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花嫁騎士 ~勇者を寝取られたわたしは魔王の城を目指す~  作者: クラン
第四章 第三話「永遠の夜ー⑥宵闇の狩人達ー」
1742/1755

Side Xiaogui.「殺したいほど憎くて愛しいひと」

※シャオグイ視点の三人称です。

 前線から退き、大きく迂回(うかい)して中央部隊右方へ向かう影があった。きらびやかな衣装は見る影もない。どこもかしこも傷だらけ。()った髪はとうに(ほど)け、(かんざし)もどこかへ消えてしまった。


 彼女は呆然と歩みつつ、少し前の記憶をたどる。




 あの騎士の男が倒れてすぐに、バルクハルトが起き上がった。そして己の傷を見つめ、肘から先を失った左手を眺め、それからはずっと騎士に視線を落としていた。こちらには一瞥(いちべつ)もくれず。


()(あや)める気なら、戦ってやろう。シャオグイ。どうするか決めるのは貴様だ』


 シャオグイはもうとっくに限界を迎えていた。冥途献身(ヨモツヘグイ)を使ってなお、勝てなかった事実が忌々(いまいま)しい。


 これ以上戦っても勝てないのは知っていた。深手を負った状態でさえ、自分はバルクハルトにおよばないだろう。メフィストからの指示は前衛部隊のうち、もっとも脅威となる人物の排除である。つまり、バルクハルトを殺すこと。


 バルクハルトを目にした瞬間、太平(たいへい)無事で退く選択肢を捨て去った。この男に勝てないのは重々承知である。


『ウチは、戦ってもええどす』


『そうか。ならば来るといい』


 そう言ってバルクハルトは騎士の魔具を回収し、ご丁寧に(さや)へと納めると、自分の大剣を彼のそばに突き刺したのである。まるで墓標のように。その(かん)、バルクハルトはやはりこちらを一瞥もしなかった。シャオグイもまた、突っ立ったまま動けなかった。


『この男は』


 バルクハルトは残る大剣を拾い上げ、砲台の攻撃を最小限の動きで回避しつつ、言葉を(つむ)ぐ。


『余を倒したと見做(みな)す。この男の幻影には殺気があった。ゆえに余は実体と確信して斬ったのだが、叩き割った地面の真横に本物が居た。あれほど静かな存在はない。余を前にすれば例外なく、弱者は恐懼(きょうく)を、勇猛な者は意志を(ほとばし)らす。しかしこの男だけは()だった。あの状況において完全に存在を消していた。シャオグイ』


 不意に呼びかけられ、彼女は騎士に視線を向ける。バルクハルトではなく。


『貴様の一撃で一瞬の油断を突かれたのは事実だ。しかし、貴様の一撃がなくとも結果は同じだったろう。この男が放った連撃は、あのときの余に防げるものではない。仮に万全だったとしてもだ』


『……なにを言いたいんどすか』


『余は負けた。貴様よりも遥かに格下のこの男に負けた』


 騎士の胸は上下している。傷は(おびただ)しいものの、生きていた。


『殺したら勝ちとちゃうん? 気ぃ失ったそのひと、殺せばええんちゃう?』


『殺さん。誰にも殺させん。敗者は勝者に触れる権利を持たん。残る砲台が消え去り、魔物の進軍がはじまったとき、余はこの男を守って剣を振るおう』


『……阿呆ちゃうか。意味分からんどす』


 バルクハルトは感慨なくシャオグイと視線を()わし、それ以上はなにも言わなかった。ただし、殺気は彼の周囲に充満している。


 シャオグイは(きびす)を返し、ふと思ってバルクハルトに(たず)ねた。


『そいつ、なんて名前なんどすか?』


『ゼールと名乗った』


 それが最後に交わした言葉である。シャオグイは一路、戦場を迂回して、徐々に白くなる山並みを視界に収めて歩む。生まれ出ようとしている太陽が目に染みて、眼の奥に痛みを感じた。少し、視界が(うる)んだ。




 アスターに殴り込んだシャオグイを捕縛したのはバルクハルトである。よく覚えている。


 退屈そうに拷問したのもバルクハルトだが、一度きりの暴行だった。よく覚えている。


 その後、シャオグイを拷問する者は嬉々としていた。よく覚えている。


 それ以来、今宵に至るまでバルクハルトに遭遇しなかった。道ですれ違うこともなかった。よく覚えている。


 そもそも報復するつもりで戦ったわけではない。メフィストに命じられただけの話。命を急速に目減りさせる代わりに絶大な力を得る秘伝の丸薬を持っていたが、使うなと指示されたので使わなかった。加えてメフィストは、勝てそうになかったら逃げていい(・・)とまで言ったのだ。


 あの男――ゼールの言葉がなんでか耳に何度も(こだま)している。


 信じてると言われたのも、逃げてくれ(・・)と言われたのも、ひどく久しぶりに思える。出会ったばかりの弱っちい男が言ったのだ。でも、自分は見誤っていた。あの男は、ゼールは、決して弱くない。バルクハルトの意を(くじ)き、その身にいくつもの傷を刻んだのだから。


 苛立(いらだ)ちはない。お節介は嫌いだが、ゼールの言葉も行為も清涼だった。青く透き通る夜明け前の声だった。


 逃げていい。逃げてくれ。似て非なる言葉。


 ゆるゆると歩むシャオグイの目に、薄暗い人影が見えた。


「お疲れ様です、シャオグイさん」


「メフィストはん……」


 普段なら、メフィストに会えるのはとても嬉しいことだ。心が(はず)む。


 ただ、今このときは歓喜が少しも湧いてこない。当たり前のような顔をして両手を広げて待っているものだから、シャオグイは立ち止まった。


 メフィストのことは好きだ。この世の誰よりも。


 アスターで最低最悪の拷問を受けている間、隣の牢にいたメフィストだけが話し相手で、まともな扱いをしてくれるのは彼だけだった。もし牢屋を出られたら一緒になろうと言ったのは本気だったし、彼のどっちつかずの返事も(かえ)って好ましかったのを覚えている。跳ねっ返りの自分は、素直な言葉より()じ曲がった台詞のほうが受け入れやすい。


 今宵、メフィストから受けた指示はふたつ。右方に張り出した勢力の殲滅(せんめつ)。しばしの間を置いて、敵前衛部隊のうちもっとも厄介な相手の撃破。


「前衛に厄介な相手がいたんですね」とメフィストは淡々と言う。


「バルクハルトはんがおった」


「なるほど。それでこんなに傷付いてしまったのですね。無理もないです。まっとうに戦って勝てる相手ではありませんから」


 メフィストは苦笑していた。


 今、自分はどんな顔をしているだろう。どんな目をしているだろう。よく分からない。分かるのは自分がなにをどう思ってるかだけ。


「ウチひとりやったら、バルクハルトはんに傷ひとつ付けられんかった。丸薬使(つこ)うたら別どす」


 丸薬の使用を禁じたのはメフィストだ。命を削る薬。代わりに絶大な力を得る代物。


「すると、バルクハルトさんは健在ですか。やむを得――」


「傷だらけになって、腕一本失った」


 メフィストが首を傾げる。


「バルクハルトさん相手にそこまで戦える者がいるとは思えませんが……事実ですか?」


「ウチが嘘つく思てんの? あんたに」


「失礼。信じがたいことでしたので」


「騎士のゼールっちゅう男どす。あれがバルクハルトはんを滅多切りにして、でも殺せへんかったよ」


 メフィストの口から漏れた吐息は、安堵(あんど)と映った。シャオグイには。


 ――なんでやろ。牢屋から出たのに、ずっとずぅっと檻に入っとる気分やわ。


 アスターでの他種族解放騒動でシャオグイは獄を抜けた。そのときメフィストも牢を出たのだ。ニコルと取引して。それで、当たり前みたいにメフィストに付き従ってきた。


 絶対に言わないと決めていたことが、するりと口から流れ出る。


「全部、メフィストはんの計画通りやろ?」


 牢屋でこちらを懐柔(かいじゅう)したときから、ずっと。


「ええ」とあっさり認めるメフィストが小憎(こにく)たらしい。こういうときに嘘をつかないから信用出来てしまう。


「ウチがバルクハルトはん殺せずに、すごすご帰って来るんも、お見通しやったんどすなぁ」


「はい」


 メフィストはもう両腕をだらりと下げていて、薄っすら笑っている。目だけは冷たい。


 万全の状態だったらメフィストを殺したかもしれない。今。ここで。でも彼が分身だと分かってる。分身を殺して、本体も殺して、それで自分も死ねたならどんなに気分がいいだろう。今の自分では嫌味くらいしか言えない。


「捨て駒が帰ってきて嬉しいどすか?」


「もちろん。貴女には生きていていただきたいので」


「でも、死んだってかまわへんのやろ?」


「骨は拾います」


 腹立たしい。憎たらしい。殺したい。なのに、それらと同じくらい強く好きに想っているのだから、自分で自分が嫌になる。


 この男がなにを狙ってバルクハルトを生かしたのか、さっぱり分からない。生きてていいなら、あえて戦わせる必要もないはずなのに。


「貴女が、いえ、貴女とゼールさんですか。お二人がいなければ時間は稼げなかった。何時間も前に北門は陥落(かんらく)したはずです」


 見透かしたようにメフィストが言う。


「このままやと、どうせ北門は落ちるやろ」


 メフィストの顔色になんら変わったところが見受けられない。


 いまだにメフィストを好いている自分に、これ以上耐えられなかった。


「どこへ行くんです?」


 シャオグイは、前線でもなく、味方のいる後方でもなく、ひとり右方に広がる森へと足を向けた。


「……ひとりになりたいだけどす」


 振り返りもしなかったし、足も止めなかった。でも少しだけ足りないとも思った。だから口にする。後ろに(たたず)んだまま動かないメフィストに。


「あんたが死んだら、骨と言わず、死体全部拾ったるわ」


「お好きになさってください」


 唇を噛んで、涙を(こら)えて、想うのはゼールの背である。


 ――あんなまっすぐなモン見せられたら、調子も(わる)なるわ。

発言や単語が不明な部分は以下の項目をご参照下さい。



・『シャオグイ』→生息圏、風習、規模も不明な他種族である、オーガのひとり。千夜王国の主。『緋色の月』に所属しながら『灰銀の太陽』への協力を誓った。一時期シャルという偽名を使用し、有翼人をそそのかした。生命を犠牲にして力を得る丸薬を所持。武器として鉄扇を扱う。身体能力が並外れて高い。メフィスト(ヨハン)に執心している。かつて夜会卿に囚われていた頃、隣の牢屋にいたヨハンに恋をしたのがきっかけ。詳しくは『748.「千夜王国盛衰記」』『750.「夜闇に浮かぶ白い肌」』『886.「かつての囚われ人たち」』にて


・『バルクハルト』→黒の血族。戦争において夜会卿の本隊に所属。全軍で唯一軍馬を用いる容貌魁偉な猛将。詳しくは『第四章 第三話「永遠の夜ー⑤霧海の繋ぎ手ー」』にて


・『冥途献身(ヨモツヘグイ)』→シャオグイの扱う特殊な魔術。発動以後、一定範囲内の死者の数に応じて力を増大させる。ゾラ討伐のためにお膳立てされたものの、結局発揮されることはなかった。詳しくは『841.「不退転」』にて


・『メフィスト』→ニコルと魔王に協力していた存在。ヨハンの本名。現在はクロエと契約し、魔王討伐に協力している。初出は『幕間.「魔王の城~尖塔~」』


・『魔具』→魔術を施した武具のこと。体内の魔力が干渉するため魔術師は使用出来ないとされているが、ニコルは例外的に魔術と魔具の両方を使用出来る。詳しくは『間章「亡国懺悔録」』にて


・『ゼール』→騎士団長。王都の騎士を統括する存在。双剣の魔具使い。実はシフォンの養父。詳しくは『幕間.「魔王の城~記憶の水盆『外壁』~」』『第九話「王都グレキランス」』『幕間.「王都グレキランス~騎士の役割~」』にて


・『アスター』→夜会卿ヴラドの統べる街。グレキランスよりも広く、発展している。金貨に代わる貨幣制度として、ドラクル紙幣が使用されている。詳しくは『第四章 第三話「永遠の夜ー②隠れ家と館ー」』『第四章 第三話「永遠の夜ー④銀嶺膝下マグオートー」』にて


・『ニコル』→クロエの幼馴染。魔王を討伐したとされる勇者だが、実は魔王と手を組んでいる。黒の血族だけの世界を作り上げることが目的。クロエの最終目標はニコルと魔王の討伐。詳しくは『875.「勇者の描く世界」』にて

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