1034.「もっと高みへ」
わたしが無尽蔵の体力を持つのと同様に、ヴラドの魔力も絶対に枯渇しない。
その事実を理解しても絶望感は微塵もなかった。むしろ逆。なんだかすごく嬉しい。今のわたしは戦闘狂だけど、きっと冷静なわたしも喜んでるんじゃないかな。わたしが一太刀も入れられないヴラドを、ニコルは数十回も殺したらしいから。どうやったのか知らないけど。ひとつはっきりしていることがあるとすれば、ヴラドを殺すどころか一撃すら与えられていないわたしはニコルに遠くおよばない。
だからこそ、今回の戦闘はチャンスとも捉えられる。ニコルと並び立つほど成長するための。
呼吸は一定。高揚感も申し分ない。
マヤとサフィーロは依然としてヴラドに攻撃を浴びせ続けているけれど、ひとつの傷さえ負わせられていない状況。どうせならひとりで戦いたいところだけれど、二人とも素直に退いてくれるわけがない。わたしはサフィーロの信頼を失ったし、マヤは自分が死ぬまで攻撃をやめないはずだ。
ヨハンはドームの縁で立ち尽くしているだけ。彼のことだからなにか策を練ってるんだろうけど、傍目からは諦めているように見える。それに、今のヨハンじゃ大した細工は出来ないんじゃないかな。随分疲れてるみたいだし、口にも服にも血の痕がある。エールだっけ、そいつと戦って勝ったはいいものの、かなり消耗した様子。
ベアトリスは貴品の柄を握って棒立ちになってるけど、彼の場合は事情が違う。
なんにせよ、わたしは戦うだけだ。気持ちの赴くままに。ニコルに至る強さの階梯を昇るために。
疾駆し、ヴラドに接近する。サーベルの射程圏内に捉えるまで風の刃を連発しつつ。もちろん全部防御されたし、サーベルの攻撃範囲に入ってからも同じく防がれる。
なぜこうもピンポイントで防御されてしまうのか、理屈は大体察しがついた。
ヴラドはわたしの初動を目で把握しているわけじゃない。もしそうなら、サフィーロが縦横無尽に伸ばす爪――ヴラドの死角を突いたものは防御出来ないはずだ。彼は視覚でわたしたちを捕捉してはいない。十中八九、魔力を読んでる。この場のすべての魔力の流れが分かるのなら、いつ誰がどんな攻撃を仕掛けても理論上は掌握可能だ。
魔力を読んで行動を見切るだけなら、わたしにだってある程度出来る。ヴラドの秀でている点は魔術の展開速度だ。異常に速くて精度も完璧。それがわたしと彼との大きな差。この差を埋めるためにわたしが出来ることといえば、防御を破壊するだけの威力を発揮するか、より速く攻撃するかのふたつ。
今おこなっているのは、魔術を織り込んでいない生身のサーベルでの連撃だ。速度も威力も刃を振るうたびに上昇しているのが体感出来る。わたしは欲張りだから、ふたつにひとつなんて選ばない。どっちも選ぶ。だって、そのほうがずっと気持ちいいから。
ヨハンのいるあたりで魔術が表出するのが感じられた。ドームの一角を魔術の粒が横殴りに叩いている。
落日の雫だっけ。魔術を溶かす火の雨。たぶんそれだ。でも、意味なさそう。火が直撃した箇所にはなんら変化が感じられない。
「メフィスト。貴様ごときの魔術で私の檻は破れん。貴様らを閉じ込めている魔術は、魔術を拒否する構造になっている」
魔術を拒否する魔術。対して、魔術を溶かす魔術。聞く限りどちらも似たようなものだ。単純に魔術の練度で雌雄が決まるんじゃないかな。なら、ヴラドのドームに軍配が上がるのは至極当然だろう。無尽蔵の魔力による最大級の練度で展開されているのだから。
わたしの攻撃を防いでは消える防御壁は、また別物なのだろう。でなければ炎のサーベルが防御壁を通過するはずがない。
「……メフィスト。穴を掘っても無駄だ。この檻は地下をも含む球体を為している。どこにも逃げ場はない」
ヨハン、穴掘りしたんだ。すごく必死だな。なんとかして逃げ道を探ろうとしてる。彼としては撤退が前提なのだから躍起になるのも分からなくないけど。
ドン、と衝突音が微かに届いた。
「魔術を拒否すると言ったろうに。転移魔術も通さん。無駄だ。諦めて降伏しろ。殺しはしない」
降伏云々についてはヨハンだけじゃなくてわたしたちにも向けられた言葉だろう。諦めるなんてありえない。自分が強くなる機会をあえて捨てるなんて、ちっとも面白くないから。
「このまま」ヨハンの声が耳に入った。「我々が抵抗し続けたら、あるいは抵抗せずともドーム内を逃げ続けたらどうですか? 貴方はずっとドームを維持し続けなくてはなりません。仮に北門が落ちたとしても、グレキランスに進軍するのは不可能。そこで提案なのですが――」
「貴様の粗雑な交渉に付き合うつもりはない。ここにいる全員を無力化する手段があるからだ。そののち、檻を解除してグレキランスに侵攻するだけのこと」
「手段とはなんです?」
「教えるわけがなかろう」
ヴラドは一切防御を緩めずに、ヨハンとのお喋りに興じている。なんか悔しい。相手にされてないみたいで、全然『戦い』って感じがしない。
もっと速く。
もっと鋭く。
サーベルを振るう右腕が痛みの信号を送ってる。切れては再生する筋繊維、破裂しては元通りになる血管、ヒビが入っては修繕される骨。一撃ごとに痛みが強くなっていくのは、一般的な肉体の限度を超えてどんどん先に進んでいるからだ。それでいいと思う。腕が壊れるくらいじゃなきゃ、ヴラドの壁を砕けない。ヴラドの対処に先んじることが出来ない。
「クロエよ。自滅前提の攻撃はやめろ。価値が下がる」
あ、やっと話しかけてくれた。
「自滅ってなに?」
「そろそろ腕が限界だろう。剣の速さと重さは認めるが、お前では私を超えられん」
不意に地面から触手が伸びた。マヤを拘束したのと同じ魔術。でも、まったく問題ない。魔力が地面を駆けて、触手が展開される瞬間にステップして躱し、触手を斬り落としたから。
ヴラドの魔術は全部硬いわけじゃないと知れたのは収穫だ。闇色の触手は切断に対して無力。弾性は強くて、つまり拘束力は高いようだけど。
触手が次々と伸びたものの、全部無駄だ。対処の過程で根本を斬り落とせば消滅すると分かったから、触手への斬撃は最低限に留め、余力はヴラドへの攻撃に回す。
速く。重く。鋭く。すなわち、強く。
もどかしい狂喜がわたしをどんどん先へと高めていった。
でも、まったく考えなしで突っ走ってるわけでもない。シフォンからコピーした風の斬撃。その応用を試して、成功を収めつつある。
風の魔術を織り交ぜて、純粋に剣の速度を向上させたのだ。単なる思いつきだったけど、結果的に速度は段違いに上がってくれたから、嬉しくて嬉しくて口角が持ち上がる。
たぶんだけど、シフォンは彼女自身の武器の真価を知らなかった。だって、もし速度を上げられると分かってたなら、わたしは今ここにいない。前線基地で木端微塵になってたはずだもの。
風の力で素早くなった斬撃に対し、ヴラドの防御は多少出遅れていた。
でも、わたしはまだまだ速くなる。
「やめておけ。腕が千切れるぞ」
「やだ。やめない」
ヴラドの忠告は正鵠を射ている。このまま狂ったスピードを出し続ければ手首か肘か腕の付け根か、どこかしらが崩壊してサーベルごと吹き飛ぶだろう。
「私はお前を気遣って言ってるのだが、伝わらんか?」
「心配するくらいなら攻撃してよ。ねえ。防御だけじゃなくて。ねえねえねえ! ニコルと遊んだときはもっと本気だったんでしょ!? なんでわたしには手を抜くの!? そういうの、すごく哀しいし傷付くって分からない!?」
思わず叫んじゃった。全部わたしの本心。本気を出していない相手に、わたしは文字通り身が千切れるほど頑張って攻撃してるけど届かない。
ヴラドが一瞬、楽しそうな目付きをしたのもなんだか癪だ。これは勝手な想像だけど、こんなふうに罵声を浴びせられた経験はほとんどないんじゃないかな。だって夜会卿は公爵で、ラガニアのかつての王の縁者で、つまりすごく偉いから。おべっかばかり聞いてきたから、新鮮に感じたのかも。
それでもヴラドの防御に隙はない。だから――。
防御の展開よりも速く、刃が彼の肩から腰にかけて斬り裂いた。
――だからこれは、純粋な意味でヴラドの防御を打ち破った最初の一撃だ。
わたしが後退したのは、この一撃で満足したからじゃない。本能に訴えかける危険を察知したのだ。
ヴラドに与えた傷は深くない。せいぜい皮下の数センチ程度。
斜めに走った傷口がぼこぼこと沸騰するように盛り上がった。真っ黒だけど、血ではない。
それからほどなくして、傷口から弾丸じみたものが一瞬のうちに放たれた。わたしへと向かってきた物体はすべて斬り伏せたけど、いくつかの呻き声が上がる。
周囲を見やると、サフィーロは肩を撃ち抜かれて膝を折っていた。マヤは地面に倒れ、横腹から血を流している。ベアトリスは健在だったけど、それは表面的な話だ。いくつもの弾丸が激突したらしく、ドームの末端に叩きつけられたようである。そしてヨハンは――。
足を撃ち抜かれて顔面蒼白になっていた。
弾丸は今、ヴラドの頭上で蠢いている。
正体は蝙蝠。魔物の気配はごくごく微量だ。ヴラドは眉間に皺を寄せ、溜め息混じりに言った。
「私の身体は大部分が多種多様な蝙蝠の魔物で形成されている。巣と言って差し支えない。私が傷を負った場合、意志とは無関係に蝙蝠が外敵の排除に向かう。……クロエよ。お前が傷付かなかったのは僥倖だが、忠告を聞き入れなかった結果を潔く認めるといい。お前のせいで仲間が無駄な血を流したのだ」
やがて蝙蝠たちはヴラドの傷口へと帰還し、何事もなかったかのようにもとの通りになった。裂傷はもちろん、衣服まで。
発言や単語が不明な部分は以下の項目をご参照下さい。
・『夜会卿ヴラド』→黒の血族の公爵。王都の書物でも語られるほど名が知られている。魔王の分家の当主。キュラスの先にある平地『毒色原野』を越えた先に彼の直轄地アスターが存在する。極端な純血主義であり、自分に価値を提供出来ない混血や他種族は家畜同様に見なしているらしい。不死の力を持つ。詳しくは『幕間.「魔王の城~ダンスフロア~」』『90.「黒の血族」』『幕間.「魔王の城~尖塔~」』『565.「愛の狂妄」』『927.「死に嫌われている」』にて
・『ニコル』→クロエの幼馴染。魔王を討伐したとされる勇者だが、実は魔王と手を組んでいる。黒の血族だけの世界を作り上げることが目的。クロエの最終目標はニコルと魔王の討伐。詳しくは『875.「勇者の描く世界」』にて
・『マヤ』→縫合伯爵ルドラの次女。雷の魔術師。ルドラの指示で夜会卿に捧げられたが、兄であるアビシェクのみが殺害され、彼女は生かされた。夜会卿への復讐のため人間側に寝返った。詳しくは『第四章 第三話「永遠の夜ー④銀嶺膝下マグオートー」』『第四章 第三話「永遠の夜ー⑤霧海の繋ぎ手ー」』にて
・『サフィーロ』→蒼い鱗を持つ竜人。『純鱗』。次期族長候補と噂されている人物で、派閥を形成している。残酷な性格をしているが、頭も舌も回る。シンクレールと決闘し、勝利を収めている。クロエにより、血族であるベアトリスの指揮下での戦争参加を余儀なくされた。クロエに対し、ある程度心を開いていたが、彼女が感情を喪失したことにより関係が破綻。詳しくは『第三章 第四話「西方霊山~①竜の審判~」』『第四章 第二話「幻の森」』にて
・『ベアトリス』→ラガニアの地下都市ヘイズの長であり、バーンズの子孫。黒の血族で、ラガニアの男爵。誠実な男。祖先の恨みを晴らすべく、夜会卿への宣戦布告を目論んでいる。鎧をかたどった貴品『虚喰』により、無形の靄を自在に操ることが可能。ただし、力を使えば使うほど鎧の内部は空洞化する。戦争にて竜人と組んで人間側につくことを誓った。同じく戦争に参加したイアゼル侯爵の異父兄弟。詳しくは『第四章 第一話「祈りの系譜」』『第四章 第三話「永遠の夜ー④銀嶺膝下マグオートー」』にて
・『貴品』→血族たちの作り出した魔具。詳しくは『911.「貴品」』にて
・『落日の雫』→魔術を溶かす火の雨を降らせる魔術。ヨハンが独自に編み出した。詳しくは『369.「落日の雫」』にて
・『メフィスト』→ニコルと魔王に協力していた存在。ヨハンの本名。現在はクロエと契約し、魔王討伐に協力している。初出は『幕間.「魔王の城~尖塔~」』
・『転移魔術』→物体を一定距離、移動させる魔術。術者の能力によって距離や精度は変化するものの、おおむね数メートルから数百メートル程度。人間を移動させるのは困難だが、不可能ではない。詳しくは『4.「剣を振るえ」』にて
・『グレキランス』→通称『王都』。周囲を壁に囲まれた都。また、グレキランス一帯の地方を指して用いられる。詳しくは『第九話「王都グレキランス」』にて
・『シフォン』→ニコルと共に旅をしたメンバー。元騎士団ナンバー2。戦争において簒奪卿の部隊に配属されたが裏切り、血族も人間も殺戮した。自分の感情も思考も持たず、ニコルに従っている。前線基地にてクロエに敗北し、彼女の命ずるまま、現在はシンクレールに従っている。風の魔術の籠もった貴品『シュトロム』を使用。実は騎士団長ゼールの養子。詳しくは『43.「無感情の面影」』『幕間.「魔王の城~記憶の水盆『外壁』~」』『幕間「或る少女の足跡」』『幕間「前線基地の明くる日に」』にて
・『前線基地』→王都北東の山脈にほど近い場所の山岳地帯に作った、戦争における要衝。血族の侵入経路と王都を直線上に結ぶ位置にあるため、全滅は必至であり、足止めの役割がある。総隊長としてシンクレールが配備されている。簒奪卿シャンティおよびシフォンの襲撃によりほぼ壊滅した。詳しくは『第四章 第二話「幻の森」』『第四章 第三話「永遠の夜ー①前線基地ー」』にて
・『ラガニア』→かつてはグレキランス同様に栄えていた地域、と思われている。実際はグレキランスを領地として治めていた一大国家。オブライエンの仕業により、今は魔物の跋扈する土地と化している。魔王の城は元々ラガニアの王城だった。初出は『幕間.「魔王の城~書斎~」』。詳しくは『間章「亡国懺悔録」』より




