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花嫁騎士 ~勇者を寝取られたわたしは魔王の城を目指す~  作者: クラン
第四章 第三話「永遠の夜ー⑦千年の都ー」
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Side Laurids.「砂塵の彼方へ」

※ラウリス視点の三人称です。

 開門が朝まで延びたことに、夜会卿ヴラドの仮の長男であるラウリスは苦痛を感じていた。朝に向かっていく時間の流れのなかで、もしかしたら北門の本隊が壊滅したのではないかと薄い望みをかけていたのだ。本隊は第一部隊に匹敵する精鋭揃いだと認識していたが、人間の力が上回っている可能性に(すが)る想いだったのである。


 しかし夜会卿の開門指示が届いた。それも朝になり、魔物が消滅した最悪のタイミングで。


 血族と人間のハーフであるジーザスを先頭に夜会卿第一部隊が壁内を歩む。ラウリスの周囲は兵士が固めており、客観的には手厚い防御と映るが、ラウリスにとっては身柄を拘束されているような気分になっていた。


「静かな街だな、ラウリス殿下(でんか)


 ジーザスが振り返りもせずに言う。上質なブルーグレーのスーツが東からの日差しを吸い込んで照り映え、(うなじ)や手の小麦色が強調されているように見えた。彼の歩みは傲岸(ごうがん)なほど悠々としており、壁内に(ひそ)んでいるであろう敵など意に介していない風情(ふぜい)である。今ジーザスがなにを感じ、なにを考えているかなんてラウリスには分からない。平時でもそうなのだから、自分のことで精一杯になっている今はなおのこと不明瞭である。


 自分よりやや後方を進む妹のルナは平然としているに違いない。彼女はいつだって自信に満ち溢れている。ピンと背筋を伸ばし、赤いドレスを優雅に(なび)かせるさまは見ずとも分かった。自分のように手の震えを誤魔化そうとしない。そもそも震えてすらいないだろう。


 壁内こそ危険である(むね)は何日か前に夜会卿が全軍に対して言い含めていた。門を突破してからが本番だとも。


 だからラウリスは怯えている。マオみたいな裏切り者がいればいいのだが、そんな都合のいい人間はもういないだろう。追い詰められ、決死の形相で飛びかかってくる人々の顔が頭に浮かび、息が苦しくなる。死を悟った者の最期の抵抗ほど恐ろしいものはない。


 このとき、人間の襲撃を予期していたのはルナも同様だった。ただ、彼女の場合は連中を抹殺する意気に溢れていたが。


 人間以外の罠を想定――(いな)、確信していたのはジーザスただひとりである。一見すると屋内で震える魔力が感じられるが、奸計(かんけい)の匂いがするのだ。魔力感知においてヴラドを(しの)いでいるわけではない。ただし勘でもない。いくつかの要因から導き出した妥当なケースを並べて吟味し、俺ならこうする、といった具合に予測を立てたまでの話である。まず、この地はオブライエンという稀代(きだい)の天才が建立(こんりゅう)した(みやこ)だ。魔術的な発展は見受けられない。アスターよりも遥かに遅れている。にもかかわらず、砲台も白銀猟兵(ホワイトゴーレム)も度外れに技術力が高い。かの天才の力を継ぎ、此度(こたび)の戦争で暗躍している厄介者がいる。そいつは姿を(さら)さず、これまで以上の兵器を動員して襲いかかってくるに違いない。そうと確信しながら歩むのは、罠を罠と知って飛び込むようなものだ。ジーザスは無謀な勇敢さとは縁遠い。自分の力がどれだけ通用するか試してみよう、そんな気楽な思いが彼の歩みを支えている。もちろん、そんな事情などラウリスが見通せるわけもない。


「無視するなよ、ラウリス坊っちゃん。空を見てみろ。いい天気だぞ。うってつけの日だ」


 ジーザスの軽口を忌々(いまいま)しいとすら感じられないラウリスは、ちらと天を(あお)いだ。蝙蝠(こうもり)たちの隙間に青空が広がっている。晴天だ。一時間もすれば夜の冷気は初夏の温度に席を譲るだろう。


「……なにがうってつけなんだ」


「なんでもさ。侵略。殺戮(さつりく)蹂躙(じゅうりん)。奪取。拷問。成人の儀は雨天中止だろ? ヴラドにとっちゃ、サディスティックな見世物はハレの日ってわけだ」


 成人の儀――血を分けた子供に致命的な拷問を与え、不死の異能があるか否かを確かめる行事。見物人が多いのは言うまでもない。アスターの広場に集う富豪たちは、儀式と銘打(めいう)たれた残虐なショーを公然と(たの)しめるわけだ。(むくろ)になった長男候補、あるいは長女候補に表向き嘆きつつ、腹のなかでは貴人の死に満足している。罪人の処刑とはわけが違うのだ。死につつある子供に声援を送る者までいる。腐りきった好奇心が広場に充満する。


 次に見世物にされるのは自分だ。それを考えるだけで身体の至るところが拒絶のシグナルを送る。吐き気を(もよお)し、頭痛に(さいな)まれ、心臓が痛いほど鼓動する。


 このときラウリスが思い出したのは昨晩のマオの姿である。己の命を守るために、いかなる卑劣をも実行してみせた男。


 自分はあんなふうにはなれない。(みじ)めに泣き(わめ)きながら死んでいく。心底嫌だと思いながらも命を捧げる弱者。


 なんのために生まれてきたのだろう。


 憂鬱に任せてそんなことを考えてしまう。


 これまで自分が()したことに、誇れるものなんてひとつもない。およそ二百年の寿命を持つ血族だが、自分は二十歳で死ぬ。殺される。まだ始まったばかりの人生が最低の拷問で幕を下ろす。生きてきた時間のすべて、この世に生まれ落ちた意味、それら究極の命題が実の父親によって無にされる。業火のなかで、あるいは串刺しの痛みのなかで、あるいは溺れ死ぬなかで、あるいは首が落ちるその瞬間に、自分という存在が無意味だったと悟るに違いない。


『ラウリス』


 耳元にちくりと痛みがあったのち、ジーザスの交信が届いてハッと顔を上げた。いつの間にか歩みを止めていたことに気付き、早足で進む。耳と頬が熱い。


『あらためて言うが、俺は逃げる奴が大嫌いだ。弱さの象徴だからな』


「僕は逃げない」


『おいおい、せっかく耳打ちしてやってんだから声に出して返事なんてするなよ。お前はただ聞くだけでいいんだ』


 指摘されて、ますます気恥ずかしくなった。自分が間抜けに思えて仕方ない。こういう失敗は何度もしてきたのに、ちっとも成長してないじゃないか。


『俺の好悪(こうお)とは関係なしに、お前にはお前の選択ってもんがある。ラウリス。お前の人生の舵取りをすんのは俺でもヴラドでもねえんだ。この世でたったひとり。お前だけだ。死にたくねえんだろ?』


 そうだ。


 死にたくない。


 殺されたくもない。


 返事をしなくていい状況はラウリスの心を慰撫(いぶ)した。


『ラウリス。もしお前が逃げたら立場上、追わなけりゃならねえ。ただし状況次第だ。人間どもが仕掛けてきて、対応に手間取ったらそれどころじゃなくなるってわけだ。なに、逃げろなんて言わねえよ。(たと)え話のひとつ。で、だ。俺が苦戦するような連中は、この部隊全員も(おびや)かす。誰しも目の前の敵で精一杯。そんななか、誰かさん(・・・・)がいなくなっても気付かねえ』


 いや。気付く奴がひとりいる。


 ラウリスは捨て(ばち)な気持ちで空を見上げた。無数の蝙蝠が広がる空に。


 今、蝙蝠はすべて壁内にいる。少なくとも西門では。自分の一挙手一投足は父の監視下にあるのだ。


『ラウリス。いいこと教えてやるよ。今ヴラドはこっちを見ちゃいない。脳兵(ラム)にトラブルでもあったんだろうよ。パパの目は機能してねえのさ。もうひとつ、大事なことを教えてやる。もうじき敵が仕掛けてくるはずだ。そろそろ中心部だからな。各部隊が合流寸前で気を緩める瞬間を狙い撃ちってわけさ。ラウリス。いいか、これは俺が(そそのか)してるわけじゃねえ。決めるのはお前だ。もしお前の人生に正しい幕引きってもんがあるとするなら、それはお前自身の行動の結果にたどり着く場所にしかねえのさ』


 ジーザスの言葉を鵜呑(うの)みにしていいのかどうか、ラウリスは迷った。立ち止まった彼を平気でルナが追い越していく。一瞥(いちべつ)さえなく。自分を囲む数名の精鋭が、じっとこちらを見つめていた。


「ラウリス様。どうかなさいましたか?」


 そう問うた血族が、サッと身を(ひるがえ)して盾を掲げた。閃光が(ほとばし)り、雷鳴が(とどろ)く。


 晴天の霹靂(へきれき)は、ひとの姿となって一斉に襲撃をはじめた。


 周囲の血族は急に現れた銀髪の男たちへの対応に追われ、こちらを見る余裕もなさそうだった。ジーザスもルナも、家屋を突き破って現れた襲撃者と戦っている。


 ラウリスは一切の靴音を立てず、飛行魔術で地面すれすれを(すべ)りつつ西門へと猛スピードで逃げ去った。彼が背後を撃ち抜かれなかったのは幸運なのか、それともジーザスがそれとなく助力したからなのか。


 門を通過しても勢いを衰えさせず、ラウリスは砂塵(さじん)の先へと飛んでいく。


 西門から一キロほど離れた地点まで到達すると、彼はその場に膝を突いた。


 涙が溢れて嗚咽(おえつ)が漏れる。喜びは微塵(みじん)もない。達成感もない。罪悪感が膨らんで、なのに自己嫌悪の(じょう)すらない。


 グレキランスが落ちたならば、きっと捜索される。夜会卿の執念深さはよくよく心得ていた。規律に反した行為を許さない人格も知っている。


「だけど、どうすればいいって言うんだよ!」


 拳を砂に叩きつけ、落涙し、叫んだ。


 返事をしてくれる相手はもうどこにもいない。


 やがてラウリスはよろめきつつ立ち上がり、足を踏み出した。一歩一歩が重くて仕方ない。


 自分の歩む先に町――マグオートがあることさえ、ラウリスにはよく分かっていなかった。

発言や単語が不明な部分は以下の項目をご参照下さい。



・『ラウリス』→夜会卿の長男候補。戦争において表向き、夜会卿の第一部隊長を任じている。気弱でネガティブな性格。妹のルナに気後れしている。詳しくは『第四章 第三話「永遠の夜ー⑤霧海の繋ぎ手ー」』にて


・『夜会卿ヴラド』→黒の血族の公爵。王都の書物でも語られるほど名が知られている。魔王の分家の当主。キュラスの先にある平地『毒色原野』を越えた先に彼の直轄地アスターが存在する。極端な純血主義であり、自分に価値を提供出来ない混血や他種族は家畜同様に見なしているらしい。律儀で、礼儀を重んじる性格。不死の力を持ち、血液を資源とした魔術を扱う。肉体の大部分を蝙蝠の魔物に提供しており、攻撃を受ければ自動的に蝙蝠が反撃する。ヨハンと契約を結んでおり、アスターの人々は彼を殺すことが出来ない。詳しくは『幕間.「魔王の城~ダンスフロア~」』『90.「黒の血族」』『幕間.「魔王の城~尖塔~」』『565.「愛の狂妄」』『927.「死に嫌われている」』『第四章 第三話「永遠の夜ー⑥宵闇の狩人達ー」』にて


・『黒の血族』→魔物の祖と言われる一族。人間と比較して長命。もともとは王都の敵国であったラガニアの人々のごく一部が、オブライエンの生み出した『気化アルテゴ』によって変異した姿。詳しくは『90.「黒の血族」』『間章「亡国懺悔録」』にて


・『ジーザス』→勇者一行のひとりであり、ヨハンの兄。黒の血族と人間のハーフ。ヨハン同様、契約の異能を持つ。夜会卿に仕えている。彼に下賜された手袋型の貴品(ギフト)無慈悲な強奪者(ブラッディ・ハンド)』を所持。戦争において夜会卿第一部隊に所属。詳しくは『第四章 第三話「永遠の夜ー⑤霧海の繋ぎ手ー」』『第四章 第三話「永遠の夜ー⑥宵闇の狩人達ー」』にて


・『ルナ』→夜会卿の長女候補。戦争において夜会卿の第一部隊の副隊長を任じている。父であるヴラドへの愛着が強く、兄のラウリスを軽蔑している。槍の魔術師。詳しくは『第四章 第三話「永遠の夜ー⑤霧海の繋ぎ手ー」』『第四章 第三話「永遠の夜ー⑥宵闇の狩人達ー」』にて


・『マオ』→騎士団ナンバー8の青年。樹木の魔術師。神童の異名をほしいままにしていたが、シフォンにかつて敗北したことで自尊心を叩き折られ、今は序列を維持するだけの卑屈な騎士に成り下がっている。そんな彼が『宿木』の蔑称で呼ばれるようになったことに、さして抵抗を感じてすらいない。戦争においてイフェイオンの司令官に任命されたが裏切った。クロエたちに捕縛され王都へと移送されたが、途中で逃走。西門で再び裏切りを企図し、ジーザスにより強制転移箱に回収された。詳しくは『幕間「或る少女の足跡」』『第四章 第三話「永遠の夜ー③赫灼の赤き竜ー」』『第四章 第三話「永遠の夜ー⑥宵闇の狩人達ー」』にて


・『オブライエン』→身体の大部分を魔力の籠った機械で補助する男。王都内の魔具および魔術関連の統括機関『魔具制御局』の局長。自分の身体を作り出した職人を探しているが、真意は不明。茶目っ気のある紳士。騎士団ナンバー1、紫電のザムザを使って『毒食の魔女』を死に至らしめたとされる。全身が液体魔具『シルバームーン』で構築された不死者。かつてのグラキランス領主の息子であり、ラガニアの人々を魔物・他種族・血族に変異させ、実質的に滅亡させた張本人。外界で活動しているのは彼の分身『二重歩行者』であり、本体は一切の魔術的干渉を受けない檻に閉じ込められている。詳しくは『345.「機械仕掛けの紳士」』『360.「彼だけの目的地」』『間章「亡国懺悔録」』にて


・『アスター』→夜会卿ヴラドの統べる街。グレキランスよりも広く、発展している。金貨に代わる貨幣制度として、ドラクル紙幣などが使用されている。詳しくは『第四章 第三話「永遠の夜ー②隠れ家と館ー」』『第四章 第三話「永遠の夜ー④銀嶺膝下マグオートー」』にて


・『白銀猟兵(ホワイトゴーレム)』→人を模した、ずんぐりとした物体。オブライエンの量産している兵器。指令を送ればその通りに行動をすることが出来る。動きは機敏で、硬度は高い。破壊時に自爆する。詳細は『幕間.「白銀空間~潜入~」』『幕間.「白銀空間~白銀猟兵と一問一答~」』『幕間.「白銀空間~魔具制御局~」』にて


・『成人の儀』→アスターでおこなわれている儀式。ヴラドの息子や娘が二十歳を迎えた際、死に至る拷問を手を変え品を変えおこなうことを指す。不死者でない者を血縁と認めていないため。詳しくは『第四章 第三話「永遠の夜ー⑤霧海の繋ぎ手ー」』にて


・『脳兵(ラム)』→夜会卿ヴラドの私兵。意識を持たず身体を動かすことも出来ず、しかし脳だけは生きている状態に改造された血族。ヴラドの使役する蝙蝠の魔物の得た情報を処理するためだけの存在。ヨハンによって全員逝去した。詳しくは『第四章 第三話「永遠の夜ー②隠れ家と館ー」』『第四章 第三話「永遠の夜ー⑥宵闇の狩人達ー」』にて


・『飛行魔術』→肉体に浮力と推進力を与える魔術。制御には高度な技術を要する。詳しくは『間章「亡国懺悔録」』にて


・『グレキランス』→通称『王都』。周囲を壁に囲まれた都。また、グレキランス一帯の地方を指して用いられる。詳しくは『第九話「王都グレキランス」』にて


・『マグオート』→文化的、経済的に成熟した街。王都から流れてきた富豪が多く住む。トムとマーチの故郷。別名『銀嶺膝下(ぎんりょうしっか)』。ラガニアの辺境である地下都市ヘイズと、転送の魔道具によって接続されている。詳しくは『第四章 第一話「祈りの系譜」』にて

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