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花嫁騎士 ~勇者を寝取られたわたしは魔王の城を目指す~  作者: クラン
第四章 第三話「永遠の夜ー⑥宵闇の狩人達ー」
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1030.「そして中央へ」

「お嬢さん。追わなくていいですよ」


 疾駆の一歩手前でヨハンの声を拾い、足を止めた。ナーサの率いていた後方部隊の残党数名が逃げ去っていくのを眺め、サーベルを納刀する。


 周囲は血族の血と亡骸が広がっていた。全員わたしの犠牲者である。それなりの強者だった気もするが、いずれもナーサに遠くおよばない勢力だった。ゆえに、高揚(こうよう)を感じることなく淡々と殺戮(さつりく)(いそ)しんだのである。全身が返り血で黒く汚れたが、特になんとも思わない。


 振り返ると、煙宿の勢力とベアトリス軍が依然(いぜん)として戦闘ごっこを繰り広げていた。いつまで続けるつもりなのやら。ベアトリスが寝返っていることくらい夜会卿は見通しているだろうに。


 逃げ出した血族はいずれも中央へ向かっていた。主君に窮状(きゅうじょう)(しら)せるためなのか、保護を求めてか。どちらにせよ無意味だ。夜会卿は一切を見ている。上空に張りめぐらした無数の目で。敵前逃亡を犯した兵士を快く迎え入れる人格ではないだろう。グレキランスに伝わる物騒な逸話(いつわ)から、残忍さの一端は(うかが)える。


 中立地帯――血族(いわ)毒色(どくいろ)原野(げんや)――を奇跡的に踏破し、夜会卿の()べる街に到達した者。そのうち何名かは再起不能な状態で王都に帰還した。()る者は自らが受けた拷問の数々を縷々(るる)語り、或る者は完全に発狂した状態で目に映る人間を手当たり次第に襲ったという。なかでも悲惨なのは、勇者の帰還だ。ニコルのことではなく、数世代前に魔王討伐のため出征(しゅっせい)した男である。(いさ)んでラガニアへと向かって数ヶ月後、王城への献上品として謎の箱が届いた。差出人は夜会卿ヴラド。グレキランスの門番が中身を(あらた)め、その場で嘔吐(おうと)したらしい。箱に入っていたのは勇者の生首だった。しかも、生きて喋ったのである。失った身体が痛むと訴え、ときおり叫びを上げては涙し、ここに居ない夜会卿に許しを()う。最終的に彼は舌を噛み切って死んだ。最期の言葉は『勇者になんてならなければよかった』。これらの逸話が事実かは分からない。所詮(しょせん)は書物の内容に過ぎないのだ。


 こうした記録を読んだ当時のわたしは、怒りと恐れの両方を感じただろう。中立地帯の先、ラガニアの玄関口にはとんでもなく残虐な血族がいる、と。


 今となっては別の思惑(おもわく)が感じられる。わざわざ訪れた人間をオークションで金に変えるのではなく、あえて送り返すのは警告を多量に含んだアピールだ。自分は強い。そして残酷である。あえてそう主張する理由は――。


「さて、お嬢さん。進みますよ」


 ヨハンの声で思考を打ち切る。夜会卿について今考えたところで大した意味はない。疑問があるなら直接聞けばいいだけだ。


 わたしたちの歩みに合わせて、後方で揉み合う両軍も前進した。ただし、ママゴトから脱した者がひとり。


 縫合伯爵ルドラの次女マヤが、わたしたちに並んだ。


「マヤさん。お分かりかと思いますが、夜会卿を目にしてすぐに戦おうとしないでくださいね。物事には順序があります」


 ヨハンの説教じみた言葉に、マヤは不快そうに鼻を鳴らした。「言われなくても分かってるわよ」


 夜会卿は不死の異能を持っている。絶対に死なない相手と戦ったところで徒労(とろう)だ。わたしたちが()すべきなのは夜会卿の兵員を殲滅すること。軍勢を失ったヴラドが、それでもなおグレキランス制圧を続けるのは現実的ではない。


 それがベストなのだが、ヨハンは一旦周囲の血族を度外視(どがいし)して、夜会卿との対面を望んでいるらしい。まったくもって意味不明だが、異を唱える気はなかった。今のわたしにとっては多くの事柄がどうでもいい。戦争の帰趨(きすう)も興味がない。ニコルがどこでなにをしているのか、いつ姿を現すのか。それだけが関心事だ。


 中央突破を仕掛ける人員は決まっている。わたしとヨハン、そしてマヤの三人だ。煙宿の人員とベアトリス軍は協力して夜会卿の兵を足止めする役割だと聞いている。殺戮ではなく、足止めだ。なるべく邪魔立てが入らないかたちで夜会卿と接触したいようだが、なにを狙っているのやら。


 スピネルの翼で俯瞰(ふかん)した時点では、敵方の中央部隊――夜会卿の本隊は奇妙な陣形だったのを思い出す。中央に数名の血族がおり、数百メートルの間隔を置いて四方に隊伍(たいご)を配していた。前方は北門襲撃部隊なのだろう、やけに人数が多かった。


 通常であれば、大将の付近に勢力を結集すべきである。あえて空隙(くうげき)を作っているのは、不死ゆえか。


「お嬢さんも大人しくしていてくださいね。戦ったところで勝ち目はないので」


「約束は出来ない」


 ヨハンが肩を(すく)める。


 もちろん、しなくていい戦闘をするつもりはない。しかし、それは冷静なわたしとしては、だ。恍惚(こうこつ)状態に入ってしまえばどうなるか(さだ)かではない。夜会卿がナーサ以下とは考えられないわけで、心身の(たかぶ)りがわたしを乗っ取る可能性は大いにある。


 そうなっても一向にかまわない。ニコルと刃を(まじ)える前に少しでも強くなれるのなら。


 やがて視界の先に血族の群れが見えた。てっきり武器を抜き、強力な魔術を準備しているかと思ったのだが。


「来る者拒まず。いやはや、素晴らしい度量ですなぁ」


 ヨハンがへらへらと口にする。


 およそ百名強の血族が、道を開けて並んでいた。誰ひとり武器を抜いておらず、魔術の気配もない。こちらが()を進めても殺気は感じられなかった。


 不意に武装した血族が一歩踏み出す。


「通ってかまわん。我々は貴殿(きでん)らの邪魔立てはせぬ」


 ヨハンは足を止めてじっと武装兵を眺めた。鬱屈(うっくつ)した目付きで。


 しばしののち、彼が振り返った。


「両軍とも、一旦休戦しましょう。彼らに戦意はないようですので、無駄に血を流す必要はありません。不意打ちされるようであれば交戦するほかないですが」


 彼の言葉で、ベアトリス軍と煙宿の兵士との茶番劇がぴたりと止まる。ヨハンが彼らに期待していたのは、夜会卿の後方に展開されている兵士の足止めだ。敵が戦意なくすんなり通してくれるというなら、戦う意味そのものも消失する――そんな考えだろう。ただし、相手が動くようであれば応戦するよう付け加えるあたり、抜かりない。


 わたしたち三人が血族の間を通過するなか、武装兵の声が響いた。


「ベアトリス殿とサフィーロ殿も閣下がお呼びだ。速やかに通るよう願う」


 ベアトリスはともかく、サフィーロまで指名される理由が分からない。裏切りの問責(もんせき)ならばベアトリスだけで充分だろうに。


 やや()を置いて、漆黒の鎧をまとったベアトリスと、蒼の鱗に覆われたサフィーロが歩み出た。煙宿の人々も、ベアトリスの配下の血族も、竜人たちも、等しく険しい顔をしている。当然だ。人間も血族も他種族も、脳の構造は変わらない。未知の状況に警戒し、悲惨なイメージばかり膨らませてしまうのは危機管理能力が正常に働いている証拠である。振り返ったまま足を止めたわたしと、サフィーロの視線が交差した。彼はひどく不服そうに目を()らす。


 サフィーロはわたしに失望し、激昂(げっこう)し、嫌悪し、ひいては人間社会全体との絶縁を決め込んでいる。戦後、決闘をする約束も覚えていた。どちらかが死ぬまで続く決闘。死にたいのなら勝手に自殺すればいいのに。そのほうがわたしの手間もかからない。まあ、決闘する機会もなかろう。竜人の巣である霊山にわざわざ足を運ぶ目的が皆無なのだから。約束を反故(ほご)にしたところで不都合はひとつもない。わたしにとって。


 淡々と歩を進めるうちに、目的の人物が視界に入った。


 緩やかな勾配(こうばい)の丘。その頂点。椅子に座した長身の男がいる。黒髪を後ろに撫でつけた髪型。細い眉の下には切れ長の目。鼻梁(びりょう)の通ったやや高い鼻。唇は薄く、きっちり引き結ばれている。汚れひとつない黒のスーツ。シャツもネクタイも色味は異なるが黒で統一されている。革靴も靴下も黒い。


 彼の斜め後ろに控える軽薄な顔立ちの男や、丸まったスピナマニスの大群はほとんど意識に入らなかった。


 これがヴラドか。


 ヨハン曰く、ただの不死者。ユランほど強くはない男。兵力を削がれれば脅威ではないとの話だったが――とんでもない。


 高揚が身体を駆け抜ける。戦いたくて身体が(うず)く。表出している魔力量は大したものではないが、質が高い。それを補って余りある猛者(もさ)の気配が漂っていた。


 一目散に駆け出したい気持ちを(おさ)えて静かに丘を登っていたのに、ほんと、許せない。


 隣から魔力の急激な高まりを感じた直後、マヤはヴラドの目の前にいて、雷の魔術に覆われた拳を彼の顔面に叩き込んだのである。怒りを(はら)んだ雄叫(おたけ)びとともに。

発言や単語が不明な部分は以下の項目をご参照下さい。



・『ナーサ』→人間と血族のハーフ。ダスラとは双子。夜会卿の手下。ダスラと粘膜を接触させることで、巨大な怪物『ガジャラ』を顕現させられる。片腕を弓に変化させることが可能。死亡したダスラの肉を体内に摂り込み、粘膜を接触させることなく『ガジャラ』を創り出す力を得た。詳しくは『第二章 第八話「騒乱の都~①亡霊と巨象~」』にて


・『黒の血族』→魔物の祖と言われる一族。人間と比較して長命。もともとは王都の敵国であったラガニアの人々のごく一部が、オブライエンの生み出した『気化アルテゴ』によって変異した姿。詳しくは『90.「黒の血族」』『間章「亡国懺悔録」』にて


・『煙宿(けむりやど)』→王都の北に広がる湿原の一角に存在する宿場町。ならず者の理想郷とされ、出自を問わず暮らすことが出来る。ゆえに人探しはご法度。要人や富裕層の住む『不夜城』と、一般的なならず者の住む『ほろ酔い桟橋』に区分されている。詳しくは『第二章 第四話「煙宿~①ほろ酔い桟橋~」「煙宿~②不夜城~」』にて


・『ベアトリス』→ラガニアの地下都市ヘイズの長であり、バーンズの子孫。黒の血族で、ラガニアの男爵。誠実な男。祖先の恨みを晴らすべく、夜会卿への宣戦布告を目論んでいる。鎧をかたどった貴品『虚喰』により、無形の靄を自在に操ることが可能。ただし、力を使えば使うほど鎧の内部は空洞化する。戦争にて竜人と組んで人間側につくことを誓った。同じく戦争に参加したイアゼル侯爵の異父兄弟。詳しくは『第四章 第一話「祈りの系譜」』『第四章 第三話「永遠の夜ー④銀嶺膝下マグオートー」』にて


・『夜会卿ヴラド』→黒の血族の公爵。王都の書物でも語られるほど名が知られている。魔王の分家の当主。キュラスの先にある平地『毒色原野』を越えた先に彼の直轄地アスターが存在する。極端な純血主義であり、自分に価値を提供出来ない混血や他種族は家畜同様に見なしているらしい。不死の力を持つ。詳しくは『幕間.「魔王の城~ダンスフロア~」』『90.「黒の血族」』『幕間.「魔王の城~尖塔~」』『565.「愛の狂妄」』『927.「死に嫌われている」』にて


・『王都』→グレキランスのこと。周囲を壁に囲まれた都。詳しくは『第九話「王都グレキランス」』にて


・『グレキランス』→通称『王都』。周囲を壁に囲まれた都。また、グレキランス一帯の地方を指して用いられる。詳しくは『第九話「王都グレキランス」』にて


・『中立地帯』→別名『毒色(どくいろ)原野(げんや)


・『毒色原野』→人も血族も住まない荒廃した土地。グレキランスの人間は『中立地帯』と呼んでいる。夜会卿の統べる都市とキュラスとの中間に広がった荒野を指す。常に濃い靄に覆われており、毒霧が発生しているとの噂がある。霧は一定周期で晴れる。詳しくは『616.「高貴なる姫君」』にて


・『ニコル』→クロエの幼馴染。魔王を討伐したとされる勇者だが、実は魔王と手を組んでいる。黒の血族だけの世界を作り上げることが目的。クロエの最終目標はニコルと魔王の討伐。詳しくは『875.「勇者の描く世界」』にて


・『ラガニア』→かつてはグレキランス同様に栄えていた地域、と思われている。実際はグレキランスを領地として治めていた一大国家。オブライエンの仕業により、今は魔物の跋扈する土地と化している。魔王の城は元々ラガニアの王城だった。初出は『幕間.「魔王の城~書斎~」』。詳しくは『間章「亡国懺悔録」』より


・『縫合伯爵ルドラ』→黒の血族で、ラガニアの伯爵。領地に金鉱を有する老翁。夜会卿主催のオークションの常連であり、彼とは表向き親密な関係。貴品(ギフト)万世一糸(サビー・タンカ)』を体内に埋め込んでいる。煙宿を一度は制圧したが逆襲され、捕虜の身に。戦争の趨勢に関し、ヨハンと賭け(契約)をしている。詳しくは『第四章 第三話「永遠の夜ー③赫灼の赤き竜ー」』『第四章 第三話「永遠の夜ー④銀嶺膝下マグオートー」』『第四章 第三話「永遠の夜ー⑤霧海の繋ぎ手ー」』にて


・『マヤ』→縫合伯爵ルドラの次女。雷の魔術師。ルドラの指示で夜会卿に捧げられたが、兄であるアビシェクのみが殺害され、彼女は生かされた。夜会卿への復讐のため人間側に寝返った。詳しくは『第四章 第三話「永遠の夜ー④銀嶺膝下マグオートー」』『第四章 第三話「永遠の夜ー⑤霧海の繋ぎ手ー」』にて


・『スピネル』→二度目の『霊山』来訪で出会った、薄黄色の鱗の竜人。臆病で、長いものに巻かれる性格。クロエが無理やり『霊山』に押し入ったことにより、門番をしていた彼も裁きを受ける手はずになっていた。クロエが竜人の族長となったことで無罪放免となり、それから彼女を「至高の星」と呼んで心酔し、自ら下僕関係を望んだ。「至高の星」とは、竜人を含めた世界全部を良くする存在なんだとか。詳しくは『第四章 第二話「幻の森」』にて


・『サフィーロ』→蒼い鱗を持つ竜人。『純鱗』。次期族長候補と噂されている人物で、派閥を形成している。残酷な性格をしているが、頭も舌も回る。シンクレールと決闘し、勝利を収めている。クロエにより、血族であるベアトリスの指揮下での戦争参加を余儀なくされた。クロエに対し、ある程度心を開いていたが、彼女が感情を喪失したことにより関係が破綻。詳しくは『第三章 第四話「西方霊山~①竜の審判~」』『第四章 第二話「幻の森」』にて


・『竜人』→全身を鱗に覆われた種族。蛇に似た目と、鋭い爪を持つ。王都の遥か西にある山脈に生息している。弱者には決して従わない。鱗の色で階級が二分されており、『純鱗』は気高く、『半鱗』は賤しい存在とされている。詳しくは『626.「血族と獣人」』『幕間.「青年魔術師の日記」』にて


・『霊山』→竜人の住処。王都の遥か西方にある雪深い山脈の一角に存在する。詳しくは『第四話「西方霊山~①竜の審判~」』にて


・『スピナマニス』→アルマジロに似た魔物。家屋ほどの大きさの中型魔物。外殻には鋭いトゲが生えている。標的を見つけると身体を丸めて転がるように突進する。詳しくは『281.「毒食の理由 ~獣の片鱗~」』にて


・『赤竜卿(せきりゅうきょう)ユラン』→黒の血族で、ラガニアの公爵。自称、ウルトラ・ドラゴン卿。情熱的で正義感の強い青年だがセンスは壊滅的。代々ドラゴンを使役するとされているが実際に目にしたものはおらず、虚言卿や嘘つき公爵と囁かれているが本人は意に介していない。実態は使役というより、ドラゴンと一体化している。肌はドラゴンのそれと同等の堅固さを持つ。身体状況により形状が変化する貴品(ギフト)貴人の礼装(ミランドラ)』を所持。グレキランスがラガニアの領地であると認めさせるために単身で戦争に参加した。王城にてヨハンに説得され、オブライエン討伐部隊に加わることに。ゾラやニコルとは友人関係にある。詳しくは『幕間「ウルトラ・ドラゴン卿」』『第四章 第三話「永遠の夜ー③赫灼の赤き竜ー」』にて

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