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花嫁騎士 ~勇者を寝取られたわたしは魔王の城を目指す~  作者: クラン
第四章 第三話「永遠の夜ー⑥宵闇の狩人達ー」
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Side Zell.「研鑽ゆえの刃」

※ゼール視点の三人称です。

 今さらながら宣戦布告したバルクハルトに対し、ゼールは眉ひとつ動かさなかった。心も揺らがない。揺らぐはずもない。


 ただ、バルクハルトへと滑空しようとした矢先の甲高い咆哮(ほうこう)に思わず硬直した。立ち上がったシャオグイが凄まじい形相(ぎょうそう)でバルクハルトを睨んでいるのである。(つの)(あい)まって、鬼のそれだ。


「ウチは無視されるんが大嫌いどす。バルクハルトはんを殺すんはウチ。ほかの誰にも邪魔させへん」


「余に恨みでもあるのか? 貴様など知らん。弱者に興味はない」


 一瞬のうちに距離を詰めたシャオグイがバルクハルトの側頭を打った――かのように見えた。実際は違う。彼は素早く大剣をその場に突き刺し、空いた片手でシャオグイの足首を捉えた。


「離さんかいボケ!」


 シャオグイは器用に身体を回転させてバルクハルトの手から逃れると、旋回の勢いのまま彼の顔に蹴りを見舞ったが、直撃はしない。それどころか、バルクハルトは羽虫でも払うかのように彼女の蹴りを手の甲で()らし、華奢(きゃしゃ)な身を数メートル先まで吹き飛ばした。が、シャオグイもシャオグイで、空中で鮮やかに姿勢を整えて着地する。


「ウチのこと拷問したん、本当に忘れたんかい」


 彼女は姿勢を低くして(うな)るように言った。それを見下ろすバルクハルトは、いかにも関心なさげな目をしている。本当に興味がないのだろう。そんな彼へとシャオグイが畳み掛ける。


「耐久テストとか言うて、ウチの手足折ったり、首おかしなるくらい殴ったりしたん、ほんまに覚えてない言うん!?」


「記憶にない。興味のないものは忘れる」


 ゼールには想像しか出来ないが、おそらくバルクハルトは進んで拷問をしたわけではあるまい。ここまで戦ってきて、彼の人格はおよそ掴めていた。彼の上に立つ者が命じたのだろう。そしてバルクハルトは退屈に感じながら仕事を遂行し、そして忘れた。彼の興味関心は猛者にしかない。拷問対象が彼の意識を刺激するはずがなかろう。


 とはいえ、ひどい話だ。


「――!!」


 言葉にならない叫びを上げて、シャオグイがバルクハルトに飛びかかり――。


 咆哮は悲鳴に似た濁声(だくせい)へと変わり、みるみる遠ざかった。バルクハルトが大剣で一閃したのである。夜闇の先に消えた彼女は、どれほどの執念を抱えてここに来たのだろうか。ゼールにそれを()(はか)れはしない。ただ、復讐相手に一顧(いっこ)だにされない屈辱は膨大だろう。


 シャオグイは決して弱者ではない。現に彼女の助けがなければゼールは二度、死んでいた。バルクハルトの愛馬を斬ることすら叶わなかったろう。そして客観的な事実として、自分は彼女の強さに遠くおよばない。そんなシャオグイを軽々とあしらってしまうのがバルクハルトだ。


 戦場において不意打ちは卑怯を意味しない。隙を見せるのが悪いのだ。そも、大義があれば邪道も正道になりうる。


 しかしこの一場(いちじょう)において、ゼールは浮遊したまま沈黙していた。恐れではない。正義感からでもない。この男の強さへの敬意でもない。ごく単純な理由だ。打つべき不意が、突くべき隙がなかったのである。陽炎(かげろう)のごとく揺らめき立つ暴威(ぼうい)は、馬上にいたときよりもむしろ強まっていた。


 油断したわけではない。隙を見せたつもりはない。しかし結果的にゼールは出遅れた。目の前に末広がりの大剣が迫る。一瞬のうちにバルクハルトが投擲(とうてき)したのだ。


 双剣を交差させて防御姿勢を取ったものの、己の剣が身体に食い込む。威力を殺せず、否応(いやおう)なく身体が宙を流れ、やがて地面で跳ねた。


 再び浮遊したゼールの眼前に、跳躍したバルクハルトの姿が映る。片手で大剣を振り上げたその(さま)は、やはり一分(いちぶ)の隙もない。


 間一髪で回避したものの、地面を叩き割った一撃による土塊の(つぶて)を目の端に受けた。


 いつの間にやら投げた大剣を拾っていたバルクハルトが、地面に突き刺さった大剣を引き抜くと同時に横薙ぎを放つ。風の力でなんとか(かわ)したと思ったが、訪れたのは右半身への苛烈(かれつ)な痛みだった。(くう)を一閃するその攻撃は、ゼールに直撃する寸前で斬撃ではなく打撃に変わったのだ。横に寝かせた剣を立たせ、回避しおおせたと思い込むゼールを(したたか)かに打ったのである。


 血が喉を()り上がった。天地が目まぐるしく入れ替わり、意識に(もや)がかかる。横たわって見上げる夜空が絶えずぐらぐらと揺れていた。


 身を起こし、浮遊したのは無意識の行為である。決して消えず燃え続ける戦意が彼に行動を()いた。


 バルクハルトは人間を蹴散らしつつ、両の大剣を引きずってこちらへと突進してくる。人間はもちろん、血族からも大きく逸脱(いつだつ)した暴力の化身が牙を剥いていた。


 心は静かだ。さざなみひとつない。


「シャオグイ殿。泣くな。まだ終わっていない」


 偶然にもシャオグイと同じ場所に吹き飛ばされたのは幸いだ。自分だけで討ち取れる相手ではない。


「泣いて、へんどす。なに格好つけとるん? 阿呆ちゃう?」


「負けたら泣いていい。勝っても泣いていい。だが、戦いのさなかに泣くのは悪手だ」


「うっさいわ」


 彼女が立ち上がる気配がした。ひととは違う気配だ。どちらかというと血族に近い。しかし、その胸に宿(やど)る熱はきっと自分と同じ温度だろう。


 とはいえ、限界だ。もう浮遊のために風の魔術を出力するだけで精一杯である。意識も確かとは言い(がた)い。全身の痛みさえ、もはや薄いのだ。シャオグイもおそらく似たような状態だろう。両の手首を折られ、鉄扇(てっせん)も失っている。武器として使えるのは足くらいのもので、バルクハルトに通用するとは思えない。


「俺が道を切り(ひら)く。一瞬だけの隙かもしれないが、貴女ならきっと見逃さない。信じている」


 返事はなかった。聞こえていればそれでいい。バルクハルトは間もなく大剣の射程圏内にこちらを収めるだろう。


「もし奴がそれでも死ななければ、貴女は逃げてくれ」


 これにも返事はない。ゼール自身、こんな言葉を口にするつもりはなかった。彼女を不憫(ふびん)に感じたのかもしれない。復讐のために血眼(ちまなこ)になる姿を哀しく思ってしまったのかもしれない。どうしてか発してしまった言葉は、きっとなにかに由来(ゆらい)しているはずなのだが、後付けで探ろうとしても詮無(せんな)いことである。


 空は依然(いぜん)として暗い。より暗くなったように感じるのは錯覚ではなかろう。夜明け前が一番暗いのだ。幾度(いくど)も夜を越えた者として、あらゆる意味でそう()っている。


結晶凍撃(けっしょうとうげき)


 凍剣蓮華(リフルーレ)を地面に突き立てる。冷気が地を這い、バルクハルトへと向かった。


 巨体が跳ぶ。


 一度披露した技だ。把握しているのが当然。そしてバルクハルトはただ回避するだけでは済まさない。それも分かっている。


 二本の大剣のうち一本が、ゼールへと投擲(とうてき)された。シャオグイには当たらない軌道である。もはやバルクハルトは彼女への興味を失っているのだろう。


 ゼールは最小限の動きで、迫る大剣を回避した。風雷万華(エルグロリア)による飛行を解除し、一本の足で地を踏みしめ、やや(かが)んだのみである。頭上を凶悪な風音が過ぎていく。


 宙にいるバルクハルト。残る一本の大剣はこちらを射程内に収めていた。それが放たれるのは一瞬のことだろう。


氷爆斬(ひょうばくざん)


 凍剣蓮華(リフルーレ)による、氷と爆裂魔術をブレンドした剣技。ゼールは静かにその刃を地面に突き立てた。氷片がいくつもの軌跡(きせき)を描いて炸裂する。冷気が靄となって、こちらと敵との間を遮断した。


 氷の(つぶて)などバルクハルトにとっては小細工以下に違いない。彼はなにも見逃さないはずだ。再び浮遊し、冷気の作り出す白い靄のなかをゼールが突っ切って来ることは見通している。


 バルクハルトが空中のゼールを靄ごと真っ二つにし、着地した。そして気付く。己が空中で斬り裂いたのが、冷気の描いた虚像であると。本物のゼールは地面に直立し、刃を構えている。


 幻想を斬ったと気付くまでのコンマ何秒か。その隙をシャオグイが逃すはずがない。


 筋肉の鎧の僅かな隙間を縫って、彼女は渾身の蹴りを突き立てた。場所は鳩尾(みぞおち)。これもまた、一瞬の隙を作ったのは言うまでもない。


 ゼールは風雷万華(エルグロリア)のみを両手に構え、静かにひとつ、呼吸した。そして、残った一本の足で地を蹴る。


 魔具の力を発揮するほどの魔力はもうない。


 ゆえにゼールの放ったのはただの斬撃だ。騎士になる以前も、なってからも、第一線を退いてからも、日夜振り続けた剣。彼は単に、何十年も積み重ねただけだ。


 無呼吸で放たれたいくつもの斬撃がバルクハルトの身を裂いた。大剣を振るったまま伸びた片腕さえも斬り落とす。


 巨体が崩れ落ちた。ゼールもまた、限界を(むか)えて地に落ちる。


 この剣技に名前はない。彼が口癖のように言っていた台詞――剣を振るえ――の通り、王都を脅かす敵に剣を振るったまでのことである。


 東の空が(かす)かに(しら)んでいるのをゼールは知らない。彼の意識はすでに途絶えていた。

発言や単語が不明な部分は以下の項目をご参照下さい。



・『ゼール』→騎士団長。王都の騎士を統括する存在。双剣の魔具使い。実はシフォンの養父。詳しくは『幕間.「魔王の城~記憶の水盆『外壁』~」』『第九話「王都グレキランス」』『幕間.「王都グレキランス~騎士の役割~」』にて


・『バルクハルト』→黒の血族。戦争において夜会卿の本隊に所属。全軍で唯一軍馬を用いる容貌魁偉な猛将。詳しくは『第四章 第三話「永遠の夜ー⑤霧海の繋ぎ手ー」』にて


・『シャオグイ』→生息圏、風習、規模も不明な他種族である、オーガのひとり。千夜王国の主。『緋色の月』に所属しながら『灰銀の太陽』への協力を誓った。一時期シャルという偽名を使用し、有翼人をそそのかした。生命を犠牲にして力を得る丸薬を所持。武器として鉄扇を扱う。身体能力が並外れて高い。メフィスト(ヨハン)に執心している。かつて夜会卿に囚われていた頃、隣の牢屋にいたヨハンに恋をしたのがきっかけ。詳しくは『748.「千夜王国盛衰記」』『750.「夜闇に浮かぶ白い肌」』『886.「かつての囚われ人たち」』にて


・『黒の血族』→魔物の祖と言われる一族。人間と比較して長命。もともとは王都の敵国であったラガニアの人々のごく一部が、オブライエンの生み出した『気化アルテゴ』によって変異した姿。詳しくは『90.「黒の血族」』『間章「亡国懺悔録」』にて


・『魔具』→魔術を施した武具のこと。体内の魔力が干渉するため魔術師は使用出来ないとされているが、ニコルは例外的に魔術と魔具の両方を使用出来る。詳しくは『間章「亡国懺悔録」』にて


・『王都』→グレキランスのこと。周囲を壁に囲まれた都。詳しくは『第九話「王都グレキランス」』にて

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