライエンが壁内に現れるのを待っているのだろう。思うに、それを合図に地下攻略組――他種族連合に合図を送る算段か。オブライエンが地上に現れれば地下が極めて手薄になる。それでこそオブライエンの本体、ラルフの記憶によれば檻のなかに封じられた実体を叩ける可能性が上昇するのだ。


 とまあ、これは暇に任せた想像に過ぎない。ヨハンの秘密主義は相変わらずのもので、アリスやナルシスが(たず)ねてもまともな返事をしなかった。


「もうじき王都の中心部ですかね」


 誰にともなくヨハンが呟く。


 そう。もうじき中心だ。血族たちの先に噴水広場が見えている。


 変化が起こったのは呟きの直後である。息を呑む音がいくつか鳴った。


 家屋の窓を割り、玄関を打ち破り、壁を破壊して何人もの影が踊る。早朝の日差しに映えるのはいずれも銀の短髪。一様(いちよう)に同じ容姿の男が次々と雷の魔術を放つ。


 見間違えはしない。


 あれは――。


紫電(しでん)のザムザ……?」


 ナルシスが後ろで呟いた。


 知っていて当然だろう。ナルシスも交信担当とはいえ騎士団所属なのだ。第一線で序列の頂点に座していた男の姿は比較的新しめの記憶の箱にあるはず。


 ただ、ザムザのたどった経緯までは把握していないだろう。わたしたちの導き手だった毒食(どくじき)の魔女と相討ちになったのはもちろん、彼がオブライエンによって身体のほぼすべてを作り変えられた操り人形だったことも。


「同じ男が、なんで」


 誰かが呆然と問う。


 答える者はいない。答えを持っている者は迂闊(うかつ)な言葉を己に禁じているのだ。グレキランスから数キロの地点とはいえ、ここにオブライエンの耳がないとは言い切れない。


 雷の魔術で宙を飛び()うザムザたちは別段驚くに(あたい)しない。自我のないザムザを大量複製する方法こそ未知だが、いかにもやりそうなことだ。白銀猟兵(ホワイトゴーレム)や砲台が彼の技術的限界なはずはない。


「マヤより繊細で無駄がないね」


 アリスが真面目な顔で言う。


 彼女の観察眼は正しい。拡大鏡(コグニシオン)越しに見るザムザたちはいずれも高練度の魔術を連発し、なおかつ敵を翻弄(ほんろう)する高速移動を繰り出している。


 ヴラドの部隊がやや押され気味に見えたが、数分もすると拮抗(きっこう)、いや、防御面では問題なく対応している状況へと推移した。直接彼と対峙(たいじ)したときもそうだったが、ヴラドの守りは堅実で無駄がない。攻撃よりも守備が得手(えて)なのだろうか。不死身なのに。


 ヨハンはじっと様子を(うかが)ったままで、まだペンを動かさない。どこかにオブライエンの影がないか探しているのだろう。そもそも開放された北門から見える景色は限定されている。奴が死角にいるのなら、どれだけ待っても意味はない。その程度はヨハンも自覚しているはずだ。そして、この位置から王都の魔力を察知するのは不可能。いかに魔力が強大であれ、距離の制約は無視出来ない。


「あれは――」


 誰かが囁く。


 どうやらオブライエンはザムザだけでは飽き足らず、別の兵器も動員したようである。


 白銀猟兵(ホワイトゴーレム)。もはや見慣れた、ずんぐりした巨体。


 筒状の腕から光線を放つ彼らが、血族の大剣で無惨に破壊され――。


 後ろから(うめ)き声が上がった。


 無理もない。今ヴラドがいるのは壁内で、オブライエンが守ろうとしている場所なのだ。破壊された際に自爆する機構は除去するのが当然。しかし、爆発したのだ。石畳を吹き飛ばし、家屋を巻き込んで。煙が上がり、炎が民家に移る。


 グレキランスもろとも血族を葬り去る考えならば妥当だが、どうも違和感を(ぬぐ)えない。彼にとって王都はそんなに安い場所だろうか。壁を作り、人々を招き、(にせ)の歴史を植え付け、経過した年月は千年を越える。


 たとえ王都が瓦礫(がれき)の山になっても、またはじめからやり直せばいいとでも思っているのか。


 そこに住まう人々――王も含めて、彼にとっては代替可能な部品とでも言うのか。


 無意識に拳を握っている自分に気付き、身体を弛緩(しかん)させる。手のひらに汗をかいていた。


 不自然だ。今は冷静なわたしが肉体の主導権を握っているはずなのに。誰が何人消えようとどうでもいいと思っているのに。思っているはずなのに。


 ふと隣に目を落とすと、ヨハンが共益紙をじっと見ている。ペンは今にもなにか書き込もうとするところで止まっていた。こめかみに青筋が立っている。力を入れても手が動かないみたいに。


 どうしたのだろう。


 やがてヨハンが顔を上げた。目が丸くなり、口がゆるゆると開かれる。自然とわたしの視線も彼の見ているほうへと吸い寄せられた。


 拡大鏡(コグニシオン)は消えていて、代わりにひとりの人間が立っていた。


 手足がひょろ長く、痩せているのに病的には見えない。(しわ)も汚れもないシャツに折り目正しい長ズボン。黒革の靴が(なめ)らかに光を反射している。肌はとても白い。これまで一度も外出した経験がないんじゃないかと思うくらいに。微笑じみたカーブを描く切れ長の目は、どこか茶目っ気がある。鼻は高く、(すじ)が通っており、口元には微笑。腰より長い白銀色の真っ直ぐな髪が、生まれたての太陽の光を浴びて(きら)めいていた。


「おはよう。とてもいい天気だね」


 (まぶ)しそうに東の空を見やる男は、たぶん、誰が見ても美青年だろう。


 彼の姿は何度も見たことがある。けれど、出会ったのはこれが最初だ。彼のほうはきっと何度も会っているつもりだろうけど、容姿が違う。


 ラルフの記憶にあったそのままのオブライエンが、わたしに柔らかい笑みを向けた。

発言や単語が不明な部分は以下の項目をご参照下さい。



・『黒の血族』→魔物の祖と言われる一族。人間と比較して長命。もともとは王都の敵国であったラガニアの人々のごく一部が、オブライエンの生み出した『気化アルテゴ』によって変異した姿。詳しくは『90.「黒の血族」』『間章「亡国懺悔録」』にて


・『夜会卿ヴラド』→黒の血族の公爵。王都の書物でも語られるほど名が知られている。魔王の分家の当主。キュラスの先にある平地『毒色原野』を越えた先に彼の直轄地アスターが存在する。極端な純血主義であり、自分に価値を提供出来ない混血や他種族は家畜同様に見なしているらしい。律儀で、礼儀を重んじる性格。不死の力を持ち、血液を資源とした魔術を扱う。肉体の大部分を蝙蝠の魔物に提供しており、攻撃を受ければ自動的に蝙蝠が反撃する。ヨハンと契約を結んでおり、アスターの人々は彼を殺すことが出来ない。詳しくは『幕間.「魔王の城~ダンスフロア~」』『90.「黒の血族」』『幕間.「魔王の城~尖塔~」』『565.「愛の狂妄」』『927.「死に嫌われている」』『第四章 第三話「永遠の夜ー⑥宵闇の狩人達ー」』にて


・『スピネル』→二度目の『霊山』来訪で出会った、薄黄色の鱗の竜人。臆病で、長いものに巻かれる性格。クロエが無理やり『霊山』に押し入ったことにより、門番をしていた彼も裁きを受ける手はずになっていた。クロエが竜人の族長となったことで無罪放免となり、それから彼女を「至高の星」と呼んで心酔し、自ら下僕関係を望んだ。「至高の星」とは、竜人を含めた世界全部を良くする存在なんだとか。詳しくは『第四章 第二話「幻の森」』にて


・『ベアトリス』→ラガニアの地下都市ヘイズの長であり、バーンズの子孫。黒の血族で、ラガニアの男爵。誠実な男。祖先の恨みを晴らすべく、夜会卿への宣戦布告を目論んでいる。鎧をかたどった貴品『虚喰』により、無形の靄を自在に操ることが可能。ただし、力を使えば使うほど鎧の内部は空洞化する。戦争にて竜人と組んで人間側につくことを誓った。同じく戦争に参加したイアゼル侯爵の異父兄弟。夜会卿との戦闘において肉体のほぼすべてが空洞化した。詳しくは『第四章 第一話「祈りの系譜」』『第四章 第三話「永遠の夜ー④銀嶺膝下マグオートー」』『第四章 第三話「永遠の夜ー⑥宵闇の狩人達ー」』にて


・『マヤ』→縫合伯爵ルドラの次女。雷の魔術師。ルドラの指示で夜会卿に捧げられたが、兄であるアビシェクのみが殺害され、彼女は生かされた。夜会卿への復讐のため人間側に寝返った。北門襲撃の際に夜会卿へ挑みかかるも相手にもされず、苦杯を飲む。詳しくは『第四章 第三話「永遠の夜ー④銀嶺膝下マグオートー」』『第四章 第三話「永遠の夜ー⑤霧海の繋ぎ手ー」』『第四章 第三話「永遠の夜ー⑥宵闇の狩人達ー」』にて


・『オブライエン』→身体の大部分を魔力の籠った機械で補助する男。王都内の魔具および魔術関連の統括機関『魔具制御局』の局長。自分の身体を作り出した職人を探しているが、真意は不明。茶目っ気のある紳士。騎士団ナンバー1、紫電のザムザを使って『毒食の魔女』を死に至らしめたとされる。全身が液体魔具『シルバームーン』で構築された不死者。かつてのグラキランス領主の息子であり、ラガニアの人々を魔物・他種族・血族に変異させ、実質的に滅亡させた張本人。外界で活動しているのは彼の分身『二重歩行者』であり、本体は一切の魔術的干渉を受けない檻に閉じ込められている。詳しくは『345.「機械仕掛けの紳士」』『360.「彼だけの目的地」』『間章「亡国懺悔録」』にて


・『ニコル』→クロエの幼馴染。魔王を討伐したとされる勇者だが、実は魔王と手を組んでいる。黒の血族だけの世界を作り上げることが目的。クロエの最終目標はニコルと魔王の討伐。詳しくは『875.「勇者の描く世界」』にて


・『拡大鏡(コグニシオン)』→空間の一部に魔力のレンズを展開し、遠方を見通す魔術。詳しくは『306.「拡大鏡」』にて


・『アリス』→魔銃を使う魔術師。ハルキゲニアの元領主ドレンテの娘。実は防御魔術のエキスパート。王都の歓楽街取締役のルカーニアと永続的な雇用関係を結んだ。ラガニア随一の魔術師ヘルメスに弟子入りし、影の魔術を会得。戦争において縫合伯爵ルドラの次女マヤやハイメ子爵と親交を深めた。詳しくは『33.「狂弾のアリス」』『Side Alice.「ならず者と負け戦」』『第四章 第三話「永遠の夜ー②隠れ家と館ー」』『第四章 第三話「永遠の夜ー⑤霧海の繋ぎ手ー」』『第四章 第三話「永遠の夜ー⑥宵闇の狩人達ー」』にて


・『共益紙(きょうえきし)』→書かれた内容を共有する紙片。水に浸すと文字が消える。詳しくは『625.「灰銀の黎明」』にて


・『ラルフ』→かつてオブライエンの家庭教師をした男。ラガニアで起きた悲劇の一部始終を『追体験可能な懺悔録』というかたちで遺した。『気化アルテゴ』の影響で小人となり、『岩蜘蛛の巣』にコミュニティを形成するに至った。詳しくは『間章「亡国懺悔録」』にて


・『ナルシス』→王都の騎士団に所属している交信魔術師。自信家で演技口調。しかし交信魔術の腕前は送受信ともに優秀。また、元真偽師。観察眼と魔力察知にも長けている。詳しくは『第四章 第三話「永遠の夜ー①前線基地ー」』『第四章 第三話「永遠の夜ー②隠れ家と館ー」』にて


・『王都』→グレキランスのこと。周囲を壁に囲まれた都。詳しくは『第九話「王都グレキランス」』にて


・『紫電のザムザ』→騎士団ナンバー1の男。銀の髪を持つ魔術師。幼い頃の記憶がない。ときおり頭のなかに響く『声』に従って行動をする。実はオブライエンによって作られた、魔道具に限りなく近い人間。故人。詳しくは『幕間.「王都グレキランス ~啓示~」』『Side Winston.「紫電の組成」』にて


・『毒食(どくじき)の魔女』→窪地の町イフェイオンの守護をする魔術師。『黒の血族』と人間のハーフ。未来を視る力を持つ。本名はカトレア。オブライエンの策謀により逝去。詳しくは『第八話「毒食の魔女」』『Side Winston.「ハナニラの白」』にて


・『グレキランス』→通称『王都』。周囲を壁に囲まれた都。また、グレキランス一帯の地方を指して用いられる。詳しくは『第九話「王都グレキランス」』にて


・『白銀猟兵(ホワイトゴーレム)』→人を模した、ずんぐりとした物体。オブライエンの量産している兵器。指令を送ればその通りに行動をすることが出来る。動きは機敏で、硬度は高い。破壊時に自爆する。詳細は『幕間.「白銀空間~潜入~」』『幕間.「白銀空間~白銀猟兵と一問一答~」』『幕間.「白銀空間~魔具制御局~」』にて

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