Side Zell.「死出の道を躊躇なく」
※ゼール視点の三人称です。
クロエらが後方に撤退して数時間後。王都北門の前線は変わらず維持されていた。といっても不変ではない。二万におよぶ人間たちは一万以下に減っていた。魔物および血族とぶつかり合う人員は仲間の亡骸を避け、あるいはやむなく踏みながら戦闘を続けている。
敵の前線が動かなかった理由はいくつかある。まだ一機の砲台が残っていたこと。総大将であるヴラドから特段の指示が与えられなかったこと。そしてもっとも大きい理由が、砲台の攻撃を一手に惹きつけるバルクハルトが、いまだに前進出来ずにひとつところで戦っていたこと。
ゼールはバルクハルトの大剣を双剣の魔具で防ぎ、それでもなお吹き飛ばされて地に転げては、風の剣――風雷万華で宙を駆けて敵へと挑みかかる。敵の鎧を砕いたのちは、一方的な戦いだったと言えよう。バルクハルトの振り回す大剣、その乱気流の内側に食い入ることすら出来ない。リスクを負って最高速度で敵へ迫ろうとも、すぐさま対処される。バルクハルトの機動力を支えている軍馬が即座に距離を置き、懐に入らせてくれないどころか、大剣の有効範囲にゼールを収める。結果、どこかの段階で防御せざるを得ない攻撃を食らうのだ。依然として共闘しているシャオグイも似たようなものである。彼女の場合は扱う武器が鉄扇とあって、余計に不利だ。それでもバルクハルトの大剣に吹き飛ばされず防御しているあたり、ゼールとは格の違いがある。
隆たる筋骨を晒し、夜影に立つ人馬の威容にゼールが畏れを感じることはなかった。これまで会敵した誰よりも強い。ガジャラ以上の脅威と言って差し支えない。だからこそ自分が全力で戦わねば――剣を振るわねばならぬ。その意気は折れることなく、今この瞬間まで続いている。
鎧を砕いたときと同様、風の力を全開にしても隙を突けないあたり、バルクハルトは底知れない。こちらが彼に与えた傷はひとつもないのだ。
片足を失い、全身に裂傷を負い、魔力も危険なほど消耗してしまっている。絶望に足る状況だった。二対一でこれなのだ。圧倒的などという言葉を遥かに凌駕している。
ゼールは、もはや何度目か分からない突撃を繰り出した。相当な重量であろう無骨な大剣からは想像もつかない剣戟の嵐を掻い潜る。
一瞬、バルクハルトと視線が交差した。獰猛な顔立ちのなかで、瞳は冷厳さを湛えている。狩人のそれだ。獲物を前に、一切の緩みなく集中した眼。鎧を破壊して以降はずっとこの目付きだ。そして動きに一切の綻びがない。軍馬が下がり、大剣の嵐を抜けるのは叶わなかった。それでも風の力で縦横無尽に空を駆け、刃の暴風を避けて前進する。大剣はゼールだけでなく、彼の背後をも射程圏に入れていた。シャオグイがそこにいるのだろう。
「凍撃波!」
凍剣蓮華の氷の魔術と、風雷万華の風の魔術を組み合わせた、凍てつく風を放出する。範囲は決して狭くない。冷気に触れたならば、たちまち凍結に至る技である。ゼールの頭上数メートルを人馬の影が飛び越えた。振り返ったときにはすでにバルクハルトは着地寸前で、両の大剣がゼールの脳天に迫っている。
回避は間に合わない。防いだところで致命傷は約束されている。
死への恐怖。人間として生まれた以上、決して逃れられぬもの。このときゼールは微塵もそれを感じなかった。
夜毎の夜間防衛。
鍛錬の日々。
それらにより練磨された精神は、一個人の死などという事象を容れる余地がない。己は騎士である。騎士は守る者である。如何なる孤独に在ろうとも、如何なる脅威に晒されようとも、本念は揺らがない。その目は敵を見据えるためにあり、その脳は敵を討つために駆動し、その身は騎士として正しい行為をなす。
ゼールは最大限の風の力で、バルクハルトの着地点へと駆けた。中途で破滅的な一撃が訪れるのは知っている。死出の道だ。なんの問題もない。死が決まっているのなら、死してなお一撃を与えんとするのが騎士である。
「疾風雷火!」
風の力で疾駆し、風雷万華の持つ雷の魔術を乗せて一閃する技。しかし敵の身に届く前に命は尽きるだろう。絶命したとしても魔術の残滓は消えない。すなわち、行き場を失った雷の魔術は敵の機動力の要――軍馬に直撃するはずだ。どの程度の時間、痺れが持続するかは定かではない。しかし、彼女ならばこの贈り物を最大限活用してくれるだろう。
シャオグイ。なんの経緯で手を貸してくれたのか定かではない異形の者。本来であればオーガは人間の敵である。千夜王国の逸話はおぞましいものだ。ただ、同じ敵をともに討とうとするならば仲間である。仲間を信頼しないのは道義に反する。
死を前提として選んだ猛進。己の命が消える寸刻前に、激しい金属音が鳴り響いた。先ほどまでゼールの浮いていた位置で。
なにが起きたのか考えるまでもなく、また、思考に割く余力はすべて剣に乗せる。
着地した軍馬の四つ脚をすべて切断し、ゼールはそのままバルクハルトの背後を取った。視界には崩折れる馬と落下するバルクハルトの背、そして二本の大剣を鉄扇で受け止めたシャオグイが映る。彼女の腕は血管が破裂し、真っ赤に染まっていた。バルクハルトが大剣を引く初動が見える。こちらの剣のほうが速い。
「爆雷斬!」
凍剣蓮華と風雷万華を交差させ、バルクハルトの背へと刃を放つ。雷撃を帯び、触れれば爆裂する混合魔術。両の魔具により実現する剣技。
しかしそれは、予期したかたちでは炸裂しなかった。
バルクハルトは大剣を手放し、背中に回した両手でゼールの双剣を掴んだのである。むろん、雷が敵の身体を駆け、爆破の衝撃がその手を襲ったろう。それでも手が離れることも、吹き飛ぶこともなかった。それだけではない。バルクハルトの身がふわりと宙へ浮く。脚を失った軍馬を踏み台にして跳び、振り返りざまゼールの腹へ回し蹴りを放ったのである。
骨の折れる音がした。身体が否応なく横へ吹き飛ばされる。それでも剣を離さなかったのはゼールの執念と言っていいだろう。バルクハルトが蹴りと同時に双剣を解放したのも幸いした。
シャオグイもまた、ゼールと同じ羽目に陥ったようである。彼女の場合、振るった鉄扇ではなく両の手首を掴まれ、折られるとともに前蹴りを食らった。鉄扇を握る生命線を断たれた結果、両の武器は哀れにもバルクハルトのそばに落ち、当の彼女は地を転げる。
激痛に悶えるゼールの目に、バルクハルトが大剣を持ち上げるのが見えた。天高く振り上げ、そして一気に大地へと振り下ろす。地鳴りとともに血飛沫が上がった。脚を失った軍馬の首を落としたのである。
残酷だとは思わない。むしろ逆だ。これまでのバルクハルトを見る限り、彼は愛馬と一心同体であるかのように息を合わせて戦っていたのである。魔術ではない。それくらいゼールにも見抜ける。長年の信頼と訓練によって培われた絆があったのは想像に難くない。戦場で用を為さなくなった友を苦しみから解放してやったように映った。
やがてバルクハルトは大剣を引きずり、ゼールへと向き直った。
「騎士よ。名乗れ」
「ゼールだ」
名乗りとともに、風雷万華の力で浮遊する。両の剣を構えた。腹部の痛みは呼吸を乱し、肉を苛んでいる。しかし身体の芯に宿った熱はいささかも減退していない。
「ゼールよ。余の愛馬を討った力は認めよう。貴様は虚仮ではない。だが、余は満足しておらん。来い。余を殺してみよ」
発言や単語が不明な部分は以下の項目をご参照下さい。
・『ゼール』→騎士団長。王都の騎士を統括する存在。双剣の魔具使い。実はシフォンの養父。詳しくは『幕間.「魔王の城~記憶の水盆『外壁』~」』『第九話「王都グレキランス」』『幕間.「王都グレキランス~騎士の役割~」』にて
・『黒の血族』→魔物の祖と言われる一族。人間と比較して長命。もともとは王都の敵国であったラガニアの人々のごく一部が、オブライエンの生み出した『気化アルテゴ』によって変異した姿。詳しくは『90.「黒の血族」』『間章「亡国懺悔録」』にて
・『夜会卿ヴラド』→黒の血族の公爵。王都の書物でも語られるほど名が知られている。魔王の分家の当主。キュラスの先にある平地『毒色原野』を越えた先に彼の直轄地アスターが存在する。極端な純血主義であり、自分に価値を提供出来ない混血や他種族は家畜同様に見なしているらしい。不死の力を持つ。詳しくは『幕間.「魔王の城~ダンスフロア~」』『90.「黒の血族」』『幕間.「魔王の城~尖塔~」』『565.「愛の狂妄」』『927.「死に嫌われている」』にて
・『バルクハルト』→黒の血族。戦争において夜会卿の本隊に所属。全軍で唯一軍馬を用いる容貌魁偉な猛将。詳しくは『第四章 第三話「永遠の夜ー⑤霧海の繋ぎ手ー」』にて
・『シャオグイ』→生息圏、風習、規模も不明な他種族である、オーガのひとり。千夜王国の主。『緋色の月』に所属しながら『灰銀の太陽』への協力を誓った。一時期シャルという偽名を使用し、有翼人をそそのかした。生命を犠牲にして力を得る丸薬を所持。武器として鉄扇を扱う。身体能力が並外れて高い。メフィスト(ヨハン)に執心している。かつて夜会卿に囚われていた頃、隣の牢屋にいたヨハンに恋をしたのがきっかけ。詳しくは『748.「千夜王国盛衰記」』『750.「夜闇に浮かぶ白い肌」』『886.「かつての囚われ人たち」』にて
・『魔具』→魔術を施した武具のこと。体内の魔力が干渉するため魔術師は使用出来ないとされているが、ニコルは例外的に魔術と魔具の両方を使用出来る。詳しくは『間章「亡国懺悔録」』にて
・『ガジャラ』→双子の血族であるナーサとダスラが粘膜を接触させることによって姿を現す怪物。死亡したダスラの肉を体内に摂り込んだナーサにより、粘膜の接触の制約は取り払われた。見た目は単眼のマンモス。詳しくは『第二章 第八話「騒乱の都~①亡霊と巨象~」』にて
・『千夜王国』→百年以上前、辺境の峻厳な岩山の中腹に突如出現した城郭。一本の塔のような建造物が中心となって形成された絢爛豪華な町。シャオグイが寒村の人々をそそのかし、一年で建造させた。滅亡した理由はシャオグイが城主としての生活に飽きたからとされる。詳細は『748.「千夜王国盛衰記」』にて
・『オーガ』→生息圏、風習、規模も不明な他種族。血呑み、鬼人、生き肝食い、黒痣などの別称を持つ。肌に這う黒い紋様と、額の角が特徴。残酷な種族とされている。詳しくは『748.「千夜王国盛衰記」』にて




