Side Luna.「たったひとりの、特別な」
※ルナ視点の三人称です。
唐突に出現した銀髪の敵に対し、夜会卿ヴラドの長女候補であるルナは一切の動揺なく魔術を行使した。槍を生成し、自在に操る魔術。出現させる箇所も打ち込むタイミングも自由自在。実物の槍を手にしているのは、少女時代からの訓練の名残。魔術は展開されるまでの過程で想像力に依存する。実際の槍があれば想像しやすいという理屈。
今、空中で乱舞し、銀髪の男を串刺しにしている魔術製の槍たちは実物と違って漆黒だが、それは夜会卿の模倣である。
この世で一番好きなひと。ヴラド様。
この世で一番嫌いな奴。ラウリス。
放たれる雷は随身が凌いでくれるので、彼女は攻撃だけに集中出来る。立体的に動く敵の魔力を把握し、刺し、穿ち、切り裂く。迸る血の赤は相手が人間であることを示していた。敵の魔力も容貌も同一である点は彼女にとって些末な情報である。どんな姿をしていようと殺せばいいだけだから。
今日は調子がいい、とルナは感じていた。槍が完璧に敵を貫いてくれる。全部心臓に命中していた。きっと集中力の賜物だと彼女は確信し、我知らず笑みを浮かべている。槍の軌道がジーザスによってことごとく変更されているとは夢にも思わない。違和感すら覚えなかったのは自信過剰の四文字に尽きる。だからこそルナはラウリスが大嫌いなのだ。
『ルナくん。キミに少し厳しいことを言おう。練度が低い。集中力に欠陥がある。なにより精度が著しく悪い。まだ子供だからいくらでも伸びしろはある、なんて錯覚は捨てたまえ。最悪なのは、威力だけ多少マシな点だ。目を瞑って凶器を振り回していると言えば想像出来るだろう。今のキミはとてもじゃないが魔術師とは呼べない。ただの危険人物だ』
五歳のときから魔術を教えてくれたヘルメスの言葉である。これまでも優しくはなかったが、罵倒に近い物言いをされたのは十歳になったときだ。涙こそ見せなかったが心はボロボロにされた。
ヘルメスとしてはこれでも随分手心を加えた批判だったのだが、少女が精神に負った傷は深い。だが、問題はそこではないのだ。
ヘルメスはラウリスの魔術――剣と盾の生成に関して、これまで通りのアドバイスをしただけで、ひとつの文句も口にしなかったのである。
これまでもラウリスのことは嫌いだった。気弱で臆病で、立ち居振る舞いや食事のマナーも全然駄目。だから彼を見下し、嫌悪と優越の両方を味わっていたのである。ところが魔術については自分だけが非難の対象にされた。自尊心の高いルナにとって我慢ならない事態である。しかもこの日だけではなく、それ以降もずっと彼女だけひどい指摘をされ続けたのだ。
夜会卿の子供たちは例外なくヘルメスから魔術を習う。なかには激昂して殴りかかった者もいたらしい。無理からぬ話だ。しかしルナはなんとか怒りを抑え、鍛錬し、ヘルメスの罵倒を受け続けた。ヴラド様から『ヘルメスに従って精進せよ』と言われたのを覚えているから。
ヴラド様は成人の儀を経ていない子供にほとんど会わない。一年に一度、数分顔を合わす程度。例外はない。ルナはすべての面会で交わされた言葉を記憶し、なによりも重視していた。ヴラド様が呼んでくださらないのはお忙しいからだと思い込んでいる。否、そう思うことで愛情をすくすく育て上げた。物事を都合良く解釈して己を正当化するのに長けていたとも言える。それゆえヘルメスの罵倒も曲解した。見込みがあるから厳しい言葉をかけられるのであって、なにも言われないラウリスこそ魔術師未満の雑魚に違いない、と。
ただ、説明のつかないことも起きた。ヘルメスの計らいでラウリスと魔術をぶつけ合った際に『威力だけはある』と評された槍の魔術が、ラウリスの魔術製の剣にぶつかって木端微塵になったのである。相手は気弱さゆえか、剣を振ってすらいないのに。
きっと調子が悪かっただけ。まぐれ。たまたま。ルナはそう解釈したものの、たとえ一度であっても魔術を砕かれた遺恨は海より深い。それ以降、手合わせとなるとラウリスは決まって腹痛を起こして辞退した。軟弱な奴。偶然の一勝をそんなに大事するなんて滑稽極まりない。
真相はもちろん違う。ラウリスが気を遣っただけだ。ルナを可哀想に思ったのである。貴族としての礼儀作法や誇りの高さにおいて決して敵わない妹に、惨めな体験をさせたくなかった。これは決してラウリスの美点ではない。生来の気弱さによる物怖じだ。
彼女が成人の儀を恐れるどころか待ちわびているのは、やはり性格のためである。自分は必ずや不死の異能を受け継いでいると盲信していた。そして愛するヴラド様をお父様と呼べる日が来る。永遠の時間を大好きなお父様と過ごせる。
たったひとりの特別な子供。
それが自分なのだ。
「ルナ。平気か?」
銀髪の男の雷撃を足に受け、魔術が一斉に霧散した。
痛い。
痛いのは仕方ない。
痛みは不死とは関係ない。
肌にやけどを負ったのも肉体の反応のせい。
まだ不死の異能を磨いていないから、一般人と同じくらい傷の治りが遅いだけ。
こちらに声をかけたジーザスは、横顔を見せながらもヴラド様から下賜された貴品 『無慈悲な強奪者』で次々と敵を無力化している。ルナにははっきりと視えないが、いくつもの魔力の糸が敵の身体を切断していた。
ルナはジーザスを無視して魔術に集中する。
この男も嫌いな奴リストの上位にいた。あのヴラド様と対等とは言わずとも、気楽に接している事実が許せない。ニコルに取り入ったのも裏切りめいているし、アスターに帰還してから平然とこれまで通りの立場で過ごしているのも腹が立つ。彼がヴラド様の隣に立っているのを見かけるたびに、そこは私の場所だと叫びたくなる。
ともあれ、ヴラド様が認めているのなら我慢しなければならない。成人の儀を乗り越えたあかつきには、ジーザス以上の寵愛を受けるのは間違いないのも心の支えになっている。
敵を狙って槍を生成しているなかで、ふと思う。
ラウリス――あの愚図はどこでなにをしているの?
剣も盾も見えない。
ただ、集中を途切れさせるのはナンセンスなので、部隊員の人垣から彼を探すことは出来ない。
どうせ怯えて縮こまっているんでしょ。あいつの勇気のなさは度外れだもの。
当のラウリスがとっくに逃亡している事実など彼女は知らなかった。
限りなく逃亡教唆に近い交信を送ったジーザスは無論、告げ口をする気などさらさらない。知ったならすぐにでも捕獲に乗り出しかねないと危惧していた。戦力的に彼女が消えてもまったく問題はないどころか、槍の軌道修正という余計な仕事が減る。だとしても彼女を行かせるつもりはない。甘言を弄し、ルナの怒りを鎮め、ラウリスを放置させるのは容易い。たったひと言で充分だ。『ラウリスは不死の異能を継いでいる可能性がある』。ルナも底抜けに馬鹿なわけではない。競争相手が減ったことを喜べばいいのだ。
ところで、ジーザスがラウリスに逃亡を促したのは彼を哀れんでの優しさだったろうか。
否である。
ならばこの戦場における作戦の一部か。
否である。
メフィストが戦後を見据えたのと同じく、ジーザスもまた、未来に目を向けていた。
発言や単語が不明な部分は以下の項目をご参照下さい。
・『ルナ』→夜会卿の長女候補。戦争において夜会卿の第一部隊の副隊長を任じている。父であるヴラドへの愛着が強く、兄のラウリスを軽蔑している。槍の魔術師。詳しくは『第四章 第三話「永遠の夜ー⑤霧海の繋ぎ手ー」』『第四章 第三話「永遠の夜ー⑥宵闇の狩人達ー」』にて
・『夜会卿ヴラド』→黒の血族の公爵。王都の書物でも語られるほど名が知られている。魔王の分家の当主。キュラスの先にある平地『毒色原野』を越えた先に彼の直轄地アスターが存在する。極端な純血主義であり、自分に価値を提供出来ない混血や他種族は家畜同様に見なしているらしい。律儀で、礼儀を重んじる性格。不死の力を持ち、血液を資源とした魔術を扱う。肉体の大部分を蝙蝠の魔物に提供しており、攻撃を受ければ自動的に蝙蝠が反撃する。ヨハンと契約を結んでおり、アスターの人々は彼を殺すことが出来ない。詳しくは『幕間.「魔王の城~ダンスフロア~」』『90.「黒の血族」』『幕間.「魔王の城~尖塔~」』『565.「愛の狂妄」』『927.「死に嫌われている」』『第四章 第三話「永遠の夜ー⑥宵闇の狩人達ー」』にて
・『ラウリス』→夜会卿の長男候補。戦争において表向き、夜会卿の第一部隊長を任じている。気弱でネガティブな性格。妹のルナに気後れしている。詳しくは『第四章 第三話「永遠の夜ー⑤霧海の繋ぎ手ー」』にて
・『ジーザス』→勇者一行のひとりであり、ヨハンの兄。黒の血族と人間のハーフ。ヨハン同様、契約の異能を持つ。夜会卿に仕えている。彼に下賜された手袋型の貴品『無慈悲な強奪者』を所持。戦争において夜会卿第一部隊に所属。詳しくは『第四章 第三話「永遠の夜ー⑤霧海の繋ぎ手ー」』『第四章 第三話「永遠の夜ー⑥宵闇の狩人達ー」』にて
・『ヘルメス』→かつてのラガニアでトップクラスに優秀だった魔術師。ねちっこい性格で、人付き合いの苦手な男。もともと魔術学校で講師をしていたがクビになり、一時期ガーミール公爵に雇用されていたが、彼が零落したことでドラクル公爵に鞍替えした。オブライエンの犯罪的魔術を看破し、彼の右腕と左足を木端微塵にした過去を持つ。血族化して以降は夜会卿に仕えていたが、ニコルによる襲撃以降、四代目となるガーミールに鞍替えした。死を契機に、事前に契約を交わした相手に成り変わることで不老不死を実現する異能を持つ。対象者はヘルメスの記憶と肉体と魔力をコピーした、ヘルメスそのものとなる。その際、相手の持つ魔力も上乗せされる。夜会卿の支配地であるアスターに訪れたルイーザの精神を叩き折って泣かせた過去を持つ。ヨハンの提案により、オブライエン討伐ならびに戦争での人間側の勝利後には、四代目ガーミールの部下とともにグレキランスに残り、アルテゴのワクチン研究をすることに合意。オブライエン討伐を見届けるべく、アリスの片目を介してウィンストンと視覚共有をしている。詳しくは『間章「亡国懺悔録」』『第四章 第三話「永遠の夜ー②隠れ家と館ー」』にて
・『成人の儀』→アスターでおこなわれている儀式。ヴラドの息子や娘が二十歳を迎えた際、死に至る拷問を手を変え品を変えおこなうことを指す。不死者でない者を血縁と認めていないため。詳しくは『第四章 第三話「永遠の夜ー⑤霧海の繋ぎ手ー」』にて
・『貴品』→血族たちの作り出した魔具。詳しくは『911.「貴品」』にて
・『無慈悲な強奪者』→ジーザスがヴラドから下賜された貴品。詳しくは『第四章 第三話「永遠の夜ー⑥宵闇の狩人達ー」』にて
・『ニコル』→クロエの幼馴染。魔王を討伐したとされる勇者だが、実は魔王と手を組んでいる。黒の血族だけの世界を作り上げることが目的。クロエの最終目標はニコルと魔王の討伐。詳しくは『875.「勇者の描く世界」』にて
・『アスター』→夜会卿ヴラドの統べる街。グレキランスよりも広く、発展している。金貨に代わる貨幣制度として、ドラクル紙幣などが使用されている。詳しくは『第四章 第三話「永遠の夜ー②隠れ家と館ー」』『第四章 第三話「永遠の夜ー④銀嶺膝下マグオートー」』にて
・『メフィスト』→ニコルと魔王に協力していた存在。ヨハンの本名。現在はクロエと契約し、魔王討伐に協力している。初出は『幕間.「魔王の城~尖塔~」』




