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花嫁騎士 ~勇者を寝取られたわたしは魔王の城を目指す~  作者: クラン
第四章 第三話「永遠の夜ー⑦千年の都ー」
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Side Shanti.「晴天の降雨」

※シャンティ視点の三人称です。

 鳴禽卿(めいきんきょう)メルキュール率いる夜会卿第二部隊を掌握(しょうあく)したシャンティは、東門を突破して早々にこんな指示を下した。


「メルキュール。雨を降らせられる?」


 東門を抜けて数メートルのところで歩みを止めて振り返る。錫杖(しゃくじょう)を手にした盲目の貴人が小さく頷いた。


「出来ますが、なんのために?」


「じゃ、降らせて」


 質問に答える気はない。懇切(こんせつ)丁寧に一から十まで説明する必要なんてどこにもないからだ。これまでも彼女の要求に異を唱えるではなく疑問を投げかけた者はいた。そういう奴には決まって脅しつけるか、それでも退かないのならボロボロになるまで蹂躙(じゅうりん)する。簒奪卿(さんだつきょう)の悪名通り、部下であっても容赦はしない。泣いて許しを()うまで痛めつけた人数はいちいち記憶していないが、少なくとも両手足の指では数えられないくらいはいる。


 最初の雨滴(うてき)が石畳を叩いたとき、シャンティは少しホッとした。大人しく従わなかったらどうしようかと思ったのだ。事実上この部隊を支配しているのは自分だが、表向きはメルキュールが部隊長。暴力に訴える真似は出来ない。なにしろ頭上には蝙蝠(こうもり)の目――すなわち夜会卿の監視があるのだから。軍門に下ったはずの自分がメルキュールの胸ぐらを掴んで脅す現場を見せるわけにはいかない。


 夜会卿の視界が三つだけに絞られている内情など、シャンティを含め、第二部隊の者は誰ひとり察知していなかった。視覚共有を示す魔力の糸が途絶えているならまだしも、すべて維持されているとなれば監視に不備はないと考えるのが至極真っ当である。


 晴天の雨のなかを歩みながら、シャンティは『CLOSE』の札が掛かり、カーテンに閉ざされたショッピングストリートを流し見する。どの店も休業状態なのは当たり前。人気(ひとけ)もない。一階に店舗を構えて二階や三階を居住区としている建物もあった。いずれも窓という窓にカーテンが引かれてあり、ひとの動く(かす)かな足音もする。朝を迎えたとはいえ、侵略者が目と鼻の先にいるのだから外を出歩かないのは特段不自然ではない。


 しかし、どうも違和感があった。カーテンの隙間からこちらを(うかが)う影があってもおかしくないのに、あらゆる窓が沈黙している。種々雑多なカーテンがことごとく揺れない。不意の雨音に対してもそうだ。家々に(ひそ)む人々は判で押したように決して姿を(さら)そうとしない。


 怯える者の姿をシャンティは何度も目にしてきた。家に引き籠もるのはありふれている。だが、彼らは怯えの正体を知ろうとするのだ。震える手でカーテンに隙間を開け、そこから簒奪者を観察する。空想のなかで描いたおぞましい幻像ではなく、実体を見て少しでも恐怖をやわらげようとするのが普通なのだ。見えないこと、正体不明であることのほうがよほど恐ろしい。


 わざわざ雨音という刺激を与えても、誰の視線も感じなかった。


「あの、まだ雨を降らせますか……?」


 恐れと怪訝(けげん)さがミックスされたメルキュールの声に「続けて」とだけ返す。


 メルキュールとしては無駄に魔力を消費したくないのだろう。当然だ。壁内制圧にどれだけ消耗するのか分からないのだから。


 歩みを続けながら、もし、とシャンティは想像をめぐらす。もしグレキランス領に入って初日か二日目あたりに、いずれかの門を突破して壁内制圧に取りかかれたならどうなっていたか。


 シフォンよりもずっと邪悪な死神に殺されてたかも。


 ラガニアに暮らすほぼすべての者がそうであるように、シャンティもまたオブライエンが不死だとは思っていない。白銀猟兵(ホワイトゴーレム)の製作者がオブライエンであると知ったときも、名前を継承したのだと察した。今でもそう考えている。だとしても凄まじく厄介な相手であることに違いはない。


 いつなにを仕掛けてくるか分からないが、確実なことがひとつ。どこかの時点で必ず打って出るだろう。それさえ予期していれば、備えとしてはひとまず及第点(きゅうだいてん)。ただし、それで満足するほど大人しい性格ではない。


 中心地へと向かう街路を三分の一ほど進んだ時点でシャンティのほうから仕掛けた。折良(おりよ)く一階の商家にひとの動く足音がしたのである。


 窓を割って侵入し、鉢合(はちあ)わせた人間は銀の短髪の小柄な男だった。そして向き合った瞬間には相手が魔術師だと分かり――。


 侵入してから街路に吹き飛ばされるまで、ものの二秒()らず。野太い雷撃が大通りを横に貫いたのを部隊員すべてが目にしただろう。あまりに素早く放たれた雷撃を避けるには時間が足りなかった。しかし、備えが不足していたわけでもない。


「メルキュール」立ち上がり、呼びかける。あちこちで破砕音が鳴り響き、一斉に襲撃が開始された。「約束は守りなよ。殺すのは無し」


 体表に仕込んだスライムに衝撃を吸収させたものの、溜め息がこぼれた。ついてない、と。


 スライムは多くの種類がいるものの、前線基地付近の川辺で収穫出来たのは一種のみ。一般的なスライムだけ。雷に耐性のあるスライムもちゃんとストックしていたのに、シフォンとの戦闘で使い尽くしてしまった。


「総員攻撃! 殺さないよう注意なさい!」


 メルキュールが叫ぶ。


 雷と化して空中を駆けつつ、こちらへと雷撃を放つ敵は、いずれも同じ容姿で、攻撃の威力も差異はない。これもきっとオブライエンの玩具(おもちゃ)だろうとシャンティは確信した。


 一流と言って差し(つか)えない魔術師が何人も姿を現し、容赦のない攻撃を仕掛けてくる。それらを(かわ)しながら、シャンティは即座に応戦した。


 雨の日は好きだ。自然が味方してくれる。もっとも、この雨はメルキュールの魔術だけど。


 液体操作。シャンティの持つ異能である。言わずもがな、天から(そそ)ぐ液体も操作の対象。


 雨粒の弾丸が男の足を撃ち抜き、鮮血が流れた。そこでまた落胆を覚える。


 オブライエンの作った兵隊に違いないけど、こいつらみんな生きてるんだ。


 殺すのは簡単。心臓を撃ち抜けば終わり。


「あーあ」


 器用に雷を避けつつ、うんざりした声が漏れる。


 約束なんてしなきゃよかった。誰も殺さないなんて。


 破ったっていい約束なんだけど。だってシンクレールくんはそもそも敵なんだし。


 ふと、シフォンとの戦闘で命を落とした弟――リクの顔が脳裏に浮かんだ。だからまた、あーあ、と思う。


「めんどくさ」


 雨水を球状にまとめて、銀髪の男の全身を捉える。圧力で身体の動きを奪ってなお、平気で雷撃を放ってくるんだから困った。雷撃の届かない遠方まで水球を移動させてようやく無力化したと言える。ただ、敵は無数に存在し、水圧での拘束も緩めるわけにはいかない。


「メルキュール。私が死んだらさ、逃げてね」


 たぶん、言いたいことはこれで伝わるはずだ。水の都スィーリーは返す。だから、リクと私の故郷は守ってほしい。


 オブライエンのせいで死ぬのは嫌だけど、まあ、私は悪党だし、ちょうどいいのかも。


 そんなことを考えた矢先、眼前で淡いブルーのドレスが揺れた。錫杖が鳴り、渦状(うずじょう)の水壁が雷を阻む。


「逃げるだなんてとんでもありません。第二部隊の長を任されたのですもの。夜会卿の顔に泥を塗るわけにはいきませんわ」


 空中を駆ける銀髪の男たちが巨大な水球に呑まれ、即座に収縮する。五人ほど一気に捕縛したメルキュールは、シャンティがやってみせたのと同様、遠方に水球を移動させた。


 格好つけやがって、と思う。


 でも、ちょっとだけ頼もしいかな。


 シャンティがメルキュールを屈服させられたのは相性の問題でしかない。液体操作の異能がなければ絶対に勝てない相手とさえ言える。


 全盲ゆえに磨かれた魔力察知と、ありとあらゆる水の魔術を記憶した貴品(ギフト)水殿の王笏(アロン・マイム)』。


 相性を度外視すればシャンティを遥かに(しの)ぐ実力を持っているのだ、この元女教師は。

発言や単語が不明な部分は以下の項目をご参照下さい。



・『簒奪卿(さんだつきょう)シャンティ』→黒の血族で、ラガニアの子爵。過剰な装飾と肉体改造を施した、傲慢で残虐な女性。同族の土地へと侵略を繰り返す様から、簒奪卿の異名がつけられた。固有の異能である液体操作を持つが、有機物に限っては相手の意識がなければ操れないという制約がある。加えて、スライムを使役する。リクの腹違いの姉。戦争において前線基地を襲撃したが、シフォンの裏切りにより全軍壊滅。王都東門でメルキュールを圧倒し、スィーリーを返還する代わりに自分とリクの領地であるマナスルとブロンの保護を依頼。詳しくは『第四章 第三話「永遠の夜ー①前線基地ー」』『第四章 第三話「永遠の夜ー⑥宵闇の狩人達ー」』にて


・『鳴禽卿(めいきんきょう)メルキュール』→夜会卿の第二部隊長。黒の血族で、ラガニアの伯爵。水の魔術を記憶した貴品(ギフト)水殿の王笏(アロン・マイム)』を所持。水の都スィーリーの領主兼教師だったが、簒奪卿シャンティの侵略により、やむなく夜会卿ヴラドの所有地で暮らしている。戦争において東門をほぼ制圧するも、シャンティに横槍を入れられる。しかし当のシャンティからスィーリーを返すと言われ、懐柔された。詳しくは『第四章 第三話「永遠の夜ー②隠れ家と館ー」』『第四章 第三話「永遠の夜ー⑥宵闇の狩人達ー」』にて


・『夜会卿ヴラド』→黒の血族の公爵。王都の書物でも語られるほど名が知られている。魔王の分家の当主。キュラスの先にある平地『毒色原野』を越えた先に彼の直轄地アスターが存在する。極端な純血主義であり、自分に価値を提供出来ない混血や他種族は家畜同様に見なしているらしい。律儀で、礼儀を重んじる性格。不死の力を持ち、血液を資源とした魔術を扱う。肉体の大部分を蝙蝠の魔物に提供しており、攻撃を受ければ自動的に蝙蝠が反撃する。ヨハンと契約を結んでおり、アスターの人々は彼を殺すことが出来ない。詳しくは『幕間.「魔王の城~ダンスフロア~」』『90.「黒の血族」』『幕間.「魔王の城~尖塔~」』『565.「愛の狂妄」』『927.「死に嫌われている」』『第四章 第三話「永遠の夜ー⑥宵闇の狩人達ー」』にて


・『視覚共有』→その名の通り、視覚を共有する魔術。詳しくは『9.「視覚共有」』にて


・『グレキランス』→通称『王都』。周囲を壁に囲まれた都。また、グレキランス一帯の地方を指して用いられる。詳しくは『第九話「王都グレキランス」』にて


・『シフォン』→ニコルと共に旅をしたメンバー。元騎士団ナンバー2。戦争において簒奪卿の部隊に配属されたが裏切り、血族も人間も殺戮した。自分の感情も思考も持たず、ニコルに従っている。前線基地にてクロエに敗北し、彼女の命ずるまま、現在はシンクレールに従っている。風の魔術の籠もった貴品(ギフト)『シュトロム』を所持。実は騎士団長ゼールの養子。シンクレールの塩オムレツを気に入っている様子。詳しくは『43.「無感情の面影」』『幕間.「魔王の城~記憶の水盆『外壁』~」』『幕間「或る少女の足跡」』『幕間「前線基地の明くる日に」』『第四章 第三話「永遠の夜ー⑥宵闇の狩人達ー」』にて


・『ラガニア』→かつてはグレキランス同様に栄えていた地域、と思われている。実際はグレキランスを領地として治めていた一大国家。オブライエンの仕業により、今は血族の土地と化している。魔王の城は元々ラガニアの王城だった。初出は『幕間.「魔王の城~書斎~」』。詳しくは『間章「亡国懺悔録」』より


・『オブライエン』→身体の大部分を魔力の籠った機械で補助する男。王都内の魔具および魔術関連の統括機関『魔具制御局』の局長。自分の身体を作り出した職人を探しているが、真意は不明。茶目っ気のある紳士。騎士団ナンバー1、紫電のザムザを使って『毒食の魔女』を死に至らしめたとされる。全身が液体魔具『シルバームーン』で構築された不死者。かつてのグラキランス領主の息子であり、ラガニアの人々を魔物・他種族・血族に変異させ、実質的に滅亡させた張本人。外界で活動しているのは彼の分身『二重歩行者』であり、本体は一切の魔術的干渉を受けない檻に閉じ込められている。詳しくは『345.「機械仕掛けの紳士」』『360.「彼だけの目的地」』『間章「亡国懺悔録」』にて


・『白銀猟兵(ホワイトゴーレム)』→人を模した、ずんぐりとした物体。オブライエンの量産している兵器。指令を送ればその通りに行動をすることが出来る。動きは機敏で、硬度は高い。破壊時に自爆する。詳細は『幕間.「白銀空間~潜入~」』『幕間.「白銀空間~白銀猟兵と一問一答~」』『幕間.「白銀空間~魔具制御局~」』にて


・『スライム』→無害な魔物。詳しくは『10.「使命と責任 ~スライムゼリーを添えて~」』にて


・『前線基地』→王都北東の山脈にほど近い場所の山岳地帯に作った、戦争における要衝。血族の侵入経路と王都を直線上に結ぶ位置にあるため、全滅は必至であり、足止めの役割がある。総隊長としてシンクレールが配備されている。簒奪卿シャンティおよびシフォンの襲撃によりほぼ壊滅した。詳しくは『第四章 第二話「幻の森」』『第四章 第三話「永遠の夜ー①前線基地ー」』にて


・『シンクレール』→王立騎士団の元ナンバー9。クロエが騎士団を去ってからナンバー4に昇格した。氷の魔術師。騎士団内でクロエが唯一友達かもしれないと感じた青年。他人の気付かない些細な点に目の向くタイプ。それゆえに孤立しがち。トリクシィに抵抗した結果、クロエとともに行動することになった。戦争において前線基地のリーダーを任され、簒奪卿シャンティと対峙。彼女の配下にいたシフォンの存在により、シャンティと共闘。そののち、シャンティは捕虜となり、シフォンは彼と行動するようになった。詳しくは『169.「生の実感」』『第九話「王都グレキランス」』『第四章 第三話「永遠の夜ー①前線基地ー」』にて


・『リク』→黒の血族で、ラガニアの伯爵。シャンティの従僕。誠実な性格。類まれな剣術を持つ。相手の意識のみを切断する貴品を有する。シャンティの腹違いの弟。シフォンとの戦闘により死亡。詳しくは『第四章 第三話「永遠の夜ー①前線基地ー」』にて


・『スィーリー』→ラガニアの街。周囲を川に囲まれた水の都。かつて鳴禽卿(めいきんきょう)メルキュール伯爵が治めていたが、シャンティに侵略された。詳しくは『第四章 第三話「永遠の夜ー①前線基地ー」』にて


・『貴品(ギフト)』→血族たちの作り出した魔具。詳しくは『911.「貴品」』にて


・『水殿の王笏(アロン・マイム)』→鳴禽卿(めいきんきょう)メルキュールの所持する錫杖の貴品(ギフト)。あらゆる水の魔術を記憶し、自由に扱うことが可能。使用すればするほど練度が高まる品。詳しくは『第四章 第三話「永遠の夜ー⑥宵闇の狩人達ー」』にて

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