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花嫁騎士 ~勇者を寝取られたわたしは魔王の城を目指す~  作者: クラン
第四章 第三話「永遠の夜ー⑥宵闇の狩人達ー」
1744/1758

Side Vlad.「夜は終わらない」

※ヴラド視点の三人称です。

 夜会卿ヴラドを中心に据えた中央部隊は悠然と歩みを進めた。蝙蝠(こうもり)の目で俯瞰(ふかん)した北門周囲の戦況はたったひとつの憂慮(ゆうりょ)を除いて(かんば)しいと言える。魔物の自然消滅まで残り(わず)かな時間だが、人間側の戦線は崩壊し、破滅の一途をたどっていた。


 開戦から間もなく前方左方に引き籠もったザレハドラへ交信を試みたのは、ヴラドにとっては体裁(ていさい)(たも)つ意味しか持っていない。


『ザレハドラ卿。じき北門は崩壊する。貴殿は壁内の制圧に協力するか?』


 返った交信は要約すると(いな)である。諸々(もろもろ)の言い訳を並べ立て、勇壮な修辞で飾られた言葉は、ヴラドにとって聞くに(あたい)しなかった。戦利品の分配がない点に承諾しただけで充分である。ハイメ子爵の撤退を教えてやった途端、追跡して事の次第をあらためるだのなんだのと言っていた。行動だけならば敵前逃亡でしかないが、ヴラドにとってはむしろ好都合である。可能性は低いが、気が変わってグレキランスの簒奪(さんだつ)に動かれるのは不快だ。消えてくれたほうがいい。


 右方で陽動していた裏切り者どもは、最後の砲台を破壊して以降、行方知れずである。どうも一部の人間は北門に帰還して負傷者を運び出したようだが、その後どこへ向かったのか(さだ)かではない。その気になれば蝙蝠の目を切り替えて容易(ようい)に追跡出来たが、関心はなかった。ヴラドの見る限り、なんら価値もない弱者である。


 (うれ)いはひとつ。


 襲い来る魔物を一箇所に(とど)まって迎撃(げいげき)し続けていた者。夜会卿本隊の最高戦力、バルクハルトだ。彼の暴挙により、一部の魔物が殺戮(さつりく)()き目に()ったのは事実であり、不愉快極まりない。当初人間に寝返ったのかと疑ったが、そうでもないようだった。彼の愛馬を無力化し、その身を滅多切りにした片足の男を(かば)っているだけ。


 今、魔物の隊列は壁際に押し寄せている。門から五百メートル程度(へだ)たった位置にいるバルクハルトは、東の空を見据えて屹立(きつりつ)していた。ヴラドが姿を見せても一向に動じる様子はない。


「バルクハルトよ。自分がなにをしたか理解しているか?」


 いまだ意識の戻らぬ片足の男ともども、猛将は包囲されている。


 バルクハルトは背後に横たわる男を一度見返り、ヴラドを見据えた。


「この男――ゼールは()に勝利した。それゆえ、生かすと決めたのだ。ヴラド公。余のおこないを(とが)めるならば、即刻首を()ねよ。あるいは拷問するも良し。甘んじて受けよう」


 居直っている風情(ふぜい)だが、本望だろう。少なくともヴラドはそのように察した。


 ヴラドの領内ではバルクハルトに比肩(ひけん)しうる武人はいない。愛馬に(また)がり、領内の不届き者を成敗する役務(えきむ)を与えたのはほかならぬヴラドだった。バルクハルトに挑みかかる者すら、絶えて久しい。ニコルがアスターで人外の解放をおこなったときには、生憎(あいにく)彼は領地の末端に出征(しゅっせい)していた。事の次第を知る頃には、すでにニコルはイブと昵懇(じっこん)になっていたのである。バルクハルトは闘争の正当性が失われてなお刃を向ける人格ではない。その点を心得ていたからこそ、ヴラドはニコルに関する情報をあえて封殺したのだ。でなければバルクハルトはニコルを追跡し、いずれかの時点で殺されていたはずである。ヴラドは、バルクハルトという暴威を手放すのを惜しんだのだ。


 バルクハルトとゼールとやらの戦闘模様は把握している。なぜゼールがバルクハルトの片腕を奪い、膝を突かせられたのか理解に苦しむ。シャオグイが助力したとしても遥かに格下の相手だろうに。


「咎めはしない」


 部隊の者どもの手前、口にするのが(はばか)られたが、バルクハルトを処断する気など毛頭なかった。壁内の制圧においても、その後の領内の自治においても、彼を断罪する選択は悪手である。


「その男を確保する」強制転移箱を取り出し、ゼールへと一歩踏み出したが――バルクハルトに(さえぎ)られた。「なんの真似だ」


 ゼールの頭のそばに、バルクハルトの片方の大剣が深々と突き刺さっている。さながら()や墓標だった。


「この男は当地においてこそ強者である。それゆえ、アスターに持ち帰るのは断固反対する」


「……どのみちグレキランスは私の領地となる。アスターもグレキランスも領内であることに違いはない」


「断固反対する」


 こうなったらバルクハルトが退かないのは知っている。論理も(すじ)も彼の内側にしか存在しない以上、対話にもならない。ヴラドは早々にゼールの回収を諦め、公爵としての体面を維持する方向へ(かじ)を切った。


「お前が壁内の制圧にその身を捧げるならば、回収はしない。どうあれグレキランスは私の手に落ちるのだから」


「承知した。全力をもって制圧すると誓う」


 それでいい。ゼールが目覚めるまでそばを離れないなどと世迷言(よまいごと)を口にしたならば、さすがに看過(かんか)出来ない。


 傍目(はため)にはバルクハルトの我儘(わがまま)を許したように映るかもしれないが、これが落としどころだ。異を唱えるか、あるいは影で噂するような者がいれば脳兵(ラム)にする。


 東の山頂から昇った太陽が大地を照らす。


 赤黒い絨毯が見渡す限り広がっていた。


 すでに壁まで到達していた魔物たちが霧散していく。


 本来ならば夜のうちに北門を落とし、魔物を尖兵(せんぺい)にして壁内を蹂躙(じゅうりん)する予定だった。それが最も安全だからだ。


 ならば夜まで開門を遅らせるか?


 ありえない。そちらのほうがリスクが高いのは自明である。壁内にいるであろうオブライエンの血脈を継ぐ者に、これ以上時間を与えるほうが危険だ。


 魔物の蒸発による霧が晴れる。北門周囲は人間どもの亡骸で埋まっていた。兵舎らしき建造物もことごとく損壊している。幾人(いくにん)か息のある者がいるようだが、いずれも負傷し、兵舎の残骸に隠れているようだった。虱潰(しらみつぶ)しに殺してもいいが、時間が惜しい。なにより、連中には戦意が感じられなかった。もし勇を発揮したとしても、こちらの勢力に傷ひとつ与えられないだろう。そのような手合いは放置に限る。


 唯一問題となりそうなのはゼールとやらの覚醒だが、見る限り魔力は枯渇(こかつ)状態。目覚めたとしても(あや)めるのも捕縛するのも容易(たやす)い。


 このときヴラドは、千の蝙蝠のうち二匹の視界で別の懸念(けねん)に意識を(そそ)いでいた。ひとつは後方のメフィストども。そしてもうひとつは、門の先の状況。両者ともになんら動きはない。静かなものだ。


 ヴラドの頭上に巨大な拳が現れる。スピナマニスを投げたときと同種の魔術だが、威力も大きさも異なっていた。無尽蔵の血液による、最大級の闇色の拳。間を置かず繰り出した打撃により、分厚い鉄扉(てっぴ)は轟音を上げて吹き飛んだ。


「開門だ。これより壁内の制圧を開始する。柔弱(にゅうじゃく)な人間どもに教えてやれ。まだ夜は終わっていないと。貴様らは永遠の夜に閉じ込められ、狩られるだけの獲物なのだと」


 北門破壊と同時に、各門の部隊員に制圧開始の交信を送った。




 かくして、西門、南門、東門に遅れながらも、北門は陥落(かんらく)した。


 宵闇の狩人たちによって、千年の(みやこ)――王都グレキランスは崩壊への滑落(かつらく)を開始したのである。

発言や単語が不明な部分は以下の項目をご参照下さい。



・『夜会卿ヴラド』→黒の血族の公爵。王都の書物でも語られるほど名が知られている。魔王の分家の当主。キュラスの先にある平地『毒色原野』を越えた先に彼の直轄地アスターが存在する。極端な純血主義であり、自分に価値を提供出来ない混血や他種族は家畜同様に見なしているらしい。不死の力を持つ。詳しくは『幕間.「魔王の城~ダンスフロア~」』『90.「黒の血族」』『幕間.「魔王の城~尖塔~」』『565.「愛の狂妄」』『927.「死に嫌われている」』にて


・『ザレハドラ男爵』→黒の血族で、ラガニアの男爵。豪放磊落な態度と大柄な見た目に反して小心な男。側近のシキに貴品(ギフト)を与え、自分の代わりに戦ってくれるよう懇願した。詳しくは『第四章 第三話「永遠の夜ー⑤霧海の繋ぎ手ー」』にて


・『ハイメ子爵』→黒の血族で、ラガニアの子爵。常に自分の身体を気にしている。詳しくは『第四章 第三話「永遠の夜ー⑤霧海の繋ぎ手ー」』にて


・『バルクハルト』→黒の血族。戦争において夜会卿の本隊に所属。全軍で唯一軍馬を用いる容貌魁偉な猛将。詳しくは『第四章 第三話「永遠の夜ー⑤霧海の繋ぎ手ー」』にて


・『ゼール』→騎士団長。王都の騎士を統括する存在。双剣の魔具使い。実はシフォンの養父。詳しくは『幕間.「魔王の城~記憶の水盆『外壁』~」』『第九話「王都グレキランス」』『幕間.「王都グレキランス~騎士の役割~」』にて


・『ニコル』→クロエの幼馴染。魔王を討伐したとされる勇者だが、実は魔王と手を組んでいる。黒の血族だけの世界を作り上げることが目的。クロエの最終目標はニコルと魔王の討伐。詳しくは『875.「勇者の描く世界」』にて


・『アスター』→夜会卿ヴラドの統べる街。グレキランスよりも広く、発展している。金貨に代わる貨幣制度として、ドラクル紙幣が使用されている。詳しくは『第四章 第三話「永遠の夜ー②隠れ家と館ー」』『第四章 第三話「永遠の夜ー④銀嶺膝下マグオートー」』にて


・『イブ』→魔王の名。ラガニア王の三女だった。ラガニア王直系の生き残りは彼女のみ。肉体は成熟した女性だが、精神は幼い状態のまま固定されてしまっている。魔物を統率する力を有する。詳しくは『間章「亡国懺悔録」』にて


・『強制転移箱』→対象をあらかじめ指定した場所まで転送する魔道具。戦争において夜会卿の各部隊長がひとつずつ所有している。詳しくは『第四章 第三話「永遠の夜ー②隠れ家と館ー」』にて


・『オブライエン』→身体の大部分を魔力の籠った機械で補助する男。王都内の魔具および魔術関連の統括機関『魔具制御局』の局長。自分の身体を作り出した職人を探しているが、真意は不明。茶目っ気のある紳士。騎士団ナンバー1、紫電のザムザを使って『毒食の魔女』を死に至らしめたとされる。全身が液体魔具『シルバームーン』で構築された不死者。かつてのグラキランス領主の息子であり、ラガニアの人々を魔物・他種族・血族に変異させ、実質的に滅亡させた張本人。外界で活動しているのは彼の分身『二重歩行者』であり、本体は一切の魔術的干渉を受けない檻に閉じ込められている。詳しくは『345.「機械仕掛けの紳士」』『360.「彼だけの目的地」』『間章「亡国懺悔録」』にて


・『メフィスト』→ニコルと魔王に協力していた存在。ヨハンの本名。現在はクロエと契約し、魔王討伐に協力している。初出は『幕間.「魔王の城~尖塔~」』


・『スピナマニス』→アルマジロに似た魔物。家屋ほどの大きさの中型魔物。外殻には鋭いトゲが生えている。標的を見つけると身体を丸めて転がるように突進する。詳しくは『281.「毒食の理由 ~獣の片鱗~」』にて


・『王都』→グレキランスのこと。周囲を壁に囲まれた都。詳しくは『第九話「王都グレキランス」』にて


・『グレキランス』→通称『王都』。周囲を壁に囲まれた都。また、グレキランス一帯の地方を指して用いられる。詳しくは『第九話「王都グレキランス」』にて

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