Side Vlad.「芳しき罠」
※ヴラド視点の三人称です。
家屋から次々と飛び出した襲撃者に対し、ヴラドを頂点とする本隊の人員は虚を突かれた。敵の出現があまりに唐突だったのもある。数の上でも魔術の質でも想定以上の相手だったのもある。なにより大きな要因は魔力だった。
人間であれ血族であれ、大なり小なり魔力を持つ。それらは個々に量や性質を異にする。言うなれば人相や体格と同様、個人差があるわけだ。ただし、魔力は隠蔽が可能。
壁内に足を踏み入れた時点でヴラドは広範囲に点在する魔力を感知していた。位置や動きまで正確に。ひとの輪郭さえ掌握するほど徹底して。いくつかの魔力は隠蔽されている可能性があることも織り込み済みだった。実際、何軒かの民家に潜む魔力の隠蔽を看破したし、隠蔽されておらずとも魔術師だと推察するに足る魔力の持ち主の居場所も把握していた。それが誤りだなどと誰が指摘出来るだろう。
民家を破壊しつつ一斉に襲撃を仕掛けた銀髪の男たちは、屋内を出た瞬間に同質、同量の魔力の存在となったのである。窓辺で震える魔力が、壁にもたれて項垂れる魔力が、床で頭を抱える魔力が、例外なく強敵なのだとどうして判別出来るだろうか。到底、想像のおよぶ範疇ではない。民家から感じられた大小異なる魔力たちは、いずれも同じタイミングで魔術師に変化したのである。ヴラドの感知した広大なエリアにおいて、ひとつの例外さえなく。こうも巧妙で徹底した隠蔽を大規模に繰り広げられる者など常識的に考えて皆無。つまり、常識の外側にいる天才の所業というわけだ。
ヴラドが動揺したのは数秒である。その間、幾人かの血族が負傷したが致命的ではない。ヴラドは即座に、銀髪の男たちが放つ雷撃に合わせてピンポイントの防御魔術を展開した。雷の魔術の特徴として、速度に優れる代わりに、展開してから軌道を変化させるのは困難な点が挙げられる。ヴラドの防御はことごとく、雷の放出後に軌道を読んで展開させたものだ。
いくつかの苦悶の声が上がる。それらはヴラドにとってやむを得ない犠牲だ。あまりに敵の数が多過ぎる。百人以上の魔術師が、それぞれ異なるタイミングで高練度の雷を放つのだから、どうしたって防御しきれない攻撃が生まれてしまう。しかも敵の数は増え続けているのだから、戦況は悪化の一途をたどっていた。
ただし無抵抗ではない。完全に不意打ちを食らったかたちではあるものの、いずれの兵士も精鋭だ。すでに敵の魔術に対応し、反撃に出ている者がほとんど。特にバルクハルトの活躍は目覚ましい。陸も空も関係なしに雷の魔術で立体移動を続ける敵を、すでに数名討ち取っていた。片手を失い、機動の要である軍馬を失ってなお猛将の威を発揮していると言えよう。
だが無傷ではない。雷が何度も直撃し、それでもなお攻撃を仕掛けたうえでの討伐である。バルクハルトでさえそうなのだ。彼未満の戦闘力の者――つまりはヴラドを除く本隊の全員が、一体討ち取るまでに、動きに支障が出る程度の傷を負う。ヴラドが防御に徹し、部隊員を守ってようやく多少マシに戦える。
銀髪の男たちが容姿も魔力もすべて同一人物にしか見えない点について、ヴラドは思考していた。考えることと魔術を完璧に行使するのを両立させられるのは、彼の秀でた点である。
これは疑う余地なく、オブライエンの継承者によるものだ。肉体は人間のそれでしかない。斬られれば出血する。それぞれの動きに統率はない。すると、人体の複製だろうか。いかにもありそうな話だ。千年前、オブライエンは洗脳やら死霊術に血道を上げていた。少なくとも『記憶の水盆』に宿る首都ラガニアの歴史では、そのように見受けられる。オブライエンに連なる縁者が奴の思想および技術を正確に継ぎ、かつ昇華させたなら、空を飛び交う異常な敵兵たちに説明が付く。技術の内実は分からずとも、人体の複製とみていいだろう。
二点目の異常。これは些末な問題だが、今や感知圏内のすべての家屋から銀髪の男以外の魔力が消失している。こちらが魔力の隠蔽を見抜けなかった以上、本来屋内に隠れている住民の魔力は例外なく隠蔽されていると見るのが妥当だ。戦争前に住民全員が疎開したのなら別だが、現実的ではない。もしグレキランス壁内が丸腰なら、各門の勢力があれほど必死に戦う理由がないのだ。特に北門と東門は大量の死者が出た。この罠のためにそこまでする理由はない。さっさと白旗を上げて開門すれば済むではないか。
三点目。これがもっとも厄介な異常だ。銀髪の男は文字通り死ぬまで高練度の魔術を連発する。手足が千切れようと顔色ひとつ変えない。魔力は一切揺らがない。どんなに頑強な血族であれ、傷を負えば表面上平静を装っていても魔力は揺らぐ。つまりこいつらは人間でも血族でもない存在と見做すべきだろう。あらかじめ痛覚が遮断されているのかもしれないが、だとしても夥しい失血のさなかにあって魔力が衰えないのは不合理。説明が付かない。
思考を一旦止め、僅かな隙を縫って交信魔術を飛ばす。
『各部隊、状況を報告せよ』
等しく交信を耳にしたはずだ。応答出来るのは交信魔術を扱える人員だけだろうが、まさか全滅はあるまい。敵の攻撃は苛烈で唐突だが、少なくとも西の第一部隊は健在なはず。
しかし、返答はない。
そこでヴラドはようやく気付いた。第三部隊、レンブラントを隊長とする彼らが壁内に足を踏み入れなかった理由を。
あの部隊には極端に秀でた人材がいる。隠蔽された魔術の看破に関し、自分より遥かに上等な女。カジノの支配人ナターリア。彼女はおそらく、開門から間もなく異常を見抜いた。そのうえで各部隊へ警告を送ったはず。レンブラントにしても、危うい状況と分かってなお領主を放置する男ではない。腐った心性の負け犬だが、最低限の筋は通す。
こちらの交信魔術は傍受の憂いが限りなく低い。そのように設計されているのだが、どうやら相手のほうが上手だったわけだ。通すべき交信は通し、耳に入れるべきでない情報は握り潰す。なるほど、したたかだ。
姑息だとなじるつもりはない。どんな手段であろうと躊躇なく実行出来る者は強い。
このとき、ヴラドは少々愉快に感じていた。ほとんど自覚なく口角を持ち上げ、目を煌めかせてさえいたのだ。
ヴラドが極端に安全策を選ぼうとするのは、なにも臆病だからではない。万全を期したい。ただそれだけだ。これ以上ないほど対策し警戒したうえで、それを凌ぐ者にはむしろ快ささえ覚えてしまう。それが仇敵の末裔なのだから、なおのこと面白い。
銀髪の男との交戦を続けるなか、別種の異変が生じた。路地という路地から白銀猟兵がこちら目がけて突進してくるのである。筒状になった腕から光線を放ちつつ。
白銀猟兵の稼働条件は、半径百メートルに血族あるいは魔物を察知した場合のみ。この場に出現したそれらは、明らかに百メートルを超える遠方から駆けている。
まただ。またひとつ予測の上をいかれた。魔力の隠蔽だけではなく、存在する物体を隠すことすら可能だとは思っていた。ただ、二点の理由から、白銀猟兵は該当しないと錯覚していたのだ。ひとつは連中の認識範囲の狭さ。もうひとつは、破壊された際の自爆機能。壁内で爆破させるなど常軌を逸している。
オブライエンの継承者はともかくとして、千年前のオブライエン当人はグレキランスを随分と愛していた。まさか、せっかく作った千年の都を穴だらけにはするまい。九分九厘、あの白銀猟兵には自爆機能がない。
バルクハルトが一刀両断した白銀猟兵が閃光と轟音を放って爆発した瞬間、ヴラドは明確な悦びを覚えた。かの猛将は大剣を咄嗟に盾にしたが、衝撃のままに地を転げたというのに、ヴラドは声なき笑いを放っている。
会いたい。
会って、貴様と話がしたい。
そののちに必ず貴様を拷問するが、束の間、私たちは互いに打ち解け合い、意気投合し、微笑みさえ交わすだろう。
倫理など無視し、ひたすら合理性を信奉する貴様は、私とよく似ている。
発言や単語が不明な部分は以下の項目をご参照下さい。
・『夜会卿ヴラド』→黒の血族の公爵。王都の書物でも語られるほど名が知られている。魔王の分家の当主。キュラスの先にある平地『毒色原野』を越えた先に彼の直轄地アスターが存在する。極端な純血主義であり、自分に価値を提供出来ない混血や他種族は家畜同様に見なしているらしい。律儀で、礼儀を重んじる性格。不死の力を持ち、血液を資源とした魔術を扱う。肉体の大部分を蝙蝠の魔物に提供しており、攻撃を受ければ自動的に蝙蝠が反撃する。ヨハンと契約を結んでおり、アスターの人々は彼を殺すことが出来ない。詳しくは『幕間.「魔王の城~ダンスフロア~」』『90.「黒の血族」』『幕間.「魔王の城~尖塔~」』『565.「愛の狂妄」』『927.「死に嫌われている」』『第四章 第三話「永遠の夜ー⑥宵闇の狩人達ー」』にて
・『黒の血族』→魔物の祖と言われる一族。人間と比較して長命。もともとは王都の敵国であったラガニアの人々のごく一部が、オブライエンの生み出した『気化アルテゴ』によって変異した姿。詳しくは『90.「黒の血族」』『間章「亡国懺悔録」』にて
・『バルクハルト』→黒の血族。戦争において夜会卿の本隊に所属。全軍で唯一軍馬を用いる容貌魁偉な猛将。末広がりな大剣二本を所持。戦争においてゼールに腕を斬られ、自ら敗北を認めた。詳しくは『第四章 第三話「永遠の夜ー⑤霧海の繋ぎ手ー」』『第四章 第三話「永遠の夜ー⑥宵闇の狩人達ー」』にて
・『オブライエン』→身体の大部分を魔力の籠った機械で補助する男。王都内の魔具および魔術関連の統括機関『魔具制御局』の局長。自分の身体を作り出した職人を探しているが、真意は不明。茶目っ気のある紳士。騎士団ナンバー1、紫電のザムザを使って『毒食の魔女』を死に至らしめたとされる。全身が液体魔具『シルバームーン』で構築された不死者。かつてのグラキランス領主の息子であり、ラガニアの人々を魔物・他種族・血族に変異させ、実質的に滅亡させた張本人。外界で活動しているのは彼の分身『二重歩行者』であり、本体は一切の魔術的干渉を受けない檻に閉じ込められている。詳しくは『345.「機械仕掛けの紳士」』『360.「彼だけの目的地」』『間章「亡国懺悔録」』にて
・『記憶の水盆』→過去を追体験出来る魔道具。魔王の城の奥にある。詳しくは『幕間.「魔王の城~記憶の水盆『王城』~」』にて
・『死霊術』→死体を動かす魔術。詳しくは『第一話「人形使いと死霊術師」』『間章「亡国懺悔録」』にて
・『ラガニア』→かつてはグレキランス同様に栄えていた地域、と思われている。実際はグレキランスを領地として治めていた一大国家。オブライエンの仕業により、今は血族の土地と化している。魔王の城は元々ラガニアの王城だった。初出は『幕間.「魔王の城~書斎~」』。詳しくは『間章「亡国懺悔録」』より
・『グレキランス』→通称『王都』。周囲を壁に囲まれた都。また、グレキランス一帯の地方を指して用いられる。詳しくは『第九話「王都グレキランス」』にて
・『レンブラント』→黒の血族。戦争における夜会卿の第三部隊長。身体強化魔術のエキスパート。見た目は四十代のおじさんだが、血族としては高齢。夜会卿の領地アスターでカジノのオーナーなどをしている。本業は革命屋であり、夜会卿の転覆を狙っているが、同時に夜会卿に拝跪してもいる。詳しくは『第四章 第三話「永遠の夜ー②隠れ家と館ー」』にて
・『ナターリア』→黒の血族。大きな目とハキハキした口調が特徴の、血族の女性。夜会卿の領地アスターでカジノの支配人をしている。カジノの秩序を乱すような詐欺まがいの魔術は一切通用しない。人生で一度もイカサマをしたことがないことを自負している。詳しくは『第四章 第三話「永遠の夜ー②隠れ家と館ー」』にて
・『白銀猟兵』→人を模した、ずんぐりとした物体。オブライエンの量産している兵器。指令を送ればその通りに行動をすることが出来る。動きは機敏で、硬度は高い。破壊時に自爆する。詳細は『幕間.「白銀空間~潜入~」』『幕間.「白銀空間~白銀猟兵と一問一答~」』『幕間.「白銀空間~魔具制御局~」』にて




